2018年8月13日月曜日

もう読書の秋?

    若きマルクス・アウレリウス
       (c. 140 AD)


このところ20℃台の過ごしやすい日が続いている
読書の秋の気分になってきた
気持ちが鎮まってきたのだろうか

もうこちらに来た当初の気持ちを再現することは不可能である
日本にいる時には手が伸びなかったものを読んでいることを考えると、変化はあるのだろう
昔と何がどのように変わってきたのか
その問いにはいつも興味を持っている






2018年8月8日水曜日

秋らしい一日

  Ruines de l'abbaye médiévale de Heisterbach (1863)
      (Wilhelm Steuerwaldt, 1815-1871)



数日前の予報を裏切り、今日は20℃台前半の涼しさである

これから数日は同じような気温になりそうだ

これで「ゆったり」から「だらだら」に移行していた生活態度が改まることを期待したい







2018年8月6日月曜日

連日の真夏日に打つ手なし



トゥールも暑さでは負けていない
連日の真夏日である
幸いなことは湿気がないことだろうか
しかし、集中力が落ちることに変わりはなさそうだ

こういう時は、日頃の仕事から解放され、ゆったりするのがよいのだろう
ただ、わたしの問題は、日頃からゆったりしているのでその作戦が使えないことだ
その点、忙しく仕事に没頭されている方が羨ましい限りである







2018年8月2日木曜日

何度でも「科学と哲学」

       ミケランジェロ
    ダニエレ・ダ・ヴォルテッラ


日本では猛暑日が何週間も続いているところもあるとの便りが届いた
こちらはそれほどではないが、それでも真夏日が続いている
向かいのグラウンドの芝は毎日水がまかれ手入れされているので緑を保っている

今朝、手前の芝の半分が枯れていることに気付く
それなりの暑さが続いていることが分かる
幸いアパルトマンの中にいると、エアコンはないのだが涼しいので助かっている

今日の便りには、近々発売になるカール・ウーズについての本の書評が添えられていた
その最後は次のような言葉で終わっていた
多くの人は認識していないが、根のところで科学と哲学は絡み合っている
著者は賢明にもそのことに気付いている

実は昨日、ガーディアン紙に出ていた科学と哲学に関する対論を読んだばかりであった
哲学者のジュリアン・バジーニさんと科学者のローレンス・クラウスさんによるもの
もう6年前の日付になっている
そこで語られていることに新しいことはなかったが、いくつか書き出しておきたい

バジーニの言葉として、哲学者は科学者が着る白衣に憧れるところがあるという
その傾向があることは、哲学に入ってこれまでわたし自身も感じてきたことだ
程度問題だが、それには反対したい気持ちの方が強い
そこに行ってしまうと哲学本来のものを捨てることになるのではないかという危惧があるからだ

バジーニさんは科学では扱えない問題として倫理や道徳の問題があるという
それに対して、クラウスさんはこう反応する
世界には回答ができるものとできないものがあり、回答できるものは科学になる
道徳性に関しても、それが理性に基づくものであれば科学が解決できるだろう
しかし、理性だけでは無力である

バジーニさんは科学で解決できない問題は重要な問題ではないという科学主義に異議を唱える
科学では扱えない問題がどうしても残り、それが重要でないとは言えないという
クラウスさんはそれには反対すると予想したが、次のように答える
哲学的議論は多くのことを決定する際に事実について省察するという重要な役割がある
しかし、その際の事実は実証的に明らかにされたものだけであるべきだろう
確かに、人間の問題は理性だけでは処理できそうにない
しかし科学は進歩するので、いずれ道徳の問題も科学が解明できると考えている
つまり、Why問題はHow問題になるのである

突き詰めれば、最終的にすべてが科学で説明できるのかどうかになるだろう
しかし、それは歩みを進めなければ分からない
これまでの科学の歩みを見ると、何かが分かるとそれまで見えていなかった謎が現れる
これの繰り返しである
その経験から、自然のすべてが姿をあらわす日が来るとは到底思えない
自然の奥深さは人知を超えているのではないかというのがいまの実感である
そうならば、科学と哲学などの領域の両方に目を配っておくべきだろう

科学の力を信じているクラウスさんは言っている
科学がすべてを解決し、もう答えられる問題がなくなったとしたら何と悲しいことだろう
確かに、人間が好奇心の動物であるとしたら、それは悲劇的なことかもしれない
そこには人間がいなくなるということにもなるだろう
しかし、科学の仕事が終わった後にも確実に残るものがあるような気がしている
これは科学がすべてを解決するという信念と同じ信の領域に属するものかもしれないのだが

科学が終わり、静寂が訪れた後にもまだ残っている人間の好奇心を刺激するもの
それはどういうものなのだろうか
その時を体験することはないだろうが、好奇心は掻き立てられる





2018年8月1日水曜日

翻訳の最初の見直しを終える



本日は快晴
これから午後にかけて30℃にまで上昇するのではないだろうか
予報によるとこれから数日は30℃が続くようだ

翻訳の最初の見直しを終えた
前回のものよりはスムーズに進んだようだ
内容が科学の事実に関するものに集中しているからだろう

意味が通じないところが出てくるが、その時にはまず自分の理解力を疑うべきだろう
しかし、それでもおかしい時がある
その時は本文が間違っていることを疑う必要がある

最初はなかなかそこまで考えが回らなかった
しかし前回もそうだったが、中身に間違いが少なくないことに気付いた
こちらの出版社での編集作業は、文法的な間違いの検討に限られている可能性が高い
その意味では、翻訳者が本文の校正者の役割も担ったことになるのだろう

いずれにせよ、これでひとまず小休止ということになる






2018年7月30日月曜日

すっきりして空を眺める



このところ涼しい日が続いている
今日の写真もパリで見つけたトゥールのポスターだが、これも実物よりはよさそうだ

本日は旧市街と中心街で翻訳の校正ともう一つのプロジェに当たる
最初の校正は終わりに近づいてきている
プロジェについては、現段階の纏めとすることができた
少しすっきりしたので、夕方から夜にかけて空をゆっくり眺めて過ごす





2018年7月28日土曜日

久し振りの涼しい一日



今朝は曇りで、昨日の暑さと狂乱が嘘のような涼しさと静けさである
今回のパリのメトロには、新しいトゥールのポスターが数種類出ていた
その一つが、旧市街の中心に当たるプリュムロー広場を描いたもの
わたしがいつもお世話になっているところだが、実物以上に?いい雰囲気が出ている

今日はお昼に晴れたが、夕方再び曇りの過ごしやすい一日となった
ということで、こちらもこの二日間の疲れを取るため、何もせず
ぼんやり、ゆったり過ごした





2018年7月27日金曜日

炎天下の歩きとオステルリッツ駅のカオス



本日も朝からパリを動き回る
しかし、真上から容赦なく降り注ぐ灼熱の太陽の下、歩くのが嫌になる
夜の寝床が頭に浮かぶが、そうするとさらによろしくない

そこでやることは、先に進むのではなく、ただ足を前に出すようにすること
この両者は同じことを言っているようだが、意識に与える効果は全く違う
最初の表現の中には遠くの目的地が視野に入っているが、後者には「いまここ」しかない
そのため、今回もそれが功を奏し、気が付いたら目的地についていた

特に意識してはいなかったが、今日は水を補強しながらの歩きとなった
水を飲むと汗が噴き出すのでまた飲むという繰り返しである
二日続けてこのような天候になろうとは思いもしなかった

その上、想像もしていなかったことがオステルリッツ駅で待っていた
まず入ると人の多さに驚く
以前にも多いと思ったことはあるが、それを遥かに超えている
兎に角、ほとんど前に進めないのだ

掲示板でその原因を知った
電気系統から出火してダイヤが狂っているという
駅構内はまさにカオスであった
実に多くの顔を見ることになった

アナウンスを聞いていると数時間遅れというのもある
しかしトゥールはそれほど影響がなかったのか、30分遅れで出発という
ただ、ホームの番号を聞き間違え、出遅れたため立つことになった
歩き疲れた足だったので2時間半は結構大変だったが、何とか耐えることができた

車内放送にはこの出来事を笑い飛ばすようなところもあり、客も一緒に笑っている
日本での対応は言葉遣いまで含めてすべてマニュアルで決まっているのだろう
こちらの現場はそこまで管理されていないようだ
個人を出せる余地が残っている


人生、本当に何が起こるかわからない
今回改めて、一旦群衆の中に入ってしまうと、自分の意志は殆ど無力であることを実感した
それとこの二日間、普段眠っている肉体を呼び起こすにはよかったかもしれない


夜、まだ明るいうちに1時間遅れでトゥールに着いた







2018年7月26日木曜日

久し振りのルーブル



今日は用事があり、朝からパリに出た
フランスも結構暑い
用事を済ました後、時間があったので久しぶりにルーブルへ
少し気になる作品もあったので

広くて人が多いので疲れる
係の人に道を教えてもらうこと数度
予定の作品に辿り着くことができた

閉館後近くのブラスリーでビール
フランスのこのようなお店ではまず飲まないものであるが、今日はうまい
それだけ足を使い、汗をかいたということだろう

こういう時間を改めて日本との対比で考えると、実に不思議である
しかし、二つの空間が繋がっていると思えば、至極自然なことになる
あるいは、一方が消えていればそんな不思議さも感じないだろう




2018年7月25日水曜日

どうにかならないのか、哲学の術語



昨日今日と静かにプロジェに当たる
それにしても両日ともそれなりに暑かった
調べると30℃で、これからの数日も同じような気温になっている
今が一番暑い時期なのだろうか
勿論、日本のようなことにはならないのだろうが、、


今日の午後の休みに、ネットで手に入るハイデッガーについての日本語の文章を読んでみた
大半は理解するのが難しい
一つには、彼の術語だとして訳された日本語が理解できないことがある
漢字からはイメージすることが不可能なものばかりである
これはまさに記号と言ってよいだろう

以前にフランスで読んだのだが、哲学をやる人はその言葉に酔うところがあるという
しかし、その言葉遣いが哲学の外にいる人を遠ざけているのである
この傾向は日本の哲学で顕著に見られるのだろうか
これから同じテーマをフランス語ではどう表現されているのか見てみることにしたい





2018年7月23日月曜日

光の中を進む



今日は朝から用事があり、外に出た
歩き始めると、殆ど真向いから照らす太陽が眩しく、前が見えず
その中を只管歩く
まさに、光の中を進むという感じであった
他のすべてが消えるのである
これは何かを暗示しているのだろうか
目的地にこれまでで一番早く着いたようだ

用事を終え、街中に出た
朝の新鮮な空気の中、偶に入るカフェでプロジェをすることにした
ここの親父は快活で感じがよく、何気ないのだが注文の品も気の利いた出し方をする
こればかりは文化の違いで致し方ないのだろうか
路上のスペースも屋根を取り、大きな木の緑が空を覆っている
まさに、パーフェ!だ

お昼はリブレリーを梯子
これまでは薄れていた外に対する興味が再燃しているかのようである
その傾向は音に対しても出ている
これまでご無沙汰していた「いま・ここ」の音楽にも耳を傾けては、という気持ちも見える


ところで、サイファイ研ISHEの秋の活動を3つに絞って開催することにした
大雑把な予定は以下の通りである

  10月にサイファイ・カフェSHE札幌
  11月にベルクソン・カフェとサイファイ・フォーラムFPSS

詳細は決まり次第、この場に発表する予定である

ご理解、ご協力、よろしくお願いいたします






2018年7月22日日曜日

池の周りで至福の時



本日も適度に涼しく、よい天気だった
朝、植物園を散策する
中にあるブラスリーは予約でいっぱいだった
日曜のお昼時はいつもそうだという
その代わり、池の周りに座り至福の時を過ごした

アパルトマンに戻ってからは静かにプロジェに当たる





2018年7月21日土曜日

やっていることを静かに受け入れる



今日は静かに外と内で翻訳の見直しをやる
この場合、やっていることを受け入れるという態度が大事である
変に主体を出すとうまく行かない

夕方、次回のカフェのアイディアが一つ浮かんできた
いつ出てくるかわからないので大変である
もう少し詰めてみたい

こうして一日を眺めてみると、かなり長いことが分かる
結構なことができる長さである
セネカさんによれば、人生もそうだというのだが、、




2018年7月20日金曜日

外気の中で読み返す



今日は曇りで肌寒い朝だった
旧市街のプリュムロー広場で以前に書いた原稿を読み直す
外の空気の中で読むと不思議と世界が広がるような気がする

3時間くらいの間に市内観光の馬車と乗り合い自動車が2回通った
お昼には歩いて中心街へ
久し振りのリブレリーとカフェで時間を過ごした


このところの特徴として見られることに、無理をしないことがある
心に負担がかかると思われる時には止めることにしている
要するに、踏ん張らないのである

それでも別のことに向かっていく気持ちはある
言葉を換えれば、飽きやすくなってきたということだろうか
生物としては、「いま・ここ」の状況に適応するしかなさそうである




2018年7月19日木曜日

タチアナ・ニコラーエワさんを発見






昨夜、偶然に現れた初めての人タチアナ・ニコラーエワさんのゴルトベルクを聴く
想像していなかった心躍るような軽やかさに驚く
余りの快適さに、その後再び流しながらストアの声を聴く


ところで今夜、清張の『張込み』を野村芳太郎が監督しているビデオが現れた
懐かしい風景が背景に現れるが、その中に雷雨の場面があった
驚いたことに丁度その場面を見ている時、ここトゥールの空からも雷鳴と雷光が、、
最初はどちらの音なのかよく分からなかった
こういうことが偶に起こる





2018年7月18日水曜日

新たな翻訳の校正を始める



今日もよい天気だった
30℃近くまで行ったのではないだろうか

今週から比較的規則正しい生活に入っている
一つのプロジェは、昨年春に終わらせたままになっていた翻訳の校正である
著者はパスツール研究所のパスカル・コサールさんで、微生物学に関する本である
日本にいる時に届いた編集者の校正原稿を読み始めたところだ

クリルスキーさんのものより短いが、科学の内容が多くなっているので別の難しさがある
ここ10年の時間が純科学的なものを単調なものに感じさせるようにしたのだろうか
そこから広がるものを求めているようだ

今度はどのようなペースで進むことになるのだろうか
まだ見えてこない





2018年7月17日火曜日

キミコ・イシザカさんを発見



昨夜はいろいろな哲学のビデオを観ていた

その中に、初めて見る名前がエンドロールに流れているものがあった

Kimiko Ishizaka (1976- ) 

早速調べてみると、以前重量挙げの選手だったという日系ドイツ人ピアニストであった

Open Goldberg Variations という有難いプロジェクトもやっている

久し振りに、ゆっくり流れるバッハを聴きながら夏の遅い夕暮れを味わった







2018年7月16日月曜日

一皮剥けば



本日も30℃になろうかという暑さで、夏真っ盛りという状態だ
午前中から旧市街に出て仕事をする
さらにデジュネを挟んでもう一軒

ところで先月出たばかりの『免疫の科学論』だが、驚くべき発見をした
これまで印象的なカバーのお陰か、それを外すことはなかった
まさかその下に何かあろうとは想像もしていなかったのだろう
それがどうだろうか
思いもかけないおまけが付いていた
二度お楽しみいただける表紙ということになる

中身も地味な語り口だが、じっくり読むと何かが現れるかもしれない
こちらもお楽しみいただければ幸いである





2018年7月15日日曜日

移動が齎すもの



今日は快晴で暑いが、東京のようなことはない
時間の感覚が戻ってきたようである
午前中はぼんやりしていたが、午後から外に出ることにした

少し前までは日本にいたわけだが、そのことが嘘のように遠くに退いている
ずっと以前からここにいるような感覚になっている
僅か2年ほどだが、相性がよいのかもしれない

今回の日本ではフランスも遠くに感じられた
移動するだけで、そこに住んでいるような感覚が逆転する
実に不思議であり、新鮮である
これを繰り返せば、自分の中心がどこにあるのか分からなくなるかもしれない


今回戻ってきた当初は、秋のISHEの活動をお休みにしてはどうかという考えも浮かんだ
自分が抱えているものがあるためである
しかし僅か数日で、秋にもいくつかの会は開くという方向に固まりつつある
これまでより時間を自由に使えるようになるので、会を分散して開催できるためである
いずれにせよ、暫くの間は試行錯誤が続くことになりそうだ


夕方、街行く車のクラクションが鳴りっぱなしであった





2018年7月14日土曜日

静かな革命記念日



30℃は超えていないようだが、それなりに暑い
頭がボーっとするので、単調な作業をする
それと、いくつか新しい本にも目を通す
外に出る予定だったが、静かで、のんびりとした革命記念日となった