jeudi 19 mai 2016

SHEとPAWL、それは一夜限りの知的共同体であり、句会だった



今回の滞在は比較的長い
テレビを観る時間も増えている
殆どの番組は時間潰しのためのもの
切り取られた知識が垂れ流されている
それに止まらず、感情のレベル、刺激と反応の世界で騒いでいるだけのものが多い
これだけを観ていると大変なことになりそうだと思うが、日常生活の中にいると気付かないだろう

それから健康に関するものが異常なくらい多いという印象を持った
宣伝は殆どそれだが、普通の番組にも目立つ
病気の神経症と言ってもよいかもしれない
わたしと同年代の人が集まると、この話題が出ないことはない
他に話題はないのだろうか

そんな中、ここ三日間は朝のBSで芭蕉や俳句についての再放送をやっていた
初日に何気なくチャンネルをひねると芭蕉の革新性などが扱われた番組が流れていた
お蔭で、朝の出足が遅れるということになったが、そのどこが悪いのだろうか

昨日はイギリスの女性が十数年前に辿った奥の細道を歩き直すという1997年の番組があった
Lesley Downer というジャーナリストとなっていたが、いまは小説家として活躍しているようだ
芭蕉を心が旅人の人間と見ていた
その中に、東北の田舎でも芭蕉の時代から句会のようなものが開かれている様子が出ていた
それを観ながら、句会というものは「一夜限りの知的共同体」とでも言える営みであると思った
参加者はお互いにフラットな関係の中にいて、詠まれた対象やそれぞれの句を評するのである
それぞれの経験の違いは問題にならない
それぞれが自由にものを言い合い、その後に宴席が続くのである
句会の特徴をこう見た時、わたしが主宰しているSHEやPAWLにも繋がると思えてきた
つまり、SHEやPAWLは「一夜限りの知的共同体であり、句会」だったのである

今朝はパリの女子高校生を相手にパリで句会をやるという番組だった
これは以前に観たことがあった
パリの女子高生の大人びた態度と柔らかな感受性に改めて感心する
俳句などはフランス人の感受性にも合っている、理解されるのではないかと思いながら観ていた
それにしても日本のテレビで観るフランスはどうしてこうも美しく見えるのだろうか
と同時に、フランスやヨーロッパに関する番組が少なくないことにも今回驚いている





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