2017年11月27日月曜日

ゲオルク・ジンメルの思想から



先週あたりからプロジェクト・オリエンティッドで動き出している
午前中はアパルトマンでプロジェクトAをやり、午後からは外でプロジェクトBに当たった
今日は風が強く、寒さを感じた
枯葉が道に溢れているところもあった


ゲオルク・ジンメルの言葉を読む
なかなかピンとくるものが出てこなかったが、少しだけ見つかった
「晩年のゲーテの特徴は、その作品がもう直接の生命からでなく、再生産された生命から流れ出ているという点にある。詳しく言えば、彼が自己のうちに見、自己に対して持っていたものが完全な生命であったのに対して、他の詩人たちは、殆ど例外なく、まだ未完成の生命を自己のうちに見、自己に対して持ち、そういう生命を生き続けていたということである。それゆえ、この時期の偉大な作品は、細部に至るまで、生命の全体性によって包まれている。彼だけが、完成した現実の生命を生きつつ、併せて、完成した生命を自分の背後に持つことが出来た」
「恐らく、ゲーテのように象徴的な生活を送った人間はあるまいーーというのは、彼は誰に対しても自分の人柄の一片或いは一面しか与えなかったが、同時に、『万人に全体を与えざるを得ない』からである。これは、汎神論者にとって、世界の各断片のうちに神の全体が住んでいるのと同じである。こういう風に象徴的に生きるというのは、道化役者にもならず仮面の人にもならぬ唯一の方法である」
「高い精神的な関心に生きることは、老人になった時の耐え難い退屈と生活の倦怠とに対して私たちを守り得る唯一のものである。何によらず、低いもの、日常的なもの、感覚的なものは、何十年も繰り返していると、甚だ索漠たるものになってしまうからである。真に精神から生まれ、精神に生きることは、その直接の質的な価値を全く離れても、変転及び無尽という価値を持っている。精神的な事柄に素質のある高い人間でも、永い年月を低い領域に過ごすことがあるーーしかし、やがて、その単調に気づき、外面的なものや感覚的なものの根本にある驚くべき変化の乏しさに気づく。それを知ると、彼は絶望に陥らずにいられないが、永らえて、なお絶望を防いでくれるのは、真に精神的な人間の内部の測るべからざる内容と自ら生じ来る不断の変遷とだけである」
(清水幾太郎訳)











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