2018年6月8日金曜日

第7回カフェフィロPAWL、終わる



今日は「トルストイの『人生論』から生き方を学ぶ」をテーマとしたカフェフィロPAWLがあった
キャンセルされた方が数名おられたが、1世紀以上前の著作について熱い議論が展開していた
日本語では生命と人生に分けられるが、英語では life、フランス語では la vie と一語である
ロシア語でも同様なのだろう
これが人生を扱わなくなった生物学に対するトルストイの批判の元にあるのだろうか
生物学を始めとした科学批判が色濃く出ている

そのためか、トルストイの捉え方についての批判や議論が前面に出る場面も見られた
現在ではトルストイのような批判は出てこないと想像される
生命は実験室から消えているという指摘もある
ただ、それは生物学者が生命とは何かの問いかけを止めているわけではない
そういう意識を持った科学者により実験室を離れたところで行われているはずである

時代が大きく離れた作品を読む場合、現代の視点から批判することは容易である
作品から何かを学ぼうとする時には、作者の置かれた立場に立つことも重要になるだろう
読者の方が時空を超えて作者に寄り添うのである
そうすることにより、豊かなものが見えてくることがあるかもしれない


本日もお忙しい中、参加していただき、活発に議論していただいた皆様には感謝したい
会のまとめは近いうちにこちらのページに掲載する予定である
今後ともPAWLの活動へのご理解をいただければ幸いです




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