2017年10月22日日曜日

ベルクソン・カフェ2日目、終わる



昨日はベルクソン・カフェ2日目を開催した
前日の会の直後だったので準備が大変であった
今日は会場に向かう山手線の中でやっと最後の形が見えてきた
それほど遅れることなく何とか会場に辿り着いた

今回は直前に2名の方の欠席が伝えられたので、初回と同様に3名の方の参加となった
前回も感じたが、これくらいの人数だと肩ひじ張ることなく自然に議論ができるという印象を持つ
信州から参加された方もおられ、感謝したい
以下に簡単にまとめてみたい

ピエール・アドー氏のエッセイ「生きることを学ぶ」の後半4ページ半を3時間で読んだ
今日のところでは、ストア派とエピクロス派の対比が出ていた
ストア派は自己に常に注意を向け、道徳的な逸脱を監視している
プロソケイである
将来起こるかもしれない災いを思い描いて、その時が来ても耐えられるように準備する
プレメディタチオ・マロールムという
その意味では、精神が常に緊張を強いられる状態にある

それに対してエピクロス派は、この緊張を解こうとする
辛いことを思い描くのではなく、楽しいことを考え、コントロール可能な現在への集中を説く
「その日を摘め」(カルペ・ディエム)である
エピクロスは有名な「四つの治療法」(テトラファーマコン)を提示した
「神々は心配するに値しない。死は危険がない(死んだ後には何もないので心配する必要はない)。善いものは手に入りやすい。そして、悪いものは耐えるのが容易である」
これらは当時の人々を心配事から解放しただろうことを想像させる

そして、物理的な世界を瞑想すること、無限を想像することは、もの見方の完全な変化を惹起する
そこで広がるのは閉じた宇宙が無限に膨張する像で、自然がその姿を露わにする像である
この行為自体が魂の悦びを引き起こすのである
エピクロス派は友情を大切にし、共同体を作った
そこでは良心の検討と関連する誤りの公共での告白、友愛を基にした誤りの訂正が行われた
そして、それ自体が魂の鍛錬になったのである


会のまとめ






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