2022年10月4日火曜日

プラトンの『ティマイオス』を読む(11)


























これまでの話で、最初に設定したテーマ、すなわち、万有について、人間の誕生に至るまでの説明はできたように思う

この後、それ以外の生物については簡単に言及するだけでよいとして、次のように続ける

例えば、鳥は次のような男の毛髪の代わりに羽を生やして作られた

その男とは、罪はないが軽率で、天空のことには詳しくても根は単純で、目で見て得られるものだけを信じるような人である

獣の類は、頭の中の軌道ではなく、胸部の魂の指導するままに従うため、哲学(知の探究)に親しむことのなかった男から生まれた

このような生き方をしているので、頭と前脚が大地に引きつけられることになり、場合によっては支えを増やすために多足にもした

彼らの中で最も愚かで、地上に長々と体を伸ばしているものは、無足で這うものとして生み出した

そして水棲族は、知性にも学知にも無縁な人から生まれたので、最早純粋な呼吸は必要ないとされ、水の濁った深みへと突き落とされた

極度な無知に対する罰として、最果ての住処を割り当てられたのである


最後に纏めると、こうなるだろう

この宇宙は、死すべきもの、不死なるものの両者を包括し、目にみえる生き物として、感覚される神として、最大で、最善で、最美で、最完全なるものとして誕生したのである



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これで『ティマイオス』を読み終えたことになる

読み始める前にイメージしていたものとは大分違った

もっと多くの部分あるいはすべてが、この世界や宇宙の成り立ちについての論考で占められていると想像していたからである

しかし、実際には人間の成り立ちや病気と健康などについてのお話が多かった

科学が発達する前のこのような議論には意味がないという意見も耳に入るが、わたし自身はそうは考えないようになっている

彼らの時代における知を基に、何かを想像する過程、統合的に理解しようとする思考の働きに興味があるからだ

そこにある論理的であろうとする意思や想像力の飛躍など、驚くことが少なくないのである

以前、プラトンと医学について纏めていたことを思い出した

参考までに以下に貼り付けておきたい



『ティマイオス』はコリングウッド(1889-1943)から入った寄り道ではあったが、大きな発見に導いてくれた

これで、コリングウッドに戻ることができそうである









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