2022年11月18日金曜日

パスツール生誕200年記念「クリルスキー先生を囲む会」で考える




























昨日はパスツール生誕200年記念の講演会が国立国際医療研究センター(NCGM)であり、参加した

会は「クリルスキー先生を囲む会」と銘打たれ、NCGM主催、日本パスツール財団共催となっていた

基本的にはZoom会議で、60名位が参加されたようである

まず、NCGM理事長の國土典宏博士による開会の辞があった

今年はパスツール生誕200年ではあるが、同時に森鴎外(1862-1922)の没後100年にもなっている

ということで、挨拶は型通りのものではなく、「森鷗外とルイ・パスツール」と題され、同時代人として生きた二人の科学者の歩みを振り返るものとなっていた

鷗外の日記にはパスツール研究所の建物ができる前に訪問したが、パスツールとの面会は叶わなかったとあるようだ

パスツール研究所で確かめたようだが、その記録は残っていないとのことで、鷗外の日記だけがそのことを語っている

鷗外の多才に関して敢えて付け加えることはないのだろうが、國土氏のまとめによると、軍医、細菌学者、公衆衛生の専門家、高級官僚、小説家、詩人、そして翻訳家の顔を持つ

やはり多才であった医学者木下杢太郎(1885-1945)は、鷗外を「テエベス百門の大都」と評したようだ(『芸林間歩』)

因みに、現在東京大学附属図書館で「テエベス百門の断面図」という鷗外展が開催されている



この会の基調講演をされたのは、昨日もお話された元パスツール研究所所長のフィリップ・クリルスキー博士である

わたしは博士の『免疫の科学論』(みすず書房、2018年)の訳者になっている関係で、講演前の紹介を依頼された

特に強調したのは、科学の中だけではなく、社会との関係で思索を深めていること、それから一般向けの書物を継続的に刊行されていることであった

クリルスキー博士は、自らの講演を今年2月に亡くなった彼の師に当たるフランソワ・グロ(1925-2022)博士に捧げた

グロ博士もパスツール研究所の所長やコレージュ・ド・フランスの教授を務められている

お話はいつものように含蓄に富むものであった

以下に、簡単に纏めておきたい


まず、研究というものが時間が掛かる営みであることを指摘された

例えば、メッセンジャーRNA(mRNA)が単離されたのは 1961年だが、 COVID-19 のための mRNA ワクチンが開発されたのは 2021年で、60年もの時間が経過している

そこに、基礎研究の継続的なサポートが重要で、科学を止めてはならないというメッセージがあった

パスツールは、微生物と微生物学の重要性、生物学における化学の重要性、実験モデルの重要性を説いた

パスツール自身の言葉を引用しながら、彼の思想を紹介していた


現代生物学の問題は「複雑性」が中心課題になっている

この問題を解決するためには、効果的であるが故に長い間優勢であった還元主義から離れ、全体論的(ホーリスティック)なアプローチを考える時期に来ているという主張である

免疫学についても同様で、免疫という概念をより広い「自然防御システム」という枠組みに入れ直す必要があるという

この点は「生体防御システム」として『免疫の科学論』でも詳しく論じられている

このシステムは、外的偶然性だけではなく内的偶然性に対処できるという特徴を持っており、工学の領域で用いられている「ロバストネス」という性質がシステムを支えていると見ている

生物学的システムは「超複雑な」システムである

それは、免疫システム、神経系、内分泌系、代謝系、生物時計マイクロバイオームなどが絡み合っているからである

お話の最後は、人生の幸福についてのパスツールの言葉が引用されていた

クリルスキー博士のお気に入りは、「ワインは老人のミルクである」とのことであった




















基調講演の後は、パネルディスカッションとなった

日仏の共同プロジェクトに参加されている以下の方々がパネリストであった

アナワシ・サクンタパイ(パスツール研究所)
石井健(東京大学)
松田文彦(京都大学)
狩野繁之(NCGM)

パスツール研究所は世界中にネットワークを構築し、各地に研究所も建てているが、日本にはまだ存在しない

そこで、少なくとも機能的な連携を日仏間で強化して行こうという動きが進んでいたようである

このディスカッションでも、そのことを再確認してさらなる発展を目指すという意気込みを感じることができた

冒頭、サクンタパイ博士がこれからの計画の枠組みを説明された

松田博士はコホート研究のノウハウを蓄積されており、ワクチンに対する集団の反応を解析されてきた

印象に残ったのは、COVID-19 の感染についてもウイルスの構成要素が簡単に合成できるようになっているので、その抗体の有無を1,100人について解析した結果である

驚いたことに、ヌクレオカプシドに対する抗体が180人に見つかったのに対し、自覚症状があったのはその 1/3 にしか過ぎなかったという

意外に多くの人がこのウイルスに感染している可能性があることが想像される


石井博士は日本のアカデミアにおけるワクチン開発の現状について話された

ワクチンで予防可能な病気は30ほどあるようだが、アフリカなどの発展途上国ではワクチンが行き渡っていない

COVID-19に関しても、ウイルスの変異はアフリカから出ている

その意味でもワクチンを広げることが欠かせないのだが、WHOもこのことを念頭に活動しているようである

日本製のワクチンは現在進行中で、いくつかはフェーズ3の段階に入っているので、近い将来市場に出回るものと期待される


最後に狩野博士が指摘されていたのは、日本で COVID-19 のワクチン開発がうまく行かなかったのは、Made in Japan (すべてを日本人が)という意識が強すぎたせいではないかということ

そのような認識が、国際協力の輪を積極的に広めようとする動きに繋がっているのかもしれない

考えさせられることの多い貴重な会となった








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