vendredi 22 janvier 2016

「哲学に改宗する」 とは




古代哲学の専門家にピエール・アドー(Pierre Hadot, 1922-2010)さんがいる
わたしが哲学に入る時に後押しをする言葉を残していた方である

それまでは古代の哲学者の理論的側面に重点を置いた研究が成され、論じられていたという
アドーさんは古代哲学の中に「生き方としての哲学」、「精神的な転換」という側面を見出した
それは、哲学とは理論的な体系を作ることだと考えていたわたしの認識を変えるものであった
偶然にもその言葉を読み、哲学に入ることに抵抗がなくなったのである

アドーさんの本を読む中で、conversion (改宗)という言葉が哲学に使われていることに気付く
信心深い母親の下で育てられたが、宗教ではなく哲学に入るという大きな決断をしたのである
つまり、それ以前とそれ以後を分ける断裂があり、それを境に生き方が変わるということである
振り返れば、程度の違いはあるのだろうが、同様の変化を10年ほど前に経験していたことになる

アドーさんによる改宗後の状態は「真の生活」とされ、次のようなものとして考えられている
自己の認識に達し、世界を正確に理解し、内的平穏と自由を得た状態である
それは、内的苦しみから解放された状態と言い換えることができる
そこに至るには、自己の認識と世界の理解が前提になっているとも言えるだろう

確かに、古代の哲学者には心を如何にコントロールするのかを考えた人が少なくない
知識と理論を基にそれを考えたのである
その意味では、理論と実践が結びついていたことになる
先日お話したフランスの哲学者によれば、今ではこのような哲学のやり方をする人は少ないという
仕事として哲学をやっていて、哲学と生活が乖離しているということである

わたしが古代の哲学者に親和性を感じるのは、このような背景があるのではないだろうか
どのように理論と実践を組み合わせるのか?
この問いが常にどこかに漂っている
帰国の度に開いているカフェフィロPAWLの背後にもアドーさんがいる





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