mercredi 27 janvier 2016

古代人を読む意味とは

La Bise (1983), Erik Dietman (1937-2002) 
@Musée des beaux-arts d'Angers


古代ギリシャの研究者ピエール・ジュデ・ド・ラ・コンブ(Pierre Judet de la Combe, 1949-)さんのお話から

古代ギリシャ、古代ローマへの回帰はいつの時代にもあった
中世、ルネサンス、ロマン主義時代、そして破壊的な結果になったファシズムとナチズムの時代
古代人の思想の内容だけを見ていると、間違う危険性がある

例えば、正義
プラトンに批判的な人は、こういう引用をする
「正義とは、友は優しく、敵は冷たく扱うこと」
古代ギリシャ人にとって、世界は友と敵に分かれ、それが永遠に続く戦争の土壌となっていく
現代で言えば、極左、極右に見られる敵か味方かという二元的世界に繋がっている
フランスの国民戦線の場合には、根っからのフランス人か移民かという二分法である

それから、女性と奴隷の社会的地位
この点では、古代人に弁護の余地はない
彼らの思想の内容だけを見ると、得られるところは少ないかもしれない
そうではなく、今日では見られなくなった思考の道筋を見出し、そこからどう考えるのか
そこが問われることになるだろう

一つの思想がどのように言語化されているのかを学ぶこと
それは非常に面白いことで、専門家だけに限られたことではない
倫理が他者の理解に基づいているという意味で、そこには文化の倫理的側面がある

「君はそう考え、その権利がある」というだけでは不十分である
「君はそう考え、僕は君のようには考えないが、君は正しいかもしれない
 君が正しく、僕が間違っているかもしれない理由、あるいはその逆の理由は何なのか?」
このような対話を始める必要があるだろう
その時、われわれを取り巻く因習から抜け出す(sortir de nos ornières)必要がある






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