2022年8月20日土曜日

ゲーテの言葉から(47)


































1830.8.2[?](月)

「私が問題にしているのは、ぜんぜん別のことだ。私は、学士院で公然と持ちあがった学問にとって重要な意義のある、キュヴィエ(1769-1832)とジョフロア・ド・サン・ティレール(1772-1844)のあいだの論争のことをいっているのだよ!」

「この事件には、きわめて重大な意義がある。君には、私が七月十九日の会議の報告を受けてどう感じたか、想像もできないだろうな。われわれは、今や永久にジョフロア・ド・サン・ティレールという強力な同盟者を得たのだ。だが、それと同時に、この報告からみて、この事件に対するフランスの学界の関心がどんなに大きいかということも、わかるな。なにしろあの恐るべき政治的動揺にもかかわらず、七月十九日の会議は満員の盛況だったというからね。しかし、何よりも結構なことは、ジョフロアによってフランスへ導入された総合的な自然研究法が、今やもう引っ込みのつかぬものになっていることだ。この事件は、学士院における自由討論を通して、しかも、大勢の聴衆の目の前で行なわれ、いよいよ公然となった。もはや秘密委員会にまわされたり、非公開の席でもみ消されたり、弾圧されたりすることはありえないのだ。これからは、フランスにおいても自然研究の場では、精神が支配者となり、物質を意のままに扱うようになるだろう。人びとは、偉大なる創造の原理、すなわち神の神秘的な仕事場をうかがい知るようになるだろう!――実際また、われわれが分析的方法に従って単に個々ばらばらの物質の部分だけを研究して、その各部分に方向を与え、内在する一つの法則によってどんなに度外れたものをも制御したり認めたりする精神の息吹きを感じないとしたら、自然とどれほど親しんだところで、所詮はなんにもならないよ!」



1830.10.20(水)

「私の考えでは、だれしも、自分自身の足元からはじめ、自分の幸福をまず築かねばならないと思う。そうすれば、結局まちがいなく全体の幸福も生まれてくるだろう。とにかく、あの説(サン・シモン主義)はまったく私には非実際的で実行できないことのように思うね。あれは、あらゆる自然、あらゆる経験、数千年来のあらゆる事物の歩みに逆らうものだ。もし、めいめいが個人としてその義務を果たし、めいめいがその身近な職業の範囲内で有能かつ有為敏腕であるなら、全体の福祉も向上するだろう。私は、作家という天職に就いているが、大衆が何を求めているかとか、私が全体のためにどう役立っているかなどということを決して問題にしてこなかった。それどころか、私がひたすら目指してきたのは、自分自身というものをさらに賢明に、さらに良くすること、自分自身の人格内容を高める、さらに自分が善だ、真実だと認めたものを表現することであった。もちろん、これが広範囲に影響を与え、かつ貢献したことを、私も否定するわけではない。しかし、これは目的ではなく、自然力のあらゆる作用の際におこるように、まったく必然的な結果だったのだ」


(山下肇訳)










2022年8月19日金曜日

ゲーテの言葉から(46)





























 Jean-Jacques Rousseau (1712-1778)




今朝は快晴

庭にはトンボが群れをなして飛び回っていた

秋が来ている

ススキの穂もふわふわになり、一年で一番輝く季節になってきた

これまでぐったりしていたのが信じられない

さて、今日もゲーテ(1749-1832)である



1830.3.14(日)[3.10(水)]

「いかなる革命のばあいにも、極端になるのは避けられない。政治革命のばあい、人びとは最初さまざまな不法を是正することだけを要求する。しかし、あっという間に、流血の惨事に突っ込んでしまう。それと同じで、現に文学の顚覆をはかっているフランス人たちも、最初は形式の自由だけを求めていたが、今やそれだけに止まっていない。彼らは、形式とともに今までの内容も非難している。高貴な精神と行動を退屈だと公言しはじめ、さまざまな悪行を取り扱おうとしている。ギリシャ神話の美しい内容の代わりに、悪魔や魔女や吸血鬼が登場し、古代の気高い英雄たちは、ペテン師や大型船を橈ぐ奴隷に取って代わられるにちがいない。こういうものは、刺激が強い。効果がある。――しかし、大衆は、こうした胡椒のきいた食物を一度味わい、それに慣れてしまうと、だんだん多くのもの、刺激の強いものを欲しがるようになる。活躍して認められようとはしているが、まだわが道を行くというほどになっていない若い才能のある人は、時代の好みに自分を適応させなければならない。それどころか、もっとすごいもの、戦慄すべきものにおいては、先輩を追い越すよう努めねばならない。しかし、こういう表面的な効果のある題材を追いかけていると、いっそう深い研究や、才能と人格の段階的で徹底的な開発は、まったくおろそかになってしまう。これこそ、才能ある人にとっては、最大の損害だ。たとえ、文学全般が、この一時的な傾向から得るところがあるとしてもね」


「例の評決の裏には、君の知っている以上に私に対する悪意がひそんでいるのだよ。その中には、長年私を追いかけ、ひそかに私を迫害しようとしている昔ながらの憎しみが姿を変えて存在しているように思うな。私は、多くの人びとにとって、私が目の上の瘤であることも、彼らがみんな私を除きたがっていることもよく知っている。そして、連中は、私の才能に文句をいうことができないものだから、私の人格にけちをつけようとするのさ。やれ自惚れているとか、やれ利己的だとか、やれ若い才能に嫉み深いとか、官能的快楽に耽っているとか、キリスト教に反するとか、その上とうとう今度は祖国、わが愛するドイツ人に対する愛がないとまでいいだす始末だよ。――君は、長年にわたって私を知りつくしているから、すべての風評のなんたるかがわかるだろう。しかし、もし私がどれほど悩んできたか知りたければ、私の『クセーニエン』を読んでみたまえ。そうすれば、私の反撃を通じて、人びとが私の生活を入れかわりたちかわり傷めつけようとしたことがわかるだろう」


「ドイツの作家とは、ドイツの殉難者のことだ!――そうだろう、君! 君だってそうだと思うだろう! それでも、私なんかは、まだ不平をこぼしては申しわけない。ほかの人たちだって私よりましではないのだ。それどころか、たいていは、私よりもっとひどいな。イギリスでも、フランスでも、わが国と全く似たりよったりさ。モリエール(1622-1673)はどんなに苦しんだことか! ルソー(1712-1778)とヴォルテール(1694-1778)がどんな目に遭ったか! バイロン(1788-1824)は、毒舌にかかってイギリスから追い出された。もし、夭折によって俗物どもとその憎悪から逃れることにならなかったら、しまいには、世界の果てまでも逃げて行っただろう」


(山下肇訳)








2022年8月18日木曜日

ゲーテの言葉から(45)






























 François Guizot (1787-1874)




1830.1.25(月)

「つまり、この高度な天分なくして、真に偉大な自然科学者というものは考えられない。ところで、私の言う想像力とは、実在しないものを空想するようなあやふやなものではない。私の考える想像力とは、現実の基盤から遊離したものではなく、現実的な周知のものに照らして、物事を予想し、推測しようとすることなのだよ。そのばあい、想像力は、この予想したものが可能であるかどうか、他の既知の法則と矛盾しないかどうかを吟味するだろう。しかし、このような想像力が幅広い冷静な頭脳を前提とすることはもちろんさ。生きた世界とその諸法則を、意のままに洞察できる人であることが必要なのだ」



1830.1.31(日)

「ギゾー(フランソワ、1787-1874)は、私の好きなタイプの男だね。彼は、まじめだよ。彼は、深遠な知識を持っている。その知識は党派を超えて独自の道を進んでいる啓蒙的な自由主義と結びついている。私は、彼がこんど議員に選出された国会でどんな役割を演ずるのか、見たくてたまらないね」

「彼を非難するのは、どういう種類のペダントリーのためか、了解に苦しむね。生活の仕方に一種の規則性と確固たる原則を持っていて、思慮深くて、人生の出来事をいいかげんにあしらわないような傑物は、皮相な見方しかしない連中の目に、えてしてペダントリーとして映るものだ。ギゾーは、見通しのきく、冷静な、しっかりした男だ。フランス人の小器用さとは対照的なこの人物は、いくら評価しても評価し足りない。まさにこういう人物こそフランスには必要なのだよ」


「クザン(ヴィクトル、1792-1867)となると、われわれドイツ人にはほとんど得るところがない。彼が、新しくその国民にもたらした哲学は、われわれにはずっと以前から周知のものだよ。けれども、フランス人にとっては、たいへん重要な人物だ。彼は、フランス人にまったく新しい方向を与えるだろうね」


「偉大な自然科学者であるキュヴィエ(ジョルジュ、1769-1832)は、驚歎すべき描写と文体を持っている。彼よりも上手に事実の説明をする人はいない。けれども、彼には、哲学というものがほとんど皆無だな。彼は物知りの弟子を育てても、深みのある弟子を育てられないだろうね」






























 Étienne Dumont (1759-1829)




「私にとって、きわめて興味のある問題は、デュモン(エティエンヌ、1759-1829)のように、聡明で、穏健で、有能な男が、ベンサム(ジェレミー、1748-1832)のような狂人の弟子であり、忠実な崇拝者だったということだ」

「一人の老人(ベンサム)が、長い人生遍歴を終えるにあたって、その最後の時になお急進主義者となることができたのだ。これは、私にとって新しい問題だね」

「デュモンは、まさに穏健な自由主義者だ。すべての賢明な人びとは、そうであるし、そうであるべきだね。私自身もそうだし、長い生涯をその精神において活動するよう努力してきた」

「本物の自由主義者は、自分の使いこなせる手段によって、いつもできる範囲で、良いことを実行しようとするものだ。しかし、必要悪を、力ずくですぐに根絶しようとはしない。彼は、賢明な進歩を通じて、少しずつ社会の欠陥を取り除こうとする。暴力的な方法によって、同時に同量の良いことを駄目にするようなことはしない。彼は、このつねに不完全な世界においては、時と状況に恵まれて、より良いものを獲得できるまで、ある程度の善で満足するのだよ」


(山下肇訳)












2022年8月17日水曜日

ゲーテの言葉から(44)





























 Carl August (1757-1828)




1828.3.12(水)

「それはとにかく、われわれ年とったヨーロッパ人は、多かれ少なかれ、何につけても恵まれていないな。われわれの状態は、あまりにも人工的で複雑すぎるよ。われわれの食物や生活方法は、本当の意味で自然さがないし、われわれの人間付き合いには、まことの愛情も善意もない始末だ。猫も杓子も垢抜けして、丁重だが、誰一人として、勇気をもって、温かみと誠実さを表わそうともしない。だから、素朴な性分や心情を持った正直な人は、じつにまずい立場に置かれている。たった一度でいいから、嘘いつわりのない人間らしい生活を純粋に味わうために、南洋の島あたりのいわゆる野蛮人にでも生まれてみたい気がすることがよくあるね」


「血統のためか、土地柄のためか、自由な憲法のためか、健全な教育のためか――いずれにしても、イギリス人は、総じてほかの多くの国民よりすぐれたところがあるようだ。このヴァイマルには、ご存知の通りイギリス人はまったく少人数しかいない。しかも多分、一流の人たちとはいえまい。だが、それでいて、みんななんという優秀なすばらしい人たちだろう! とても若くて、十七歳位でこちらへ来ている人までいるが、この異国のドイツにいて、決して外国人だと感じたり、とまどいを感じたりしないのだな。むしろ、社交界で見かける彼らの立居振舞は、自信満々で、のびのびしており、まるで、どこへ行っても自分たちが中心人物で、世界が自分のものであるかのようだ」



1828.10.23(木)

「彼(カール・アウグスト大公、1757-1828.6.4)は、総合的な人物だった。しかも、彼のばあい、すべてはただ一つの偉大な源泉から発していたよ。全体としても結構なら、部分も結構だった。彼は、自分の望むままに、仕事をすることができた。それはそれとして、彼が統治を行うためには、とくに三つのことが役に立った。彼は、精神と性格を区別して、適材を適所に配置する才能を持っておられた。これは、じつに大したことだね。もう一つの彼の持ち味は、それに勝るものでないにしても、同じくらい大切なことだ。つまり、この上なく崇高な善意と至純な人間愛を心に宿しておられ、全霊をあげて最善をつくそうとされた。つねにこの国の幸福を第一に、そしてご自分のことは最後の最後にほんのわずかだけ考えておられた。高潔な人を迎えて、よい目的の促進を援助するために、その手はいつでも用意され、開かれていた。彼には神々しいところがたくさんあった」

「第三に、彼は周囲の者より偉大だった。ある事件について十人十色の声が耳に入ってきても、彼は、ご自分の心の中で十一番目のもっともよい声を聞いておられた。他人の囁き声には、耳を貸さなかった。容易なことでは、君主にあるまじき類のことはなさらなかった。だから、他人にごまかされて功績のある人を斥けたり、へつらう輩を庇護されたりすることはなかった。彼は、至るところ自分の目で確かめ、自分で判断を下し、どんなばあいでも自分の内にしっかりと基盤を持って事に当たられた。その上、口の重い性分で、言葉は行動の後から出た」


「薪が燃えるのは、その中に燃える要素を持っているからだ。人間が名を顕わすのは、その人に有名になる素質が備わっているからだよ。名声は求めて得られるものではない。それをどんなに追いまわしたところで、無駄さ。利口に立ちまわって、いろいろと策を弄して、まあ一種の名声を挙げることはできるかもしれないが、心の内に宝石がなければそれは空しいもので、長続きするはずもないよ」

「まったく同じことが、国民の敬愛についても言えるね。大公は、それを求めなかった。けっして人びとに媚びなかった。けれども、国民は彼を愛した。大公が彼らに思いやりを持っていられる、と人びとの方で感じたからだね」


(山下肇訳)









2022年8月16日火曜日

ゲーテの言葉から(43)






























 Martin Luther (1483-1546)




今朝は屋根に当たる激しい雨音で目が覚めた

雨音もなかなか良いものである

今は落ち着いてきた

早速ゲーテ(1749-1832)を始めることにしたい



1828.3.11(火)

「つまり天才というのは、神や自然の前でも恥ずかしくない行為、まさにそれでこそ影響力をもち永続性のある行為を生む生産性にほかならないのだ。モーツァルト(1756-1791)の全作品は、そうした種類のものだ。あの中には、世代から世代へと働きつづけ、早急には衰えたり尽き果てたりすることのない生産力があるのだよ。そのほかの偉大な作曲家や芸術家についても同じことがいえるよ。フェイディアス(c.490 BC-c.430 BC)やラファエロ(1483-1520)は、その後何世紀にもわたって影響を及ぼしたではないか! デューラー(1471-1528)やホルバイン(1497/98-1543)も、そうではないか! 古代ドイツの建築の形式と釣合いをはじめて発見し、その結果、時の経過とともにシュトラースブルクの大寺院やケルンの大伽藍を作る素地を開いた人も、やはり天才だった。なぜなら彼の思想は、たえず生産力を保ちつづけ、今日に至ってもまだ影響を及ぼしているからだ。ルター(1483-1546)は、まことに顕著な天才だった。彼は、すでに久しいあいだ影響を及ぼしている。これから何世紀たったら生産的でなくなるものか、見当もつかないくらいだ。レッシング(1729-1781)は、天才という高貴な称号を受けつけようとしなかった。けれども、彼の影響が不断につづいていることを見れば、彼の考えが当たってないことを示している。これに対して、文学の世界には、その生存中、偉大な天才だと思われて名声を馳せながら、その影響がその生涯とともに途絶えて、自他ともに考えていたほどの者ではなかったことがわかる例があるものだよ。なぜなら、先ほど言ったとおり、生産的な影響を与えつづけないような天才は存在しないからだよ。さらに、この場合、その人がたずさわっている仕事や芸術や職業の別など問題ではない。何であろうと同じことだ。・・・大切なことは、ただその思想、その着想、その行為に、生命があるかどうか、後々まで生命を持ちつづけられるかどうかだ」

「それから、もう一ついっておかねばならないことは、作品や事業の量が多いからといって、生産的な人間とはいえないことだよ。文学の世界を見ると、ぞくぞく詩集を出版したために、とても生産的だと見なされている詩人がいる。だが私の考えからすると、この連中はまったく非生産的だといわないわけにはいかないのだ。連中の作品には、生命もなければ永続性もないのだからね」

「すくなくとも、身体はそれにきわめて大きな影響力を持っているね。ドイツでは、天才は小柄で、ひ弱で、おまけにせむしとさえ考えられた時代もあったけれど、私は健全な身体をそなえた天才が好きだね」



「そういう人びとは天才的な人物で、それには特別の事情があるのさ。他の人びとには青春は一回しかないが、この人びとには、反復する思春期があるのだね」

「つまり、どんなエンテレヒーも永遠の一部分だよ。この世の肉体と結びついているわずかな年数のために老化することはないのさ。このエンテレヒーが、とるにならぬ類のものなら、それが肉体に閉じこめられているあいだに、あまり力を発揮できないだろう。むしろ肉体の方の支配に屈して、肉体の老衰とともに、それは肉体を支えたり阻止したりすることはできないだろう。けれども、すべての天才的人間のばあいにそうであるように、エンテレヒーが強力なものであれば、それが肉体にみなぎってこれを生かし、単にその組織に作用してこれを強化し、向上させるばかりでなく、さらに、強烈な精神力によって、永遠の青春という特権を、たえず主張しようとするだろう。卓抜した人物において、老年になっても相変わらず異常な生産力の活潑な時期が認められるのは、じつにそこから来ているわけだよ。彼らにはつねに、一時的な若返りがくり返し起こるように見える。私が反復する思春期と呼びたいのは、じつにこのことなのさ」



「あらゆる最高級の生産力、あらゆる偉大な創意、あらゆる発明、実を結び成果を上げるあらゆる偉大な思想は、だれかの思うままになるものではない。それは一切の現世の力を超越しているよ。人間はこうしたものを、天からの思いがけない賜物、純粋な神のこと見なして、ありがたく感謝の心で受け取り、尊敬しなければならないね。それは、人間を思うままに圧倒的な力で引きまわすデモーニッシュなもの、人間が自発的に行動していると信じながら、じつは知らず知らずのうちにそれに身を献げているデモーニッシュなもの、に似ているのだ。こういうばあい、人間は、世界を統治あそばす神の道具、神の感化を受け入れるにふさわしい容器と見なされるべきだ。――私がこんなことをいうのも、たった一つの思想のために幾世紀にもわたって世界の相貌がすっかり変わってしまったり、二、三の人間が、そのつくりだした物によってその時代に刻印を押して、それが次の幾世紀にも消え去ることなく、いい影響を及ぼすことがあるとかんがえるからだよ」


(山下肇訳)









2022年8月15日月曜日

ゲーテの言葉から(42)






1827.10.8(月)イェーナにて

「乾杯しよう。君の健康と君の観察の成功のために、この話を聞いて神を信じない人には、モーゼや予言者の言葉も意味がない。これこそ、私が神の遍在と呼んでいるものだ。神は、限りない愛の一部を、いたるところに拡め、植えつけられたので、高貴な人間において最も美しく花開くものが、すでに動物の中にもかすかに芽生えているわけだ。そうだ、君の研究と観察をつづけていきたまえ。君は、この面においてとくにすぐれているように思われる。そして、まだもっと貴重な結論に達するかもしれない」



1827.10.18(木)

茶会での会話

ヘーゲル(1770-1831)「それ(弁証法の本質)は、つまり、だれの心にも宿っている矛盾の精神を法則化し、方法論に完成したもの以外の何ものでもありません。こうした能力は、真と偽を区別するさいに偉大さを証明するものです」

ゲーテ(1749-1832)「ただ、そうした精神の技術や有能性がみだりに悪用されて、偽を真とし、真を偽とするために往々にして利用されたりしなければいいのだがね!」

ヘーゲル「そういうことは、よくあるものですが、しかし、それは精神の病める人たちだけがやることです」

ゲーテ「それなら、自然研究の方がよっぽどましだな。そんな病気にかかりっこないからです。なぜなら、自然研究では永久不変の真理が目的であり、対象を観察し処理する場合、徹頭徹尾、純粋に誠実に行わない者は、たちまち不合格であるとして否認されるからね。また、私は、多くの弁証法患者は、自然を研究すれば効果的に治療できるだろうと確信していますよ」


(山下肇訳)












2022年8月14日日曜日

ゲーテの言葉から(41)





















 
 Ilmenau in 1900



それまで壁しかなかったところに玄関が見え、そこから顔が異常に大きな男が入ってくるではないか

慌てて対応しようとしたが、全く聞く様子を見せない

身の危険を感じて起き上がろうとした時、次第に現実に戻り、玄関とその男は消えていった

現実に移行する時、その男は本当にそこにいるのかと自問し、確かに実在していたと答えていた

幽霊の伝説の中には、このような類のものが含まれているのかもしれない

プラトン(427 BC-347 BC)の『テアイテトス』を思い出した

いずれにせよ、真夏の夜の不思議な夢であった

それではゲーテ(1749-1832)に行きたい 




1927.9.26(水)

「これからもたびたびここへ来ようね。人は、窮屈な家の中にいると、ちぢこまってしまう。ここへ来ると、目の前に見る大自然のように、気持ちが大きくなり、のびのびする。人は、本来いつもこうであるべきなのだ」

「私がここから見渡す土地土地には、長い人生の豊富な思い出が結びついている。青春時代には、あのイルメナウの山中で、いろいろなことをやってのけた。それから、あの下のなつかしいエルフルトでは、どれだけ愉快な冒険をしたかわからない。ゴータにも、若い時分には、たびたび好んで行ったことがある。けれど、もう長いあいだまるで行っていないようなものだ」



1927.10.1(月)

「私は、皇帝によって一人の領主を描き出そうとした。その人物は、国土を失う可能性のあるあらゆる特性をそなえており、後日はたしてそのとおりになってしまうのだよ」

「国家の繁栄や臣下の幸福など、少しも気にかけていない。彼は、ひたすら自分のことだけを考え、今日も明日もなにか新奇な逸楽を求めて耽っている。この国には、法律も正義もない。裁判官自身が共犯であり、犯罪者の味方だ。前代未聞の犯罪が行わているのに、抑えられず、罰せられもしない。軍隊は、給料も払わないし、規律もない。そして、強奪をしながらうろつきまわり、自分の給料をみずから調達して、できるだけ自給自足をはかっている。国庫には、一文もなく、今後金の入ってくる当てもない。皇帝自身の家政も香ばしくないらしい。台所も倉庫もすっからかんだ。毎日毎日のことで、もはや進言するすべもなくなった内府は、すでに、高利貸しのユダヤ人の言うなりである。すべては、彼の抵当にとられているのだ」


(山下肇訳)










2022年8月13日土曜日

ゲーテの言葉から(40)





























Thomas Carlyle (1791-1881)




1827.5.4(金)

「アンペール(1800-1864)はむろんじつに教養が高いから、多くのフランス人の持つ民族的な先入見や危惧や偏見からは、とっくに無縁になっている。だから、彼は、その精神よりみると、パリ市民というよりは、むしろ世界市民なのだ。要するに私の見るところでは、彼と同じ考えの人が何千人とフランスに生まれる時代が到来しつつあるのだ」



1827.5.6(日)

「とにかくドイツ人というのは、奇妙な人間だ!――彼らはどんなものにも深遠な思想や理念を探しもとめ、それをいたるところにもちこんでは、そのおかげで人生を不当に重苦しいものにしている。――さあ、もういいかげんに勇を奮って、いろんな印象に熱中してみたらどうかね。手放しで楽しんだり、感激したり、奮起させられたり、また教えに耳を傾けたり、何か偉大なものへ情熱を燃やして、勇気づけられたらどうかね。しかし、抽象的な思想や理念でないと一切が空しい、などと思いこんでしまってはいけないのだ!」


「文学作品は測り難ければ測り難いほど、知性で理解できなければ理解できないほど、それだけすぐれた作品になるということだ」


「それはそうとして、ウォルター・スコット(1771-1832)がカーライル(1795-1881)について一言も書いていないのは、腑に落ちないな。カーライルといえば、ドイツのことに関してはっきりした見解を持っているのだから、スコットが彼を知らないはずはないよ」

「カーライルは、われわれドイツの作家を批評するばあいに、とくに精神的、道徳的核心を重視して、それを実際に有効なものとして見做している。その点が、彼の驚歎に値するところだ。カーライルは、道徳的な力の持主で、そこに大きな意味がある。彼には、多くの未来がある。彼がなにを成し遂げ、どんな影響を残すかは、まったく予断を許さない」



(山下肇訳)













2022年8月12日金曜日

ゲーテの言葉から(39)





























 Jean-Jacques Ampère (1800-1864) 



1827.4.18(水)

「たしかに、理性的なものはつねに美しい、というわけにはいかない。けれども、美しいものは、いつも理性的か、あるいは、すくなくとも、そうでなければならない」


「芸術家は、自然に対して二通りの関係を持っている。つまり、自然に対して、主人であると同時に奴隷なのだ。理解してもらうために、現実的手法を頼りに仕事をしなければならないから、彼は奴隷だ。だが、この現実手法を、一段と高い意図の下に従属させて駆使しているかぎりにおいて、主人なのだよ」

「芸術家は、世界に向かって一つの全体を通して語りかけようとする。けれども、そういう全体は、自然の中には見つからないのさ。彼自身の精神からの結実なのだよ。あるいは、実り多い神の息吹に吹きつけられて実を結んだもの、といってもよいだろう」



1827.4.25(水)

「ところで、パリのような都市を考えてみたまえ。そこでは、大国の最高の頭脳がたった一箇所へ寄り集って、日々の付き合いや、議論や、競争の中でおたがいに切磋琢磨している。そこでは、全世界の各国から来た自然の物産や芸術作品の最高のものが、日々の展覧に供せられている。こういう世界都市を考えてもみたまえ。一つの橋、一つの広場へ足を運んでも、そこには偉大な過去の思い出が宿っている。どの街角にも、歴史の一齣が繰り広げられているのだ。そして、こうしたすべてのことの上に立って、陰湿な活気のない時代のパリではなく、十九世紀に入ってからのパリを考えてみたまえ。ここ三世代の間には、モリエール(1622-1673)やヴォルテール(1694-1778)やディドロ(1713-1784)といった人たちの力で、世界中のどの地点にも二度と起こらないほどの豊かな精神の交流が見られたのだ。だからこそ、アンペール(ジャン・ジャック、1800-1864)のような立派な頭脳がその流れの中で育ち、二十四歳ぐらいでちゃんとしたものになることができたのだね」

「そこで、ねえ、君。くり返していうが、一人の天才が急速にのびのびと成長するには、国民の中に精神と教養がたっぷりと普及していることが大切なのだ」

「私たちは、古代ギリシャの悲劇に驚歎する。けれども、よくよく考えてみれば、個々の作者よりも、むしろ、その作品を可能ならしめたあの時代と国民に驚歎すべきなのだ。なぜなら、たとえ古代ギリシャ悲劇の中にも多少の差異があり、ある詩人が他の詩人よりいくらか偉大で、完成しているように見えても、大雑把に見れば、全体を通じてただ一つだけの性格があるのだ。規模の大きさ、力強さ、健康さ、人間的な完成、高度な生活の知恵、卓抜した思考法、純粋でたくましい直観、といった性格がそれだ。そのほかにもいろいろと特質を数え上げることもできよう。ところが、これらの特質のすべては、現存する戯曲に見られるばかりでなく、抒情詩や叙事詩にも見られるだろう。さらに、哲学者にも修辞学者にも歴史家にも見出せるし、今日まで残っている彫刻作品の中にも、同じように大いに見られるだろう。だとすると、そういう特質はたんに個々の人物にそなわっているばかりでなく、その国民やその時代全体のものであり、その中に普及していたと確信しなければならないだろう」

「われわれドイツ人は、まだ未熟なのだ。なるほど、ここ一世紀の間にいちじるしく文明化した。けれども、わが国民の間に豊かな精神と高度の教養が浸透し、広く一般に行きわたるまでには、まだ二世紀三世紀はかかるだろう。そのあかつきに、はじめてギリシャ人のように美を崇び、見事な歌に酔いしれて、ドイツ人が野蛮だったのは、昔の話だ、といわれるようになりたいものさ」



(山下肇訳)













2022年8月11日木曜日

ゲーテの言葉から(38)




























Molière (1622-1673)




1827.3.28(水)

「同類のものは、われわれを安心させる。しかし、反対のものは、われわれを創造的にしてくれるよ」


「彼(ヘルマン・フリードリヒ・ヒンリヒス、1794-1861)と同じように哲学的な準備ができていなければ、よく飲みこめないだろうね。けれでも、正直な話ヒンリヒスのようなたくましい素質を持っているはずの北ドイツ沿岸育ちの人間が、ヘーゲル(1770-1831)哲学を身につけたばっかりに、自然のままに物を見たり考えたりできなくなり、しだいに思考と表現がぎこちなくなり、わざとらしくなったのは、残念な話だ。そのため彼の本を読んでいても、ある箇所へ来ると、こちらの理解力が完全に止まってしまい、何が書いてあるのかさっぱりわからずじまいになるのだよ」


「われわれが、現代的な目的にそって演劇術を学ぼうとするなら、モリエール(1622-1673)こそ、われわれの頼むに足る人物だろう」

「私は、青年のころから、モリエールを知って、愛読してきた。私は、全生涯を通じて彼に学んできたよ。私は、たえずすぐれたものに触れるために、毎年、モリエールの作品を二、三篇読みつづけている。私が彼に魅せられるのは、たんにその申し分のない技巧だけではない。とりわけ、その詩人の愛すべき天分、高い教養を身につけた精神だ。彼は、作法にかなったものに対する優美な礼儀を心得ている。心の通じあう微妙な調べをそなえている。それは、生来のすばらしい天才が、その世紀の第一流の人たちと交わってはじめて到達できるたぐいのもののようだ」



1827.4.1(日)

「俳優はじっさい、彫刻家や画家のところへも修業に行った方がよいだろう。ギリシャの英雄を演じるためには、今でも残っている古代の彫刻作品を十分研究して、その座った姿、立ち姿、歩き姿のもつ自然な優雅さを肝に銘じておくことがぜひ必要だ。
 また、肉体的なことだけでも不十分だ。俳優は、古今の一流作家を熱心に研究して、自分の精神を大いに磨かなければだめだ。それは自分の役の理解に役立つばかりでなく、その人の立居振舞全体を上品なものにするだろう」


ソポクレス(497/6 BC-406/5 BC)の『アンティゴネ』に見られる気高い道徳性について

「他のもろもろの善と同様に、神おんみずからによって生み出されたのだ。それは、人間の反省の産物などではなく、神によって創造された、生まれながらの美しい資質なのだ。それは、多少の差こそあれ一般の人間に生まれつき与えられているものだ。だが、少数のとりわけ恵まれた人びとには、それは十分具わっている。こういう人びとは、偉大な行為や教義を通じて、その神々しい心を顕現する。そこで、その表現の美しさによって、人びとの愛を得、尊敬を受け、争って私淑されたのだ」

「けれども、道徳的な美や善の値打ちは、体験をつみ、知恵を磨いてはじめて自覚されるようになったのだ。というのは、悪はその結果において個人の幸福も全体の幸福も破壊するものであり、それに対して、気高いもの、正しいものは個人の幸福と全体の幸福をもたらし、これを確実なものにすることがはっきりしたからだ。こうして、道徳的な美が教義となり、明白なこととしてあらゆる民族に拡大していったのさ」
































Sophocle (497/6 BC-406/5 BC




「偉大な劇作家は、もし、彼が創造的であると同時に、強い高尚な意見を心に抱いていて、それが全作品に一貫しているなら、彼の作品の魂を全民族の魂とすることもできるだろう。思うに、それは苦労のし甲斐のあることだな。コルネイユ(1606-1684)から生じた影響は、英雄の魂をつくり出すことまでできた。これは、英雄的な民族を求めていたナポレオン(1769-1821)にとって大切なことだった。だから、ナポレオンは、コルネイユについて、彼が生きていたら、王侯にしてやったのに、といったわけだ。自らの使命をわきまえている劇作家は、不断に一層高い自己発展のために精を出すべきで、そうすれば、彼が民族に及ぼす影響は、有益で高尚なものになることだろう」


「生まれが同時代、仕事が同業、といった身近な人から学ぶ必要はない。何世紀も不変の価値、不変の名声を保ってきた作品を持つ過去の偉大な人物にこそ学ぶことだ。こんなことはいわれなくても、現にすぐれた天分に恵まれた人なら、心の中でその必要を感じるだろうし、逆に偉大な先人と交わりたいという欲求こそ、高度な素質のある証拠なのだ。モリエールに学ぶのもいい。シェークスピア(1564-1616)に学ぶのもいい。けれども、なによりもまず、古代ギリシャ人に、一にも二にもギリシャ人に学ぶべきだよ」


(山下肇訳)










2022年8月10日水曜日

ゲーテの言葉から(37)





























 Aeschylus (525 BC-456 BC)




本日もゲーテ(1749-1832)である


1825.5.1(日)

「もしギリシャが、この憐れなドイツ人のように、レッシング(1729-1781)が二つか三つ、私自身が三つか四つ、シラー(1759-1805)が五つか六つましな戯曲を書いているというような環境であれば、まだおそらく第四、第五、第六の悲劇詩人が生まれる余地はあるだろうよ」

「ところが、ギリシャ人のばあいは、彼らの想像力が豊かなので、三大作家の一人一人がいずれも百以上、あるいは百近い作品を書いている。また、ホメロス(紀元前8世紀)や英雄伝説の悲劇的な主題は、部分的に三回も四回も取り上げられている。これほど既成の作品が穰り豊かでは、素材も内容もだんだん使い果されてしまって、三大作家につづく詩人はもはや何をしてよいのかわからなくなった、と思われるな」

「アイスキュロス(525 BC-456 BC)やソポクレス(497/6 BC-406/5 BC)やエウリピデス(c480 BC-c406 BC)の生み出した作品は、様式からしても、深さからしても、何度聞いても聞きあきず、陳腐になったり、つまらなくなったりすることがない。――現代まで伝えられた断片にしたところで、数は少ないが雄大なものだ。われわれ憐れなヨーロッパ人は、すでに数世紀来その研究をつづけてきたし、これからも数世紀は、それを吟味し検討していかねばならないほど、広大で有意義なものなのだからね」



1826.6.5(月)

「画家の修業も他のいかなる才能の鍛錬も同じことだからね。私たちの長所は、あるていどまではひとりでに育つ。しかし、私たちが持って生まれた素質の芽生えは、ふだんから手塩にかけていないと、たくましくはならない。それを同じように長所にするには、特別の手入れがいるものだ」

「そこで、もう一つ、私は彼に注意しておいた。私は、これまで彼の風景の習作をたくさん見てきた。すぐれたもので精魂がこもっていた。しかし、どれもこれも単独のものを描いたものであって、そうしたものをもとに後で独創的なものを作り上げるまでには至っていないようだ。そこで、私は、これからは、自然の中から個々の対象を一つだけ取り上げて描くようはことはけっしてしないよう、つまり一本の木とか、一個の岩石とか、一軒の小屋を描くだけでなく、いつもそれと一緒に背景や周囲のものを多少とも描くように忠告しておいた」

「しかも、これには次のようなわけがあるのだよ。われわれは、自然の中に存在するものを見るばあい、一つひとつをばらばらに見るのではなく、どんなものでも、その前後、左右、上下にある他のものとのつながりで見ているものだ。それでも、ある個々の対象がとりわけ美しく、絵のように目を惹くことがある。しかし、この効果を生み出すのは、その対象だけでなく、それと前後、左右、上下にあるものとのつながりなのだよ。そういうすべてのものが助け合って、ああした効果を上げているというわけだ」


(山下肇訳)










2022年8月9日火曜日

ゲーテの言葉から(36)






























 George Gordon Byron (1788-1824)




大雨の翌朝、青空が覗くのは気持ちの良いものである

今日もゲーテ(1749-1832)の声を聞いてみたい



1824.5.18 [25](火)

「科学にたずさわる人は、なんらかの偏狭な信条にとらわれてしまうと、たちまち素直で正確な理解ができなくなる。かたくなな火成論者は、いつでも火成論者という眼鏡を通してしか見ないだろうし、水成論者や最近の隆起理論の信奉者も自己流の物のみかたしかできないわけさ。およそ融通のきかない一つの方向にとらわれているこういった理論家の世界観というのは、素朴さを失ってしまっていて、事物はもう自然のままの純粋な姿では現れてこないのだ」


「けっきょくバイロン(1788-1824)はあの若さで死んだけれども、その文学はそこで発展を止められたために損失を蒙ったかというと、本質的にはそんなことはないのだよ。バイロンは、ある意味では、あれ以上進めなかったといえようね。彼は、創造力の絶頂に到達していたし、たとえ、なお引きつづき書いたとしても、彼は、自らの才能を劃していた限界をのり越えることはできなかっただろう。あの難解な詩『最後の審判の日』において、かれは自分の能力を出しつくしたのだな」



1825.3.22 [?](火)

「しかし、ここで肝心なのは、大公がすっかり私の手にまかせて下さり、私が思うままに監督し、制作することができたという点だよ。私は、豪華な装飾や派手な楽屋などには目もくれず、ひたすら優秀な脚本に目をかけた。上は悲劇から下は茶番劇にいたるまで、どんな形式のものでも結構だ。しかし、その脚本は、天分に恵まれたものでなければならぬ。偉大で才能豊かなもの、明るくて優美なもの、しかもどんなときでも健全であることと、何らかの核心のあることが必要だった。病的なもの、虚弱なもの、お涙頂戴もの、感傷的なもの、また恐怖もの、残酷もの、良俗を害するものは、すべてはじめから閉め出した。そういうものによって俳優と観衆が堕落するおそれがあったからだよ」


(山下肇訳)










2022年8月8日月曜日

ゲーテの言葉から(35)






























  Friedrich Schiller (1759-1805)





1824.1.4(日)

「結局、人びとは私にけっして満足しなかった。そしていつも、神のおぼしめしによって創られた私と別な私を、求めた。また、私の著した作品に満足することもめったになかったね。私が、全心全霊を打ちこんで昼夜をわかたず苦心惨たん世のためにつくそうと新しい作品を書き上げても、人びとは自分たちに感謝しろと要求し、そうすればまあ、勘弁してやる、という始末さ。誉めてくれたときでも、私がそれを喜んで自己満足して、当然の贈り物として受け取ってはいけなかったのだよ。人々は、私がそれを辞退し遠慮して、身を屈して私という人間も作品もまったくつまらないものだ、と表明することを期待したのだ。しかし、そんなことは、私の性分に反したな。万一、私がそんなふうに伴(いつわ)ったり嘘をつこうとしたりしたなら、私は、一個のあさましいルンペンになりさがってしまったにちがいないよ」


「人びとはどうしても、ありのままの私を見ようとしないのさ。私を赤裸々に示しているはずの一切のものからは目をそらせているのだ。ところがシラー(1759-1805)は、われわれの仲間内では私よりはるかに貴族主義者であったが、そのくせ私よりはるかに言葉を慎んだので、民衆の友と考えられるという妙な幸運を得ているのだよ。私は、そのことを心から祝福するとともに、他の人びとが私とあまり変わらぬめぐりあわせであったことを考えあわせて、自分を慰めているわけだ」


「私がフランス革命の友になりえなかったことは、ほんとうだ。なぜなら、あの惨害があまりにも身近で起こり、日々刻々と私を憤慨させたからだ。同時に、そのよい結果は、当時まだ予想することもできなかった。それにまた、フランスでは大きな必然性の結果であったのと同じ場面を、ドイツでも人工的にひき起こそうと目論んでいる連中がいるのに、私は知らぬ顔をしているわけにはいかなかったのだよ」

「だからといって、私は、横暴な専制主義の友でもなかったのだ。また、どんな大きな革命も決して民衆に責任があるのではなく、政府に責任があると堅く信じていた。政府がいつも正しく、絶えず目覚めていて、したがって革命に対して時宜に適した改良で対処し、下からの圧力で止むをえざる事態になるまで抵抗するといったことがなかったら、革命などまったく起こらない筈だ」


「その上さらに、ある国民にとっては、他国民の真似ではなく、その国民自身の本質から、その国民自身の共通の要求から生じてきたものだけが、これは善であると言えるのだよ。なぜなら、ある国民にとって一定の発展段階で結構な栄養分でありうるものも、他の国民にとっては毒になるばあいもありうるのだからね。だから、ある外国の改革を導入しようとする試みは、自国民の本質に深く根ざした要求でないかぎり、すべて愚かなことだ。そうした故意に企てられた革命などは、いっさい成功しないものだよ。というのも、そこには神がいないからだ。神は、そうしたいいかげんな仕事には手を出されないからだ。しかし、ある国民の中に大きな改革への真の欲求があるなら、神はその国民とともにあり、その改革は成功する」


(山下肇訳)









2022年8月7日日曜日

ゲーテの言葉から(34)


 William Shakespeare (1564-1616)



ゲーテ(1749-1832)をもう少し続けたい


1823.12.30(火)

「科学の問題が生活の問題になることはじつにしばしばある。たった一つの発見が、ある男を有名にし、その市民的幸福を作り出すことさえもある。だからこそ、科学においても、こうしたせちがらさや、確執や、他人の創意に対する嫉妬が起こるのだ。そこへ行くと、美学の領域では、すべてがはるかに寛大だ。思想というものは、多かれ少なかれ、すべての人間に生まれながらに備わっているものだから、問題はその取り扱い方と仕上げのいかんにあるわけだ。だから当然ながら、嫉妬があまり起こらないのだよ。一つの思想にもとづいて、百の箴言詩を作ることだって可能だ。それで、問題となるのは、一にかかって、その思想をいちばん効果的に、いちばん美しく具象化できるのは、はたしてどの詩人かということさ」

「だが、科学のばあい、その処理法などはどうでもよく、すべての成果は、創意の中にある。そこでは、普遍的でしかも主観的なものはほとんどなく、自然法則の個々のあらわれは、どれもこれも、スフィンクスのように、われわれの外部で確固不動のものとして沈黙を守っている。新しく認識された現象が一つ一つ発見となり、その発見の一つ一つが財産となるわけだ」



1823.12.31(水)

「人びとは、理解することも想像することもまったくできない至高の存在を、まるで自分たちと同じものであるかのように取り扱っている。そうでなければ、主なる神とか愛する神とか善なる神などと言えないだろうよ。神は、人びとにとって、ことに毎日それを口にしている牧師にとって、一つの極まり文句、たんなる呼び名となってしまい、それを口に称えるときにも上の空というわけさ。だが、神の偉大さを本当に確信している者がいるとすれば、うかつに口にも出せなくなって、畏敬のあまりその名を呼ぶことさえ憚るだろう」



1824.1.2(金)

「戯曲の才能があり、しかもすぐれた人であれば、シェークスピア(1564-1616)に注目しないわけにはいかなかったよ。いや、何としても彼を研究せざるをえなかった。ところが、シェークスピアを研究すれば、彼が人間の本性全体をあらゆる面にわたって、あらゆる深みも高みもきわめつくしてしまっていることに気づかざるをえない。結局、あとにつづく者には、もう何もなすべきことが残されていないことがわかったのだな。このような底知れない、及び難い傑作が、すでにこの世に存在していることをまじめな素直な心で認めるばあい、いったいどうして筆を執るだけの勇気が起こるだろう!」

「だが、五十年前、わが愛するドイツでは、私はもちろんもっと恵まれていたよ。私は、たちまち既成の文学と手を切ることができた。そういうものは、もはや私を感歎させなかったし、私の心をとらえもしなかった。私は、ドイツ文学とその研究をまもなく見棄てて、人生を創造へと方向転換した。こうして一歩一歩前進しながら、自分の本性を展開しつづけ、じっくりと修業を積んで、その時期その時期で可能な創作活動を行った。それに、私がすぐれた作品のあるべき姿として考えていたものも、私のどの生活段階や成長段階においても、その時その時に自分で作ることのできたものと大変かけ離れたものではなかった。しかし、もし私がイギリス人に生れ、やっと青春に目醒めかけたころに、あれほど多様な傑作が猛烈な勢いで一挙に私に迫ってきたら、私は圧しつぶされて、どうしてよいやら見当もつかなかったことだろうね」


「偉大なものは、ひたむきで、純心な、夢遊病者のような想像力によってのみ産み出されるものだが、そういう創造はもうまったく不可能になっている。今日の才能ある者たちは、みんな大衆の前にさらされている。毎日五十もの土地で発行されている評論紙や、それをめぐって大衆の間でかわされる饒舌は、なんら健全なものをもたらしていない。今日では、そんなものからすっかり身を引いて、無理をしてでも孤立しないかぎり、駄目になってしまうよ。たしかに、低俗で、大部分は否定的なジャーナリズムの文芸批評によって、一種中途半端な文化が大衆の間に出現しているけれども、それは、ものを産み出す才能にとっては有害な霧であり、その創造力の幹の上にふりかかって、その緑葉の装飾から一番奥の心髄、一番奥にひそんだ繊維にいたるまで破壊しつくしてしまう毒なのさ」


「個人は誰でも生まれながらの自由な自然の心を持って、古くさい世界の窮屈な形式に順応することを学ばなければならないのだ。幸福が妨げられ、活動がはばまれ、願望が満たされないのは、ある特定の時代の欠陥ではなく、すべて個々の人間の不幸なのだよ。だれでも生涯に一度は『ヴェルテル』がまるで自分ひとりのために書かれたように思われる時期をもてないとしたらみじめなことだろう」


(山下肇訳)












2022年8月6日土曜日

究極のストレスレスな日常に向けて






















今朝の瞑想

例えば今、論文を書いているとする

そのためには、関連する論文や資料などに目を通さなければならない

その時、関連するものは論文を書くための参考として存在している

それが普通の構図になるだろう

この場合、やっている人間を目的に向かわせ、気持ちを窮屈にさせるところがある

そうではなく、そこにアリストテレス(384 BC-322 BC)のエネルゲイア的な発想を入れてはどうなるだろうか

つまり、関連する資料もそのものだけのためにあると意識するのである

そうすると、そこに気持ちを集中して向かうことができるようになる

心が自由に開いた状態のままでいることができるのである

そこから、目的に縛られないものが現れる可能性が出てくる

目の前が無限に広がり、精神的なストレスも消えてなくなる


いつだったのかは思い出せないが、心に極力負荷がかからないようにしていると感じたことがある

何かをやろうとする時、少しでもネガティブな気持ちが見える場合、無理にやらないようにしていることに気付いたのである

それをやるのに抵抗を感じなくなる時が来るので、それまで待てばよいのである

そのためには、ほんの僅かの心の揺れを見逃さない状態にまでなっていなければならない

日頃から自らの内面を観察していなければならない

それができるようになると、ストレスレスの状態を究極の点まで持って行くことが可能になるのではないか

ポジティブな気持ちを増やすのではなく、ネガティブなものを少なくするというエピクロス(341 BC-270 BC)の教えが垣間見える

そんな思いが巡っていた週末の朝



うつくしや 雲一つなき 土用空

          小林一茶








2022年8月5日金曜日

ゲーテの言葉から(33)






























 Herman van Swanevelt (1603-1655)




1831.12.21(水)

「彼(ヘルマン・ファン・スワーネフェルト、1603-1655)には、趣味としての芸術、および芸術としての趣味が、他のだれにも類のないほどにみとめられる。彼は自然にたいして、うちに秘めた愛と神々しいまでの心のやすらぎをもっているが、そういう心のやすらぎは、彼の絵を眺めているとき、われわれにも伝わってくる。オランダに生まれ、ローマのクロード・ロラン(1600-1682)のもとで勉強した彼は、この師によって十二分に修練をつみ、彼独特のすばらしい持ち味をまったく自由自在に発展させたのだ」



1832.3

「詩人が政治的に活動しようとすれば、ある党派に身をゆだねなければならない。そしてそうなれば、彼はもう詩人でなくなってしまう。その自由な精神と偏見のない見解には別れをつげ、そのかわりに偏狭さと盲目的な憎悪という帽子を耳まですっぽりとかぶらねばならなくなってしまうのさ」

「詩人は、人間および市民として、その祖国を愛するだろう。しかし、詩的な力と詩的な活動の祖国というものは、善であり、高貴さであり、さらに美であって、特別の州とか特別の国とかにかぎられていはしない。どこにでも見つけしだいにそれを捉えて、描くのだ。その点では、鷲に似ているね。鷲は国々の上空を自由に眺めながら飛びまわり、捉えようとするウサギがプロイセンを走っていようがザクセンを走っていようが、そんなことにはお構いなしだから」


「それにしても、いったい祖国を愛するということは、どういうことなのだろうか。そして祖国のために働くということは? ある詩人が一生涯、有害な偏見とたたかい、偏狭な見解を打ちやぶり、国民の知性を啓発して、その趣味をきよめ、志操と考え方を高めるために努力したとしたら、いったいそれ以上になにをしたらよいというのだろうか、そしてそれ以上に、どうやって国のために働けばよいというのだろうか?」


「知ってのように、私は自分のことでなにを書かれてもほとんど気にとめないが、それでも耳には入ってくる。また、私が生涯こんなに苦労したというのに、私のすべての作品がある種の人たちの目には一べつにも値しないらしいということも、よく知っている。私が政治的な党派に属するのをはねつけていたからだよ。そういう連中に気に入られるには、私もジャコバン・クラブの一員となって、殺戮や流血の話を説いてまわらねばならないだろう。ーーだが、もうこれ以上こんなつまらん話はやめるとしよう。ばかなことにかかわりあっていると、こっちまでばかになってしまう」


(山下肇訳)


この後、1832年3月22日にゲーテ亡くなる 享年82

ゲーテの言葉はまだ続く予定











2022年8月4日木曜日

ゲーテの言葉から(32)





























 Jean Paul (1763-1825) 



1831.3.27(日)

「すぐれた花卉(かき)画家は、もうまったく期待できないね。現在はあまりにも科学的な真実を求めすぎるよ。そして植物学者は画家の描いた花糸の数をかぞえなおしたりするけれど、絵画的な構図や明暗などをみる目はまるっきりないのさ」



1831.3.30(水)

「あれは私の生涯の純粋な結晶だよ。そして、あれに述べられているそれぞれの事実は、ただ、普遍的な観察や、より高い真理を確証するために役立っているにすぎないのさ。・・・あれには人生の象徴が多少含まれていると思う。私はあの本を『真実と詩』と名づけた。それは低い現象界からより高い方向へとのぼっていくからなのだ。ジャン・パウル(1763-1825)は、それとは逆の精神から、自己の生涯の『真実』を書いた。あたかも著者のような人間の生涯の真実は、俗人とは違ったものだとでもいうようにね。しかしドイツ人は、非凡なものを受け入れることが簡単にはできないのだよ。それでより崇高なものがあらわれても、気づかずにやりすごしてしまうことがよくあるわけだ。われわれの生涯の事実に価値があるのは、それが真実だからではなく、何らかの意味をもっていたからなのさ」



1831.5.2(月)

「あれ(ルートヴィヒ・ベルネ、1786-1837)は徒党を組んで、その党派的憎悪を利用している人だ。徒党を組まねばどんな影響もなしえなかったろう。文学畑ではしばしば問題になるが、憎悪が天才のかわりになり、ある党派の一員としてあらわれると、ごくつまらぬ才能でも偉そうにみえるものだ。同様に世間には、独立するほど十分な性格をもたない人がたくさんいるが、彼らも同じようにある党派に加わり、それで強くなったと思い、偉そうなかっこうをしてみせている」

*ベルネはゲーテを激しく憎悪していた



(山下肇訳)











2022年8月3日水曜日

ゲーテの言葉から(31)





























 Barthold Georg Niebuhr (1776-1831)




1831.3.21(月)

「フランス語のエスプリespritは、われわれドイツ人がヴィッツ Witz [機知] と呼んでいるものに近いね。われわれのガイスト Geistを、おそらくフランス人たちはエスプリとアーム âmeとで表現するだろうよ。この語のなかには、同時に生産という概念もあるが、フランス語のエスプリにはそれがない」


「ルイ一四世(1638-1715)以来 [文学は] 成長し、ついに全盛期に達したというわけだ。しかし、ディドロ(1713-1784)やダランベール(1717-1783)やボーマルシェ(1732-1799)やその他の天才を煽り立てたのは、そもそもヴォルテール(1694-1778)だったのだ。なぜなら、彼に伍してひとかどのものであるには、たいへんな才能をもたねばならなかったし、また休みなく努力せねばならなかったからね」



1831.3.22(火)

「ニーブール(1776-1831)は、野蛮な時代がくる、といっていたが、それは正しかった。その時代はすでにきている。われわれはもう、そのまっただ中にいるのだ。なぜなら、野蛮であるということは、すぐれたものを認めないということではないか」



1831.3.25(金)

「安楽というのはどんなものにしろ、元来、まったく私の性質にあわないのだ。私の部屋にはソファは一つもないだろう。私はいつも昔からの木の椅子にすわっているのだが、それでもやっと数週間前から頭をささえる寄りかかりのようなものをつけた程度なのだ。安楽で、上品な家具を身のまわりにおくと、考えがまとまらず、気楽な受動的状態になってしまうのだ。若いときからそうした環境になれているなら別だが、きらびやかな部屋や、しゃれた家具とかいったものは、思想ももたず、また、もとうともしない人たちのためのものだよ」


(山下肇訳)









2022年8月2日火曜日

ゲーテの言葉から(30)


  Sir Walter Scott (1771-1832)


久し振りにゲーテ(1749-1832)に戻りたい


1831.2.23(水)

「私は、この最高の存在である神が悟性や理性をもっているかどうかは問題にしない。それよりも私は、神が悟性であり、また理性そのものなのだと感じる。すべての生物は神によってつらぬかれ、人間は最高者たる神の部分を感じるほど多分に神的なものをもっているのだ」


1831.2.24(木)

「自然にかんしてむずかしいのは、われわれにはかくされている法則を見つけ出すことであり、われわれの感覚に反する現象によって惑わされないということだ。なぜかといえば、自然のなかでは、多くのものが感覚には反するけれど真実だということがよくあるからね」


1831.3.2(水)

「デモーニッシュなものとは、悟性や理性では解き明かしえないもののことだ。生来私の性格にはそれはないのだが、私はそれに支配されている。

ナポレオン(1769-1821)は完全にそうだった。しかもこの上なくそうだったので、彼にくらべられるような人はほとんといないくらいだ。・・・この種のデモーニッシュな人をギリシャ人たちは半神にかぞえていたのだ。

(出来事にも)とくによく現れる。しかもわれわれの悟性や理性では解き明かすことができないすべてのものにあらわれるものだ。・・・生物の多くもまったくデモーニッシュな存在であり、部分的に影響されているものも少なからずある」


1831.3.3(木)

「天幕のなかで生活できる人が一番幸せだよ。あるいは一部のイギリス人のように、町から町へ、宿屋から宿屋へとわたり歩いて、いつもうまいものを食べている連中がいちばん幸せさ」


1831.3.9(水)

「人はあまりにもつまらぬものを読みすぎているよ。時間を浪費するだけで、何も得るところがない。そもそも人は、いつも感嘆するものだけを読むべきだ。私が青年時代にそうしたように、そしていまもウォルター・スコット(1771-1832)でそうしているように。私はいま、『ロブ・ロイ』を読みはじめたが、さらに彼の最良の小説を順々に読みとおしていくつもりだよ。むろん、素材も、内容も、人物も、取扱いも、さらに予備研究における無限の努力、それに負けない叙述におけるデータのすぐれた真実さも、みんなことごとく、立派なものだ!」


(山下肇訳)






2022年8月1日月曜日

7月を振り返って



















1)7月は、6月同様、待ちの姿勢が強く、具体的なプロジェに当たろうとする積極性が感じられなかった

免疫に関する本の作業開始を待っているという気持ちがあるためだろうか

全く意識していなかったが、精神的にはヴァカンスに入っているのかもしれない

このところの暑さもそれを許しているところがあるようだ


2)そんな中、この秋のカフェ、フォーラムについて考えていた

暫くお休みしていたので心と体が重く、なかなか立ち上がれなかった

しかしまず、第7回サイファイ・フォーラムFPSSが10月1日(土)に決まった

そしてつい先日、暑さに当たったのか、他の会も一気に纏まりを見せてくれた

3年振りに埃塗れの各サイトを更新していると、それぞれの場が生き返ってくるように感じられた

改めて以下に紹介したい


a)第6回ベルクソン・カフェ+第8回カフェフィロPAWL

9月28日(水)18h~20h30

アラン・バディウの幸福論を読む

恵比寿カルフール B会議室


b)第15回サイファイ・カフェSHE

10月5日(水)18h~20h

パスツールのやったことを振り返る

恵比寿カルフール B会議室


c)第8回サイファイ・カフェSHE 札幌

テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う

2022年10月29日(土)15h10~17h20

フルーツ会議室 / 札幌駅前


これらのテーマに興味をお持ちの方の参加をお待ちしております


3)最後に、7月もゲーテ(1749-1832)の声を聞いていた

文豪の息遣いを感じ、考え方に共通するところがあることも発見でき、興味が尽きない

このところ、メチニコフ(1845-1916)によるパスツール(1822-1895)の人生を眺めていた

この間、ゲーテが遠くに感じられたが、再びゲーテに戻ることになるのだろう