2020年4月30日木曜日

4月を振り返って




今年から恒例になった感のある「ひと月を振り返る」日がやってきた


1月のまとめにも書いたが、今年に入ってから感じていることに1日が長いというのがある
以前から感じていたが、このところそれがより明確になってきたということだろう
朝、どんな状態にあっても、夜には想像もできなかったような展開になっていることが稀ではない
1日の時の流れにはそれぞれ感情のようなものがあるのだが、その違いを味わえるようになってきた
素晴らしいことである

今年が始まって暫くしてから、複数のプロジェを並行させるのではなく、一つのプロジェに絞ることにした
そして2月からは、そのベースになるものの必要性を感じ、それを纏めようとしていた
今月、やっとのことでその形が目に見えるようになってきた
これで一区切りがつきそうなので、元のプロジェに戻ることができそうである


以前、プロジェになかなか入ることができず困っていたが、最近それがなくなってきたと書いたことがある
苦しみの原因は結果が先に来ていたから、つまり何かを仕上げなければならないと思っていたからである
楽になったのは、そのことに気付いたからである
成果を求めるのではなく、ある時間をプロジェの中に入って遊べばよいと悟ることができたのである

今月、それがもう少し進化(深化)して(?)、こんな感じになっていることに気付いた
それは、自分がやっているのは、この体をプロジェが捗りそうな場所に移動させるだけだという感覚である
最早、自分の意志で何かをやっているという意識がなくなっている
その場に落ち着けば、誰かが勝手にプロジェを進めてくれているという感覚なのである
これは生まれて初めてのことで、驚くべき変化である

その意味で「は快適」である
この漢字変換を変なとことからやったため、「破壊的」と出た
しかし、そうなのだろうか
確かに、自分が努めてやっているという感覚がないため、限りなく続けることも苦にならないのだ
この二つの極、本当は隣り合わせなのかもしれない


来月のことをぼんやりと思い描く
再び、二つくらいのプロジェを並行させてはどうかというアイディアが浮かんできた
懲りないものである
しかし、それをやるのは自分ではないのだから、今回はうまくいくかもしれない
来月の今頃が楽しみである








2 件のコメント:

  1. ”自分が生きていると思っているが、実際は、生かされているという” ことにもつながりますか。わたくしは、最近はそのような感覚になっております。また、フランス語の訳にトライしていますが、ただただそうしたい~著者の声を聴きたい~という気持ちでそうなっており、それが何かの結果に結びつかどうか等の(現実的な)思考はうかばずただ夢中?に作業を続けています。時間が飛んでいき、そういう時間の中に永遠があるような感覚です。 ボビー

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  2. ボビー様
    コメントありがとうございます。今日のブログに補完する記事を書きましたのでご参照いただければ幸いです。
    それとは別に、結果を考えないでその中に没頭するということは重要なことではないでしょうか。

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