2021年5月25日火曜日

ディドロの言葉から(4)















今日もディドロの言葉を少々

 

私ーーまあ、君の思索はそのくらいにして、君の話を続けてくれたまえな。

彼ーーそうはいきませんよ。わしだって思索しなけりゃならん時がありますよ。こいつは一種の病気で、その進行するままにまかしておかなくちゃならないもんです。

 

われわれは自分にわかると思う言葉だけを記憶にとどめるものなんだ、そうした言葉を頻繁に使ったり、正しく適用したりさえしてね。それでいて、精神の中には、ただ曖昧な観念しかないんだからね。僕が歌という語を発音する時でも、僕は君や君の同胞の大部分が、声望、非難、名誉、不徳、徳、廉恥、礼節、恥辱、嘲笑などと言う時と同様、たいして明確な観念をもっちゃいないんだよ。

 

情念は強烈でなくちゃいけません。音楽家や抒情詩人の愛情は極端でなくちゃいけません。舞台は大概アリアでしめくくられるものです。われわれには感嘆詞や、間投詞や、区切りや、中断や、肯定や、否定が必要です。われわれは率直に、呼んだり、訴えたり、叫んだり、呻いたり、泣いたり、笑ったりするんです。才智や、警句や、あの気の利いた思想なんかありゃしません。あんなものは素朴な自然からはおよそ縁遠いものです。

 (本田喜代治、平岡昇訳)

 




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