2022年9月14日水曜日

コリングウッドによる自然(11): ピタゴラス学派(4)

































今朝はなぜか早く目が覚めた

なぜ目覚めたのかを確かめるためテレビを付けると、以前に観たことがあるヨーロッパ空の旅が流れている

丁度、アンボワーズ城、アンジェ城などが出てきて懐かしい

それからチャンネルを変えると、ヨーロッパトラムの旅

こちらはポーランドのクラクフで、観たような気もするがやはり懐かしい

もう10年以上前のことになるが、街を歩いた時に何とも言えないタイムスリップしたような感じを味わった

だが、画面からはそれを感じることができない

クラクフがそんなに変わるとは思えないので、やはりその中に入らなければ駄目だということだろうか

興味深い時間ではあったが、早く目覚めた理由を見つけることはできなかった

さて、今日もコリングウッド(1889-1943)である


このところ問題としている「内在性」と「超越性」は相互に他を内に含むという議論

プラトン(427 BC-347 BC)は当初、形相を超越的なものとしたが、後に超越性と内在性は絶対的な違いではないとした

そのことに気づく切っ掛けが、1世紀前の南イタリアエレア出身のパルメニデス(c.520 BC-c.450 BC)であった

プラトンは、この先人に敬意を表するために対話篇『パルメニデス』を書いたのである

この中で、若きソクラテス(c.470 BC-399 BC)は形相の内在説を唱え、それを具現するものとの関係を「分有」という言葉で述べる

これに対してパルメニデスは、分有するためには形相が分割可能でなければならず、形相の単一性も放棄することになると答える

困ったソクラテスは超越説を出し、「模倣」という言葉を用いたのである

しかし、内在性(分有)を超越性(模倣)に換位しても問題解決にはならない

パルメニデスの議論は、相互に排除する内在説と超越説に打撃を加える

そうだとすれば、プラトンの形相説は破綻したと考えがちだが、そうではないとコリングウッドは言う

パルメニデスのポイントは、形相説を内在性を表す言葉で表現すれば超越性を含むことになり、その逆も真であるということであった

初期のピタゴラス学派が内在説を唱え、プラトンは超越性との違いを明確にしたが、後に両者は相互に依存するものであることに気づいたのである








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