2020年5月7日木曜日

哲学における論理学の役割(7)




フレーゲ、あるいは新しいアリストテレス?(1)

1787年、カントは論理学は「終わり、完成したようだ」と断言した
しかし、全くそんなことはない
見かけには騙されるのである

カントはおそらく、次のことを言いたかったのではないだろうか
論理学の主要な法則(無矛盾律同一律排中律)はアリストテレス以来変わらず、これからもそのままであろう

無矛盾律とは、pであると同時に non pであることはない(¬(p ∧ ¬p))という法則
同一律とは、p pである(pp)という法則
排中律とは、pであるか non p であるかのどちらかである(p ∨ ¬p)という法則

しかし、たとえこれら三つの原理が尊重されていたとしても問題は残っている
それは、この問題についての論争がその後どのように続き、その理由は何だったのかを知ることである
論理学はアリストテレスと共に終わっても完成してもおらず、それとはかけ離れた状態にあった

論理学が経験した重要な革新を知らなかったのはカントである
その変化は19世紀後半から非常に著しいものがあった
無矛盾律を保証できることが疑問視され、排中律も異議申し立てをされたのである
20世紀後半に発展した非古典的な論理学は言うまでもないが

もし19世紀末から20世紀初頭の偉大な哲学者の名前を訊かれたとすれば、特にフランスでは多くの人がこう言うだろう
ニーチェ
フロイト
マルクス
ベルクソン
フッサールさえ挙げるだろう

しかし、ゴットロープ・フレーゲの名前が出ることはありそうもない
誰が彼を知っているだろうか
彼がカント以来最も重要なドイツの哲学者として紹介されれば、その真面目さを疑うだろう
もし、彼は新しいアリストテレスだと言う人がいるとすればどうだろうか

ところで、論理学を新しくすることによって哲学を根本から変容させたであろう人
少なくとも論理学が教養課程になり、特権的な道具となるように
このフレーゲとは一体誰なのか

(つづく)







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