vendredi 10 juin 2016

若き日のエピソードに驚く



昨夜は学生時代の友人お二人とのディネがあった
お二人ともまだ仕事から足を洗っていないようである
普通は褒められるべきことなのかもしれない
しかし、「仕事は人間を駄目にする」と敢えてコメントさせていただいた
その意味はご理解いただけたと思うが、なかなかそうは問屋が卸さないようだ

自分のことは見えないものである
昨日も若い時のエピソードを紹介され、それは本当に自分なのかと疑った
話をさせてもどこか変わっていたらしい
二十代半ば、友人が亡くなり弔辞を頼まれた
突然のことだったので最後まで考えが纏まらず、ぶっつけ本番になってしまった
文章にすることがなかったので中身は忘れていた
しかし、友人の一人はその内容を覚えていてくれたのだ
わたしの中ではいつも自然なのだが、問題となりそうな言葉が含まれていたという
逆に、それだから記憶に残ったのかもしれない

最近、意識の第三層についてエッセイを書いた
日常生活や職業生活を離れた時に見えてくる精神世界のことである
わたしの第三層は貧弱だったことに気付き、フランスでの生活になった
そのような言葉では理解していなかったのだが、、
しかし、その友人に言わせれば、わたしの中に昔からその層を感じていたという
誰でも若い時にはそのような世界があるのではないかと思う
それが職業生活の中に追いやられると、この層はどんどん薄くなっていく
それを回復するのが、これからのような気がしている

最後にわたしの話を聞いたお一方は、目指すところはディオゲネスだろうと診断した
当たらずとも遠からずというところだろうか
だんだんそんな気がしてきた

いずれにせよ、面白いエピソード満載の一夜であった
両君にはお時間を割いていただき、感謝したい





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