dimanche 20 novembre 2016

疾風怒濤の静かな一ヶ月が終わる



今回も外から見ると疾風怒濤の一ヶ月であった。しかし、内的には実に静かなものであった。これまでにも触れていると思うが、行く手にいろいろなものが控えても全く動揺しなくなっている。それは、控えているものに向かって行き、それを乗り越えるという意識がなくなっているからだろう。

それではどのような意識の中にいるのか。まず、前に進むという意識がなくなっている。あくまでも一か所に留まり、何かをやっているうちに周りが通り過ぎていくという感覚の中にいる。そのため、肉体的には疲れがあるのかもしれないが、精神にその影響は表れない。そして、精神への影響が軽微であることが、逆に身体にも良い影響を与えている可能性さえある。このような変化は何年か前から感じるようになったものだが、特にテーズの後、明確に意識できるようになったのではないだろうか。驚くべきことである。

今回の日本滞在でも実にいろいろなことが意識に浮かび上がってきた。多くの触れ合いがどこかを刺激していたのだろう。これからそれらを振り返ることにより、さらに新たな発見が生まれるかもしれない。そのためには原体験を生の形で保存しておかなければならない。原体験には無限の可能性が秘められているからであり、最初から意味を与え、加工して蓄えておくと、後で利用できる幅が狭まってしまうからでもある。生きるということは、如何に原体験を増やし、その原体験をどのように味わうのかという問題である。その原体験がその人間に固有なものであるとするならば、それこそその生を十全に生かすことでなくて何であろうか。


今日、フランスに戻る。





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