lundi 17 avril 2017

青木十良というチェリスト、やはり五十、六十は洟垂れ小僧か?



本日はLundi de Pâques(イースターマンデー)でお休み
空も曇りで、やや肌寒い

一日籠って新しいプロジェを始める
いくつかのプロジェを抱えている中で、中心的なものに当たろうというところか
この状態は仕事をしていた時と余り変わらないようにも見える
つまり、完全にフリーの中でやっているというよりは、意識の中ではこういうことである
他のプロジェが恰も仕事のようにそこにある中、大きなプロジェに当たるという感覚になる
そのためか、仕事をしている時よりは頭が稼働しているような印象がある

本日、青木十良(1915-2014)という3年前に99歳で亡くなったチェリストを知る
「音楽、すべての芸術は、エレガンス(自尊)である」という言葉を残している
これが、氏が一生をかけて辿り着いた哲学になるのだろう
それでも自分が考えている音楽のスペースの3%くらいしか実現できていないと言っている
バッハの1曲について、3年くらいかけてすべての音符の意味を考えるという
力を与えてくれる言葉である

若い頃、四十、五十は洟垂れ小僧ということを聞き、何を言っているのか、失礼なと思ったものだ
今であれば、五十、六十くらいにズレるのかもしれない
しかし、その域に入れば、この言葉は全くの実感である
四十、五十の政治家などを見ていてもいかにも頼りなく見える
わたしの理論に合わせれば、意識の第三層の広がりを感じることができないからだろう
それは政治家に限らず、芸術家についても当て嵌るようなお話も出てくる












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