lundi 12 décembre 2016

周りとの垣根を低くする



こちらに来てから4-5年は意識的にフランス語の中にいた
それは、世界がぼんやりとした、夢のような、恰も繭の中にいるような至福の時間であった
その後、徐々に英語が侵入し、現実に戻されるような感覚が生まれた
今ではフランス語と英語が混在しても気付かないことがある

また、学生という縛りがあったためか、読むものは哲学に集中していた
リブレリーに行っても向かう先には哲学セクションがあり、他のところには殆ど足が向かわなかった
気の多い身としては、学生になったことの利点がここにもあったと言えなくもない
学生が終わったことで、徐々にではあるが哲学以外への垣根が少し低くなっているのではないか
昨日、小説を読みながらそう感じていた


本日は午前中から街中へ
比較的良い読みができた

昼には大学に寄り、わたしを受け入れてくれた研究者と久しぶりに顔を合わせる
近くのレストランでデジュネ
わたしの諸々のプロジェを話し、これからの大まかな予定を決めた

哲学者は哲学を科学者に伝えるだけでは不十分であるという考えをお持ちのようであった
それでは何が必要なのか
それは、科学者と対等に議論して科学に貢献することだという
哲学に籠っていては駄目で、外に開かれていなければならないということなのだろう
勿論、哲学の領域でも仕事はしなければならないのは言うまでもないのだが、、
結構高い要求水準である

また、科学や哲学を外に知らせることの重要性も話題になっていた
インターフェースにいるわれわれのような人間の仕事になるという点で認識を共にした
しかし、それは非常に難しい仕事であるということについても
試行錯誤を繰り返すしかないのだろうか

ところで、日本文化がフランスの日常に入っているという話も出ていた
小学生の娘さんとの会話で、日本のことをよく知っているのに驚いているという
学校で習うわけではないようなのだが、どこからか情報を得ているのだろう
ご本人の時代とは大きく違っているようだ
玉露をお好みの方の娘さんは玄米茶を好んでいるとのこと
このような傾向はどの国にも起こっているのだろうが、少しだけ驚いた


久し振りに「きりっとした」一日になってきた
まだ半日残っている






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