samedi 3 décembre 2016

あの興奮状態のわけ



一夜明け、ある本を読んでいる時、一つのことに思い当った
フランス生活の最初の6年がある種の興奮の中にあったのはなぜなのか?
それまで日本で科学を職業にしていた人間がフランスで哲学に入った、と総括してみる
そうすると、あれほど長期に亘る興奮状態を維持できた一つの理由が見えてくる

まず、それまでの拘束された状態から解放されたという自由の感覚があったのではないか
その上、その間日本とフランス、科学と哲学という二つの緊張関係の中にいたことがあるだろう
それが時とともに日本と科学を相対化できるようになり、緊張が薄れて行ったのではないだろうか
日本と科学に身を置いていたために生まれるものの見方が薄められてきたように感じる
まさにこのブログのテーマとも重なるものである

ある意味では、今は日本で科学を始める前の精神状態に戻ったようにも感じる
何のことはない、職業、専門に入る前の学生時代の状態に近いのではないだろうか
そう言えば、最近のエッセイでも学生について触れていた

最初の学生時代が今のような精神状態にあれば、その後の人生は大きく変わったのではないか
そんな思いも湧いてくる
それは叶わぬ願いであることは知っているが、それほど大きな影響を与えたパリの学生生活
しかし、今ではあの興奮状態を再現することさえできなくなっている

今、全く新しいフェーズに入ってきたということだろう




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