向かいのグラウンドは学校の授業にも使われているようだ
小学生?が周辺を走っている
それが一段落すると、再び静かな環境に戻る
こちらで日本語を読む時、日本とは違う感受性になり、感度も上がっているようにさえ感じる
日本では何も感じないはずのことに目を開かされることが少なくないのだ
全く異なる背景に、それが置かれることから来るものである
先日の「スキヤキ」で感じたこととも繋がるように見える
ひょっとすると、この感覚のズレが齎すものを気に入っているのかもしれない
同じものが全く異なって見えるというあの感覚である
こちらの時間を欲している一つの理由がそんなところにもあるような気がしてきた
午後からグラウンドでは小学生と幼稚園の子供のラグビーの授業が始まった
遠くには懐かしの飛行機雲が現れてくれた
ここから見るのは初めてではないだろうか
なぜか心が落ち着く
そう思っていると、次々と続いてくれた
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