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2017年5月10日水曜日
哲学者ポール・リクールとエマニュエル・マクロン
フランス現代の哲学者にポール・リクール(Paul Ricoeur, 1913-2005)がいる
彼は自らの仕事を偉大なテクストを読み続けることと考えていた
巨人の肩の上の小人に例えながら
この哲学者とマクロンの意外な接点を知ることになった
マクロンはリクールの助手をしていたという
その時に前世紀について学び、歴史を考えることを学んだと選挙前に出した本で述べている
さらに、リクールについてESPRIT誌に論文も書いている
タイトルは、La lumière blanche du passé. Lecture de la Mémoire, l'histoire, l'oubli
リクールの『記憶、歴史、忘却』を読んでの考察になるのだろうか
この本にはマクロンへの謝辞も書かれているという
それ以来、リクールと関係のあった次のような人に深い影響を受け、変容して行ったと語っている
オリヴィエ・モンジャン(Olivier Mongin, un écrivain, essayiste et éditeur français, 1951-)
ESPRIT誌の編集長を1988年~2012年まで務めた
フランソワ・ドス(François Dosse, un historien et épistémologue français, 1950-)
カトリーヌ・ゴールデンシュタイン(Catherine Goldenstein)
テレーズ・デュフロー(Thérèse Duflot)
特に選挙戦後半だが、彼の主張には意外と背骨となっているものがあるような気がしていた
彼の中にある進歩への信仰や自由の尊重、フランスやヨーロッパへの強い思いの背後にあるもの
言わば、啓蒙思想そのものを推し進めようとする力になっているもの
それは文学や哲学の素養に裏打ちされているのではないか
さらに、痛みの癒しや和解という言葉の背後にはリクールの哲学が反映されていたのではないか
単なる政治・金融の技術だけではなく、そこから距離を取ることを可能にする文学や哲学からの目
彼はそれを持っていて、それが彼を動かす力になっていた可能性がある
これから調べなければならないが、興味深い視点を得ることができた
2017年5月9日火曜日
進歩という概念
啓蒙時代について少しだけメモしておきたい
18世紀に近代的な意味での進歩の概念が現れた
科学、芸術、哲学による知の発展が人間性の完成に導くという今に続く考え方の基本が生まれた
この時期に、古代人と近代人の論争があったことを知る
昔がよかったのか、今の方が優れているのかの論争で、新旧論争とも言われる
古代の作家を模倣することを勧めたニコラ・ボアロー(Nicolas Boileau-Despréaux, 1636-1711)
近代の優越性、創造的なイノベーションを主張したシャルル・ペロー(Charles Perrault, 1628-1703)
デカルト主義者のフォントネル(Bernard Fontenelle, 1657-1757)がペローを支持
進歩の概念が生まれ、それがフランス革命にまで至る
大統領選関連
昨日、予想通りマクロンが選ばれた
これからマクロンが国内に広がっている不満と分断を緩和できるのか否かが問題になるだろう
それ如何では、ル・ペンが主張している政策が魅力あるものに見える時が来るかもしれない
その点に注意しながらこれからの政治を見ていきたい
ここで、選挙後のそれぞれの会見と今日の式典の模様を貼り付けておきたい
今回のカバーで少しだけ現世に近付いたように感じている
今日でこのシリーズを一応終えることにし、また何か出てきた時には改めて観察することにしたい
2017年4月30日日曜日
ロベール・ルグロさんによるロマン主義
本日も文句のない快晴
ぼんやりと考えを巡らせる
今日は啓蒙思想と反啓蒙思想に関連して、ロマン主義について見ておきたい
この二つの考え方は、今の世界を分けている一つの対立軸になるかもしれない
ロベール・ルグロ(Robert Legros)さんの分析に耳を傾けてみたい
彼はヘーゲルを専門とするベルギーの哲学者である
伝統を否定して理性と個人主義を最高位に置く啓蒙思想の検証からロマン主義は生まれた
フランス革命後の18世紀終わりに始まり、19世紀を通じてヨーロッパに広がった
しかし、この流れは後からまとめてラベルが付けられることになったものである
啓蒙思想にある理性主義や普遍主義から距離を取った最初のドイツの思想家は、次の人たちだ
アダム・ミュラー(Adam Müller, 1779–1829)
ヘーゲル(1770-1831)
ヘルダーリン(1770-1843)
シェリング(1775-1854)
フリードリヒ・シュライアマハー(1768-1834)
フリードリヒ・シュレーゲル(1772-1829)
ノヴァーリス(1772-1801)
E・T・A・ホフマン(1776-1822)
彼らは人間、歴史、政治についての新しい考えを持っていた
さらに、ベートーベンとシューベルト、そして特にウェーバーがドイツの伝統に根ざす音楽を求めた
これは普遍を目指したバッハやモーツアルトとは異なっている
絵画では、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(Caspar David Friedrich, 1774-1840)がいる
自然の中に物理的なものを見るだけではなく、神秘的なものをも見ようとした
イギリスにはターナー(Joseph Mallord William Turner, 1775-1851)がいた
啓蒙思想の哲学的意味は以下のようになるだろうか
この思想の下、人間は自律、普遍、独立を具えた主体になる
そうなることが人間の使命になり、ロマン主義はそこに疑義を差し挟んだのである
啓蒙思想同様に、ロマン主義もわれわれから法が生まれるとした
しかし、そのわれわれは個人の集合ではなく、われわれの伝統、習慣、風習、つまり文化であった
なぜなら伝統や文化から抜け出た普遍的な人間など存在しないからである
人間とは歴史的、社会的に生まれるものだと考えるからである
古典的な保守主義は伝統に忠実ではあるが、それは宗教に忠実である限りにおいてであった
ロマン主義者は、宗教はどうであれ、伝統に忠実である人間を考えた
その意味では、文化的な平等を訴えたことになる
政治的には保守主義であるが、上の理由で反植民地主義の立場を採った
啓蒙思想は人間の平等を訴えたが、それはヨーロッパの中での話であった
それ以外の人間を下に見て、従わせるものと考えていた
一方のロマン主義者は、それぞれの文化の特殊性を認め、普遍化することに反対した
人間の平等と文化の平等は合致することはあるのだろうか?
ロマン主義は理性に対して感情の側に立ったとする見方があるが、そんな単純なものではない
古典的な美はフランスの庭園に見るように数学的調和や秩序を見えるようにするものであった
ロマン主義者はこの考えを捨て、感知できるものは形によっては超えられないと考えたのである
Volksgeist(民族精神)という言葉を最初に使ったのはヘーゲルである
しかし、この概念は反啓蒙思想の基にいるヨハン・ヘルダー(Johann Herder, 1744-1803)が出した
ヘーゲルは啓蒙思想に従っていたが、精神の生気論的理解は保持していた
理性と進歩を掲げる啓蒙思想には、植民地主義的精神に導く危険性がある
民族精神を保持するロマン主義の危険性は、民族の純粋性を要求することである
人種差別主義との親和性である
啓蒙思想とロマン主義との対立を超える道はあるのだろうか?
一つには、現象学が開いた道がある
ロマン主義による世界への帰属と啓蒙思想による思想の自由は矛盾しないという
フッサールの理由付けについては、宿題としたい
大統領選関連
マクロンのアラスでのミーティング(4月26日)を貼り付けておきたい
国民戦線の性格として、「デマゴギー」、「分裂を煽る憎しみや怒りの言葉」などが耳についた
彼らは愛国者ではなくナショナリストで、それは戦争に結びつく
今抱えている問題はEUが原因ではなく、われわれに原因がある
怒りや憎しみや疑いを持っている人たちは、そこから逃れる希望を彼らに託することなかれ
彼らには問題解決はできない
分断されたフランスに再び統一と和解を齎すためにすべてのことをする
怒りや憎しみがあるところすべてに出掛けて行き、問題を克服したい
スローガンは Ensemble, la France !
機会の均等やイノベーションの導入や再工業化などを進め、ダイナミックな経済、社会をつくりたい
誇りを持てるフランスをヨーロッパの中で再構築していきたい
これまでになく力のこもった演説をしていた
2017年4月26日水曜日
反啓蒙主義とはどういう思想なのか?
本日は朝の内は曇っていたが、午後から雨が降り出した
予報が雨だったので、朝のうちに買い物に出た
この町に来た当初は遠い道のりに見えたが、慣れてくると軽い散歩という感じに変わっている
プロジェについてメールで打ち合わせをする
あくまでもamateurというのが主義になっているので、専門家として文章を書くことに抵抗が出ている
それをどこまでできるのかを見るのもこれからのテーマになりそうである
先日のプレスで、Philmag増刊号が反啓蒙主義を取り上げているのを見た
理性を重んじ、進歩や普遍性を謳い上げた啓蒙主義がこれまで世界を引っ張ってきた
しかし、ここに来てそれに抗する政治勢力が力を増している
それはおかしいでしょ、と反射的に言うだけでは何も理解できず、問題解決にも至らないだろう
啓蒙主義とは何であり、理性を働かすとはどういうことなのかについて考えたことはあるだろうか
その上で、それを体で理解したと言えるだろうか
自らを振り返れば答えは甚だ怪しく、そこに意識が向かうようになったのはこちらに来てからである
そもそもわれわれが理性などということを日常で考えることはあるのだろうか
これは全くの想像にしか過ぎないが、こちらもかなり怪しい
われわれはかなり意識的にこれらを勉強しなければ身に付かない状況にあるのではないだろうか
その上で、ニーチェが思想のもう一つの頂とまで言った反啓蒙主義がある
その歴史はエドマンド・バーク、ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー、ジョゼフ・ド・メーストルらに始まる
ド・メーストルは、「フランス人、イタリア人、ロシア人は見たが、人間は見たことがない」と言っている
ヘルダーも次のように言っている
「如何なる国、人民、国の歴史も同じではない。したがって、真善美も同じではない」
そこに浪漫主義やドイツ観念論も絡んでくるようだ
このような人間の状況で、根を断ち切り、普遍性を求めるという営みは成功するのか
悪夢の内に終わるのではないか
そういう問い掛けが出てきてもおかしくはない
この思想についてもしっかり見ておかなければ、現在の状況は理解できないだろう
今日のところは、そのような認識が生まれてきたということで終えざるを得ない
2017年2月21日火曜日
"Age of Anger"、あるいはパンカジ・ミシュラさんから見た現代社会
昨日、用事があり駅へ
キオスクで久しぶりにル・ポワンを手に取る
その中に、アングロサクソンの世界で話題になっている本が紹介されていた
フランス語で L'ère de la colère (怒りの時代)
原題はAge of Anger: A History of the Present (Farrar, Straus and Giroux, 2017)
著者はインド出身のパンカジ・ミシュラ(Pankaj Mishra)さん
まだ、日本語訳は出ていないようである
その主張を簡単にまとめると以下のようになる
昨年特に顕著になったが、それ以前から進行している現象がある
例えば、トランプ現象、ブレクジット、ポピュリズム政治、プーチン、イスラム過激派、、、
これらは文明の衝突では説明ができない
むしろ、「市民レベルの世界的な戦争」と捉えるべきだろう
「リベラルでコスモポリタンなエリート」対「進歩の果実にありつけない不満を持つ大衆」の戦争だ
これは一時的なものとは程遠く、大衆の怒りは根が深く、ますます増大するだろう
ヨーロッパの啓蒙時代に始まった流れに問題を見ることができる
当時、自由な個人が理性を用いて進歩に向けて励んだが、それは今まで有効な考えであった
それが人々に幸福を齎したからだろう
しかし、このやり方は人々が同じことをやるため、世界が均質化して来る
必然的に競争が入り、その過程で「ルサンチマン」(恨み)の感情が生まれてくる
この根にヴォルテールとルソーの対立を見ることができるだろう
一方に、理性とアングロサクソンの自由主義を謳い上げ、大衆から隔絶された「エリート」がいる
他方に、パリの社交界を拒絶し、近代社会にネガティブな感情を抱いた人間がいる
ヴォルテールの謳った自由は彼のようなある枠の中にいるインテリのためのものであった
彼はユダヤ人や黒人などを軽蔑していた
これに対して、ルソーは近代人が模倣と競争に疲れることを見通していた
それからの解放を求めたが、富や社会的地位の追求はルサンチマンを生み出すことを見ていた
その結果、テロリズムやデマゴギーが現れるが、それは18世紀の終わりから始まっている
イスラム過激派は宗教の産物ではなく、近現代の産物なのである
啓蒙時代に始まる進歩には著しいものがあるが、そこには欺瞞が含まれている
確かに寿命は延び、死亡率は減っているという数字はある
しかし、すべての人がその恩恵に与かっているだろうか
それが幸福な生活に結びついているだろうか
失業や故郷喪失、そして環境破壊などから来る生活の質の低下はないだろうか
解決策はわれわれのような作家やインテリが新らたにこの問題を考え直すことだろう
いかなるイデオロギーからも自由になって
わたしの言葉で言えば、枠組みのない更地から考え直すことが重要だということになる
この姿勢は、どのような問題を考える時にもカギになるものだろう
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