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2023年2月13日月曜日

コリングウッドによる偉大な哲学者


























久し振りにコリングウッド(1889-1943)を開いてみた

そこに次のような記述があった

非常に高いレベルの哲学的天才としてサミュエル・アレクサンダー(1859 -1938)とアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド (1861-1947)の二人を挙げ、デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)以降見られなくなった哲学的著作の偉大な作風に戻るものであるとして、こう続けている

すべての偉大な哲学者はこの心の平静さを持ち、彼らのビジョンが明確になるまですべての情熱を注ぎ込み、まるで山の頂から「もの・こと」を見ているように書くのです。これが偉大な哲学者を際立たせる気品なのです。それを欠く書き手は読むに値するかもしれませんし、そうでないかもしれません。いずれにせよ、その書き手が偉大さには至っていないことは確かです。



 




2022年12月28日水曜日

コリングウッドによる自然(72): 現代の自然観(14)新しい物質論(3)



























ここでもまた、物質の根本的な概念が大きく変化していることが明らかになる

古い考えでは、1個の物質はそれがそれであるものである

そのため、永遠に変わらない性質を持っているので、様々な機会に様々に振る舞う

1つの物体が衝撃あるいは引きつける際に力を及ぼすのは、それ自身の中にある質量を持っているためである

しかし今では、物体に属するエネルギーがその振舞を説明するだけではなく、各物体の質量や延長をも説明する

1立方インチの鉄がその大きさであるのは、鉄を構成する原子の引力と斥力の平衡によるが、鉄の原子はそれを構成する電子の引力と斥力のリズミカルなパターンによっている

従って、化学的特性だけではなく、物理的、量的性質さえも活動の関数として考えられているのである

ここで再び、化学だけではなく、物理学の基礎的な領域においても、物質と精神・生命との新しい類似性が現れた

物質は、存在が運動と独立し、運動に先立つ領域にあるものとして精神や生命と対比されるものではないのである

このような意味を科学的にトレーニングされた哲学者によって明確に認識されていたことを示すために、初期の数学者、物理学者としてのキャリアが哲学者として仕事で見事に継続されているホワイトヘッド(1861-1947)の『自然と生命』の一節を引用してみよう

古い見方は変化を取り出して、ある瞬間の自然の全実在を考えることを可能にする。ニュートン(1642-1727)の見方によれば、そこで省かれたものは近接する瞬間における空間内での物質の分布の変化であった。しかしそのような変化は、ある瞬間における宇宙の本質的実在とは無関係なものとされたのである。移動は偶然であり、本質的ではなかった。同様に本質的なのは、持久であった。・・・現代的な見方では、過程や活動や変化は事実の本質なのである。ある瞬間には何も存在しない。各瞬間は事実を集める方法に過ぎない。従って、単純な根本的範疇とされる瞬間はないので、ある瞬間には自然は存在しないことになる。










2022年4月25日月曜日

ホワイトヘッドによる哲学



























ホワイトヘッドが考えた哲学の機能とは

哲学はすべての知的探求の中で最も効果的なものである

それは職人が石を動かす前に大聖堂を建てるものであり、精神の建造物の建築家である

精神的なものが物質的なものに先行するのである

哲学はゆっくりと動く

思想は長い間休眠する 

そして、言わば突然、人類はその思想が制度の中に具現化されていたことに気付くのである 

 




 

2021年5月15日土曜日

ホワイトヘッド、あるいは飛翔から着陸へ















トゥールのアパルトマンを目にしてから、気分が少し変わってきたようだ

それは昨年3月に日本に戻ってから徐々に形成され、今年に入って固まりつつあった気分と比較してなのだが、

寧ろ、それ以前に日仏を往復していた時期に日本に戻った時の気分に近くなっているように見える

現状に埋没しない視点をより明確に意識できるようになったということだろうか

その日感じた懐かしさの正体は、1年前にそこで生きていた自分の姿を見たからかもしれない


ところで、ホワイトヘッドの『過程と実在』をゆっくりと読み始めている

まだ冒頭のところだが、いくつかのことが見えてきた

かなり大雑把ではあるが、一つはガチガチの硬直した思考ではなく、柔軟性と希望のようなものを感じたこと

二つは、自分の考えていることに通じる思想が展開されているような予感がすること

例えば、彼はこんなことを言っている

真の発見の方法は、航空機の飛行によく似ている。それは個々の観察の大地から出発する、そして想像力による普遍化という希薄な大気圏へと飛翔する。さらに理性的解釈によって鋭敏にされ更新された観察のために元のところへ着陸する。

この道順は、以前にエッセイに書いたことと繋がるように見える

絶対的真理への道、その第一歩はあらゆる生の経験を意識することか
医学のあゆみ (2017.11.11) 263: 551-555, 2017

このタイトルの後段に繋がることも言っているようだ

わたしの今の立場をホワイトヘッド流に言えば、次のようになるだろうか

これから着陸して、飛翔中に得たものをより堅固なものにする段階に入った

これからも折に触れて読んでいきたい