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2020年3月15日日曜日

エピステモロジー(15)+ アメリカ大統領民主党予備選




信頼性主義(4)

しかし、我々は信頼のおける目利きであり、抜け目ない天才の騙しの犠牲者にもなり得ることはないのか
T が今歯を磨いていると想像し、実際にそれは彼がしていることだが、それを信じる理由が何もない場合
わたしは信頼のおける目利きなのだろうか

知識を獲得する信頼性ある過程でないことを見つけるにはどうしたらよいのか
例えば、わたしがある朝、A が電車を降りるのを見たとしよう
わたしの信念が形成される過程はどれだろうか
(1)知覚、(2)目による知覚、(3)朝の目による知覚、(4)駅での朝の目による知覚、そしてこんなのもありだろう。(5)A が帽子を被っている時の駅での朝の目による知覚
(1)から(5)の中で、わたしの信念を正当化する適切な過程はどれだろうか
それが厳密で狭義のものであれば、この過程の信頼性は完璧になるだろう
しかし、(1)のように一般的なものであれば、同じ過程から生まれた二つの信念の一方しか正当化されないこともある

この違いはどう説明されるのだろうか
このような反論の議論が生まれるところが、信頼性主義を生きたオプションにしているのである
なぜなら、それに答える可能性がおそらくあるからである
例えば、先に挙げた信頼性主義のゴールドマン流の定義の(2)がある
S の信念が形成された過程の他に、それに従ったとしても S が p を信じることにはならないような信頼性ある、あるいは条件付きで信頼性ある過程がない場合
これが上のような反論に答えることを可能にすることはないのだろうか
読者はここで、それを考え、いろいろな例を見つけたり想像したりするのがよいだろう
エピステモロジーとはこのように気晴らしになる楽しいことなのである



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アメリカ大統領民主党予備選

head-to-head の討論会を明日に控え、気になるニュースを目にした
バイデンの認知能力低下を取り上げるものである
サンダースは78歳であることは知っていたが、バイデンも77歳である

この問題は前から燻ぶっていたようだが、大々的には取り上げられて来なかったようだ
前半の戦いでは殆ど死んでいたので、注目する人が少なかったからではないかと思われる
ただ、ここに来て最有力候補となり、選挙戦での言い間違いが無視できなくなったということだろう

例えば、自分は上院議員に立候補していると言ったり、演説中に文章を作り終えることができない
あるいは、いつ大統領になるのか、今どの町に来ているのかも答えられないこともあるという
この世界のどこに自分がいるのか分からなくなっているというのだ
民主党の中枢はバイデンをできるだけ表に出さないようにしようとしているという

しかし、この状態で民主党の候補になったとしてもトランプとの討論会を乗り切ることができるのか
もちろん、バイデン個人に対する批判ではない
たとえ彼が大統領になったとしても職責を全うできるのかという問題だという論調である
サンダースはこの点への言及を避けている

いずれにせよ、明日の討論会がどのように展開するのか、注目したい







2020年3月13日金曜日

エピステモロジー(14)



暫くご無沙汰していたが、信頼性主義について続けることにしたい


信頼性主義(3)

少しでも信念が信頼性ある認識過程に由来するとすれば、S の信念は正当化されると言うのは不十分である
なぜなら、S はこの信念を正当な理由で弱める可能性があるものを考慮しなければならないからである
もし S が5歳の時に赤い自転車を持っていたことを思い出すとすると、彼の信念においてはそのことが正当化される
それを信じることを妨げる信頼性ある過程があれば別であるが

例えば、S は子供時代の記憶の信頼性を疑う心理学者(そして大部分の人間)の証言を無視すべきではない
従って、次のようなフォルミュール(ゴールドマンを改変)に辿り着くだろう
S の p に関する信念が正当化されるのは、次の二つの条件が満たされた時だけである。(1)それが信頼性ある認知過程によって生まれたものである場合、そして(2)S の信念が形成された過程の他に、それに従ったとしても S が p を信じることにはならないような信頼性ある、あるいは条件付きで信頼性ある過程がない場合。
このように、信頼性主義の単純さ(我々の信念は信頼性ある過程によって正当化されるとする)は幾分失われる

ゴールドマンはこのフォルミュールに問題がないわけではないことを認めている
本質的なことは、知識の定義から認識論的正当化の条件を作るのは止めるというのが妥当だということである
信頼性主義は、知識であるべきもののアプリオリの基準を提案するのではなく、知識の事実から出発する
知識の形成のされ方を記述し、それに影響を与える枠を明確にしようとするのである


(つづく)







2020年3月7日土曜日

エピステモロジー(13)



信頼性主義(2)

欠陥のある過程は何か共通のものがある
それは、「信頼性の欠如」を共有し、殆どいつも間違いを生み出す傾向があるということである
反対に正当化を付与する過程は、「信頼性」という一つの特徴を共有している
それは、一般的に正しい信念を生み出す

ある信念の正当化の状態は、信念の原因となる過程の信頼性と関連する
その信頼性が、間違いではなく正しい信念を生み出す過程の傾向から成るという限りにおいて
従って、正当化は S がその信念について持たなければならないメタ認知的信念の問題ではない
例えば、デカルトの場合のように、無謬性、反証不可能性、確実性などの基準を満たすというような
そうだとすれば、子供(や動物)の信念の正当化をすべて禁じることになるだろう

我々の信念が信頼できる過程によって正当化されるためには、その過程が完全に無謬性である必要もない
すべての機能不全に対して保証されていなくても信頼できる過程として受け入れる
条件付きで信頼できるもの、すなわち、一般的に正しい信念に導くものでさえあればであるが


(つづく)







2020年3月5日木曜日

エピステモロジー(12)



信頼性主義(1)

ここで再び、懐疑主義の挑戦に戻ってみたい
それは、最も深く根付いている我々の直観の一つに突き当たる
すなわち、我々は多くのことを知っているというものである
個人的に振り返っても、人間は本当に多くのことを知っているということに日々驚いている

懐疑主義の挑戦に答えるということは、普通の規範とは異なる認識論的正当化の規範を処方することである
この規範を適用することで懐疑主義を回避できる
認識論的正当化は、ある信念が正当かどうかを決めることを可能にするメタ認知的信念に基づいている
それを軽んじることは、認識論的に間違っており、無責任であることになる

しかし、懐疑主義者は策を弄すること巧みである
要求水準を上げ、規範は満たすことが不可能になる
もう一つは、我々の確実な直観を考慮に入れるやり方である
つまり、普通の規範が最終的には十分に満足のいくものであることを説明することである

アルヴィン・ゴールドマンは、ある信念はそれを正当化する過程や特性から正当化された状態を引き出すとした
従って、信念を正当化する過程がなければならない
しかし、主体が理由を持ち、それがその信念を持つことを正当化することを意味しない



アメリカ大統領民主党予備選

スーパーチューズデーを終わった段階での代議員獲得数は、大体以下の通りとなった

ジョー・バイデン 467
バーニー・サンダース 392

サンダース包囲網が効いたのか、取ると思われていた大票田のテキサスなどを落とした
やはり優勢が伝えられていたカリフォルニアも落とすことになると難しいと思っていた
しかし、そこは踏み止まったようである

代議員の過半数に当たる1,991にどちらが到達するのか
これからも折に触れて覗くことになりそうである


(つづく)