2022年5月28日土曜日
シェリング『学問論』第8講を読む(つづき)
2022年5月27日金曜日
シェリング『学問論』第8講を読む
「考察の目的」
「キリスト教の根本性格」
「歴史の三つの時代」
「キリスト教の歴史的構成」
2022年5月26日木曜日
シェリング『学問論』のこれまでを振り返る(4)
2022年5月25日水曜日
シェリング『学問論』のこれまでを振り返る(3)
2022年5月24日火曜日
シェリング『学問論』のこれまでを振り返る(2)
2022年5月23日月曜日
シェリング『学問論』のこれまでを振り返る(1)
2022年5月17日火曜日
シェリング『学問論』第7講を読む(つづき)
2022年5月16日月曜日
シェリング『学問論』第7講を読む
「哲学と道徳の対立」
「哲学と宗教の対立」
「哲学とその他の学問との関係」
「哲学の内的組織」
「事実的学問の区分」
「学部相互の関係――カント『学部の争い』に触れて」
それでは始めたい
「哲学と道徳の対立」について
知と行為の対立は、本来存在するのは実践哲学だけであり、理論哲学は存在しないとする似非啓蒙主義の直接の子孫である
道徳とは神に似た心情であり、具体限定的なものを超え、普遍的領域へと高まることである
これは哲学でも同様で、両者は分かち難く一致している
それは哲学が道徳に服属するのではなく、両者は本質的、内的に等しいからである
行為の世界は知の世界と同様にそれ自身絶対的であり、倫理学は理論哲学に劣らず思弁的な学問である
従って、倫理学も哲学同様構成なしには考えることができない
道徳は普遍的な自由――公になった道徳――において客観的なものとなる
この道徳的な組織の構成は、思弁的な理念に基づいている
道徳という概念は長らく消極的なものでしかなかったが、それを積極的な形式において明らかにすることが哲学の仕事になるだろう
思弁を恐れ理論的なものから立ち去り、実践的なものに急ぐとすれば、そこには知におけると同じ浅薄さが表れるだろう
厳密に理論的な哲学研究だけが、行為に強さと道徳的意義を与えるのである
「哲学と宗教の対立」について
これは、古くから言われている理性と信仰の対立という意味ではなく、無限なものの純粋直観としての宗教と純粋直観の同一性から出ていく哲学との対立である
哲学は本性上絶対性の内にあり、その外には出ていかない
哲学は無限なものから有限なものへの移行を知らない
哲学は特殊性を絶対性において、絶対性を特殊性において把握できるという可能性に基づいている
絶対的なものに関わる精神の最高の状態は、できる限り無意識的であり続けるか、全く無垢な状態でなければならない
哲学は絶対的なものの理念を確立し、主観性から理念を解き放ち、できる限り客観的な形式で示そうとしてきた
しかし、絶対的なものは、学問を軽視するための主観化の最後の手段とされてしまった
この種の無能力や意欲のなさが、より高い要求から逃れるために宗教へと撤退するのは不思議なことではない
哲学によって宗教を手に入れることはできないし、宗教が哲学を与えたりすることもできない
内なる美となる自己自身との調和は、客観的能力と関係なく手に入れることができる
主観的なものでしかない内なる美を、外に向かって客観的に示すには別の能力が求められるのである
一切の芸術は、自然と宇宙の直観から出発して再び直観へと帰る
しかし、そう聞いている人も経験主義に従って、個々の現象あるいは特殊なものを自然だと考え、それを感情状態の比喩で表現することになるのである
最高の学問すなわち哲学においては、自然と神、学問と芸術、宗教と詩とが(つまり、あらゆるものが)一つに根源的に結び付けられている
この学問が自分の内であらゆる対立を捨てていれば、自分の外においても他のものと対立することはない
「哲学とその他の学問との関係」 について
哲学は根源知そのものの学問であるが、それは観念的にであって実在的にではない
もし知性が知るという一つの働きによって、絶対的なものの全体を実在的に捉えることができるとすれば、それは知性が有限であることを止め、一切を現実に一として捉えるだろう
根源知の実在的な表現は、哲学以外のすべての知である
両者を分けているのは具体的なものという要素で、分離と区分が後者を支配している
後者の知は個人においては実在的に一にはなれず、人類全体においてのみ一となる
現実の知は根源知の継起的な顕示であるため、必然的に歴史的な一面を持つ
あらゆる歴史は、理念の表現として外的な組織を実現することへ向かう
学問の方も客観的現象と外的な組織を与えようと必然的に努力する
学問のこの外的現象は、根源知すなわち哲学の内的な組織の表現としてのみあり得る
しかし、根源知においては一なるものも、外的現象になると分離して表現されるのである
◉ 「哲学の内的組織」、「事実的学問の区分」、「学部相互の関係――カント『学部の争い』に触れて」 については明日以降に読むことにしたい
2022年5月13日金曜日
シェリング『学問論』第6講を読む(つづき)
2022年5月12日木曜日
シェリング『学問論』第6講を読む
2022年5月10日火曜日
シェリング『学問論』第5講を読む(つづき)
2022年5月9日月曜日
シェリング『学問論』第5講を読む
「哲学は国家にとって危険であるという非難」「通俗的な悟性の立場からの非難」「功利主義の立場からの非難」「さまざまな学問からの非難」「哲学は流行に属するものだとする非難」
私は下劣なる愚民を憎み遠ざける(ホラティウス)
2022年5月8日日曜日
シェリング『学問論』第4講を読む(つづき)
2022年5月7日土曜日
シェリング『学問論』第4講を読む
「根源知と学問」「特殊知と普遍知の対立」「空間と時間」「理念の認識と数学」「哲学とその直観」
2022年5月5日木曜日
シェリング『学問論』第3講を読む
「本講の意図」「学問・研究の歴史的側面」「学問・研究の芸術的側面」「手段となった学問・研究の弊害」「大学以前の勉学」「語学の学習と文献学」「以下の講義の展望」
2022年5月4日水曜日
シェリング『学問論』第2講を読む
2022年5月2日月曜日
シェリング『学問論』第1講を読む
シェリングの『学問論』を読み進むことにしたい
この講義は1802年夏にイェーナ大学で行われたものである
第1講は「学問の絶対的概念について」となっている
仮に「講義の意図」、「根源知」、「知と行為」の3つのセクションに分けられている
まず「この講義の意図」について
大学に入っても学問研究の羅針盤がない場合、次の2つのケースが想定される
一つは、核心に迫ることなく、無秩序にあらゆる方向を彷徨い歩くケース
二つは、それほど素質がない場合に起こることで、低俗なことに没頭したり、あるいは将来の外面的生活に必要だと考えるものを機械的に、記憶力に頼って詰め込もうとするケース
このようなことが起こるので、研究の目的と方法に関する授業が必要である
もう一つの問題は、専門の中に埋没して普遍的なもの、絶対的なものについて考えが及ばないことである
専門に入る前に、全体の認識、全体における専門の位置の確認が欠かせないのである
「普遍、絶対」に我々の本性を解き放つためには哲学が相応しく、その仕事は哲学にのみ期待できる
「根源知」について
探求の基礎にあるものとして、それ自身において無制約な知、知の中の知である「根源知」がある
それは、観念的なものであると同時に実在的なものであるという統一性で、絶対者の理念である
つまり、あらゆる知が神的存在と結び付こうとする努力であることを示している
個別の知は「根源知」の部分として含まれているので、「根源知」に関わりのない知は実在性も意味もない
この統一性と全体性との精神において考えられていない思想はすべて空虚であり、廃棄されなければならない
「知と行為」について
よく「行動せよ!」という声が聞こえる
そう叫ぶ人は知に不得意な人である
知、特に哲学的な知は、誰でもできることではない
行為の目的となる知とは、どのような知なのか
絶対者の本性は、絶対に観念的なものが同時に実在的なものであることであった
絶対知はどの活動においても、この不可分の二重性がなければならない
時間の中にある知と時間の中にある行為では、知と行為は必然的に分離する
しかし、理念の中では知と行為はその絶対性のゆえに、一である
有限性の中で把握される限り、両者は対立する
知を行為への手段として把握する場合には、必然的に対立が生じるのである
それは知を日常の実践から得た概念でしか捉えられないからである
その場合、学問は何かの役に立つことに貢献すべきだと考える
彼らは絶対的な知と行為の関係を理解していない
そのため、一方を他方の手段と見なすことになるのである
根源知でないような真の知は存在せず、それ自身のうちに神の本質を表現しないような真の行為も存在しない
それは、絶対的な必然性による以外に真の自由は存在しないという関係と同じである
2022年5月1日日曜日
シェリングの『学問論』を読み始める
本屋さんで帯に惹き付けられ、手に入れた
新訳として出たばかりのシェリング(1775-1854)著『学問論』
帯には「国家は哲学に対しては無制限の自由のみを与える義務がある」とあった
まず、後ろにあった本書の成立背景や解説に目を通す
わたしの中に出来上がっているものとほぼ完全に重なる内容のようである
シェリングの考えはその後のいろいろな本にも表れていると思われる
それをわたしも読み、納得したために自分の考えとして沈殿して行ったのかもしれない
「自分の考えを知るためには、過去人を読まなければならない」というフォルミュールを作ったことがある
そのメカニズムは、実はこういうことだった可能性がある
シェリングの主張は大体予想されるが、読み進むことにしたい

















