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2020年5月16日土曜日

哲学における論理学の役割(14)





哲学史における論理学(3)

「もの・こと」をこのように語るのが正しいのだと仮定する
その場合、教養課程や哲学の道具として言語の解析や帰結理論に関わる論理学の排除は、哲学史の余談になる
全体的に見ると、これは長い歴史の中の2世紀を表している

20世紀のフランスでは、デカルトの明証主義は放置されたままであった
しかし、形式的な方法や論理学の拒絶は存続していた
論理学は何も生み出さない、真の思考の方法ではない、哲学者は遣り過ごしてもよい
このような意見が優勢であり続けたのである

真の思想家は天賦の才能(ingenium)を持っている
ドゥルーズガタリの『哲学とは何か』の序は、この点から見ると重要である
彼らはこう言っている
論理学的解析は、認識論、言語学、精神分析のように、哲学にとっての「無礼」で「最悪の」宿敵である

宿敵が非難されているのは、かなり曖昧なままなのだが、概念の創出者(哲学者)の思考の自由を攻撃するからである
そこに、論理学を哲学の道具とした哲学の伝統全体との断絶がある
広い意味でこれらの問題を扱ったアリストテレスの論文に与えられた名前の「オルガノン」は道具の意味であった

論理学の拒絶は、20世紀の哲学において重要だったことに関して無理解であったことを物語っている
特にドゥルーズガタリにおいて明らかである
自分の時代に敏感で、その哲学的思考が時代の深い意味を掴む能力に基づくとされる哲学者にしては意外である








2020年5月15日金曜日

哲学における論理学の役割(13)




哲学史における論理学(2)

それでは、特にデカルトには何が起こったのだろうか
それを理解するためには、『精神指導の規則』の規則第二と第十を読むとよいだろう
デカルトは彼が弁証法と呼び、我々が論理学と呼ぶだろうものの中にある知的競争心に何も反対しなかった

しかし、彼は論理学を形而上学と哲学に固有の方法としては拒否し、数学が構成する方法を採ったのである
デカルトが数学から学んだものは、急いで言えば、特に幾何学において真理の直観的把握が果たす役割である
認識の理想として数学的明証性を提示することは、論理学の形式的な方法の価値に疑義を差し挟むことになる

結局のところ、議論を点検することは、本質の補助的側面にしか過ぎない
方法序説』や『省察』が書いた認識の苦行について精神の回心を通して至る証拠である
デカルトの思想は17世紀と18世紀に多くの批判の対象になった

しかし、明証性の決定的役割のために、優先的方法としての論理学を拒絶した
それが、この時代以降の哲学に深い刻印を残したのである
この視点から見れば、ライプニッツは輝かしい例外である
フレーゲと分析哲学、一般的にはハノーファーの哲学者とを結ぶ絆は、この点で明らかである

重要なことは、デカルト的で反ライプニッツ的な一般的な傾向である
形式的方法と議論における論理的価値の検討の拒絶である
この反形式主義はフレーゲや一般的には分析哲学者まで続いた
その中には、ラッセルヴィトゲンシュタインカルナップ、ポーランドのルヴォフ・ワルシャワ学派が含まれる
彼らは数学の前提となっている方法である直観的明証性より、言語や議論の論理的検討の解析に重きを置いていた

(つづく)







2020年5月14日木曜日

哲学における論理学の役割(12)




哲学史における論理学(1)

思想史について何世紀にも亘って意見を述べることは、単純に滑稽ではないとしても無謀なことである
しかし、それをやってみようではないか
読者にはこの話を少し後ろに下がって、いくらかの皮肉をもって読んでいただくようにお願いしながら
現状を理解するためには、それが不可欠なのである

まず、中世における哲学から始めよう
このテーマについて語り始めると、時代錯誤の危険性が大きくなる
18世紀のパリ大学哲学科の学生と今日の学生の間に大きな共通性はなく、その知的世界は大きく異なっている

しかしデカルト以前には、哲学と神学の研究と本格的研究全般は、論理学の学習から始まったことが明らかである
今日の哲学科の学生と中世のパリでサント・ジュヌビエーブの丘に足繁く通う将来の聖職者には多くの共通点がなかった
それと同様に、当時の論理学はフレーゲ以後の正式な学科と同一視できない

中世における論理学(logica vetus=old logics)はまず第一に、リストテレスのテクストの研究であった
具体的には『範疇論』、『命題論』、ポルピュリオスの『エイサゴーゲー』(リストテレスへの注釈)である
ボエティウスもこのような注釈をしている

12世紀の中頃から、新たに再発見されたリストテレスの3論文と遅れて発見された1つを新しい論理学とした
logica modernum=modern logicsである
論文とは『分析論前書』、『詭弁論駁論』、『トピカ』で、後から見つかったのが『分析論後書』である

これは用語(言語)とその帰結(議論)の理論である
研究の構成の中心には、自由七科(リベラル・アーツ)がある
言語に関わる三学(トリウィウム: trivium)と数学に関わる四科(クワードリウィウム: quadrivium)に分けられる

三学とは、文法、修辞学、論理学である
それぞれの学生はこれらを必ず実践しなければならなかった
真理に至るためには論理学が不可欠であるという考えが優勢だったのである

(つづく)