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2017年11月9日木曜日

雨の東京から雨のトゥールへ



出発の東京は雨だった
空港では荷物の重量オーバーで超過料金を取られた
こういうことはなかなかない
準備不足のため、関連資料をすべて持参しなければならなかったことが大きな原因になる
それに日本で紙製品を買ったことが影響した

乗り換えが大変になるとは思っていたが、その通りになった
ただ、すべては想定内で、やはり雨のトゥールに無事戻った
春の時よりはさらに日本との落差が小さくなり、殆ど同じ平面になっている
より重要なのは、こちらの意識レベルが日本における第三層に当たるということだろう
この現象には以前から気付いているが、今回それがより明確に感じられた





2017年11月7日火曜日

最終日の感想、改めて "J'observe donc je suis"



今回の滞在最後の日を迎えた

全く予想ができない、かなり無謀な活動計画ではあったが、何もなかったように終えることができた
その過程でいろいろな問題が見えてきただけではなく、いくつかの決断をすることもできた
これらは現場に身を置き、人と接することが齎してくれるものだろう
動きの中で自然に決まってくることが少なくない
そのことを今回も経験することになったが、その感度は毎回上がってきているようである

まず、一日がどれだけ長い時間を持っているのかということ
物理的な時間しか頭にない場合には、その短さに怯む
それとは別に、主観的な時間、その中に入ると永遠を感じることができる時間がある
今回、最後の最後まで熟成させ、搾り取ることができたのは、まさにこのお蔭である
要するに、終わるまで終わらないのである
このメカニズムを理解し、使うことができると、いずれ奇跡が起こるかもしれない

そして、最近気付いたことを今回も確認することができた
それは、関係がないと思われていた異なる活動の間に繋がりが見えてくることである
そこから、何かより大きなものに広がって行くのではないかという期待感が生まれてくる
これは目を凝らしていなければ見えてこないものなので、これからも細心の観察を続けたい
まさに、"J'observe donc je suis." に相応しい






2017年11月6日月曜日

フランス大使館でのランデブー



先日、パスツール財団を訪問した際に出ていたお話を少し前に進めてはどうかということになってきた
具体的に進めることができるかどうかを探るために、一緒に来るように渡辺様から連絡が入った
本日、そのランデブーが仏大使館であった

来年は日仏友好160年に当たるという
それに合わせた企画が科学技術の分野でも検討されているという
その一環としてパスツール財団のプロジェクトを組み込むことができそうな感触であった
まだ問題は残されているものの、という条件は付くのだが、、
問題が解決され、プロジェクトが実現されることになれば素晴らしいだろう
まだ先の話なので様子を見るしかなさそうではあるのだが、、






2017年11月5日日曜日

吉野山奥千本『西行庵』へ



吉野山散策、今回で最後になる
修行門からきつい登りが始まる
時に下界を見ながら只管歩く

先に「いま・ここ」に意識を集中して歩くと書いたが、それはこうも言えるものである
「自分は全く動かず、周りが過ぎ去っていく」という感覚である
この感覚を体得して久しいが、このような苦痛を伴う局面では特に有効である
今回もそれが実証されたことになる




金峯神社と義経の隠れ塔の案内が現れた





金峰神社は吉野山の地主神、金山毘古命(かなやまひこのみこと)が祭神
少し高いところにあるので、今回は敬遠
下ったところにある義経隠れ塔に向かう





隠れ塔はどうということはない建物に見えた
元に戻るためには再び上らなければならないことを忘れていた
そして、さらに歩みを進める
只管である







道行は、わたしが「内なる友」と呼ぶ相手との会話を交わしながらであった
マルセル・コンシュ氏が「内なる神」と呼んだものである
しかし、アリストテレスも知性は「我々の内なる神」と言っている
しかも、それがヘルモティモスのものであれ、アナクサゴラスのものであれ、と加えている
「すべては考えられている」のである
しかし、それはどうでもよいことだと考えるようになっている
問題は、それを自分が発見できるかどうかだからだ

ところで、この紀元前6世紀のヘルモティモスという方
wikiによれば、物理的な世界は静的であるのに対して、心こそ変化の原因になると考えていたようだ
アリストテレスによれば、アナクサゴラスに先んじて、このことを唱えたとされる





今回の目的地である西行庵の案内が現れた
下千本の辺りの茶屋の御主人は、西行庵に行く最後はちょっとした下りですからね、と言っていた
広い緩やかな下りの道があるものだと勝手に想像していた
しかし、様子が変である
「ちょっとした」が曲者であった




まず、道が狭い
左の方は谷で右は山、台風の後で山が崩れて道を塞ぎ、しかも土が濡れている
気を付けないと危ない
山側には手摺りが付いている

最近、この体は自分の意思の下にないことに気付き始めている
以前であれば、思えば答えてくれた
しかし、いまでは意思に耳を貸さなくなっているのだ
こちらも体を信用しなくなってきた
今回ほど手摺りのお世話になったことはないのではないだろうか
緊張しながら歩いて暫くすると、目的地に辿り着いた





見晴らしの良い方には休憩所のようなものが建っている
一人ゆっくりとされている方がいる
そして、目を右にやると目的の建物があった
なぜか、あっけない





庵にはこの日二度目の西行さんが座している
こんな粗末なところに3年ほど住んだとのことだが、冬もここで越したのだろうか
 




休憩所に行き、下を見るとこの景色
今回はこれで満足とすることにした
ただ、紅葉が進むとどれだけ素晴らしいだろうかと想像はできた
そして、春の桜の季節も
しかし、人が溢れた中では味わいたくない空間にも思えた
 




庵を目にした時、その前に座って絵を描いている方がいた
丁度、左手の木の根が見えなくなる当たりである
上の写真では、碑の写真を撮っている方である
どれくらいここに座っていたのだろうか
わたしを含めて三人だけの空間であった





西行さんも使ったと言われる苔清水で手を浄める
岩の間から小さな蟹が顔を出した
写真を撮ろうとしたところで姿を隠した





そうすると、今まで気付かなかったこんな置物が目に入ってきた
実はもう一組置かれてあった
他の場所でもこういう仕掛けがされていた




そして句碑もあったが、苔でよく読めない
拡大すると
 春雨の こしたにつたふ清水哉
 『笈の小文』に出ているようだ

今回吉野を歩いて感じたことは、ここは俳句ではなく短歌で詠む世界ではないかということ
情念を揺り動かされるような何かがあるところだからだ
いずれにしてもどちらも駄目なので、自分には直接の関係はないのだが、、




この穏やかな稜線と水墨画を思わせるその色合いがなかなかよい
こころを穏やかにしてくれる




西行庵から上ったあとは、只管下るだけ
これが意外にきつい
それでも2時間はかかったのではないだろうか
一体何時間かけて登ったのだろうか
帰路、われながら感心しながら歩いていた

そして今回、下を行く曲がりくねった道を眺めることが快感となった
あそこを登って来たのだという満足感が湧くからだろう
初めてのことである




登り口まで降りると地図があった
左下の吉野駅から右上の西行庵を往復したことになる
どれだけの距離を歩いたのか、ネット検索したところ、以下のサイトがなかなか良くできている

ヤマレコ

この図によれば、片道7-8キロで15キロを往復したことになる
このようなサイトを最初に見ていれば、おそらく行ってみようなどとは思わなかっただろう
空を見上げて座っているだけの者にしてみると、考えられないことであるからだ
最初に見た漫画の地図さまさまである




夕方の黒門の辺りは朝とは打って変わって結構な人出だった
出発点に近づいた時、大きな満月が目に入った
吉野の月も拝むことができ、思い立ったが吉日の散策も満足のいくものになった





夕方の5時ごろ吉野の駅に到着
駅横のお店で焼き立てのよもぎおやきを頬張ってから帰路についた







2017年11月4日土曜日

不思議な出会いの吉野山



吉野山散策の記事も3回目となった
どのような順序で歩いたのか分からないので、地図を頼りにその後を辿ってみたい
勝手神社から只管登っていたのだと思う
暫くすると、後醍醐天皇(1288-1339)の歌碑が現れた







さらに登って行き、展望台のようなところに入った時のことである
おそらく「花矢倉」と名付けられたところではないかと思うが確かではない
車で来られていた方が、途中まで一緒にいかがですか、と声を掛けてくれたのである
背広にワイシャツに革靴という登山ではあり得ない姿なのを見て、心配されたのかもしれない
これから先どれくらいあるのかもわからなかったので、ご一緒することにした

関西在住で、退職後に趣味の絵や山歩きで悠々自適の生活をされているとのこと
この辺りにもお詳しいようであった
色々な話題について話すことになったが、日本人の宗教観が特に印象に残った
わたしのように科学者の中で過ごしてきた者にはなかなか想像できないことだったからだろう

日常の暮らしの中で、日本人は宗教心に溢れていることを感じているという
現世と来世という観念があり、来世のために現世で功徳を積むという考え方の人が多いという
身の周りにそのような人を見掛ないとなかなか分からない現実である
日本人が無宗教という考えには賛成しかねるご様子であった

確かに、日本の至るところに亡き人を悼む碑があることに気付くようになっている
立派なものから目立たないものまで
今回も山奥まで実に多くのものを見ることができた
これも宗教心の表れと考えてよいのだろうか
科学の世界が寧ろ異質な世界なのかもしれない





まず、吉野水分(みくまり)神社に案内していただいた
重要文化財であり、世界遺産でもある
門をくぐって中に入ると、建物の古い佇まいと静かな空間が待っていた
心も鎮まる
暫しの間、その空気を味わう








案内には、こうある
「水を配る」天乃水分神(あまのみくまりのかみ)を祀る、大和の国の四大水分の一つ
平安時代から「御子守(みこもり)」と呼ばれ、子授け、安産の神として信仰を集めてきた
本居宣長(1730-1801)の父親もここで祈願したことから宣長を授かったと言われる
そのため、宣長自身「水分神社の申し子」として3度訪れているという




入り口近くに西行さん(1118-1190)の像があった
実は、この日最後に辿り着く予定のところが西行庵なのである
それにしても想定外の素晴らしい空間であった




水分神社を出て、ここ修行門まで送っていただいた
別の山に向かわれるとのことで、ここで別れた
振り返れば、かなり重要な場所で道案内をしていただいたことが分かる
最初の場所が「花矢倉」であれば、これも不思議なところで声を掛けていただいたことになる
改めて感謝したい

修行門とは、その名の通り、これから修行に出る者を送り出すところ
確かに、坂がさらに急になったように感じた
これから先は、明日にしたい







2017年11月3日金曜日

吉野山散策始まる



今回の吉野「散策」は、久し振りに写真をふんだんに使って振り返ってみたい
すでに触れたように、吉野駅からケーブルに乗る予定だったが故障中
乗り場に続く道をゆっくり歩き始める
最初は少し苦しいが、そのうち慣れてきて苦しさがなくなる




歩き始めは感覚も鋭く、すべてが新鮮に感じられる
自然の中に身を置いた状態を意識すると、次第に体が消えてくるのが分かる
せせらぎも耳に心地よく、精神を浄める効果がある
そして、この日は自然の中にあるいろいろな形を見ることができた
最近、この「形を見る」ということに悦びを感じていることが分かってきた




この辺りから散策が始まるのだ、という気持ちになってきた




直ぐに紅葉はこれからだと分かる







こういう形を見るだけでこころが穏やかになってくる




少しすると、黒門(くろもん)が現れる
金峯山寺(きんぷせんじ)の総門に当たり、吉野一山の総門にも当たるという
この辺りは、まだ散策の気分である
この先にはお土産屋さんや食事処が連なっている




直ぐに「銅(かね)の鳥居」が現れる
正式名は「発心門」とのこと
重要文化財に指定されているようだ 





そして、金峯山寺の「仁王門」が現れたが、修復中の模様
修験道の根本道場で、国宝と世界遺産に指定されている




更に進むと、やはり国宝で世界遺産の「蔵王堂」が現れる
丁度人が降りてきたところなので、中を見られるかどうか訊いてみる
はっきりした声で、見られますと答えてくれたので上がってみることにする




檜皮葺(ひわだぶき)がこれまでに見たことのない色合いでなかなか良い
歴史の中に引き込まれるように感じる
ただ、残念ながら写真ではその色合いを感じ取ることができない 







村上義光が親王のために忠死したところが蔵王堂だったようで、境内にその碑があった
暫しの時を蔵王堂で過ごした後、更に歩き始める







人はあまり歩いていない
そんな中、知らない人が店の前を通るのである
お店の人が声を掛けてくれるが、その調子が何とも言えないのだ
相手の領域を邪魔しないように、しかしその中に入ることができるように
恰も両者のインターフェースを微かに振動させるように挨拶するのである
こちらも同じように答えるようにした




役行者が開基したと言われる東南院が現れる
修験行者の暫しの憩いの場になる宿坊だったようだ





中に多宝塔がある




庭には芭蕉の句碑があった

   砧打ちて我にきかせや坊が妻

『野晒紀行』に収められているようだ





坂道の途中には、いろいろな色と形のお店が目を楽しませてくれる




勝手神社の鳥居が見える



 


嬉しいことに、この日は7-8回この雲に出会うことができた
ひょっとすると、今回の滞在で初めてのことかもしれない




さらに歩みを進め横を見ると、先ほど通ったばかりの蔵王堂があんなに遠くに見える
これには驚いた
しかも心地よい驚きであった

アリストテレスの言う最高善とはどのようなものだっただろうか?
それは、何かのためにすることではなく、そのことをすること自体が目的になっているものである
何かのためにあることをするのは、価値としては落ちることになる

普段、座ってばかりいる人間にとっては、とんでもない山道を歩いている
しかし、歩いている時にはどこかに向かおうという気持ちが消えている
「いま・ここ」だけに意識が集中している
それ自体が目的になっているのである
その時、苦しみは感じない
どこかに向かうためにいま歩いていると思うと、それだけで苦痛になる

そしてその時、ニュートン的な時間も消えている
何時間歩いたのかということも気にならなくなる
そんなことは意識に上らなくなっているのである
これは実に気分の良いことであった
ベルクソンの言う「持続」に近い感覚が生まれているのではないだろうか
まだ旅の半ばだが、今回の道行を支えていたのは、実はこのメカニズムだったことが見えてくる

明日も続く