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2023年2月17日金曜日

最終校のゲラ校正を終える















本日、最終校の校正を終えた

今回は、前回の校正が反映されているかということと、文章の論理の流れに重点を置いてチェックした

読んでいて躓くところがないかという確認である

これでわたしの手を離れたことになる

内容の大部分は科学であるが、後半に向けて哲学的なところが出てくる

この本の主張はそれが当然の流れでなければならないというものなのだが、科学時代に生きる読者にこの考えがどのように映るのだろうか

こればかりは天空の住人には想像ができない

時が答えをくれることだろう







2023年2月14日火曜日

『免疫から哲学としての科学へ』の最終校が届く


















最終校となる第三校ゲラが届いた

今回は、これまでに手を加えたところが指定通りになっているのかを確認する作業になるだろう

始めたところだが、パラパラと校正すべきところが見つかる

ここで見落としがないようにしたいとは思っているが、どうなるだろうか

こうして読んでいると、報告されたデータを読み、それを表現しようとしていた最初の状態が遥か彼方に霞んでいる

あるいは、地中深く埋もれているように見える

これまでに蓄積された情報や考え方が濾過され、そのエッセンスを眺めているように感じる

ここに至るまでのいろいろな時期の営みが層構造を作って堆積しているようだ

やはり、最終段階にあるということなのだろう

あくまでも「今回の試みの」という条件付きではあるのだが、、






2023年2月11日土曜日

拙著『免疫から哲学としての科学へ』の案内を発見

































太陽の偉大さに畏敬の念を抱く毎日が続いている

太陽が顔を出さないと動き出す気にならない

そのエネルギーを必要としているのである

太陽のような星がなければ、この宇宙で生物が生存することは難しいということを改めて確認している

寒さは去年より緩いと思われるのだが、今年はそれに耐えなければならない

その感覚は受け取る側に変化が起こっているからだろうか



ところで先ほどネットサーフをしている時、最近二校の校正を終えたばかりの免疫試論の案内が各種サイトに出ているのを発見

まだ表紙などはできていないようですが、ここにメモしておきます

タイトルは『免疫から哲学としての科学へ』で、みすず書房から3月中頃に刊行される予定です

免疫を対象とした自然へのアプローチを模索した書になります

お読みいただき、ご批判をいただければ幸いです

よろしくお願いいたします











2023年2月5日日曜日

二校ゲラの校正を終える















このところ免疫試論の再校ゲラの校正にどっぷり浸かっていた

その間、他のことには注意が向かわないほどに集中していたが、やっとそこから浮かび上がることができた

全体にグリップを効かせ、隙間をセメントで埋めるというような感覚でやっていた

自分で書いたものを客観的に見るのはなかなか難しいので、編集者のコメントが参考になることが少なくなかった

全体に統一感と締まりが出てきたように感じている

途中、その昔よく聞いていた名前などが出てくると、何とも言えない懐かしさを感じることもあった

これらの感覚は初校では全く浮かばなかったので、不思議に思っている

来週には三校が届くはずである

今度はどんな感情が浮かんでくるのか、興味深い


これから春のカフェ/フォーラムのテーマに向き合うことができそうである




2023年1月18日水曜日

再校ゲラの読み、始まる


































今日は用事があり、電車に乗る

暫くするとこんなアナウンスがあり、内心ニンマリ

 「これから野生動物が出没するエリアを通過します
  やむを得ず急ブレーキをかけることがございますので、ご注意ください」

これまで聞いたことがなかったように思うのだが、、

用事は順調に終わった

あまりに順調だったためか、家に戻ってからハプニングが

そこにどんな意味があるのか、もう少し先にならないと分からない



ところで本日、免疫試論の再校ゲラが届いた

今回は、見逃したミスを見つけることと、読み心地がどんなものかがポイントになりそうだ

まだ冒頭部分だが、今のところ問題は見つかっていない

自分の中では、かなりこなれてきているという印象であった








2022年11月8日火曜日

免疫に関するエッセイの校正、真っ最中















このところ、免疫についてのエッセイ本の校正をやっている

まず注意するのは、事実誤認がないかどうかということ

これには神経を使うが、それでもどこかに誤りは忍び込むものだ

それをできるだけ少なくしようということだろう


それから、実際に書いている時には細部に入り込み、その中でいろいろ考え悩むこともあった

どこまで踏み込めばよいのか、どのように書けばよいのかなどなど

そこから抜け出て全体の中でその部分を読み直してみると、考えていた問題(どこまで、どのように)の扱い方が見えてくる

他の部分のレベルが見えるので、そのレベルに合わせて書けばよいのだと考えられるようになる

それは同時に、継ぎ接ぎのようになっていたところに流れが出るように書き変えることも要求する

まだもう少しかかりそうである







2022年10月31日月曜日

10月を振り返って




今月も纏めの時期となった

何をやっていたのか、早速振り返ってみたい


1)まず、月初めに3年ぶりにカフェ/フォーラムを再開したが、一昨日の札幌の会で無事に終えることができた

再開に当たっては心身の立ち上げが大変であったが、終わった今、開催してよかったと思っている

一つには、参加者の皆様との交換により、わたし自身に新たなエネルギーが注入されたように感じていることがある

二つ目として、カフェ/フォーラムが少しずつ変容を始め、有機体としての生命を持ちつつあるように感じられることである

更に進化することを願いたいものである

改めて参加者の皆様に感謝しながら、それぞれの会を振り返っておきたい


  第6回ベルクソン・カフェ+ 第8回カフェフィロPAWL(2022.9.28)

   テーマ: アラン・バディウ: 『真の幸福の形而上学』を読む


   矢倉英隆: シリーズ・科学と哲学 ①「ソクラテス以前の哲学者」
   渡邊正孝: 変性意識と無意識
   岩永勇二: 『免疫学者のパリ心景』発刊記念トークセッション!


   テーマ: パスツールのやったことを振り返る


   テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う


ところで、これまで年2回の開催だったが、来年は年3回の開催とすることとした

最初のシリーズは、以下の日程で行う予定である


 ● 第9回サイファイ・カフェSHE札幌 2023年2月25日(土) 15:10~17:20

 ● 第7回ベルクソン・カフェ+第9回カフェフィロPAWL 2023年3月1日(水) 18:00~20:30

 ● 第8回サイファイ・フォーラムFPSS 2023年3月4日(土) 13:10~17:00

 ● 第16回サイファイ・カフェSHE 2023年3月8日(水) 18:00~20:30


それぞれのテーマについては、決まり次第お知らせしたい


2)免疫に関するエッセイの校正が始まった

4月には書き終えていたので、半年間寝かせておいたことになる

編集者のコメントとともに読み返しながら、言いたいところをより明快に表現しようとしているところである

それと、先日も触れたが、文献の扱いを考えなければならない

ディジタル本であれば、そのまま使えるのだろうが、紙の場合にはそうもいかない

これからの課題である


3)今月もコリングウッド(1889-1943)による「自然」の分析を読んでいた

また、その中に出てきたプラトン(427 BC-347 BC)の『ティマイオス』にも目を通し、貴重な時間となった

コリングウッドに関しては、これからも続ける予定である





2022年10月28日金曜日

免疫に関する本の打ち合わせ、終わる
















現在、免疫に関するエッセイの校正を行っている

本日、編集者とズームでの打ち合わせがあった

一つの問題は、最初の原稿に入れた論文をどのように扱うのかであった

原稿を書いた時の方針は、記述にある事実がどこから出てきたのかをできるだけ詳しく引用することであった

これは自分の参考のためということもあった

そのため、参考文献が膨大になる

その中には、一般の読者には必要ないものまで含まれているはずである

その扱いをどうするのかということであった


極端な選択は、文献を一切使わないということである

このオプションを考えた時、体が軽くなるのを感じた

これまでは実験事実に基づいて書いていたため筆が重くなり、学術書のような感じになっていたと思われる

過去の報告に縛れていたのである

それが解けると思うと、もっと自由な書き方ができるような気がしたのだろう

今日のところ、現在の形と最も自由な形の中間になりそうである

ということで、文献の選択をしなければならなくなった

一冊の本を出すということは大変な作業なのだということを、改めて思い知らされた


ところで明日は今季最後のカフェ、サイファイ・カフェ SHE 札幌である

興味をお持ちの方の参加をお待ちしております







2022年10月19日水曜日

『免疫学者のパリ心景』に見るメッセージ





















免疫学者のパリ心景』の最終章は「『現代の超克』のためのメモランダム」となっている

そのエッセンスは、エピグラフとした2つの文章の中に凝縮されている

1つは、ヘーゲル(1770-1831)の次の言葉である
「真理は知識の中にある。しかし我々は思考(ナハデンケン)するかぎりでのみ真なるものについて知るのであって、我々が歩いたり、立っていたりするかぎにおいて、そうなのではない。真理は直接的な知覚や直観においては認識されない。それは外面的感性的直観においても、また知的直観においても同様である。・・・ただ思惟の努力によってのみ真理は認識される」(武市健人訳)
真なるものを知るためには、日常生活の中にいるだけでは駄目で、思惟しなければならないと言っている

もう1つは、ハイデッガー(1889-1976)の言葉である
「このように、それぞれが正当で不可欠な計算する思考瞑想する思考という2種類の思考がある。しかし、人間が思考から逃げていると言う時に我々が見ているのは、この2番目の思考である。・・・瞑想する思考は時に大変な努力を要し、常に長い訓練が必要になるのである」
このように、ハイデッガーは2つの異なる思考があることを指摘した

1つは、科学の中で行う思考で、彼は「計算する思考」と言っている

もう1つは、「瞑想する思考」である


これらの対比に反応したのは、わたしが「意識の3層構造」に気が付いたからである

復習すれば、第1層は日常生活の意識の層、第2層は仕事(科学)で使われる事実を確認するだけで終わる層、そして第3層が領域を超えた瞑想的思索が行われる層である

その上で、第3層まで入らなければ真に考えたことにならず、真理にも辿り着けないと結論した

これは先達の思索の跡とよく重なり、わたしの真理を超えてより普遍的な真理になると考えている

わたしにこの章を書かせたものは、現代に生きる我々にこの思考が著しく欠如しているという観察であった

つまり、「現代の超克」のための重要なヒントは、真理に至るために思惟しなければならず、そのためにはやり方があるということである

その成否は、日常生活、職業生活から離れた時間をどれだけ確保できるのかにかかっている

この問題について考えていただきたいというのが、この章の大きなメッセージであった



ところで、免疫から生の哲学に向かうエッセイの校正作業が始まった

春から眠っていたものなので、新鮮に感じる

さらに明快なものになるよう努めたいものである