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2022年10月31日月曜日

10月を振り返って




今月も纏めの時期となった

何をやっていたのか、早速振り返ってみたい


1)まず、月初めに3年ぶりにカフェ/フォーラムを再開したが、一昨日の札幌の会で無事に終えることができた

再開に当たっては心身の立ち上げが大変であったが、終わった今、開催してよかったと思っている

一つには、参加者の皆様との交換により、わたし自身に新たなエネルギーが注入されたように感じていることがある

二つ目として、カフェ/フォーラムが少しずつ変容を始め、有機体としての生命を持ちつつあるように感じられることである

更に進化することを願いたいものである

改めて参加者の皆様に感謝しながら、それぞれの会を振り返っておきたい


  第6回ベルクソン・カフェ+ 第8回カフェフィロPAWL(2022.9.28)

   テーマ: アラン・バディウ: 『真の幸福の形而上学』を読む


   矢倉英隆: シリーズ・科学と哲学 ①「ソクラテス以前の哲学者」
   渡邊正孝: 変性意識と無意識
   岩永勇二: 『免疫学者のパリ心景』発刊記念トークセッション!


   テーマ: パスツールのやったことを振り返る


   テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う


ところで、これまで年2回の開催だったが、来年は年3回の開催とすることとした

最初のシリーズは、以下の日程で行う予定である


 ● 第9回サイファイ・カフェSHE札幌 2023年2月25日(土) 15:10~17:20

 ● 第7回ベルクソン・カフェ+第9回カフェフィロPAWL 2023年3月1日(水) 18:00~20:30

 ● 第8回サイファイ・フォーラムFPSS 2023年3月4日(土) 13:10~17:00

 ● 第16回サイファイ・カフェSHE 2023年3月8日(水) 18:00~20:30


それぞれのテーマについては、決まり次第お知らせしたい


2)免疫に関するエッセイの校正が始まった

4月には書き終えていたので、半年間寝かせておいたことになる

編集者のコメントとともに読み返しながら、言いたいところをより明快に表現しようとしているところである

それと、先日も触れたが、文献の扱いを考えなければならない

ディジタル本であれば、そのまま使えるのだろうが、紙の場合にはそうもいかない

これからの課題である


3)今月もコリングウッド(1889-1943)による「自然」の分析を読んでいた

また、その中に出てきたプラトン(427 BC-347 BC)の『ティマイオス』にも目を通し、貴重な時間となった

コリングウッドに関しては、これからも続ける予定である





2022年10月12日水曜日

コリングウッドによる自然(19): アリストテレス(1)ピュシスの意味

























今朝は気持ちよく晴れ上がってくれた

嵐の後には、ススキの穂も萎れていたのだが、今朝は日の光を浴びて綿毛のように輝いている

植物の強さに感心すると同時に、もう少し秋を味わえる喜びがある

庭先にはトンボも寄ってきて、日向ぼっこなのだろうか、近づいても全く動かない

わたしも動かないことにして、ぼんやりと次回のカフェ/フォーラム・シリーズのことを思い描いていた

これまでは、自分の中に蓄積したテーマをあまり関連性を考えずに飛び回っていたような感がある

今回、FPSSで繋がりを持った話を始めることにしたが、他の会もどこかで繋がるようなテーマを選んで進めるのも面白いのではないかという考えが浮かんできた

勿論、それに縛られることはないのだが、、

いずれにせよ、具体化し次第、お知らせする予定である



さて、本日もコリングウッド(1889-1943)で、新らたにアリストテレス(384 BC-322 BC)を論じている

具体的には、『形而上学』の第12巻に展開される宇宙論を論じることになるようだ

この部分については、プラトン(427 BC-347 BC)の影響下に書かれた初期の作品とする意見と、後期の文体と成熟した発展の痕跡が見られるとする見方があるようだ

今日のテーマは、ピュシス(φύσις)の意味である

アリストテレスは、一つの言葉がいくつかの意味を持つことに注目し、だからと言って曖昧とは限らないと考えていた

そして、それらの意味は相互に繋がっているが、その中の一つだけが最も深く真なる意味であるとした

彼は、ピュシスの意味を次の7つに区別する

1)起源、あるいは生まれ

現実のギリシアの文献にこのような意味を持つことはないという指摘があり、コリングウッドも同意する

2)事物がそこから成長する種子

これも文献には出て来ない意味である

3)自然的物体の運動ないし変化の根拠

例えば、石が自然に落ちるなどと言う時の意味で、普通のギリシア語の用法である

4)事物がそこから作られる始原的物質

これはイオニア学派によって強調された意味である

紀元前6世紀の哲学において、事物の本質ないし本性を意味していたが、イオニア学派は事物の本性を事物が構成されている構成要素に関連付けて説明しようとした

5)自然的事物の本質ないし形相

紀元前5世紀の哲学の著作においても普通の用法においても、ピュシスはこの意味で使われていた

しかし、自然を自然的事物の本質と定義することは、自然的事物の定義がないところではトートロジーになる

6)一般に本質ないし形相

アリストテレスは、自然的事物を「自らの内に運動の根拠を持つ事物」と定義することによりトートロジーを回避している

7)自らの内に運動の根拠を持つ事物の本質

これこそ、アリストテレスが真の根源的意味としたものである

それ自身の権限で成長したり組織したり運動したりする原理を持っていることが事物のピュシス(自然)という意味であるとしたのである








2022年10月6日木曜日

9月、そしてカフェ/フォーラムを振り返る





9月は、R・G・コリングウッド(1889-1943)の自然についての考えを読み始めた

そして『ティマイオス』についての議論が始まるところで、原典に当たり、つい最近終わったところである

それと並行して、昨日で終わったカフェとフォーラムの準備に追われていた

3年振りになるので、なかなか大変であった

意識のレベルから見れば、底に沈んだ日常から一段上に顔を出す状態を想定して動くということになる

沈んだ状態のままでいる方が楽なのだが、偶にはアゴラに顔を出し、意見の交換をすることも忘れてはならない

哲学の祖の教えがどこかに響いていたのだろう

少しだけ浮き上がることにした


まず準備だが、いつものように、一つずつ片付けていくのではなく、すべてを最後まで開いたままにしておいた

そのため苦しいのだが、最後に全体が大きな纏まりを作ってくるその感覚は何ものにも代え難い

それを感じるのは、それぞれの会の直前なのだが、、、

今回も始める前には見えていなかったことがいろいろ見えてきた

中には、これからのプロジェとしても面白そうなものもあり、わたしにとっては実り多き準備となった


そして実際に会の開催に漕ぎつけたが、今回は3年というブランクにもかかわらず、あるいはそれ故に、想像以上の方に参加していただき、主宰者としては嬉しい限りであった

今回はこれまで以上に、一つの場所に集まり、考えを発し、お互いに交換することによる想定外の効果を感じることができた

まさに、会が有機体の如く動き出し、我々にいろいろなことを指し示してくれるという風情で、交換される意見も熟度が上がっている印象があった

参加された皆様にとっても、これからに繋がる発見があったことを願うばかりである


すべてが終わった今、この試みには積極的に向き合わなければならないという気持ちが生まれている

個人的には嫌いな「使命感」のようなものだが、内発的なもの、必然的にそこに向かうものはその限りではなさそうだ

なぜなら、それをすることによる内的なストレスを全く感じないからである

ということで、来年は「試みに」年3回開催というアイディアも生まれている

もしそうなれば、2月、6月、10月あたりの可能性が高くなる

いずれにせよ、次回の予定が決まり次第、この場に案内を出したい

これからもよろしくお願いいたします











2022年9月28日水曜日

第6回ベルクソン・カフェ+第8回カフェフィロPAWL、終わる












3年振りのカフェ、フォーラム週間が始まった

今日は、フランス語を読み哲学する「ベルクソン・カフェ」と、生き方としての哲学を論じる「カフェフィロPAWL」を共同開催した

 第6回ベルクソン・カフェ:「幸福」

 第8回カフェフィロPAWL: アラン・バディウ


カフェには7名の方が参加され、充実した議論が展開した

今日参加された皆様には改めて感謝したい

テーマはアラン・バディウ(1937- )が考える「幸福の形而上学」だが、主題は哲学の使命を正しく認識すること

それがどうして幸福の形而上学になるのか

両者の結びつきを明らかにすると同時に、現代という時代が哲学の営みにネガティブな影響を与えていることを指摘

この状況を打ち破る新たな哲学のやり方を模索している

このような問題の捉え方(「現代の超克」のための哲学)はわたしの中にもあるものなので、興味深く読んだ

詳しいまとめは、近いうちに上記サイトにアップする予定である

もう少しお待ちいただければ幸いである


余談だが、今回の著者バディウは、カンボジアのクメール・ルージュをル・モンド上で支持した過去があり、その33年後に過去を悔いると表明している

それは10年前のことだったのでフランスで知り、わたしのブログにもその記事が残っていた

  アラン・バディウ 「わたしは悔いている」、あるいは真の政治的勝利とは(2012.3.22)


シリーズ最初の懇親会は以下のような感じであった




















2022年8月31日水曜日

8月を振り返って


























ゆっくりと時は流れている

夏から秋に入りつつある

月初めに考えていたプチ・プロジェには遂に手が付けられなかった

よくあることだが、なぜそうなるのか未だに分からない

時間はたっぷりあるという思い込みが、どこかにあるのだろうか

あるいは単に、のんびりしたいというだけなのか

ということで、今月は以下のようなことを表立ってやっていた



1)6月から読み始めたゲーテの記録を読み終えた

タイムスリップしてゲーテの日常を覗き、その考え方を知るという贅沢な時間であった

そこには示唆に富む人間やものの見方を示す言葉が溢れていた

これは読む前には想像できなかったもので、最後まで読み進むための力となったようだ



2)先月固まった秋のカフェ、フォーラムの準備を始めた

3年振りに再開することになった会だが、時間が空いたので心身を立ち上げるのが大変であった

最初に大きなテーマは決めるのだが、そこでどんな話題を提供するのかは最後まで分からない

その間に思わぬ拡がりに気付くことがある

それを求めて準備しているのかもしれない

現在までに、これまで関係なく在ったものが繋がり、新しい方向性が見えるという嬉しい経験をしている

このような想定外の発見は何ものにも代え難く、これから増えることを願いたい

ただ、いずれの会の全体像もまだ見えていない

最終的に自分でも驚くような内容になることを願うばかりである

先日リマインダーを出したところなので、興味をお持ちの方の参加をお待ちしている














2022年8月26日金曜日

リマインダー: 秋のカフェとフォーラムのご案内



サイファイ研究所 ISHE の秋の催し物を改めて紹介いたします


1)第6回ベルクソン・カフェ第8回カフェフィロ PAWL

日時: 2022年9月28日(水)18:00~20:30

場所: 恵比寿カルフール B会議室

テーマ: アラン・バディウの『幸福論』を読む

テクスト: Alain Badiou, Métaphysique du bonheur réel (PUF, 2015)

 参加予定者には、予めテクストをお送りします

 議論は日本語で行いますので、フランス語の知識は参加のための必須条件とはなりません








日時: 2022年10月1日(土) 13:20~17:00

会場: 恵比寿カルフール C会議室

プログラム: 

(1)13:20~14:00 矢倉英隆  シリーズ「科学と哲学」 ① イントロダクション

(2)14:00~15:30 渡邊正孝  変性意識と無意識

(3)15:30~17:00 岩永勇二  『免疫学者のパリ心景』発刊記念トークセッション!




日時: 2022年10月5日(水)18:00~20:00

場所: 恵比寿カルフール B会議室

テーマ: パスツールのやったことを振り返る

 パスツール(1822-1895)の生誕200年に当たり、意外に知らないその足跡を振り返ることにしました

 科学での仕事を振り返った後に哲学的な側面にも触れることができればと考えています

ポスター


日時:2022年10月29日(土)15:10~17:20

場所: フルーツ会議室 / 札幌駅前

テーマ: 『免疫学者のパリ心景』について語り合う

 拙著で取り上げた話題を肴に、科学、哲学、人生について語り合う予定です




興味をお持ちの方は、矢倉英隆(she.yakura@gmail.com)までご連絡いただければ幸いです

よろしくお願いいたします







2022年7月28日木曜日

秋のカフェのご案内








それ以降、他の会をどうするのか考えていたが、昨夜、暑さのためか、一気に纏まりを見せてくれた


今回、ベルクソン・カフェカフェフィロPAWLとを合体させることにした

前者はフランス語を読み哲学するもので、後者は生き方に関わる哲学を語る会である

つまり、生き方に関わる哲学をフランス語で読み、日本語で語り合おうと考えたのである

ということで、以下のようになった


日時: 2022年9月28日(水)18:00~20:30

場所: 恵比寿カルフール B会議室

テーマ:現代フランスの哲学者アラン・バディウ(1937- )の『幸福論』を読む

テクスト: Alain Badiou, Métaphysique du bonheur réel (PUF, 2015)

 参加予定者には、予めテクストをお送りします

 今回から、テクストの量を減らして、議論する時間を多くとるようにいたしました

 フランス語の知識は参加のための必須条件とはなりません



日時: 2022年10月5日(水)18:00~20:00

場所: 恵比寿カルフール B会議室

テーマ: パスツールのやったことを振り返る

 今年はパスツール(1822-1895)の生誕200年に当たる

 この機会に、パスツールの足跡を振り返るのも悪くないだろう

 わたし自身、フランスにいる時には、なぜかその中に入ることができなかった

 余りにも良く知られた人物だったので躊躇したのかもしれない

 今回、少し離れたところから彼のやったことを検討することにした

ポスター


日時:2022年10月29日(土)15:10~17:20

場所: フルーツ会議室 / 札幌駅前

テーマ: 『免疫学者のパリ心景』について語り合う

 東京のFPSSで編集者の岩永氏がこの本を取り上げて、話し合いの場を設けてくれることになった

 それと同質のことを札幌の参加者とともにやろうという計画である

 その中から、新たな発見が生まれることを願っている

ポスター


興味をお持ちの方の参加をお待ちしております







2021年12月8日水曜日

サイファイ研ISHEのカフェとフォーラムを振り返る



















科学と哲学のカフェ「サイファイ・カフェSHE」が始まったのは、2011年11月になる

今年で10年が経過したことになる

その後カフェが増え、PAWLベルグソンSHE札幌パリカフェの5つになった

この中のパリカフェは、COVID-19のためにフランスを引き上げたため、継続が難しくなりそうである

また、PAWLが始まるのを受け、2013年にこの活動のベースとしてサイファイ研究所ISHEを創り、現在に至っている 

ここ2年間はこれらの活動が休止を余儀なくされている

これもCOVID-19の影響である

これ以上悪化することがないよう願いたいものである


この休みの間、これまでの活動を振り返ることにした

手始めとして、これまでの会の様子を写真で一望できるページを作ってみた

より正確には、偶然そのような仕様になっているページがあり、内容が埋まっていなかったので利用したということになる

 ページはこちらから


いずれにせよ、実に多くの方の参加があり、これまで継続できたことが分かる

参加された皆様には感謝しかない


これからどのようにしていくのか、これまでの活動を振り返りながら考えることにしたい

今後に向けてのヒントやサジェスチョンなどがありましたら、歓迎いたします

これからもよろしくお願いいたします






2020年9月17日木曜日

内的活動と社会活動とのバランス

 














サイファイ研ISHEの活動とわたしの関係について考えてみた

昨年の秋に個人的な理由でFPSS以外の会をお休みにした

そして今年に入り、春と秋の両方(秋のFPSSについてはまだ分からないが)が中止になった

こちらはCOVID-19の影響である


この状態は、個人的なプロジェをじっくり進めるためには良いのかもしれない

本当のところは分からないが、注意が分散しないという点では常識的には良さそうである

ただ、いろいろなテーマに向かう内的活動は活性化されない

それに、1年に亘って対面で議論できないという状態は、精神的にはあまりよろしくないのではないか

こちらの対応能力にもよるが、これらの活動は長期的に見ると内的状態に活力を与えているのではないか

最近、そんな感じがしてきた 





2020年9月1日火曜日

サイファイ研究所ISHE、この秋の予定


 















今秋のサイファイ研の活動をどうすべきか、考えていた

最終的には、まだ時期尚早ではないかというところに落ち着いた

参加される方は勿論だが、開催する方も気持ちに余裕が持てるような状況でなければ難しいと考えたからだ

先に案内を出した会は、延期ではなく中止とした

年が改まり少し落ち着いてきた時に、新しいプログラムのもとに再開できればと考えている

サイファイ・フォーラムFPSSに関しては、厳格に対処している日仏会館が開館する時には開催することとした

予定が決まり次第、この場でもお知らせすることにしたい


来年は『「科学から人間を考える」試み』と銘打って2011年11月に活動を始めてから10年目に当たる

不安の中でスタートした会だったが、ここまで継続することになるとは想像もできなかった

これは一重に会を支えていただいた皆様方のお陰で、感謝の言葉しかない

今は、節目の年になる2021年に活動が再開できることを願うばかりである

これからもご理解とご協力をいただければ幸いである

 




2020年4月15日水曜日

サイファイ研究所ISHEの春の予定について




先にお知らせした春の予定ですが、COVID-19の影響を考慮して、すべて延期することにいたしました

  • 第8回サイファイ・カフェ SHE 札幌(4月25日)
  • 第15回サイファイ・カフェ SHE(5月13日)
  • 第7回サイファイ・フォーラム FPSS(5月16日)
  • 第8回カフェフィロ PAWL(5月20日)
  • 第6回ベルクソン・カフェ(6月4日、11日)

ご理解いただければ幸いです

COVID-19の影響ができるだけ少ないうちに収束し、秋には開催できることを願っております









2020年3月7日土曜日

サイファイ研究所 ISHE、春の活動のご案内



サイファイ研 ISHE の春の催し物を紹介いたします


第8回サイファイ・カフェ SHE 札幌

日時: 2020年4月25日(土)16:00~18:00
会場: 札幌カフェ 5F スペース
テーマ: オスヴァルト・シュペングラーの技術論を考える

サイト  ポスター 


第15回サイファイ・カフェ SHE

日時: 2020年5月13日(水)18:30~20:30
会場: 恵比寿カルフール B会議室
テーマ: オスヴァルト・シュペングラーと共に技術を考える

サイト  ポスター


第7回サイファイ・フォーラム FPSS

日時: 2020年5月16日(土)13:40~17:00
会場: 日仏会館 509会議室
話題: 1)「科学と哲学」シリーズ ① わたしの認識論(矢倉英隆)
    2)変性意識と無意識(渡邊正孝)
    3)Live版!「パリから見えるこの世界」 in 東京(岩永勇二) 

サイト  ポスター


第8回カフェフィロ PAWL

日時: 2020年5月20日(水)18:30~20:30
会場: 恵比寿カルフール B会議室
テーマ:プロティノスの哲学から生き方を考える

サイト  ポスター


第6回ベルクソン・カフェ(2回シリーズ)

日時: 2020年6月4日(木)、11日(木)18:00~20:30
会場: 恵比寿カルフール B会議室
(1回だけの参加でも問題ありません)
テクスト:Louis Althusser :  Que disent les « non-philosophes » ?
     ルイ・アルチュセール:「哲学者でない人」は何を語るのか

     Invitation à la philosophie pour les non-philosophes(2014)
     『哲学者でない人のための哲学入門』の第1章
     (参加予定者には予めテクストをお送りいたします)

 サイト  ポスター


興味をお持ちの方の参加をお待ちしております





2020年2月15日土曜日

第6回ベルクソン・カフェのご案内



第6回ベルクソン・カフェを以下の要領で開催いたします

サイト  ポスター

日時: ① 2020年6月4日(木)18:00~20:30     

② 2020年6月11日(木)18:00~20:30

(1回だけの参加でも問題ありません) 

テクスト: Louis Althusser « Que disent les « non-philosophes » ?
ルイ・アルチュセール:『哲学者でない人』は何を語るのか

Initiation à la philosophie pour les non-philosophes(PUF, 2014)
『哲学者でない人のための哲学入門』の第1章

参加予定者にはテクストをあらかじめお送りいたします

議論は日本語で行います
このテーマに興味をお持ちの方の参加をお待ちしております



会場:恵比寿カルフール B会議室 

 東京都渋谷区恵比寿4丁目4―6―1
 恵比寿MFビル地下1F









2019年6月10日月曜日

なぜ読書が魂の鍛錬になるのか



この週末、新たな繋がりが見え、一つの塊となった
以前から気付いていることだが、自分の考えるようなことはすでに深く考えられている
これは古典などを読むうちに見えてきたことである
逆に言うと、自分の考えを知るためには古典を読まなければならないことになる
読書が欠かせないのだ

今回のベルクソン・カフェでは、「読むことを学ぶ」というエッセイを読んだ
読むということは事実を追うような読み方をすることではない
そうではなく、一つひとつの前で立ち止まって、反芻し、瞑想することである
読書は魂の鍛錬になるのだという
魂の鍛錬とは真の自分に迫るための方法である

これだけではまだ本当のところが明らかにされていないのではないか
そこで隠されていたものは何だったのか
読書と魂の鍛錬を結びつけるものが、実は冒頭の観察にあることに気付いたのである
わたしにとっての発見である
それはどういうことなのか

ソクラテスの時代から、自分を知ることが哲学の、さらに言えば生きる目的であった
冒頭で、自らの考えは過去人の思索の中にあると言っている
だとすれば、自分を知る最上の方法は読書になるのではないか
つまり、過去人の声を聞くことが魂の鍛錬になる理由がそこで明らかになる
事実だけを集める読みではそこには到達できないことも見えてくる






2019年5月28日火曜日

第5回ベルクソン・カフェの二日目、終わる



今夕は、第5回ベルクソン・カフェの二日目が開催された
夕方から雨になった中、参加された皆様に感謝いたします

テーマは「読むことを学ぶ」で、今回も概略を話してから始めることにした
初回に4頁を終え、今回は5頁の予定だったので心配したが、不思議なことに終えることができた
最初に全体を俯瞰するので時間を取るのだが、その方が早く終わるという意外な効果である
これからもこのやり方を採用することにしたい

今回の後半もほとんど古代哲学の特徴、特に魂の鍛錬について議論されている
哲学書は師が弟子を変容させ、自己実現させるように教育している学派から生れる
従って、モノローグの外観を採っているが、その中にダイアローグの要素を持っている
個別の状況における個別の回答を出している
さらに、読む人の精神の進捗状態に合わせて書き方を変えたようである
そのため、全体を通してみると矛盾も出てくる

後世の哲学史家はその点に驚いているという
彼らは元々の哲学が新しい生き方、世界の見方を教え、人間を変容させるものだったことを見ていなかった
そこには中世以来、哲学から魂の鍛錬が抜き取られ、キリスト教の僕となったことがある
純理論的な概念をキリスト教に提供する立場になったのである
その影響が現代にも及び、理論化の傾向はさらに先鋭化しているという
哲学が再び生き方や世界の見方に関わるようになるのは、ニーチェ、ベルクソン、実存主義からである


「魂の鍛錬」のエッセイ冒頭に、ジョルジュ・フリードマンの言葉を引用している
20世紀に如何に魂の鍛錬を実践するのかという問いに関するものである
ヴォーヴナルグは、本について次のように語っている
「真に新しく、真に独創的な本は、古くからの真理を愛するようにしてくれるものである」
著者アドー氏は本エッセイで、西欧には魂の鍛錬の豊かな遺産があることを言いたかった
そして、本エッセイをヴォーヴナルグが言う「真に新しく、真に独創的に」したかったようである

やっと最後になって、読書に直接関連することが出てくる
アドー氏はこう言っている
 「我々は‘読んで’人生を送っていますが、最早読むことができなくなっています。つまり、立ち止まり、我々の心配事を解放し、自分自身に還り、細かいことや新しいことを探究することは脇に置いて、静かに瞑想し、反芻し、テクストに語らせるようにすることができなくなっているのです。これは魂の鍛錬ですが、最も難しいものの一つです」
彼が考える読書とは、静かに瞑想し、反芻し、テクストに語らせるようにすることであった

そして、ゲーテの次の言葉でこのエッセイを締め括っている
「読むことを学ぶためには時間と労力を要するということを人は知りません。そのためにわたしは80年を要しました。そして、そのことに成功したかどうかさえ分からないのです」

議論の中で、ヨーロッパが持っている文化に関する問いかけがあった
このエッセイではヨーロッパの深い「教養」とでも言うべきものを感じる
しかし、そのようなものは現在ではどうなっているのだろうか
新しい状況に対する新しい思想や方向性は出されているのかという疑問だろうか

それから、「自己を実現する」とはどういうことなのか
「自己を超越して自己を永遠のものにする」ということは何を言うのか
もう少し思索を深めなければならない点も提起された
また、このエッセイを読んでいると、古代の哲学に誘われるように感じるという声も聞こえた

詳細なまとめは、近いうちに専用サイトに載せる予定です


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今日で今年前期のすべての活動を終えたことになる
この全体についても折に触れて纏めることになるのかもしれない
ISHEの活動に参加されたすべての皆様に感謝いたします

次回は今年の秋になる予定です
今後ともご理解、ご協力のほど、よろしくお願いいたします






2019年5月21日火曜日

第5回ベルクソン・カフェ、初日終わる



今夕は第5回ベルクソン・カフェであった
残念ながら、参加予定のお二方から参加できなくなった旨の連絡が直前に入った
激しい雨の後、参加された皆様に改めて感謝したい


今回のテクストは、ピエール・アドーの「魂の鍛錬」というエッセイにある「読むことを学ぶ」
元々の論文は1974年に出たものなので45年前の作品になる
これまでアドーさんの作品を読んできたせいか、以前より理解しやすくなったとの声が聞こえた
それでも難しいところに出くわす
もっと違った表現ができるのではないか、という声になる
内心、自分の日本語のようだとも思ったのだが、、

今回のエッセイは読書を扱っていると思ったが、少なくとも今日のところ出てこない
まず、古代に各派で実践されていた魂の鍛錬の多様性と違いが紹介される
そして、表面上の多様性の下には根源的な一致があることが指摘される
方法としては、説得のための修辞と弁論術、内言の習熟、精神の集中
目的は、自己の向上と自己実現
自己実現は現代でも使われている言葉だが、その実体は違うようだ

それから哲学的回心(哲学的目覚めとでも言うべきもの)を境にした変化が記述される
回心の前は自分自身ではなく、従って真に生きていない
回心後はその状態から抜け出し、真の生活に近づき、自らを向上し変容させる
その生活とは具体的にどういうものなのか
大雑把に言うと、出来合いの価値から離れ、人間の本性である理性に合致した生である

魂の鍛錬をプロティノスは「自分自身の像を彫刻する」と表現した
絵画が加える芸術であるのに対して、彫刻は取り除く芸術であることに起因している
余分なものを取り除き、既に大理石の中に存在している像を露わにする作業である
つまり、自分自身でないものを取り除き、本質的なもの、自分自身であるものに還るのである
幸福とは、自立、自由、自律から成るが、それは自分に還ることによって達成されるという
そのためには既存の価値から解放されなければならず、理性を働かせるしかないのである

これから先の詳細は専用サイトに載せる予定である
そちらを参照していただければ幸いである

今回参加された方の中に仏教に詳しい方がおられ、東西の比較が話題になった
仏教が目指すところと共通するところがあるようなのである
これから注目すべき点が増えたことになる





2019年5月8日水曜日

サイファイ研ISHEの5月の催し物、迫る




5月のサイファイ研究所ISHEの活動をお知らせいたします

● 第5回サイファイ・フォーラムFPSS
  日時: 2019年5月18日(土)13:40-16:40
  会場: 日仏会館 509会議室
  テーマ:
  1)「生き方としての哲学」はいま可能か:
     Pierre Hadot の「読むことを学ぶ Apprendre à Lire」と学問の古典(林 洋輔)
  2)現役科学者にとって哲学することは可能なのか(阿戸 学)

  サイト ポスター

● 第5回ベルクソン・カフェ
  日時: 2019年5月21日(火)+ 5月28日(火)18:00-21:00
    (1回だけの参加でも問題ありません)
  会場: 恵比寿カルフール B会議室
  テクスト: Pierre Hadot  « Apprendre à lire »(ピエール・アドー「読むことを学ぶ」)
  Exercices spirituels et philosophie antique (Albin Michel, 2002) pp. 60-74

  サイト ポスター


このほか、来月には以下の特別講演をすることになりました

● 第190回日仏生物学会例会
  日時: 2019年6月8日(土)14:00-
  会場: 東京女子医科大学
  テーマ: 免疫を哲学する(要旨

  サイト

よろしくお願いいたします


 




2019年3月25日月曜日

サイファイ研ISHEの催し物のお知らせ

 


サイファイ研ISHEの春の活動を紹介いたします  
興味をお持ちの方の参加をお待ちしております


● 第14回サイファイ・カフェSHE
2019年4月12日(金)18:3020:30

● 第8回カフェフィロPAWL
2019年4月17日(水)18:30-20:30 

第5回ベルクソン・カフェ
2019年5月21日(火)18:00-21:00
2019年5月28日(火)18:00-21:00
(1回だけの参加でも問題ありません)
(ピエール・アドー「読むことを学ぶ」)
Exercices spirituels et philosophie antique (Albin Michel, 2002) pp. 60-74
恵比寿カルフール B会議室

2019年5月18日(土)午後
日仏会館 509会議室
プログラムは決まり次第お知らせいたします





2019年2月3日日曜日

第5回ベルクソン・カフェのご案内



第5回ベルクソン・カフェを以下の要領で開催いたします

2回シリーズ
① 2019年5月21日(火)18:00~21:00
② 2019年5月28日(火)18:00~21:00
1回だけの参加でも問題ありません

テクスト:Pierre Hadot  « Apprendre à lire »(ピエール・アドー「読むことを学ぶ」)
Exercices spirituels et philosophie antique (Albin Michel, 2002) pp. 60-74

申込みをされた方には予めテクストをお送りいたします

会場:恵比寿カルフール B会議室

サイト  ポスター

興味をお持ちの方の参加をお待ちしております






2018年11月15日木曜日

第4回ベルクソン・カフェの二日目終わる



本日は第4回目になるベルクソン・カフェの二日目を開催した
2名の欠席があったが、写真の9名の皆様に参加していただいた

今回は参加者の皆様に積極的に読むところに加わっていただいた
そのせいかどうかわからないが、いつになく質疑応答が充実していたように感じた
その中で、講師の解釈に誤りが見られ宿題となった部分もあった

今回も中休みが参加者だけではなく講師にとっても好い効果を及ぼしたようだ
最後まで読むのは難しいと予想したのだが、かなりはしょったものの終えることができた
お忙しい中、参加していただいた皆様に改めて感謝したい

今日はピエール・アドーさんの「死ぬことを学ぶ」の後半を読んだ
今回のテーマに、自然学(la physique)も魂の鍛錬になるということがある
一つの例としてアリストテレスの自然学があるが、それはこんな具合だ
自然学はそれ自体が目的になる観想的営みで、日常の心配事を除くことにより平静と悦びが得られる
原因に遡ることができる真の哲学者であれば、自然はその素晴らしさを研究する者のためにある

ストア派のエピクテトスは、我々の存在意義はこの観想の中にあるとまで言っている
つまり、我々は神の作品を観想するためにこの世に生まれた
そのため、奇跡的傑作を観、自然と調和して生きた後でなければ死んではならないと言う
この感覚はわたしの中にも生まれているので、ストアの影響が現れているのだろうか

二つ目は、フィロンやプルタルコスの空想的自然学がある
これはアリストテレスの自然学に比べると、科学の度合いが薄くなる
彼らの自然学は、思考の中で月や太陽や他の星と一体になるというような考え方をする
彼らの体は地上にあるが、魂には翼が具わっていてエーテルの上を歩き、地上を観想できる
まさに世界市民に相応しい
彼らはすべての人生を祝祭にするのである

それから、全体を視野に入れ、普遍的思考へと上昇するレベルがある
ここでプロティノスの全なるもの(le Tout)が出てくる
以下は表面的理解に基づくものである
我々は元々全なるものであったが、そこに何かを加え、自分ではないものになっていく
全なるもの以外を拒否すれば、全なるものはそこにあるのが見えてくる
それによって成長することになる

新プラトン主義では魂の進歩という概念を取り入れた
プロティノスの弟子で著作の編纂者でもあったポルピュリオスは、進歩を3段階に分類している
「体からの分離による魂の浄化」、「感覚的世界の超越」を経て「知性と一者(l'Un)への回心」と進む
一者とは、存在するすべてが由来する存在を超えた第一原理を意味しているようだ

プロティノスは、ものの本質は純粋な状態で検討しなければならないと言う
それ自身でないものを取り除いて、そのものを検討するのである
それを外の対象だけではなく、自分自身に対しても行うこと
自分自身の純粋な状態を調べると、魂の不死性も信じることができるようになる
この過程には魂の鍛錬が決定的に重要になる
魂の非物質性と不死性が見えないのは、この営みが欠けているからである

魂の鍛錬により、単に善を知るだけではなく、善と一体になることがある
最早自分自身ではなくなり、一者と一つになることもあるという
ここまで来ると神秘的な世界である


今日のまとめは、近いうちに専用サイトに掲載する予定です
ご覧いただき、コメントなどをいただければ幸いです