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2022年4月18日月曜日

啄木の切り絵届く



























先日の函館文学館のパンフレットで見た切り絵がよかったので注文したところ、今日届いた
岩城之徳、後藤伸行著『切り絵 石川啄木の世界』(ぎょうせい、1985)
早速眺めてみたが、やはり良い

過去を現在に呼び戻して生きようとしている者、その雰囲気を好ましいものと思う



文学館で手に入れた歌集からいくつか

教室の窓より遁げて

ただ一人

かの城址に寝に行きしかな


蘇峯の書を我に薦めし友早く

校を退きぬ

まづしさのため


年ごとに肺病やみの殖えてゆく

村に迎へし

若き医者かな


目になれし山にはあれど

秋来れば

神や住まむとかしこみて見る


しらなみの寄せて騒げる

函館の大森浜に

思ひしことども 


世わたりの拙きことを

ひそかにも

誇りとしたる我にやはあらぬ 

 



 


2022年4月16日土曜日

函館最終日、哲学のことなどを思う

























人生とはこんなものである

これから離れるというその日に見事な快晴となった


今回再確認したことがある

それは、時間が消えるという経験は至福に繋がるということである

一日にそのような時を味わっているとすれば、それすなわち幸福な時間になるということである

そういう時のある一日は長い

一日をたっぷり味わっているという感覚になる

このテーマについては、6月に出る予定のエッセイ本でも取り上げている



ところで昨日、五稜郭から戻った後、カフェに暫く腰を下ろしてからホテルに戻ることにした

その時、もう10年程前になるデン・ハーグで同じようにしている時と重なり、今どこにいるのか分からなくなった

ある意味では、時空が消えているのだ

その感覚の中、老年期に入っていると思われる日本人哲学者による日本の哲学の現状分析を読んでいた

いろいろなことが言われていたが、おそらく昔から言われていることではないのかと想像していた

例えば、日本人は自国の哲学者の仕事をちゃんと評価しないで、いまだに海外の新しいと思われるものを追っている

そこから、自分の哲学を確立しようという気がないのではないかという疑問が生まれる

それと、一般的にだが息が短いという評価をしていた

勿論、西田幾多郎のような人もいるのだが、、

昨日の亀井勝一郎のエピソードとも繋がるようなものもあった

最初の作品を纏めるまでは恰もダムで堰き止めるように貯めることが重要だと考えているようであった

キャリアのために早くからいろいろなものを書こうとする傾向があるが、結局はためにならないというのである

内発的なテーマがないので、息の短さにも繋がっているのかもしれない

哲学などは、そもそも大学などでやるべきものではないのかもしれない















































2022年4月15日金曜日

函館散歩(2)、あるいは啄木のことなど





今日は出足から予定が狂ってしまった

函館2日目は一応の腹積もりがあったのだが、市電で乗り換えるべきところを乗り越してしまった

しかし、全く慌てない

その先には何か別の発見があるはずだと思っているからである

寧ろ、そういう時の方が面白い

まさに生物がそうであるように、誤謬は発明の母なのである


ということで、電車を降りると像が見えたのでそちらに歩みを進めた

高田屋嘉兵衛(1769-1827)の像であった

その先に坂道があるので登っていくと、突き当りに函館護国神社がドンと構えていた

その境内には第2次大戦中に全国から援農として参加した多くの若者の記念碑が建っていた

まさに国民総動員状態だったことが分かる









さらに同じ高さの道を進むと函館ハリストス正教会があったが、現在修復中とのことで完全に布に覆われていた

残念だが、年内は見られないようである

その横に函館聖ヨハネ教会があった






坂道を降りると、ドイツ風の建物が見えたので近づくと、その昔聞いたことがある懐かしい名前が現れた

カール・レイモン(1894-1987)さんのお店であった

記念にハムを買い、いつものように想定外となった今日の前半を振り返ることにした

































ここまでは、レイモンさんのお店でアップ









午後一番は市の文学館に寄ってみることにした

この町は石川一こと石川啄木(1886-1912)や亀井勝一郎(1907-1966)など、多くの文学者を輩出している

そのような文化的な土壌があったのだろう

2階は啄木の原稿や資料(森林太郎への手紙も数通展示されていた)などで独占されていた

その空間をこちらが独り占めすることになった

いろいろなものを目にしているうちに、少年あるいは青年時代に読んでいたことを思い出した

北海道のいろいろな町を放浪して過ごした寂しげな若者として、あるいは

晩年と言ってもまだ20代半ばであるが、その思想についても記憶に残っている

記念に歌集を手に入れた


また、啄木に「雲は天才である」という小説があることを初めて知った

なぜこのタイトルに目が行ったかというと、わたしのパリ生活は雲を見て過ごしたと言っても過言ではなく、そこから「空は芸術家である」と綴っていたからである

空は、雲が描く作品のキャンバスであるといった意味である

この小説はまだ読んでいないので、啄木がどういう意味を込めたのか知りたいものである


亀井勝一郎で印象に残ったのは、一枚の色紙であった

1964(昭和39)年に芸術院賞を貰った後の式典で、昭和天皇からこう言葉を掛けられたという
「たくさんの本を書いているようだが、どれが中心なの?」
この言葉を聞き、狼狽したというようなことが書いてあった


1階の展示を見て感じたのは、現世的なものの虚しさだろうか

生きている間にいろいろな栄光を得た人もいたようだが、今にして見れば振り返る人もいない

これまさに、マルクス・アウレリウス(121-180)の世界である


終わってみると1時間半ほどだったが、殆ど永遠に感じられた

これは至福と同義である

文学館の向かいにこの建物があった


























そこから市電で五稜郭に向かった

周りに何もないのかと思って行ったが、公園駅周辺は商業センターのようになっていて驚いた

そこから緩い坂道を下っていくと五稜郭タワーが目に入ってきた

まず全体を見渡すことにした

展望台に出て気づいたことは、高所恐怖症になっていることであった

窓の近くまで行けないのである

これには本当に驚いた



























展望台の展示で、高松凌雲(1837-1916)という医者を知った

下の写真にあるような考えを持ち、実践した人間がいたことを知ることができたのは幸いであった

































展望台は早々に切り上げ、五稜郭中央にある箱館奉行所の方に向かった





















































今回の滞在は、本当に久し振りに頭の中を空にして過ごすことができた

これまでは、抱えているものが何か常にあるので、完全には解放されていなかったのである

今の状態はフランスに渡った当初の内的世界に似ている

そのせいかどうか定かではないが、ブログの纏め方も当時のものに似ているように感じる













2022年4月14日木曜日

函館散歩、あるいは "I Remember Clifford"














春を迎えたせいか、一段落したという気持ちがあるためか、心だけでなく身の方もが軽くなったようだ

ということで、殆ど初めてになる函館に足を延ばすことにした

いつものように一瞬の決断であった


しかし残念ながら、曇りで寒風吹きすさぶ日和

その中を只管歩いてみた

坂道もあったので、日頃の運動不足が少しは解消されたのではないだろうか

しかし、これはという発見はなかった

明日に期待したいところである


ただ、駅で気付いたことは、駅員さんが親切だったこと

案内所の場所を改札の窓で聞いていると、それを見ていた他の駅員さんが寄ってきて、その場所まで案内してくれた

こういうことはあまり経験がない

それから、街中でも何人かに声を掛けてみたが、丁寧に時間を使ってくれていた

外は寒いが、内は暖かくなるというのはこういうことなのだろうか

良い印象が残った初日であった

















夜、満ち足りた気分で居酒屋に落ち着いていると、微かに "I Remember Clifford" が聞こえてくるではないか

それは学生時代に演奏した記憶を呼び覚ますものであった

何と形容したらよいのか分からない瞬間であった

至福の時間とでもいうべきなのだろうか





この曲を作ったベニー・ゴルソンクリフォード・ブラウンと作曲の思い出を語り、演奏しているビデオを見付けた

以下に貼り付けておきたい