2022年6月30日木曜日

ボワソナード・タワーでのランデブー























           ジュリア・ヨングさんと山崎友紀さん



今日も猛暑の中、法政大学ボワソナード・タワーに向かった

10年前にパリでお会いした山崎さんにお話を伺うためである

ご一緒されたのは、やはり法政大学で教鞭を執られているヨングさん

アメリカのご出身だが、日本に20年(?)とのことで、日本語はもちろん、感性も日本人に近くなっているようにお見受けした

それからヨーロッパ、特にフランスでのご経験が豊富で、日本語はフランスで習得されたとのこと

数年で日本語をマスターされたようなので、無為に10年以上もフランスにいてさっぱりなわが身を振り返ることしきり

ご専門の一つは薬史学とのことで、日本薬史学会や日仏薬史学会を通してご活躍中である


山崎さんのご専門は化学で、所属は経済学部とのこと

このような想定を超えた組合せに見られるように(?)、科学を超えた社会とのコミュニケーションや科学教育に興味をお持ちとのこと

エネルギッシュに立ち向かっている様子が伝わってきた

また、わたしのように自分が書きたいように書くのではなく、ターゲットを明確にして書くことに注意されているようなので、アマとプロの違いを見るようであった

嬉しいことに、届いたばかりだという『パリ心景』をお持ちいただいた

日本の現状に対する認識やこれからの方向性なども話題になったが、それらは『パリ心景』でも論じられているので、感想をいただければ幸いである

これからアメリカでのサバティカルが待っているとのお話であった

アメリカでのご活躍も願っている






























2022年6月29日水曜日

「自然と人のダイアローグ」展、そして丸善の芸術的配置

























本当に暑い

街を歩いているだけでゆでだこ状態、消耗する

頭の中は普段にも増してボーっとしている

お年寄りはさぞ大変だろう

そんな中、今日は久しぶりに西洋美術館を目指した

























一つのテーマは「自然と人のダイアローグ

すでに観たことがある作者のものがかなりあった

ただ、全体に作品数が少ないという印象を拭えなかった

これは全くの個人的な感覚なのだが、フランスで感じた館内の濃密で(?)時になまめかしい(?)雰囲気――まだ言葉にできていないのだが――を感じることができない

どこか健全なのである
























ゲルハルト・リヒター(1932- )『雲』(1970)



「自然と人のダイアローグ」は芸術だけではなく、いろいろな分野でこれからの大きなテーマになるものだろう

今回の展示からは思想性はあまり感じられなかったが、わたし自身も考えていきたいテーマになりそうである

リヒターの『雲』だが、10年前のポンピドゥーセンターでのレトロスペクティブで観ている可能性がある

雲はフランスで一番多く見たものなので、今回の展覧会に出ていたいろいろな雲もすべてわたしの辞書の中にあるという感じであった
























さて、本日の本屋巡りである

まず、昨日閉まっていた新宿紀伊國屋に向かった

医学書全般のところに置かれていた他、中央の展示棚にもこのように真ん中に並べられていた

よく売れていそうな本の横にあるので、目を引く可能性がある

表紙のデザインに関わった皆様のお陰と言えるだろう




























今度はその足で、東京駅近のオアゾ内丸善へ

こちらは芸術的な雰囲気が溢れていた

思わず手に取りたくなるような、なかなかいい配置であった

昨日のお茶の水店にも「絶妙の」配置と心遣いを感じた

今回初めて、著者の立場から書店を見るというということをやったことになる

まだほんの一部しか見ていないが、今のところ、丸善の評価が少し上がったように感じている

あとは、拙著が静かに広がることを願うばかりである









2022年6月28日火曜日

日本パスツール財団訪問、そして心温まるディスプレイ






















日本パスツール財団の皆様と



いやぁー、とにかく暑い

もう人間の住むところではなくなりつつあるのではないか

そんな中、久し振りに長いお付き合いになる日本パスツール財団を表敬訪問した

今年はパスツール(1822.12.27-1895.9.28)の生誕200年に当たるが、それに合わせた記念行事をこの秋に計画されているとのこと

元パスツール研究所長のフィリップ・クリルスキー(1942- )さんも来日されるようだ

博士の『免疫の科学論』を訳したことも今や懐かしい思い出になっている

機会があれば、記念の行事に何らかの形で関わることができれば幸いである

財団の現状についてもお話を伺ったが、更なる発展を願うばかりである
































今日は暇な時間に拙著の様子を眺めるため、書店を巡ってみた

有楽町の三省堂にはまだ入っていなかった

新宿の紀伊國屋はなぜか閉まっていた

明日以降、トライしてみたい


上の写真は御茶ノ水の丸善で、適切にも「医学一般 医学読み物」という棚に並べられていた

そして次の瞬間、心の中でニンマリ

「とてつもない」ものの横にあったからだ

店員さんがどのように考えたのかは想像できないが、拙著に関するかぎり、心が温かくなるディスプレイになっていた

店員さんには改めて感謝したい







2022年6月27日月曜日

ゲーテの言葉から(13)

























1827.1.29(木)

「私はこまごまと手を加えたり、書きあらためたりしなくてはならない箇所があとからあとからと見つかって、今までかかってしまった。しかし、もうこのへんで十分なはずだ。今は郵便でだせるようになって、解放された気分で、何か他のことにうちこめるかと思うと、ほっとするのだよ。さあどんな運命にでも出会うがいい! ドイツの文化水準は、いまや信じ難いくらいたかくなっており、このような作品が長いあいだ理解もされず、反響もないままでいるのではないか、などと恐れないですむから、安心していられるのだよ」


「古代の詩には、題などついていなかった。詩に題をつけるのは近代人の習慣だよ。古代人の詩も、ずっとあとになってからはじめて、近代人の手で題がつけられたのだ。しかし、この習慣は、必要から生まれたもので、文学が普及をみたため、作品の名をあげたり、たがいに区別したりしなければならないのだ」


(詩人が必ずしもよい散文家ではないことについて)
「ことはいたって単純だ。散文を書くには、何か言うべきことをもっていなければならない。しかし、何も言うべきことをもっていない者でも、詩句や韻ならつくれるよ。詩の場合には、言葉が言葉を呼んで、最後に何かしら出来上がるものさ。それが実は何でもなくても、何か曰くありそうに見えるのだ」



1827.1.31(水)

(シナの小説を読んで)
「人間の考え方やふるまい方や感じ方は、われわれとほとんど変わらないから、すぐにもう自分も彼らと同じ人間だということが感じられてくる。ただ違う点は、彼らの間では、すべてがいっそう明快で、清潔で、道徳的にいっていることだ。彼らの間では、すべてが、理性的、市民的であり、あげしい情熱とか詩的高揚は見あたらない。・・・もう一つ違っているのは、彼らの世界では、人間あるところ、つねに外的自然が共存していることだ。池ではいつも金魚のはねる水音が聞こえ、小枝ではたえず鳥がさえずり、昼はいつでも明るく日が輝き、夜はいつも澄みきっている」


「私には近ごろいよいよわかってきたのだが、詩というものは、人類の共通財産であり、そして、詩はどんな国でも、いつの時代にも、幾百とない人間の中に生みだされるものだ。ある作家は、他人より多少うまく、他人よりほんの少しのあいだ抜きんでている、ただそれだけのことさ。だから、フォン・マッティソン(1761-1831)氏も、自分こそそのひとりだ、と思ってはいけないし、私にしても、やはり自分がそうだ、などと思ったりしてはいけないのだ。それどころか、詩的才能などというものは、そんなに珍しいものではないし、誰にしても、すぐれた詩をものにしたからといって、うぬぼれるだけの格好のいわれがある筈がない、ということを、誰もが心にきざみつけるべきだよ」


「何か規範となるものが必要なときは、いつでも古代ギリシャ人のもとにさかのぼってみるべきなのだ。古代ギリシャ人の作品には、つねに美しい人間が描かれている」


「もし、詩人が歴史家の説く歴史を、そのままくり返すだけなら、いったい詩人は何のために存在するのだろうか! 詩人は歴史をのり越えて、できるかぎり、もっと高いもの、もっとよいものを、与えてくれなければ嘘だ。ソポクレス(497/6 BC-406/5 BC)の描く人物は、すべてこの偉大な詩人の崇高な魂の何らかの意味での分身であり、シェークスピア(1564-1616)の人物もまたシェークスピアの魂の何らかの意味での分身なのだ。これは正しいことだし、またそうしなければいけない」


「こういう具合に、変えたり、改良したりするのは、まだ未完成のものを、たえまなく工夫することによって完成されたものに高める場合には、正しい方法だ。しかし一度作りあげたものを、幾度も新しく変えたり、ふくらましたりしていくのは、・・・ほめられたものではない」


(山下肇訳)








2022年6月26日日曜日

ゲーテの言葉から(12)


























今日、YoutubeをONにしたまま庭を眺めていた

そうしたら、友川カズキ(1950- )に行き着いていた

どこでどうなったのか分からない

15年程前を思い出しながら、改めて聴き直すことにした

その前にゲーテ(1749-1832)である


1827.1.18(木)

シラー(1759-1805)本来の創造力は、理想にあり、彼と太刀打ちできる人間は、ドイツ文学にも外国文学にもいないといってよかろう。バイロン卿(1788-1824)の持っているものなら、大部分彼ももっていた。しかし、バイロン卿は、世の中のことをよく知っている点でまさっていた。ぜひともシラーにバイロン卿の作品を読ませてみたかったよ」

「シラーのすべての作品には、自由の理念が一貫して流れている。そしてこの理念は、シラーが教養をたかめ、以前の彼自身とは別人のように変えるにつれ、違った姿をとるようになった。彼を苦しめ、詩作に影響したのは、青年時代では自然的自由であり、後年には精神的自由であった」

「大公は、シラーが当地へ来たとき、彼に千ターレルの年金を交付することをきめ、彼が病気で仕事ができない場合には、その倍額を支給しようと申し出られたが、シラーは、この後の方の申し出を断って、一度もその恩恵に浴そうとはしなかったのだ。『自分には才能というものがある』とシラーはいった、『だから、自立できないはずがない』と。ところが、晩年になって、家族がふえてくると、彼は生活のために年に二本の戯曲を書かなければならない破目になり、それを書き上げるため、われとわが身を鞭うって、健康のすぐれぬ日にも、仕事をしたのだ。彼は、自分の才能を、いついかなるときでも、自分の意志に従わせ、意のままにしてみせるつもりでいたのだ」


(山下肇訳)






















2022年6月25日土曜日

ゲーテの言葉から(11)






















今日は昨日と打って変わって快晴だ

午前中はその中で瞑想(と名付けて転寝)と決め込んだ

素晴らしい時間であった

さて早速、ゲーテ(1749-1832)を始めたい



1827.1.4(木)

「彼(ヴィクトル・ユゴー、1802-1885)はたしかにまぎれもない才能だ。それも、ドイツ文学から影響をうけている人だ。惜しむらくは、若いころの詩は古典派の杓子定規(ペダンテリー)に邪魔されているが、いまは『グローブ』を味方にしているから、たいへんうまい具合だ。・・・彼をちゃんと見てみれば、彼やその他の仲間の新鮮な才能がどういうところから来ているのか、私にはよくわかる。それは、シャトーブリアン(1768-1848)から来ているのだよ。むろん非常に重要な、修辞的詩的才能の持ち主だ」


「(フランス人の詩が現実のたしかな基盤からけっして離れないということ)はね、フランスの詩人たちに学識があるせいなのだ。ところが、ドイツの馬鹿どもときたら、学識を得ようとすれば、才能をなくしちまう、などと思っている。どんな才能だって、学識によって養われねばならないし、学識によってはじめて自分の力倆を自在に発揮できるようになるのだというのに。まあ、しかし、馬鹿は馬鹿のするにまかせておこう。馬鹿につける薬はないさ。それに、本当の才能ある人はちゃんと自分の道をみつけるものなのだ。今さかんに仕事をしている多くの若い詩人たちは、どうもろくな才能じゃない。ただ無能ぶりを暴露するばかりで、ドイツ文学の高さのおかげで、刺戟されてやっと作っているだけのものだよ」



1827.1.14(日)

「とにかく、私には、自分の作品がぜんぜん見おぼえがなくなってしまっていることが、よくあるね。この間もあるフランスのものを読んで、この人はなかなか気のきいたことを言うな、私自身でもこうとしか言わないだろう、などと読みながら考えたものだ。ところが、よく見てみると、私自身の書いたものからの翻訳じゃないか!」



(山下肇訳)















2022年6月24日金曜日

ゲーテの言葉から(10)

































昨日の主観主義だが、わたしの理論に絡めれば、意識の第一層に留まるやり方ということになるだろう

感情面は非常に大事だが、そこに止まっていては駄目だということ

それでは感情の解決にも導かないし、そこからの発展もないだろう

その感情をもとに、第二層、第三層を導入し、それらを参照しながらどこかに開いていくこと

それをゲーテ(1749-1832)は「内面から出発して世界へ向かう」と言ったのではないだろうか

そう考えると、わたしには非常によく理解できる

さて、今日は強い雨音を聴きながら、ゲーテの新しい言葉に触れてみたい


1926.12.11(月)

アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769-1859)が、今朝、数時間私のところにいたのだ。なんというすばらしい男だろう。ずっと前から彼を知っているのに、今さらのように驚嘆させられる。知識や生きた知恵の点で、彼に及ぶ者はいないといっても過言ではなかろう。おまけにあの多面性も、あれほどのものにまだお目にかかったことがないね! どんな方面でも、何にでも精通していて、われわれに精神的な財宝を浴びるほど与えてくれる。彼は、たくさんの管をつけた泉のようなもので、どこへ容器を持って行っても、いつもちゃんと、清らかな汲めどもつきない水が流れ出てくる。彼は数日ここに滞在するだろうが、私は、そのあいだ数年も生きてきたみたいな気持になるだろうと、今からもう感じているよ」


1926.12.13(水)

「なにもかも独学で覚えたというのは、ほめるべきこととはいえず、むしろ非難すべきことなのだ。才能ある人が生まれるとすれば、それはしたい放題にさせておいてよい筈はなく、立派な大家について腕をみがいて相当なものになる必要があるからだよ。先日私はモーツァルト(1756-1791)の手紙を読んだが、彼のところへ作曲を送ってきた男爵にあてたもので、文面はこうだったと思う。『あなた方ディレッタントに苦言を申さねばなりますまい。あなた方にはいつも二つの共通点が見られますから。独自の思想をお持ちにならないので、他人の思想を借りて来られるか、独自の思想をお持ちの場合は、使いこなせないか、そのどちらかです』。すばらしいじゃないか? モーツァルトの言ったこの偉大な言葉は、他のあらゆる芸術にも通用するのではなかろうか?」

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)はこういっているよ。『あなた方の息子さんが、自分の描くものをくっきりとした明暗によって浮きあがらせ、見る者が思わず手でつかまえたくなるくらいのセンスをもっていないようでしたら、息子さんには才能はありません』とね。さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチは、こうもいっている、『あなた方の息子さんは、遠近法と解剖学を十分に修得してから、りっぱな大家に師事させなさい』と」

「今どきの若い画家連中には、情緒もなければ精神もない。彼らの考えというのは、何も内容がないし、ぜんぜん感動を与えないよ。・・・精神がすっかりこの世から消えてなくなったのではないかと、ときどき情けなくなるよ」


1926.12.20(水)

「両国民ともそれぞれ長所と短所を持っているよ。イギリス人の場合は、すべてを実際的に処理することはうまいが、杓子定規だ。フランス人の場合は、頭がいいが、何ごとも実証的でないと気がすまず、そうでないものまで、そうしてしまう。しかし、色彩論においては、正道を歩んでいて、最もすぐれた者の一人は我々の水準に迫っている」


(山下肇訳)










2022年6月23日木曜日

ゲーテの言葉から(9)


























パリ心景』を手に取られた方から、次のようなメッセージが届いた

 「これは過去20年余りの思索の纏めなのでしょうが、わたしはこれからの序章として読みたい」

そのような意味合いも込められているので、全く問題はないだろう

以前にも触れたが、まさにいろいろな読まれ方があることを確認する朝となった



今日もゲーテ(1749-1832)である


1826.1.29(日)

「彼(オスカル・ルートヴィヒ・ベルンハルト・ヴォルフ、1799-1851)がすばらしい才能を持ちあわせていることは疑うべくもないが、しかし、主観主義という現代病におかされている。私はそれを治してやりたい。・・・ヴォルフのような即興詩人が、ローマやナポリやヴィーンやハンブルクやロンドンなどといった大都会の生活を迫真的に描き、読者が自分の目で見ているのではないかと錯覚するほど生きいきと描き出せたら、みんなを喜ばせ、熱狂させるにちがいない。彼が、殻をやぶって客観的なものに通じれば、救われるさ。彼は想像力がないわけではないから、それだけの素質はあるのだ。ただ、すみやかに意を決して、それをやりとげる勇気だけが必要なのだよ」


「僅かばかりの主観的な感情を吐露しているかぎりは、まだ詩人などといえたものではない。しかし、世界を自分のものにして表現できるようになれば、もうその人は文句なしに詩人だ。そうなれば、彼は、行き詰まることもなく、いつまでも新鮮さを失わないでいられる。それに対して、主観的な性質の人は、僅かばかりの内面をすぐに吐き出してしまって、結局マンネリズムにおちいって自滅してしまう」


「後退と解体の過程にある時代というものはすべていつも主観的なものだ。が、逆に、前進しつつある時代はつねに客観的な方向を目指している。現代はどう見ても後退の時代だ。というのも、現代は主観的だからさ。このことは、文学だけでなく、絵画や他の分野においても見られるのだ。それに対して、有意義な努力というものは、すべて偉大な時期ならどの時期にも見られるように、内面から出発して世界へ向かう。そういう時代は、現実に努力と前進をつづけて、すべて客観的な性格を備えていたのだよ」


「それにまた、今どきの若い娘たちは劇場へ行って何をしようというのだろう? 劇場は若い娘などの行くべきところじゃない。修道院にでも行けばいいのさ。劇場の入口は、人生の機微に通じた男や女のためにだけ開かれているのだ。モリエール(1622-1673)が書いていた当時は、娘たちは修道院にいた。そこで、モリエールは娘たちのことなどまったく顧慮する必要がなかった。・・・しかし、今ではあの若い娘たちを追い出すことも難しいし、上演をやめるわけにはいかないとなれば、やはり、娘たちにはお誂え向きの弱々しい作品ばかり見せつけられることになるから、もっと利口になって、私の流儀を真似して、そんなものには見向きもしないことだ」


(山下肇訳)















2022年6月22日水曜日

ゲーテの言葉から(8)
















今日は当初予定されていた『免疫学者のパリ心景』の発売日である

何か新しい情報がないかとサーフしている時、驚きの発見をした

紀伊國屋書店の「教育と研究の未来」サイトに6月の新刊として取り上げられ、紹介文が続いていた 

それを読むと何か大変なことになっていて、この本の著者は一体どんな人なのかという感じになった

もしその人を知らなければ、わたしも手に取りたくなるような "enticing" で過分な紹介文であった


さて、本日もゲーテ(1749-1832)である

昨日ゲーテは、学ぼうとする人との相性が重要だと言っていた

これまでのところ、ゲーテとの相性は極めて良好のようである

それでは、始めたい


1825.6.11(土)

「詩人は特殊なものを理解すべきだが、それが健全なものであるかぎり、そこに普遍的なものを表現することができる。イギリスの歴史は、文学的な表現にはお誂え向きだ。それが、たくましく、健康で、したがって普遍的で、反復してあらわれるからだ。それと反対に、フランスの歴史となると、文学には向かない。くり返しのきかない生の一時期をあらわしているからだ。だから、この民族の文学は、そうした時期に根拠をもちつづけるかぎり、一つの特殊なものとして存在し、時代とともに老衰してしまうだろうね」

「やたらに定義したところで何になるものか! 状況に対する生きいきした感情と、それを表現する能力こそ、まさに詩人をつくるのだよ」


1825.10.15(水)

「研究者や作家の一人ひとりに性格の欠けていることが、わが国の最近の文学の諸悪の根源だ。とくに批評においては、この欠点が世間にいちじるしい害毒を流している。真実なもののかわりにまちがったものをふりまいたり、あるいはみすぼらしい真実のおかげで、われわれにとっていっそう役立つ偉大なものを奪いとってしまうからなのだよ」

「たいていの人間にとっては学問というものは飯の種になる限りにおいて意味があるのであって、彼らの生きていくのに都合のよいことでさえあれば、誤謬さえも神聖なものになってしまうということだったよ」

レッシング(1729-1781)のような男が、われわれには必要なのだ。彼が偉大なのは、その性格や意志の強固さによるもので、それ以外に何がある! あれくらい賢明で、あれくらい教養のある人物なら、他にもたくさんいるが、あれくらいの性格がどこにある!

じつに才たけて知識も豊かな人は大勢いるが、同時に、虚栄心も強い。近視眼的な大衆から才気のある人とほめられたい一心で、恥も外聞もなくしてしまう。彼らにとっては、神聖なものなど全く存在しないのだ」


1825.12.25(日)

シェークスピア(1564-1616)について、何か言える資格のある人はいない。何を言っても、言い足りないのだ。私は『ヴィルヘルム・マイスター』の中で、彼にちょっとだけふれてはみたが、それはたいして言うほどのこともない。彼は、劇場の詩人などではないのだよ。舞台のことなど念頭になかった。舞台なんか、彼の偉大な精神にとっては、あまりに狭すぎたのさ。それどころか、この目に見える全世界すらも、彼には狭すぎるくらいだったのだ」


(山下肇訳)







2022年6月21日火曜日

ゲーテの言葉から(7)

























今朝、快晴の下、陽の光に輝く緑を眺めながら紫煙を燻らすという至福の時を味わった

徐に、今日もゲーテ(1749-1832)の声に耳を傾けたい



1825.4.20(水)

「全体の中へ入っていく厳しさもなければ、全体のためになにか役に立とうという心構えもない。ただただどうすれば自分を著名にできるのか、どうすれば世間をあっといわせることに大成功するか、ということだけをねらっている。・・・いたるところで、一人ひとりが自分を立派に見せようとしている。どこへいっても、全体のため、仕事のために自分自身のことなど気にならないような誠実な努力家は見あたらない」

「私の詩に具象性のあるのはやはり、あの深い注意力と目の訓練を大いにやったおかげなのだ。そこから得た知識も、同じように高く評価しなければいけない。しかし、修業の限界をあまり広げすぎないように注意すべきだね。

自然研究者がいちばんそうした誘惑におちいりやすいよ。自然観察のためには、実はしっかり調和のとれた普遍的な修業が要求されるからだ。
だがこれに反して、自分の専門に欠くことのできない知識に関しては、せまく制限したり、一面的な見方におちいることをつとめて警戒しなければならない。

結局、最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものをいうのだ」



1825.5.12(木)

「いつも大事なことは、われわれが学ぼうとする相手の人たちが、われわれの性分にふさわしい人であるということだ」


モリエール(1622-1673)はまったく偉大だから、くり返し読むたびに、今さらのように感嘆させられる。彼は独特な男だ。その作品は、悲劇と紙一重だし、不安にさせるところがある。それで、だれも彼の真似をしようなどという勇気のあるものは一人もいない」

「私は、モリエールの作品を毎年いくつか読んでいる。それは、私が偉大なイタリアの巨匠たちの銅版画をときどき眺めるのと同じことだ。われわれのような小粒の人間は、こういうものの偉大さを、心の中にしまっておくことなどできないからな。そこでときどきそこへ帰って行って、その印象を心に蘇らせることが大事なのだ」


「独創性ということがよくいわれるが、それは何を意味しているのだろう! われわれが、生れ落ちるとまもなく、世界はわれわれに影響をあたえはじめ、死ぬまでそれがつつづくのだ。いつだってそうだよ。一体われわれ自身のものとよぶことができるようなものが、エネルギーと力と意欲の他にあるだろうか! 私が偉大な先輩や同時代人に恩恵を蒙っているものの名を一つひとつあげれば、後に残るものはいくらもあるまい」


「要するに、人はただ自分の愛する人からだけ学ぶものだ。今日すくすくと成長している若い才能の持ち主たちの中にも、私に対してそういう心情を持ってくれる人もいるにはいるが、私の同時代の人たちとなると、そうした人はめったにみつからなかったのだ。それどころではなく、すぐれた人たちの中で私に心酔してくれたような人は、ただの一人もあげるのが難しいほどだ」


(山下肇訳)



今日は嬉しい発見をすることになった

太字部分は、フランスに渡ってからの生活の中で、わたし自身が感得することになった重要なことである

ゲーテ自身もそのことを感じていたことが分かった

このような発見をする時はいつも、そよ風が頭の中を吹き抜ける

この点については『パリ心景』でも繰り返し取り上げている

















2022年6月20日月曜日

ゲーテの言葉から(6)















今日もゲーテだが、話はバイロン(1788-1824)に集中している

それでは・・・


1825.2.24(木)

「つまり、こうなると、詩人がいかに偉大であるかというようなことは、全然話にならず、むしろ、一般大衆からあまり傑出していないような人柄の方が、やたらに一般の拍手喝采を受けるというわけだ」


「私が独創性とよんでいるものに関するかぎり、世界中のだれと比べても、彼(バイロン)に及ぶ者は一人もいまい。彼のドラマティックな葛藤をときあかしていく方法は、いつも人の意表をつき、いつも人の考え及ばないような巧妙さをみせる」


「この人間から、とくにこの胸中から、湧きでてきたものは、何もかもすばらしかった。・・・彼は、偉大な才能を、生まれながらの才能を、もった人だ。詩人らしい詩人としての力が彼ほど備わっている者は一人もいないように思われる。外界の把握という点でも、過去の状態の明晰な洞察という点でも、シェークスピア(1564-1616)と比肩できるほど偉大だ」


「バイロンにとっては、イギリス貴族という高い地位が非常にマイナスになった。才能のある人物はだれでも、側から煩わされるものだが、まして彼のように高貴な生まれで、恒産を有しているばあいは、なおのことそうなる。中流程度の暮らしのほうが、才能ある人物には、はるかにましだね。だから、芸術家や詩人で偉大なひとはみんな中流階級から出ている」


「本当に他人の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはいけない。まちがったことなど気にかけず、どこまでも良いことだけを行うようにすればいい。大事なのは、破壊することでなくて、人間が純粋な喜びを覚えるようなものを建設することだからだ」


「およそイギリス人というものは、本当の意味での反省を知らない人種だ。気晴らしや党派根性のために、じっくり教養を身につけることが不可能なのだ。しかし、実際的な人間としては、偉大だよ」


(山下肇訳)










2022年6月19日日曜日

ゲーテの言葉から(5)































ゲーテご本人の語りが次第に心地よくなってきたようだ

今日もその言葉に耳を傾けることにしたい



「人生は短い。おたがいに楽しみあうようにしたいものだね」(1824.12.9)



「(イギリス人技術者に向かって)お国の若い人たちがわれわれの国へ来て、ドイツ語の勉強をするのは、よいことです。というのは、わが国自身の文学が学ぶ値打ちがあるというだけでなく、今、ドイツ語がよくわかれば、他の言葉をたくさん知らなくても済むということも否定できませんからね。フランス語だけは別ですよ。フランス語は、社交用の言葉で、とりわけ旅行のさいには欠かせませんものね。だれでもわかるし、どこへ行っても、優秀な通訳のかわりに、フランス語で用が足りますから。しかし、ギリシャ語やラテン語、イタリア語、スペイン語、となると、それらの国の最高の作品は立派なんドイツ語訳でちゃんと読むことができる。だから、よほど特殊な目的でもないかぎり、苦労をしてこれらの言葉を学ぶために、多くの時間をかけることはない、あらゆる外国のものを、その持ち味を生かして評価し、異質な特性に順応するという性質が、ドイツ人にはありましてね。このことと、ドイツ語の柔軟さのお陰で、ドイツの翻訳は、徹底的に原文に忠実で、完全なものになるのですよ。・・・フリードリヒ大王(1712-1786)は、ラテン語ができなかったけれども、フランス語訳でキケロ(106 BC-43 BC)を読んだ。それも、われわれが原語で読むのと同じくらいよく読みこなしていました」

「私なら、『ファウスト』はまだあなたにおすすめしませんよ。あれはとんでもない代物で、あらゆる日常の感覚を超越しています。けれでも、私にたずねないで自分から読みはじめたのですから、ひとつどこまで読みとおせるか、やってごらんなさい。ファウストは、じつに珍しい個性の持ち主だから、その内面の状態を追感できる人は、ほんの僅かしかいません」(1825.1.10)



「彼ら(学者たち)は、口ぐせのように、これはここから取った、あれは、あそこからだ! と言います。たとえば、シェークスピア(1564-1616)の中に、古代詩人にもある詩句を発見すると、シェークスピアは古代詩人から取ってきた、と言うのです。・・・なんと妙な話でしょう!・・・こんなことは、ふだん目の前で、見たり感じたり言ったりしていないとでも言うんでしょうかね!・・・私のメフィストーフェレスも、シェークスピアの歌をうたうわけだが、どうしてそれがいけないのか? シェークスピアの歌がちょうどぴったり当てはまり、言おうとすることをずばり言ってのけているのに、どうして私が苦労して自分のものをつくり出さなければならないのだろうか?」

「(最近五〇年間にひろまったドイツの中流階級の高い教養について)その功績はレッシング(1729-1781)よりもヘルダー(1744-1803)とヴィーラント(1733-1813)にある。レッシングは最高の知性をもっていたから、彼と同じくらい偉い者にしか、彼から本当に学びとることなどできなかった。中途半端な能力の人間にとっては、彼は危険な存在だった。ヴィーラントの活躍で、南ドイツ全体が、その文体をもつことができるようになった。彼から多くのものを学びとったという次第だが、正しく自己を表現する能力も、決してつまらないこととはいえないね」

「彼(シラー、1759-1805)は、ふしぎな大人物だったね。一週間ごとに、シラーは別人みたいになり、一段と完成された人間になっていた。彼と会うたびに、読書の点でも、学識の点でも、判断力の点でも、進歩しているように思われた。彼の手紙こそ、私にのこされた最もすばらしい追憶のかたみだよ。それは、彼の書いたものの中で、最もすぐれたものの一つだ。私は、シラーの最後の手紙を、私の宝の中でも神聖なものとして保存している次第だ」(1825.1.18)


(山下肇訳)










2022年6月18日土曜日

ゲーテの言葉から(4)
































今朝、『パリ心景』を見たという方から、「思わず手に取ってみたくなるような軽やかな装丁」とのコメントをいただいた

このような感想を持たれる方が多いようである

さらに、編集者の力の入れようが想像されるとあった

願わくは、このような本を実際に手に取り、お読みいただけると幸いである


さて、今日もゲーテである


「七十五歳にもなると、ときには、死について考えてみないわけにはいかない。死を考えても、私は泰然自若としていられる。なぜなら、われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠に向かってたえず活動していくものだとかたく確信しているからだ。それは、太陽と似ており、太陽も、地上にいるわれわれの目には、沈んでいくように見えても、実は、けっして沈むことなく、いつも輝き続けているのだからね」(1824.5.2)



「フランス人がドイツの作家を研究したり、翻訳したりするに至ったというのは、じつに結構なことだ。彼らは形式の上でもモティーフの上でも制限されているので、外国へ目を向けるより仕様がないのだ。われわれドイツ人は、ある種の無形式のゆえに非難されるが、しかし素材においては、われわれは彼らよりもすぐれている。・・・とりわけわれわれの哲学の観念性は、彼らの歓迎するところだ。理念的なものならどんなものでも革命の目的に役立つのだからね」

「フランス人は悟性と精神は持ちあわせているが、根本的なものがないし、敬虔の念もない。その場その場で役立つもの、自分の党派に都合のいいものが、正しいものなのだ。だから、彼らがわれわれをほめるのも、われわれの価値を認めるからでは毛頭なくて、われわれの意見がその党派を強化できる場合に限られているのだ」(1824.11.24)



「重要なことは、けっして使い尽くすことのない資本をつくることだ。君のすでにはじめている英語とイギリス文学の研究において、それが得られるだろう。その仕事に自分を打ちこみたまえ。若いイギリス人たちと会うすばらしい機会を、いつも利用したまえ。君は古代言語を学ぶ機会を、青年時代に大方失ってしまったのだから、イギリス人のような有能な国民の文学に、手がかりを求めたまえ。とくに、われわれ自身の文学というのも、大部分は、イギリス文学が源流になっているのだよ。われわれの小説も悲劇も、ゴールドスミスやフィールディングやシェークスピアをのぞいて、いったいどこに源流があるのか? 今日でもドイツのどこに、パイロン卿やムーアやウォルター・スコットと肩を並べられるような大作家を、三人も見つけ出すことができるだろうか? もう一度くり返すが、英語をしっかり身につけ、有用な仕事に力を集中して、君にとってなんの成果にもならぬこと、君にふさわしくないようなことは、すべて放棄したまえ」(1824.12.3)


(山下肇訳)
















2022年6月17日金曜日

ゲーテの言葉から(3)


























昨日のお昼は老舗レストラン(大正8年創業)を2年振りに訪問

高校時代の同期生が三代目として店を守っている

大学では美学を学び、趣味で声楽をやり、今でもホールでコンサートを開いているという

お店はレトロな感じで、ドイツリートが流れていた


お仕事の合間にいろいろな話を聞き、発見があった

同期生の消息に詳しく、普段は頭に浮かばない人たちが次々に現れ、記憶を刺激された

学生時代は大人しく芯が強そうだった女性が、大学に入って見違えるようになったとのこと

どうようになったのかは分からないが、人間って変わるんですねぇという言葉

わたしも驚いた

それから、学生時代からエネルギッシュに動き回ってた人は倒産も経験したが、これから大きな会社を始めると言って張り切っているという

このような話が続いて、興味が尽きなかった

小学校から中学、高校に行くに従い多様性は減ってくる

それでも高校時代にはまだ面白い人間が沢山いたように思う

確かに、人間というのは面白い存在だ

忘れていた過去が間違いなく存在したことを確認させてくれ、恰もタイムマシーンに乗って異次元に入り込んだようなお昼時であった



さて、今日もゲーテを続けてみたい


「フランスの憲法は国民自身にひじょうに多くの退廃した要素があるので、イギリスのとはまったく違った基盤に立っているのだ。フランスでは、あらゆるものが、賄賂を使って手に入れることができる。実際、あのフランス革命にしたところで、まったく賄賂によって動かされたのだよ」(1824.3.29)



「ドイツ人は一般に哲学的な思索が邪魔になっているから、文体の中へしばしば抽象的な、不可解な、冗漫な、とりとめのないものがまぎれこんでくるのだね。彼らが、哲学上の何らかの流派に深入りしていればいるほど、彼らはうまく書けなくなる。しかし、ドイツ人の中でも、実務家とか、道楽者といったような、実際的なことにだけしか関係していない連中となると、文章をじつにうまく書く。シラーの文体にしても、彼が哲学しないばあいは、きわめて華麗であり、効果的だ」

「イギリス人は、おしなべてみな、生まれついての雄弁家か、現実に目を向ける実務家だから、上手に書くね」

「フランス人は、文体を見ても、彼らの一般的な性格がまざまざと現れている。彼らは、社交的だから、いつも話しかける聴衆を忘れたりはしない。彼らが明晰であろうとするのは、読者を納得させるためだし、優美に書こうとするのは、読者に気に入られたいためなのだ」(1824.4.14)


(山下肇訳)








2022年6月16日木曜日

ゲーテの言葉から(2)




























昨夜、何気なく(これが発見には重要)ブログの右コラムを見ていると、トゥールが連日30℃を越え、土曜は37℃になるというではないか

7月には結構暑くなっていたが、6月がこんなに暑かったとは

あるいは今年だけなのか、もう思い出せなくなっている


やはり昨夜、『パリ心景』を棚のど真ん中に置きたいという書店スタッフの方のツイッターが目に入った

そして今朝、とても素敵な表紙なので中央に置せていただいているとの返信があった

やはり表紙が魅力的であることは重要な要素になるのだろうか

このような本屋さんが増え、そこから中身の方に進むという流れになってくれると素晴らしいのだが、、

いずれにせよ、ありがたいお話である



さて、本日もゲーテ(1749-1832)に当たってみたい

1824年2月28日の言葉から


「優秀な人物のなかには、何事も即座ではできず、何事もおざなりにすますことができず、いつも一つ一つの対象をじっくりと深く追求せずにはいられない性質の持主がいるものだ。このような才能というものは、しばしばわれわれにじれったい気を起こさせる。すぐさま欲しいと願うものを、彼らはめったにみたしてはくれないからだね。けれども、こういう方法でこそ、最高のものがやりとげられるのだよ」


「マンネリズムはいつでも仕上げることばかり考えて、仕事そのものに喜びがすこしもないものだ。しかし、純粋の、真に偉大な才能ならば、制作することに至上の幸福を見出すはずだ。ロース(1631-1685)は、山羊や羊の髪や毛をねばり強く描いて飽きることがなく、あの際限もない精密描写を見れば、彼が仕事をしながら、世にも純粋な幸福を楽しみ、完成することなど考えてもみなかったことがわかるのだよ」

「比較的才能のとぼしい連中というのは、芸術そのものに満足しないものだ。彼らは、制作中も、作品の完成によって手に入れたいと望む利益のことばかり、いつも目の前に思い浮かべている。だが、そんな世俗的な目的や志向をもつようでは、偉大な作品など生まれるはずがないさ」

(山下肇訳)



ゲーテの指摘、自分自身が経験してきたものなので、非常によく分かる

仕事そのものに喜びを感じることなく、終わらせることしか考えない状態と、そのものの中に入り込み、時間が消える中で制作する状態の違いは、天と地の違いと言ってもよいだろう

パリ心景』でも触れているが、後者はエネルゲイアと結び付き、ゲーテが言う「世にも純粋な幸福を楽し」むことができる

至福の時を齎してくれるのである








2022年6月15日水曜日

ゲーテの言葉から





























Goethe (1829)  @Angers (2015.10.17)



今日はゲーテ(1749-1832)の声に耳を傾けてみたい


「私の本当の幸福は、詩的な瞑想と思索にあった。だがこれも、私の外面的な地位のおかげでどんなにかき乱され、制限され、妨害されたことだろう! もっと、公的な職務上の活動から身を退いて、孤独に暮らせたら、私はもっと幸福だったろうし、詩人としても、はるかに多くの仕事をしていただろう」(1824.1.27)



「私が一八歳のころは、ドイツの国もやっと一八歳になったばかりだから、まだ何事かがやれたんだ。ところが、今では、信じられないほどたくさんのことが要求され、しかもどの方面を見ても道はふさがれてしまっている」

「ドイツ自体が、あらゆる分野にわたって高いレベルに達しているので、とても全部は見きわめきれないといっていいほどだ。そのうえ今では、われわれは、やれギリシャ人になれの、ローマ人になれのと責められるし、おまけにイギリス人になれ、フランス人になれとまで言われる。しかも、オリエントまでめざせという狂気の沙汰だ。これでは、若い人が、まったく途方に暮れてしまうのもあたりまえさ」

「しかし、前にもいった通り、私はこの何もかも出来上がった時代にあって、自分がもう若くないことを天に感謝しているよ。若かったら、いたたまれないだろうね。まったくのところ、アメリカへ逃げだそうとしたところで、もう遅すぎるのだ。そこももう、あまりに明るすぎるだろうからね」(1824.2.15)



「実際、人間には、自分がその中で生まれ、そのために生まれた状態だけが、ふさわしいのだからね。偉大な目的のために異郷へかりたてられる者以外は、家に留まっているほうがはるかに幸福なのだ」(1824.2.22)



「もしも、精神ともっと高い教養が人々の共通の財産になるようになれば、詩人は、十分に活動できるだろうし、いつも完璧に真実であることができるし、最善のことを言うのに、なにも恐れたりする必要がなくなるだろう。だが、いまは、いつも、ある水準に身を置いていなければならない。詩人は、自分の作品がざっぱくな世の人の手に渡ることを顧慮しなければならない。だから、あまりあからさまに表現して、大勢の善良な人たちの怒りを買わないよう注意するのは、もっともな話だ」(1824.2.25)



「これから何年か先に、どんなことが起こるか、予言などできるものではない。だが、そう簡単に平和はこないと思う。世の中というものは、謙虚になれるような代物ではない。お偉方は、権力の乱用をしないではおれないし、大衆は漸進的改良を期待しつつ、ほどほどの状態に満足することができない。かりに人類を完全なものに仕上げることができるものなら、完全な状態というものもまた考えられよう。けれども、世の中の状況というのは、永遠に、あちらへ揺れ、こちらへ揺れ動き、一方が幸せに暮らしているのに、他方は苦しむだろうし、利己主義と嫉みとは、悪霊のようにいつまでも人々をもてあそぶだろうし、党派の争いも、はてしなくつづくだろう」(1824.2.25)



「不死の観念にかかずらわるのは上流階級、ことに何もすることのない有閑マダムにうってつけだ。しかし、この世ですでにれっきとしたものになろうと思い、そのため、毎日毎日努力したり、戦ったり、活動したりしなければならない有能な人間は、来世のことは来世にまかせて、この世で仕事をし、役に立とうとするものだ。その上、不死の思想などというものは、現世の幸福にかけては、最も不運であった人たちのためにあるのだよ」(1824.2.25)


(山下肇訳)









2022年6月14日火曜日

「エピローグに代えて:なぜスピノザなのか」(4)























スピノザ(1632-1677)がユダヤ人コミュニティから排斥された理由はよく分かっていない

伝記作家の一人は「その理由は、おそらくこれからも我々には隠されたままであろう」としている

長老の宣言書には、理由が書かれていないのである

わたしはその理由を、当時は受け入れられていないが将来受容されるだろう知識を説いたからだと考え、そのように小説を組み立てた


全人生を倫理(『エチカ』)に打ち込んだ人間の教えを考えると、読者はスピノザの人生における出来事を書くことが倫理的なのかと問うかもしれない

わたしの頭に浮かんできたのは、ミゲル・デ・ウナムーノ(1864-1936)の次の言葉であった


その意味では、この小説のスピノザは1632年から1677年まで生きたスピノザであり、本書に出てくる読者は今本書を手に取っている読者に他ならないと言えるのではないか

幾何学が教えるところによれば、二つの平行線は無限の彼方で交わることになる

我々はある点――おそらく無限において――で出会うことをわたしは信じている

本書のスピノザと実在のスピノザ、二人の読者、著者は出会い、絶対的同一性に至るであろう


再度問う、なぜスピノザなのか

ある人と超心理学について話している時、なぜスピノザについて書いていると思うのかと訊いてきた

もし哲学者との会話であれば、彼の独自の哲学のためとか、デカルト(1596-1650)の自由意志や心身二元論についての考えからの逸脱を挙げたかもしれない

文学理論家との対話であれば、読者と登場人物との会話を小説にしたかったからと答えただろう

しかし、相手はすでに真理を知っている人物だったので、その答えを知らないと正直に言わなければならないと感じたのである

すると、その人物は「ゴーチェ、あなたは孤独だったのですね、なぜですか」と返したのである

ウラジミール・ナボコフ(1899-1977)は、「作家は孤独の中で生まれる」と言っている

彼は孤独の中に生まれただけではなく、孤独の中に存在したのである

書くこと自体が孤独の作業である

あるいはおそらく、孤独を乗り越える必要性である

それは会話の必要性を意味している

それ故、これらの会話があり、『スピノザとの会話』がある

それがスピノザだった理由である


(了)






2022年6月13日月曜日

大竹伸朗、再び















昨日、予約注文していた『パリ心景』がアマゾンから届いたという連絡が入った

アマゾンも予定より10日ほど早く売りに出したのだろうか

ということは、すでに書店にも出ているものと思われる

こうなると、もうわたしの手を離れてしまったという感覚である

あとは、深く静かに浸透することを願うばかりである

改めてサイトに行ってみると、すぐに配送されることになっており、冒頭部分が試し読みできるようになっている

一度、訪問していただければ幸いである


さて数日前のこと

寝る前にテレビを付けると、記憶を刺激する人物の特集が流れていたことを思い出した

 大竹伸朗(1955- )

今その番組を調べたところ、21世紀のBUG男 画家・大竹伸朗であった

このサイトでも分かるように、今週は1日おきに放送されるようである

まさに、大竹伸朗週間

一体、どうなっているのだろうか


実はこの方を発見したのは新日曜美術館で、もう16年前のことになる

 大竹伸朗という芸術家 SHINRO OHTAKE(2006.11.28)

この記事にあるように、その考え方、やり方がわたしのものと余りにも重なっていることに驚いたのである

さらに、その制作過程を見ていて、それまで抵抗があった(あるいは、よく分からなかった)抽象芸術が身近になるという経験をしている

結論から言えば、目の前にあるものを「美しい」(自分にとって価値ある)と思えるかどうかだけがポイントだということに気付いたのである

全くの偶然に任せて(自分の意志から離れて)制作されるのだが、自分の作品としてよいと判断した時に芸術家はその手を止める

それを見る側も同じように判断すればよいのである

最初に全体のアイディアがあるわけでもなく、出来上がる時がいつなのかも全く分からないという

つまり、何か言いたいことがあってある形を創るのではないのである

従って、その意図が分からないのは当たり前である

そして、制作の終わりも自分が決めるのではなく、どこからかやって来るのである


今から8年前にも日曜美術館で取り上げられていたことが分かった

 大晦日はブリュッセル(2014.12.31)

こうしてみると、8年おきにわたしの前に顔を出してくる方のようだ





2022年6月12日日曜日

「エピローグに代えて:なぜスピノザなのか」(3)




























目覚めた時がひと日にの始まりだが、今朝は早かった

庭に目をやると、草木が朝露に輝き、生き生きとしている

先日蕾だった花もいくつか開いていて、美しい

気持ちの良いひと日の始まりとなった

さて今日も、スピノザを続けたい



最初、わたしはスピノザの哲学を理解できないだろうと思った

今は、おそらく完全にはできなかったと言える

そしてそれは、そんなに悪いことではない

しかし最初は、わたしがスピノザ哲学の基本的な前提を間違って解釈し、月を狙った小説が太陽を撃つことになるのではないか心配したのである

わたしの恐れは、ピエール・マシュレ(1938- )の「スピノザとの出会い」というテクストを読むまで続いた

この論文は、スピノザの最高の権威であるドゥルーズ(1925-1995)が、いくつかの解釈の誤りを犯していることを主張している

わたしは『スピノザと表現の問題』とスピノザと表現の問題』を読み直し、啓発されたのである

ドゥルーズの目的は、絶対的真理—―それは存在しないのだが――に到達することではなく、戯れだったのである

彼はスピノザ哲学を忠実に解釈しようとしていない

彼にとって重要だったのは、真の哲学者に相応しく理性を介してスピノザを経験したことを示すことだったのである

その時、わたしは自由に振る舞う(戯れる)ことができるようになった

兎に角、ドゥルーズの解釈は参考になり、わたしは2つの右手(スピノザとわたし)と1つの左手(ドゥルーズ)で書いていると感じることがあった



ある本の中で、1621年にロンドンで刊行されたロバート・バートン(1577-1640)の『メランコリーの解剖学』に出会った

それから、わたしがテーズで扱った概念の一つは、ジュリア・クリステヴァ(1941- )の『黒い太陽― 抑鬱とメランコリー』(1987)の中でメランコリーとされていた

この他、ショシャナ・フェルマンリチャード・ローティ(1931-2007)、ジャスミナ・ルキックミハイル・バフチン(1895-1975)、エリザベス・グロス(1952- )、ジュディス・バトラー(1956- )、パトリシア・ウォー(1956- )、ミーク・バル(1946- )、シュロミス・リモン・ケナンスーザン・ランサーなどの著作も「スピノザとの会話」の迷宮を歩く際の標識となった










2022年6月11日土曜日

『免疫学者のパリ心景』がもう書店に?



























先ほど、新宿の紀伊國屋さんから『パリ心景』についてのツイートが届き、驚いた

連絡をいただいた紀伊國屋さんには感謝したい

ところで、これはもう書店に並んでいるということなのだろうか

もしそうならば、アマゾンより10日ほど早いことになる

興味をお持ちの方には、一度手に取っていただければ幸いである

どこかに関係することが出てくること請け合いである

少なくとも、そう願っている

ツイートを以下に貼り付けておきたい



















2022年6月10日金曜日

「エピローグに代えて:なぜスピノザなのか」(2)

























ドゥルーズ(1925-1995)はスピノザ(1632-1677)の『エチカ』は2度書かれたと信じていた

もしそれが本当で、ドゥルーズが言うように理性と感情が入り組んでいるとすれば、この本の著者にも分裂があったと想像される

わたしが小説を2つのセクションに分ける決断をしたのは、スピノザの魂にある分裂のためである

この小説の最初のセクションでは「考える」スピノザ(homo intellectualis)を描き、次のセクションでは「感じる」スピノザ(homo sentimentalis)を扱っている

スピノザの師フランシスコ・ファン・デン・エンデン(1602-1674)の娘クララ・マリアとヨハネス・カセアリウス(1642-1677)という人物も対比的である

クララ・マリアと永遠VS短さ、ヨハネスと無限VS有限という関連

最後もクララ・マリアは永遠の都ローマで亡くなり、ヨハネスは地の果、無限への入口のようなインドはマラバールで亡くなっている



全ての作家は美のために書いているとわたしは信じている

モティベーションはそれぞれだろうが、美しい本を書きたいと願っている

スピノザの哲学は倫理に重点が置かれ、美学を無視していると批判されてきた

彼の哲学には美が欠けており、不毛で退屈だと学者は言うのである

おそらく、そうだろう

しかしそれにも拘らず、彼の哲学は美――存在の美――を目指している

人々が適切に考え、きちんと(=幸福に、平和に、十全に)生きることを教えることを願った

スピノザは彼らの生を無限で永遠の美に変えることができると信じていたとわたしは確信している

それは、彼の日常が破門、住所不定、貧困、孤独の中にあり、美が欠けていたからかもしれない

わたしが本書を書いている時、彼の孤独に美を与えたいと願っていた

美しい本を書きたいと思ったのである

この本は「知性の時代」には軽蔑されるロマン主義の最も遅れてきた作品かもしれない

ここでは理性に対立するものとして、感情的なものが意図的に提示されている








2022年6月9日木曜日

「エピローグに代えて:なぜスピノザなのか」(1)
































今朝は庭に出て、咲きかかっている花を写真に収めた

肉眼では分からなかったが、写真を見るとまるでソフトクリームのように見えるではないか

庭に降りる階段には10センチくらいの毛虫がいて、一瞬びっくりした

日向ぼっこでもしているのだろうか、全く動かない

気持ちよさそうに、と形容したくなるような景色であった



さてここで、先日見つけたスピノザ(1632-1677)の小説を少し読むことにしたい

今回は、最後の「エピローグに代えて:なぜスピノザなのか」から始めたい


全ての作家は、なぜ書くのか、なぜあるテーマを書くことにしたのかの解を求めている

それでは、なぜスピノザについて書くことにしたのか

この問いについて、それらしい説明をしてみたい


中学校の哲学の授業で初めてスピノザについて聞いた時、自分は彼について書くだろうと思った

その時の興味は彼の哲学にあったのではなく、ユダヤ人コミュニティから排斥され、レンズを磨いて生活した孤独な賢者に向かっていたのである

その後長く忘れていたが、2年前に彼について書くという考えが再び蘇ってきた

それから当時のノートや伝記を含めた多くの本を読み始めた

その中には、スピノザの最初の伝記作家とされるジャン・マクシミリアン・ルーカス(1636/46-1697)のようなスピノザの同時代人や、スティーブン・ナドラー(1958- )などの我々の同時代人の伝記()が含まれ、彼の哲学についての優先順位は低かった


ジル・ドゥルーズ(1925-1995)はスピノザ哲学の最良の解釈者だと思うが、『スピノザと表現の問題』の英訳者への手紙の中で、次のように書いている
「スピノザの中でわたしを最も惹き付けるものは彼の『実体』ではなく、有限な様態の構成である」
確かにこれは、哲学者だけではなく、小説家の興味を刺激するものである

実体や永遠なるものではなく、限定され有限な様態、すなわち我々自身や我々の周りにあるすべてのものである

ドゥルーズは別の本『スピノザ:実践哲学』で、次のように書いている
「『エチカ』は二度書かれた本である。一度目は定義、定理、証明、系の連続的な流れの中で、もう一度目は不連続で激しい破線の備考の中で。最初のバージョンの下にある二つ目のバージョンは怒りのすべてを表現し、告発と解放の実践的課題を説明している」