ラベル 月のまとめ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 月のまとめ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年1月31日火曜日

1月を振り返って































もう月のまとめの時期になった

今年は免疫に関する本のゲラ校正から始まり、現在もその只中にある

具体的には、第2校の校正がもう少しのところまで来ている

というよりも、締め切りが今週中ということである

そのため、他のことには注意が行かなくなっている


もう一つは、今月、これからに向けての一つの方向性が見えてきたことである

これは、これまでやってきたことに一段落が付きそうだという新しい状況が齎したものだろう

これからさらに具体化していきたいものである








2022年12月30日金曜日

12月を振り返って

























あと1日で今月も終わりになるので、このあたりで振り返っておきたい

今月は以下のようなことをやっていた



1)免疫に関する本のゲラ校正に当たっていた

今月上旬には初校ゲラの校正は終えていた

これから編集者の校正ゲラと突き合わせを行わなければならない

年を越すことに間違いはない

1月上旬には終えたいものである

二校、三校とあるので、来年1月は第4コーナーを回ってラストスパートとなるのだろうか

いつも思うことだが、本を出すということは、なかなか大変な作業である



2)来年1回目のカフェ/フォーラムの構想を練っていた

2月末から3月上旬に開催予定の会だが、その大枠が見えてきた

新年早々には案内を公表できるようにしたい

よろしくお願いいたします



3)今月もコリングウッドの自然に関する考えを読んでいた

自然についての一つの見方を学んでいるという印象である

同時に、哲学の歴史を眺めるようなところもあり、これから読み進む上で参考になるだろう

この本が終わった後も、このような営みは継続したいものである



4)これからのテーマのようなものを考えていた

今月の下旬に入り、これからやりたいことが少しずつ見えてきたように感じている

ただ、所謂プロジェとして具体的なステップを思い描けるようなものではなく、長いスパンで共にいることができるような少し大きなテーマが浮かんでいる

これからどのような展開を見せるのか、今は全く想像できない

経過を注意深く観察していく予定である









2022年11月30日水曜日

11月を振り返って

























通り過ぎてヘーゲルに行くところだったが、今日は振り返りの日であった

今月は次のようなことをやっていた


1)免疫に関する本の最終校正を終えた

この本はここ10年超の思索の跡を纏めたもので、わたしにとっても発見の多い内容となっている

研究者だけではなく、一般の方にも届くことを願っている

いつも感じることだが、一つの文章ができる奥には多くの仕事が眠っている

今回、それを示すためにかなりの資料(論文や著作)を巻末に添えることにした

そのため一見すると研究書のように見えるかもしれないが、必要を感じなければこれらの資料は放っておいていただいて構わない

ということで、今回の校正では資料の整理が大変であったが、何とか終えることができた


それから、この過程でもう一つ気付いたことがある

最初に資料に当たり一つひとつの部分を書くのだが、その時には全体が見えないため、どこまでをどのように記述すればよいのか分からないことがあった

しかし、全体を見渡すことができる校正の段階になると、その中でなぜか出来上がっている流れや知識のレベルに沿うような書き方が見えてくる

今回の校正も4サイクルほどやったが、繰り返しているうちに異質に感じた部分が全体に溶けこむようになる

そして、これ以上にはならないと思われるところが見えてくる

そこが校正の終わりである

あくまでも現段階においては、ということだが


この段階で大きな書き直しはしないということは、今年ゲーテから教わったことである

この原則があったので、さらに考えを広げたりしようとせず、今あるものをより明確にすることに迷わず集中することができた

大きな書き直しは、これから先の仕事になると考えればよいのである

ということで、今はゲラが届くまでの待ち時間になっている



2)今月もコリングウッドを読んでいた

偶然から始めたコリングウッドではあるが、これまで触れることのなかった世界に誘ってもらっているという感じがしている

自分では読むことがなかっただろう人たちの考えが紹介されているので、これからの参考になる

ぼんやりとではあるが、世界が広がってきたように感じている

著者の思考の流れを追うように一文一文丁寧に読んできたことも、認識を広げる上で重要だったのではないだろうか

哲学的思考が行われている現場に立ち会っているような感覚もあった

流し読みではこうはならなかったであろう

この作業、もう少し続くことになる



3)久し振りに科学の会に参加した

パスツールの生誕200年を記念したシンポジウムに参加し、久し振りに科学者のお話に触れた

科学の世界の特徴が益々顕著になってきた

当然のことなのだろうが、科学者が哲学的な思考に入る余裕はなさそうだ

今のわたしには、科学の話がどうしても物足りないものにしか感じられなくなっている

やはり科学の先の話――科学の形而上学化と言ってもよい――が必要になるという感覚だろうか

その後、退職した科学者と旧交を温める機会があったが、そこに出てくる話はわたしにもよく通じるものであった

やはり、現在定義されている科学から距離をとれるようにならなければ哲学には向かわないのかもしれない

それとは別に、次第に深くなるわたしの底における日常から浮かび上がることの大切さを、先月に続き再確認する機会となった











2022年10月31日月曜日

10月を振り返って




今月も纏めの時期となった

何をやっていたのか、早速振り返ってみたい


1)まず、月初めに3年ぶりにカフェ/フォーラムを再開したが、一昨日の札幌の会で無事に終えることができた

再開に当たっては心身の立ち上げが大変であったが、終わった今、開催してよかったと思っている

一つには、参加者の皆様との交換により、わたし自身に新たなエネルギーが注入されたように感じていることがある

二つ目として、カフェ/フォーラムが少しずつ変容を始め、有機体としての生命を持ちつつあるように感じられることである

更に進化することを願いたいものである

改めて参加者の皆様に感謝しながら、それぞれの会を振り返っておきたい


  第6回ベルクソン・カフェ+ 第8回カフェフィロPAWL(2022.9.28)

   テーマ: アラン・バディウ: 『真の幸福の形而上学』を読む


   矢倉英隆: シリーズ・科学と哲学 ①「ソクラテス以前の哲学者」
   渡邊正孝: 変性意識と無意識
   岩永勇二: 『免疫学者のパリ心景』発刊記念トークセッション!


   テーマ: パスツールのやったことを振り返る


   テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う


ところで、これまで年2回の開催だったが、来年は年3回の開催とすることとした

最初のシリーズは、以下の日程で行う予定である


 ● 第9回サイファイ・カフェSHE札幌 2023年2月25日(土) 15:10~17:20

 ● 第7回ベルクソン・カフェ+第9回カフェフィロPAWL 2023年3月1日(水) 18:00~20:30

 ● 第8回サイファイ・フォーラムFPSS 2023年3月4日(土) 13:10~17:00

 ● 第16回サイファイ・カフェSHE 2023年3月8日(水) 18:00~20:30


それぞれのテーマについては、決まり次第お知らせしたい


2)免疫に関するエッセイの校正が始まった

4月には書き終えていたので、半年間寝かせておいたことになる

編集者のコメントとともに読み返しながら、言いたいところをより明快に表現しようとしているところである

それと、先日も触れたが、文献の扱いを考えなければならない

ディジタル本であれば、そのまま使えるのだろうが、紙の場合にはそうもいかない

これからの課題である


3)今月もコリングウッド(1889-1943)による「自然」の分析を読んでいた

また、その中に出てきたプラトン(427 BC-347 BC)の『ティマイオス』にも目を通し、貴重な時間となった

コリングウッドに関しては、これからも続ける予定である





2022年10月6日木曜日

9月、そしてカフェ/フォーラムを振り返る





9月は、R・G・コリングウッド(1889-1943)の自然についての考えを読み始めた

そして『ティマイオス』についての議論が始まるところで、原典に当たり、つい最近終わったところである

それと並行して、昨日で終わったカフェとフォーラムの準備に追われていた

3年振りになるので、なかなか大変であった

意識のレベルから見れば、底に沈んだ日常から一段上に顔を出す状態を想定して動くということになる

沈んだ状態のままでいる方が楽なのだが、偶にはアゴラに顔を出し、意見の交換をすることも忘れてはならない

哲学の祖の教えがどこかに響いていたのだろう

少しだけ浮き上がることにした


まず準備だが、いつものように、一つずつ片付けていくのではなく、すべてを最後まで開いたままにしておいた

そのため苦しいのだが、最後に全体が大きな纏まりを作ってくるその感覚は何ものにも代え難い

それを感じるのは、それぞれの会の直前なのだが、、、

今回も始める前には見えていなかったことがいろいろ見えてきた

中には、これからのプロジェとしても面白そうなものもあり、わたしにとっては実り多き準備となった


そして実際に会の開催に漕ぎつけたが、今回は3年というブランクにもかかわらず、あるいはそれ故に、想像以上の方に参加していただき、主宰者としては嬉しい限りであった

今回はこれまで以上に、一つの場所に集まり、考えを発し、お互いに交換することによる想定外の効果を感じることができた

まさに、会が有機体の如く動き出し、我々にいろいろなことを指し示してくれるという風情で、交換される意見も熟度が上がっている印象があった

参加された皆様にとっても、これからに繋がる発見があったことを願うばかりである


すべてが終わった今、この試みには積極的に向き合わなければならないという気持ちが生まれている

個人的には嫌いな「使命感」のようなものだが、内発的なもの、必然的にそこに向かうものはその限りではなさそうだ

なぜなら、それをすることによる内的なストレスを全く感じないからである

ということで、来年は「試みに」年3回開催というアイディアも生まれている

もしそうなれば、2月、6月、10月あたりの可能性が高くなる

いずれにせよ、次回の予定が決まり次第、この場に案内を出したい

これからもよろしくお願いいたします











2022年8月31日水曜日

8月を振り返って


























ゆっくりと時は流れている

夏から秋に入りつつある

月初めに考えていたプチ・プロジェには遂に手が付けられなかった

よくあることだが、なぜそうなるのか未だに分からない

時間はたっぷりあるという思い込みが、どこかにあるのだろうか

あるいは単に、のんびりしたいというだけなのか

ということで、今月は以下のようなことを表立ってやっていた



1)6月から読み始めたゲーテの記録を読み終えた

タイムスリップしてゲーテの日常を覗き、その考え方を知るという贅沢な時間であった

そこには示唆に富む人間やものの見方を示す言葉が溢れていた

これは読む前には想像できなかったもので、最後まで読み進むための力となったようだ



2)先月固まった秋のカフェ、フォーラムの準備を始めた

3年振りに再開することになった会だが、時間が空いたので心身を立ち上げるのが大変であった

最初に大きなテーマは決めるのだが、そこでどんな話題を提供するのかは最後まで分からない

その間に思わぬ拡がりに気付くことがある

それを求めて準備しているのかもしれない

現在までに、これまで関係なく在ったものが繋がり、新しい方向性が見えるという嬉しい経験をしている

このような想定外の発見は何ものにも代え難く、これから増えることを願いたい

ただ、いずれの会の全体像もまだ見えていない

最終的に自分でも驚くような内容になることを願うばかりである

先日リマインダーを出したところなので、興味をお持ちの方の参加をお待ちしている














2022年8月1日月曜日

7月を振り返って



















1)7月は、6月同様、待ちの姿勢が強く、具体的なプロジェに当たろうとする積極性が感じられなかった

免疫に関する本の作業開始を待っているという気持ちがあるためだろうか

全く意識していなかったが、精神的にはヴァカンスに入っているのかもしれない

このところの暑さもそれを許しているところがあるようだ


2)そんな中、この秋のカフェ、フォーラムについて考えていた

暫くお休みしていたので心と体が重く、なかなか立ち上がれなかった

しかしまず、第7回サイファイ・フォーラムFPSSが10月1日(土)に決まった

そしてつい先日、暑さに当たったのか、他の会も一気に纏まりを見せてくれた

3年振りに埃塗れの各サイトを更新していると、それぞれの場が生き返ってくるように感じられた

改めて以下に紹介したい


a)第6回ベルクソン・カフェ第8回カフェフィロPAWL

9月28日(水)18h~20h30

アラン・バディウの幸福論を読む

恵比寿カルフール B会議室


b)第15回サイファイ・カフェSHE

10月5日(水)18h~20h

パスツールのやったことを振り返る

恵比寿カルフール B会議室


c)第8回サイファイ・カフェSHE 札幌

テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う

2022年10月29日(土)15h10~17h20

フルーツ会議室 / 札幌駅前


これらのテーマに興味をお持ちの方の参加をお待ちしております


3)最後に、7月もゲーテ(1749-1832)の声を聞いていた

文豪の息遣いを感じ、考え方に共通するところがあることも発見でき、興味が尽きない

このところ、メチニコフ(1845-1916)によるパスツール(1822-1895)の人生を眺めていた

この間、ゲーテが遠くに感じられたが、再びゲーテに戻ることになるのだろう






2022年7月3日日曜日

6月を振り返って


























6月はリラックスすることが多い月となった

久し振りのことである

具体的には、以下のようなことがあった


1)『免疫学者のパリ心景』が世に出た

  この機会に書店を巡ったり、本を手に入れた方からお話を聞くことになった

  本の装丁がよいという感想が、最も多かったのではないだろうか

  本の制作に関わった方々に改めて感謝したい

  これは全くの個人的な感想になるが、無事に船出をしたと言えるのではないだろうか
  
  これから広く永く読まれることを願うばかりである

  わたしも著者を知るために、折に触れて読み返すことにしたい


2)免疫に関するエッセイについて

  刊行に向けての具体的な作業に入るのは、秋口からになりそうである

  この予定から言えば、刊行されるのは年を越すのではないだろうか

  それまでの間に中身がさらに熟成することを願いたい

  
3)スピノザの小説とゲーテの声に耳を傾けることになった

  スピノザに関しては作者の考えを聞いたところに止まった

  しかし、ゲーテの方は予想外の展開になっている

  これまでゲーテと縁があったとは思わない

  だが今回、彼の日常とその言葉を読んでみて、意外な面白さに目を見張ることになった

  同時代人も含めた人物評を交えながら、わたしも興味のあることについて語っているからだろう  

  「時を超えて」19世紀がすぐそこにあるという感覚である

  これが古典を読む醍醐味になるのだろう

  もう少し読み進むことができるだろうか


4)サイファイ研の催し物の再開について

  今年の秋から少しずつカフェやフォーラムを開いていこうという考えに傾いてきた

  COVID-19の状況次第ではあるのだが、、

  3年ほどのブランクがあるので心と体がなかなか付いていかない

  現段階で開催を予定しているのは、7回目になるサイファイ・フォーラムFPSS

  実際に開催できることを願っている

  
  
  













2022年5月31日火曜日

5月を振り返って

























今月もあっという間に纏めの時期になった

とは言うものの、実感ではかなりの長さである

今月は次のようなことがあった


1)エッセイ集『免疫学者のパリ心景』(医歯薬出版)の書影が届いた

このデザインは原条令子さんによるものとのこと

カバーにはフランスの香りが漂い、本体の表紙には静けさがどこまでも広がっている

そのイメージはわたしが想像していたところを超えるもので、別の世界に運んで行ってくれる

読者にも広がりが出ることを期待したい


先日、本書にも出てくるフランスの友人に書影を送ったところ、素晴らしい表紙でコクトーを想起させるとの返事が届いた

これは原条さんの意図でもあったと伝え聞いていたので、なるほどと納得

紙の手触りなども含め、実物を早く味わってみたいものである

既に紹介したように話題は多岐に亘っているが(目次はこちら)、全体として大きな纏まりを作っており、「希望の書」になることを願っている

是非お読みいただき、何かを感じ取っていただけるとすれば幸いである



2)免疫に関するエッセイが出版されることになった

このエッセイは科学から哲学に至るわたしの歩みの全過程に関わるもので、長い瞑想の後にゆっくりとエネルギーを込めて書かれたものである

同時にこれは上記『パリ心景』と響き合っており、そこでも紹介した「科学の形而上学化」の最初の本格的試みとなっている

それだけに発表の場を与えられたことは幸いであった

みすず書房さんには改めて感謝したい

刊行予定日などの詳細は決まっていないが、これから折に触れて紹介していく予定である

パリ心景』とあわせて、よろしくお願いしたい



3)月初めからシェリングの『学問論』を読み始めた

事の始まりは、偶然目に入ってきた「国家は哲学に対しては無制限の自由のみを与える義務がある」という帯の言葉であった

これまでシェリングが意識に上ることはなかったが、わたしの中にあるものと近い主張が展開されていることを発見

また、これまでできるだけ使わないようにしてきた「絶対的」という言葉に対するハードルを一気に下げてくれる効果があった


その中で、わたしにとって極めて重要な発見をした

シェリングは「絶対知」を、実在的なものと観念的なものが不可分な状態にある統一性と考えている

つまり、実在的なものが単独であっても不完全だが、そこに観念的なものが融合することにより完全な知になるというのである

ここで、実在的なものを科学が生み出し、観念的なものを哲学が生み出すと考えれば、シェリングの言う「絶対知」に至る過程は、わたしが言うところの「科学の形而上学化」――科学的発見を哲学的に見直す試み――とほぼ完全に重なるのである

想像もしていなかったことだが、わたしの試みは「絶対知」(シェリングの)を目指す歩みだったのである

勿論、これがシェリング哲学の正しい解釈だとすればではあるのだが、


『学問論』に関しては、次第に議論がイメージできなくなってきたので、少しお休みにすることにした

本棚を調べたところ、『人間的自由の本質』、『ブルーノ』、Bruno などのシェリング本が見つかった

いずれも最後まで読んだ形跡がない

『学問論』を読んだ後には『自由の本質』にもすんなり入っていけそうだし、ブルーノに関しては「医学のあゆみ」のエッセイでも取り上げている
医学のあゆみ 245 (6): 541-545, 2013

これから少し付き合ってみてもよいのではないか

そんな気にさせてくれる想定外の出会いとなった










2022年4月30日土曜日

4月を振り返って














4月ももう終わりになった

今月やったことを以下にリストアップしてみたい


1)免疫に関するエッセイのファイナルバージョンを作成した

興味深いと思ってくれるところがあることを願うばかりである


2)「医学のあゆみ」のエッセイシリーズを纏めた本の形が明らかになった

タイトルは『免疫学者のパリ心景―新しい「知のエティック」を求めて

医歯薬出版から6月22日刊行予定となった

外側は非常にいい感じに仕上がっている

中身についても期待を裏切ることはないとは思っているが、こればかりはお確かめいただく以外に道はない

幅広い方に届くことを願っている

是非、お手に取っていただければ幸いである


3)ヒラリー・パットナムのエッセイを読んだ

今月は本棚で偶然見つけたヒラリー・パットナム(1926-2016)のエッセイ集を読むことになった

論理展開が小気味よく感じた記憶を頼りにしたものだったが、途中から付いて行けなくなった

好みの哲学者になるかとも思ったが、残念ながらその中には入らなさそうである


4)函館まで短い旅に出た

縛りから解放されたように思った時、突然出かけることにした

そこでは忘れていた過去が蘇り、貴重な経験となった

ただ、インパクトから言うと外国での経験とは比較にならない

そうではあるが、機会を見てどこかに出かけるのも悪くはないだろう






2022年3月31日木曜日

3月を振り返って















昨夜はパリからお誘いがあり、Zoomでセミナーに参加した

懐かしい顔を拝むことができたのは幸いであった

テーマは免疫で、できるだけ統合的に見ようとする内容だった

久し振りの科学セミナーだったが、居ながらにしてのZoomで興味深い世界が広がることを実感

これなどはCOVID-19のために見えてきた新たな可能性で、今後も続けてほしいものである


さて、今月も振り返る日が来た

少し長期で振り返れば、こうなるとは知らずに一時帰国したのが丁度2年前の今月であった

あれから知らない間に2年もの月日が流れたことになる

最初の1年は様子を見るのに費やされ、昨年春には当分自由な移動は難しいと判断した

暫くは落ち着くことにして、夏には荷物を引き上げた

そして昨年暮れからはアトリエでの生活が組み込まれた

そのお陰だと思うが、それ以降濃密な時間――そこでは時間が消えているのだが――の中におり、今月も例外ではなかった

そんな中、今月は以下のようなことをやっていた


1)「医学のあゆみ」のエッセイシリーズを纏めた本のゲラ校正

3月12日号にシリーズ最終回となる105回目のエッセイが出た

タイトルは「『人類の遺産に分け入る旅』を超えて」とし、これからに向けての大雑把な展望を纏めてみた

10年に亘るシリーズがこれで終わり、これからその解析が可能になった

今回の本は、わたしが根源的に重要だと考えているテーマを中心に纏めることになった

今月はそのゲラの校正を3回繰り返した

対象になっている「ひと・もの・こと」はかなり多岐に亘っている

それらの全体を眺めると、そこに一つの思想の塊が見えてくるように感じる

ただ、それを特徴付けることは自分ではできない

また、これがどのような印象を与えるのかについても同様である

いずれにせよ、これでわたしの手を離れたことになる

あとは見守るだけである

6月には刊行されるとのことなので、お読みいただければ幸いである


2)免疫に関するエッセイのバージョン3.0の作成

これは現在も進行中で、最終段階に来ている

この過程でわたしが考えていたことの全体がより明確になってきた

手薄なところには手を加えたが、全体的な枠組みはそのままとすることにした

このバージョンが完成すれば現段階での最終形になる

終わり次第、次のステップに進むことにしたい


3)テレビのチャンネルを変えた時に偶然聞えてきた言葉のメモ

それは繭山浩司という修復師が発した「時間をかければかけるほど、よい仕上がりになる」という内容の言葉

当然と言えば当然なのだが、今月はある意味で修復師のような細かい最終タッチを加える作業に明け暮れていたので、この言葉に反応したのだろう

言葉として記憶に留め、今後の行動を拘束するように願いたいものである






2022年2月28日月曜日

2月を振り返って
























寒かった2月も終わりを迎え、春の気配を感じる季節になってきた

さて、今月は何をやっていたのだろうか


1つは、「医学のあゆみ」のエッセイシリーズの纏めを終え、原稿を出版社に送ったこと

予定では6月刊行とのことだった

これまでの経験から言えることは、自分の書いたものがどのようなものなのかをすぐには判断できないということである

ただ、この纏めは10年前から書いたものを再び取り上げているので、書いた直後とは異なり、少しだけ客観的に見ることができるようだ

その印象を一言でいえば、「一学徒の発見に満ちた知的遍歴」とでも総括できそうな内容になっている

刊行の暁には手に取っていただければ幸いである


2つは、寝かせておいた免疫に関するエッセイの見直しを始めたこと

こちらは書き終えてまだ時間が経っていないので、客観的な印象を表現することができない

主観的には、新しい視点を盛り込み、これまでにない読み物になっているのではないかと想像している

同じように考え、あるいはこの中に新たな特徴を見るお産婆さんがいることを願うばかりである


3つは、ハイデッガーの形而上学を読み始めたこと

最近の日常は発見に満ちているが、この方の分析にも目を開かされることが少なくない

これからも読み続けることになりそうである

フランスに渡る前、フランスの哲学教師からハイデッガーの思考と共通するところがあるとの指摘を受けたことがある

それを裏付けるように、わたしが発しているのではないかと思われる言葉によく出会う

ピエール・アドーさんが言うように、立ち止まって反芻・瞑想しながらの読書になっている

そうしなければ内容を掴むことはできないし、それでも読み切っているのかどうか分からない

いずれにせよ、興味深い経験となっている



今月はこれまで主要なプロジェとしてやってきた2つが収斂するように纏まりを見せてくれた

偶然の成せる業だろうが、驚きである

この2つは相互に深く絡み合っている

両方を併せて読むと、より立体的にこれまでの歩みが見えてくるようである


今月もよく摘み取ったのではないだろうか

来月もそうありたい







2022年1月31日月曜日

1月を振り返って















今月は昨年に比べると非常に良いスタートを切ることができた

これまでにも触れているが、当面の行き先がはっきりしたからだと思っている

以下、何をやっていたのかを振り返ってみたい


1)「医学のあゆみ」のエッセイシリーズから一部を選んで再構成し、全体に纏まりを付ける作業を行った

中心はやはり科学と哲学になる

幸いファーストバージョンが姿を見せてくれた

現在、全体を読み直し、さらにリファインする作業中である


2)「医学のあゆみ」のシリーズの最後となる105回目のエッセイを書き終えた

今回取り上げたのは、現時点で見えてきたこれからに向けてのぼんやりとしたイメージである

そこで紹介した論理に則れば、このシリーズの間、幸福な時間を味わっていたことが見えてきた

何かが終わると、そこに動きを止めた大きな塊が残されるので観察しやすくなる

その塊の意味を理解するのはこれからになるだろう

同時に、これからに向けたプロジェの種のようなものもそこに埋もれているはずである

それを探索するのもこれからのテーマになる


3)今月もマルセル・コンシュさんを読んできた

彼が考える形而上学の枠組みが少し見えてきたように感じている

気が付けば、かなり長い間読んできたことになるので、ここで一段落としたい

これから、これまでのところを纏めておくことにしたい


4)最後に、これらの活動を支えているアトリエの存在だが、想像を遥かに超える効果を及ぼしている

フランスに行くと、体が地上から浮き上がるような感じになり、頭の中がスッキリして晴れ渡り、よく考えられるようになる

日本では、それとは違い地上に降りてくるのだが、アトリエでは「異次元の」とでも言いたくなるような集中ができている

全くの偶然でできたアトリエがこれほどの仕事をしてくれるとは、当初想像もできなかった

このような効果がどうして生まれるのか、理由は全く分からない

ただ、2つの場所で行われていることに違いがあることには気が付いた

フランスではこの身を世界に晒し、新しい方向性を模索することに明け暮れていたが、現在のアトリエで行われていることは、これまでに蓄積された記憶と対峙し、そこから何かを引き出そうとしているという違いである

これから暫くは「引き出す」ことが主要なプロジェになると思われるので、そのためには悪くない場になっているのかもしれない

いずれにせよ、今はできるだけ長くこの状態が続き、「抽出」の作業を後ろから押してくれることを願うばかりである





2021年12月31日金曜日

12月を振り返って


























今年最後の日になった

昨日は今年を振り返ったので、今日は今月を振り返ってみたい


まず、昨年末との比較である

昨年の今頃はまだフランスに戻るつもりだったので、落ち着かない精神状態にあった

当時の記録を読み返してみると、元旦を挟んでひと月ほどはダラダラしていたように見える

行き先が明確でないことはこれまでにも何度かあったが、いつもそんな状態になる

しかし今年は異常な集中の中にある

大きな違いだ


今月は主に「医学のあゆみ」誌のエッセイの纏めを中心に考えてきた

まだ、より高い認識にまで至っていないので、もう少し付き合う必要がありそうだ

それから先月同様、対面での会食が実現したのは幸いであった


明日から新しい年が始まるが、これまでとは違う考え方を模索しながら臨みたいものである








2021年11月30日火曜日

11月を振り返って


















今年も残すところひと月となった

いつものように今月を振り返ることにしたい


第一は、長期プロジェとしてきた試みが一応の終わりを迎えることになった

ただ、やり終えたという感慨はない

おそらく、これから先も続くと思っているからだろう

現在のバージョンは暫く寝かせて、再度見直すことにしたい


第二は、長期プロジェが一段落したので、中断していたプロジェをやっと本格的に始めることが可能になった

少しずつ始めている

これから思索を深めていきたいものである


第三は、今月もコンシュさんの「形而上学の概要」を読み、さらに「哲学的自然主義」へと進んでいる

コンシュさんの思考内容と言い回しに少しずつ慣れてきたように感じる

また、わたしの中にあるものと共振するところも少なくない

あるいは、最初に触れた哲学者としての影響が無意識のうちに及んでいるためかもしれない

来月も続けることになるだろう


第四は、長期プロジェから派生してきた考えをさらに深めることにした

調べて見ると、少なくとも今年の初めには考えていたアイディアであることが判明

長期プロジェのために1年間手を付けられなかったことになる

どうも一時期に一つのことしかできないようになっているようである

昔はもっと切り替えができたように思うが、一つのことに入り込む深さが今とは違う可能性が高い

いずれにせよ、このような流れがこれからも増えそうな予感がしている


第五は、新しいサイトを立ち上げることにしたことである

最近、フランス生活の中にいる時にはできなかった振り返りの作業ができそうな感じになっていた

おそらく、フランス生活が止まったままそこにあるので、見やすくなったことがあるのだろう

何かが終わるということには大きな意味があることを再認識する

新しいサイトは「Mind Files for Philosophical Musings」(哲学的省察のためのマインドファイル)と名付け、フランスで触れた「もの・こと」を拾い上げることにした

具体的には、2008年から書き始めたメモを読み返し、わたしの受容体を刺激した「もの・こと」を再確認・再発見することである

おそらく、その全体はその後に展開されるだろう新たな思索のベースとなるだろう

他のプロジェの合間を縫って、ゆっくりと進めていきたい


最後に、ほぼ2年振りに旧知の方々と対面で言葉を交わすことができたことが挙げられる

メールでは到底カバーできないものを得ることができたのは幸いであった

最近少し怪しげな気配を感じるが、COVID-19がこれ以上広がらないことを願うばかりである


今月もよく摘み取ったと言えるひと月になった











2021年10月31日日曜日

10月を振り返って
























もう恒例となった月の纏めの時期になったが、今月もいくつかの項目が浮かんでくる


第一は、日課のようになったコンシュさんの読みを続けたこと

毎回、何らかの学びがあるように感じられ、なかなか止められない

外見はおとなしそうなのだが、意外に過激なところがあることを発見、驚いた

自由の精神の賜物なのだろう

それと、この読みがフランス語に触れる時間を確保してくれている

今読んでいるところを読み切って、その先をどうするのか考えることになるだろう


第二は、先日も触れたが、全く想定もしていなかったアトリエができたこと

8月にフランスから荷物が届いて以来、本当にゆっくり整理をしていた

月初めにはまだ荷物が散らばっていたが、ここに来て驚くほど綺麗に片付いた

当初は荷物置き場として考えていたスペースだが、余裕ができたので仕事場にすることにした

そこにはフランスから届いた書籍や資料しかないためか、不思議な集中ができることが分かった

このところ毎日のようにお世話になっている

そこから何かが生まれることを期待したい気分である


第三は、本当に長い間関わっている長期プロジェだが、もう少しで全体の姿が見えそうなところまできた

今月に入り、すぐにでも終えることができるかと思っていたが、なぜか急に前に進まなくなった

どこかに去り難い気持ちでもあったのか

単に考えが纏まらなかっただけなのか

あるいは、この身に沁み込むまで待っていたのか

いまその全体にも目を通しているが、次に繋がる可能性のある芽がいくつか見つかる

このようなプロジェは、一つのテーマについて自分がどう考えているのかが分かるだけではなく、その理解の先にある問題をも露わにする

かくして終わりなき道が続くのだろう

それはそれで悪くない




そして今年もこの季節が近づいてきた

折に触れて聴いていくことにしたい











2021年9月30日木曜日

9月を振り返って































このところ、これまで以上に一日が長く感じられる

今月もその長い一日を、毎日、十分に刈り取っているという感覚を持ちながら過ごしていた



先月初めに届いたフランスからの荷物の整理だが、遅々とはしているが続けている

日々の違いには気付かないが確実に前に進んでおり、半分くらいを片付けたところである

できれば来月中には終えたいものである

当初は荷物を置くだけの場所と考えていたところに仕事用のスペースを作ることができそうである

現地とは比較にならないが、そこにはフランスの空気が流れているように感じられる

そのため、日常を離れて集中できる空間が生まれることになる

これは想像もしていなかったことなので、これからの展開が楽しみである



今月も長期プロジェに当たっていた

今月中にはそろそろと思っていたが、まだ見えそうで見えないゴールという感じである

これまで長い年月を要しているので、纏めることができるとすれば幸いなことである

こちらも来月中には何とかしたいものである



少し離れて今月を見ると、かなりのことをやった月ということになりそうだが、全き平静さの中にある

悟りの境地に近いのではないかと疑っているが、昔を思い出すと驚くべきことである

現在のプロジェが一段落すれば、中断されている新しいプロジェが待っている

深まる秋を感じながらの歩みになるが、いずれのプロジェもどのような展開になるのか、まだ分からない

もう自分が何とかするという感覚はなくなっていて、事の成り行きを見守るという姿勢に変わっているのである








2021年8月31日火曜日

8月を振り返って

























早いもので、もう8月最後の日を迎えた

昨年は初めての8月だったので、特に夏の植物が印象的だった

今年はもう慣れてしまったのか、昨年ほどの興奮は味わえなかった

庭の緑には茶色が混じるようになってきた



今月初め、やっとフランスから荷物が届いた

先月もそうだったが、月初めの出来事はもう大昔に感じられる

暫くの間、中身を出したままの状態だったが、少しずつ整理をする気分になってきた

探していた本も遂に見つかり、ホッとしている

その場所は何度も確認したところだったので、目の前にあるのに気付かないといういつもの症状が繰り返されている



長期プロジェだが、現在、最後の一塊に当たっている

もう一息のところまで来ていると言いたいところだが、こればかりは当てにならない

来月の月末にどんなことを言っているのだろうか

いずれにせよ、現段階における思索の跡がうまく伝わるような形にはしたいと思っている



さて、今月もコンシュさんの哲学をゆっくりと読んできた

大袈裟な書き方はしないので、そこにある微妙な表現に含まれるものを読み取るようにしなければならない

読みながら、哲学に対する一つの向き合い方を見る思いがすることがある

これまで何となく抱いていたイメージが変化したり、新しい形が見えることもある

微かな違いのようなものに気付かせてくれるのである

もう少しの間、文字面を追いながら、その奥にある世界を覗き、そして考える(瞑想する)ことにしたい

それにしてもフランス語はさっぱり上達していないようだ








2021年7月31日土曜日

7月を振り返って

























静かに過ぎた今月も最終日を迎えた

月の初めにワクチン接種を終えていたが、もうかなり前のように感じられる



相変わらず淡々と長期ブロジェに向き合っていた

その全体がぼんやりと姿を見せてきたが、明確な形になるまではもう少しかかりそうだ

以前であれば終わらそうとしてイライラしたところだろうが、次第に心持ちが変化してきている

特に今年に入ってからは、その中に入って時を過ごすというのがわたし流のやり方として固まってきた

そのため精神的な負担を全く感じなくなっている



下旬には米仏とビジネス関連のやり取りをした

パリとはメールだったのだが、途中で相手をする人が二人になり、その連携がうまく行っていないようだ

数日前に解決したと思っていたが、今度は別の人からメールが入った

ということで、地上の世界は大変である


もう一方のニューヨークとのやり取りは電話だったので、毎晩気合いを入れて対応していた

英語はほんの少しだけ慣れてきたが、調子を取り戻すにはやはり現地に行かなければ駄目だろう

このやり取りの間、この問題は現地にいればすぐに片が付くのものを、と思っていた

そして今回明らかになったのは、現地に行くしか解決の方法がなさそうだということ

現状では、COVIDが改善に向かう気配は全くしない

検査や隔離が面倒なので、もう少し様子を見るしかなさそうである



今月はまた、折に触れてエンツォ・パーチさんの科学論を読んでいた

現象学が前面に出てくるためか、今のわたしにはすんなり入ってこない

暫く寝かせておいた方がよさそうである

それに対して、読み始めたばかりのコンシュさんの哲学観はよく入ってくる

お付き合いが長いせいで、理解するための下地がすでにできているためかもしれない










2021年6月30日水曜日

6月を振り返って















今日で今年の半分が終わることになる

今月はそれほど動きはなかった

長期プロジェに関しては、一塊を纏めることができたことが挙げられる

かなり時間は掛かったが、やっと最後の一塊に向き合うことができるようになった


それから、全くの偶然からエンツォ・パーチさんの著作を読むことになった

そのエッセイには、わたしの中で散らばってあるものを繋げてくれるところがある

これがどういうことになるのか今のところ分からないが、いつか何かに繋がるような予感がしている


現世的には、フランスからの荷物が来月着くことになっているので、そのためのセットアップをした

荷物の箱が140個を超えるとの連絡が入っているので致し方ない

フランス語で「引っ越しする」はdéménagerとなる

この言葉、18世紀には頭がおかしくなるとか気がふれるという意味があったようだ

記憶に残っている引っ越し回数を数えたところ、15回くらいになった

北斎さんには遠く及ばないが、その度に生まれ変わることができていたとすれば、悪くはないだろう


最後に一つ加えるとすれば、庭の緑が瑞々さを増し、花も咲き始めたことがある

そこに現れる微妙な変化を毎日楽しみに味わっている

今年の前半最後の日も充分に刈り取りたいものである