2023年1月31日火曜日
1月を振り返って
2022年12月30日金曜日
12月を振り返って
2022年11月30日水曜日
11月を振り返って
2022年10月31日月曜日
10月を振り返って
今月も纏めの時期となった
何をやっていたのか、早速振り返ってみたい
1)まず、月初めに3年ぶりにカフェ/フォーラムを再開したが、一昨日の札幌の会で無事に終えることができた
再開に当たっては心身の立ち上げが大変であったが、終わった今、開催してよかったと思っている
一つには、参加者の皆様との交換により、わたし自身に新たなエネルギーが注入されたように感じていることがある
二つ目として、カフェ/フォーラムが少しずつ変容を始め、有機体としての生命を持ちつつあるように感じられることである
更に進化することを願いたいものである
改めて参加者の皆様に感謝しながら、それぞれの会を振り返っておきたい
第6回ベルクソン・カフェ+ 第8回カフェフィロPAWL(2022.9.28)
ところで、これまで年2回の開催だったが、来年は年3回の開催とすることとした
最初のシリーズは、以下の日程で行う予定である
● 第9回サイファイ・カフェSHE札幌 2023年2月25日(土) 15:10~17:20
● 第7回ベルクソン・カフェ+第9回カフェフィロPAWL 2023年3月1日(水) 18:00~20:30
● 第8回サイファイ・フォーラムFPSS 2023年3月4日(土) 13:10~17:00
● 第16回サイファイ・カフェSHE 2023年3月8日(水) 18:00~20:30
それぞれのテーマについては、決まり次第お知らせしたい
2)免疫に関するエッセイの校正が始まった
4月には書き終えていたので、半年間寝かせておいたことになる
編集者のコメントとともに読み返しながら、言いたいところをより明快に表現しようとしているところである
それと、先日も触れたが、文献の扱いを考えなければならない
ディジタル本であれば、そのまま使えるのだろうが、紙の場合にはそうもいかない
これからの課題である
3)今月もコリングウッド(1889-1943)による「自然」の分析を読んでいた
また、その中に出てきたプラトン(427 BC-347 BC)の『ティマイオス』にも目を通し、貴重な時間となった
コリングウッドに関しては、これからも続ける予定である
2022年10月6日木曜日
9月、そしてカフェ/フォーラムを振り返る
2022年8月31日水曜日
8月を振り返って
2022年8月1日月曜日
7月を振り返って
1)7月は、6月同様、待ちの姿勢が強く、具体的なプロジェに当たろうとする積極性が感じられなかった
免疫に関する本の作業開始を待っているという気持ちがあるためだろうか
全く意識していなかったが、精神的にはヴァカンスに入っているのかもしれない
このところの暑さもそれを許しているところがあるようだ
2)そんな中、この秋のカフェ、フォーラムについて考えていた
暫くお休みしていたので心と体が重く、なかなか立ち上がれなかった
しかしまず、第7回サイファイ・フォーラムFPSSが10月1日(土)に決まった
そしてつい先日、暑さに当たったのか、他の会も一気に纏まりを見せてくれた
3年振りに埃塗れの各サイトを更新していると、それぞれの場が生き返ってくるように感じられた
改めて以下に紹介したい
9月28日(水)18h~20h30
アラン・バディウの幸福論を読む
恵比寿カルフール B会議室
10月5日(水)18h~20h
パスツールのやったことを振り返る
恵比寿カルフール B会議室
テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う
2022年10月29日(土)15h10~17h20
フルーツ会議室 / 札幌駅前
これらのテーマに興味をお持ちの方の参加をお待ちしております
3)最後に、7月もゲーテ(1749-1832)の声を聞いていた
文豪の息遣いを感じ、考え方に共通するところがあることも発見でき、興味が尽きない
このところ、メチニコフ(1845-1916)によるパスツール(1822-1895)の人生を眺めていた
この間、ゲーテが遠くに感じられたが、再びゲーテに戻ることになるのだろう
2022年7月3日日曜日
6月を振り返って
2022年5月31日火曜日
5月を振り返って
医学のあゆみ 245 (6): 541-545, 2013
2022年4月30日土曜日
4月を振り返って
4月ももう終わりになった
今月やったことを以下にリストアップしてみたい
1)免疫に関するエッセイのファイナルバージョンを作成した
興味深いと思ってくれるところがあることを願うばかりである
2)「医学のあゆみ」のエッセイシリーズを纏めた本の形が明らかになった
タイトルは『免疫学者のパリ心景―新しい「知のエティック」を求めて』
医歯薬出版から6月22日刊行予定となった
外側は非常にいい感じに仕上がっている
中身についても期待を裏切ることはないとは思っているが、こればかりはお確かめいただく以外に道はない
幅広い方に届くことを願っている
是非、お手に取っていただければ幸いである
3)ヒラリー・パットナムのエッセイを読んだ
今月は本棚で偶然見つけたヒラリー・パットナム(1926-2016)のエッセイ集を読むことになった
論理展開が小気味よく感じた記憶を頼りにしたものだったが、途中から付いて行けなくなった
好みの哲学者になるかとも思ったが、残念ながらその中には入らなさそうである
4)函館まで短い旅に出た
縛りから解放されたように思った時、突然出かけることにした
そこでは忘れていた過去が蘇り、貴重な経験となった
ただ、インパクトから言うと外国での経験とは比較にならない
そうではあるが、機会を見てどこかに出かけるのも悪くはないだろう
2022年3月31日木曜日
3月を振り返って
昨夜はパリからお誘いがあり、Zoomでセミナーに参加した
懐かしい顔を拝むことができたのは幸いであった
テーマは免疫で、できるだけ統合的に見ようとする内容だった
久し振りの科学セミナーだったが、居ながらにしてのZoomで興味深い世界が広がることを実感
これなどはCOVID-19のために見えてきた新たな可能性で、今後も続けてほしいものである
さて、今月も振り返る日が来た
少し長期で振り返れば、こうなるとは知らずに一時帰国したのが丁度2年前の今月であった
あれから知らない間に2年もの月日が流れたことになる
最初の1年は様子を見るのに費やされ、昨年春には当分自由な移動は難しいと判断した
暫くは落ち着くことにして、夏には荷物を引き上げた
そして昨年暮れからはアトリエでの生活が組み込まれた
そのお陰だと思うが、それ以降濃密な時間――そこでは時間が消えているのだが――の中におり、今月も例外ではなかった
そんな中、今月は以下のようなことをやっていた
1)「医学のあゆみ」のエッセイシリーズを纏めた本のゲラ校正
3月12日号にシリーズ最終回となる105回目のエッセイが出た
タイトルは「『人類の遺産に分け入る旅』を超えて」とし、これからに向けての大雑把な展望を纏めてみた
10年に亘るシリーズがこれで終わり、これからその解析が可能になった
今回の本は、わたしが根源的に重要だと考えているテーマを中心に纏めることになった
今月はそのゲラの校正を3回繰り返した
対象になっている「ひと・もの・こと」はかなり多岐に亘っている
それらの全体を眺めると、そこに一つの思想の塊が見えてくるように感じる
ただ、それを特徴付けることは自分ではできない
また、これがどのような印象を与えるのかについても同様である
いずれにせよ、これでわたしの手を離れたことになる
あとは見守るだけである
6月には刊行されるとのことなので、お読みいただければ幸いである
2)免疫に関するエッセイのバージョン3.0の作成
これは現在も進行中で、最終段階に来ている
この過程でわたしが考えていたことの全体がより明確になってきた
手薄なところには手を加えたが、全体的な枠組みはそのままとすることにした
このバージョンが完成すれば現段階での最終形になる
終わり次第、次のステップに進むことにしたい
3)テレビのチャンネルを変えた時に偶然聞えてきた言葉のメモ
それは繭山浩司という修復師が発した「時間をかければかけるほど、よい仕上がりになる」という内容の言葉
当然と言えば当然なのだが、今月はある意味で修復師のような細かい最終タッチを加える作業に明け暮れていたので、この言葉に反応したのだろう
言葉として記憶に留め、今後の行動を拘束するように願いたいものである
2022年2月28日月曜日
2月を振り返って
2022年1月31日月曜日
1月を振り返って
今月は昨年に比べると非常に良いスタートを切ることができた
これまでにも触れているが、当面の行き先がはっきりしたからだと思っている
以下、何をやっていたのかを振り返ってみたい
1)「医学のあゆみ」のエッセイシリーズから一部を選んで再構成し、全体に纏まりを付ける作業を行った
中心はやはり科学と哲学になる
幸いファーストバージョンが姿を見せてくれた
現在、全体を読み直し、さらにリファインする作業中である
2)「医学のあゆみ」のシリーズの最後となる105回目のエッセイを書き終えた
今回取り上げたのは、現時点で見えてきたこれからに向けてのぼんやりとしたイメージである
そこで紹介した論理に則れば、このシリーズの間、幸福な時間を味わっていたことが見えてきた
何かが終わると、そこに動きを止めた大きな塊が残されるので観察しやすくなる
その塊の意味を理解するのはこれからになるだろう
同時に、これからに向けたプロジェの種のようなものもそこに埋もれているはずである
それを探索するのもこれからのテーマになる
3)今月もマルセル・コンシュさんを読んできた
彼が考える形而上学の枠組みが少し見えてきたように感じている
気が付けば、かなり長い間読んできたことになるので、ここで一段落としたい
これから、これまでのところを纏めておくことにしたい
4)最後に、これらの活動を支えているアトリエの存在だが、想像を遥かに超える効果を及ぼしている
フランスに行くと、体が地上から浮き上がるような感じになり、頭の中がスッキリして晴れ渡り、よく考えられるようになる
日本では、それとは違い地上に降りてくるのだが、アトリエでは「異次元の」とでも言いたくなるような集中ができている
全くの偶然でできたアトリエがこれほどの仕事をしてくれるとは、当初想像もできなかった
このような効果がどうして生まれるのか、理由は全く分からない
ただ、2つの場所で行われていることに違いがあることには気が付いた
フランスではこの身を世界に晒し、新しい方向性を模索することに明け暮れていたが、現在のアトリエで行われていることは、これまでに蓄積された記憶と対峙し、そこから何かを引き出そうとしているという違いである
これから暫くは「引き出す」ことが主要なプロジェになると思われるので、そのためには悪くない場になっているのかもしれない
いずれにせよ、今はできるだけ長くこの状態が続き、「抽出」の作業を後ろから押してくれることを願うばかりである
2021年12月31日金曜日
12月を振り返って
2021年11月30日火曜日
11月を振り返って
今年も残すところひと月となった
いつものように今月を振り返ることにしたい
第一は、長期プロジェとしてきた試みが一応の終わりを迎えることになった
ただ、やり終えたという感慨はない
おそらく、これから先も続くと思っているからだろう
現在のバージョンは暫く寝かせて、再度見直すことにしたい
第二は、長期プロジェが一段落したので、中断していたプロジェをやっと本格的に始めることが可能になった
少しずつ始めている
これから思索を深めていきたいものである
第三は、今月もコンシュさんの「形而上学の概要」を読み、さらに「哲学的自然主義」へと進んでいる
コンシュさんの思考内容と言い回しに少しずつ慣れてきたように感じる
また、わたしの中にあるものと共振するところも少なくない
あるいは、最初に触れた哲学者としての影響が無意識のうちに及んでいるためかもしれない
来月も続けることになるだろう
第四は、長期プロジェから派生してきた考えをさらに深めることにした
調べて見ると、少なくとも今年の初めには考えていたアイディアであることが判明
長期プロジェのために1年間手を付けられなかったことになる
どうも一時期に一つのことしかできないようになっているようである
昔はもっと切り替えができたように思うが、一つのことに入り込む深さが今とは違う可能性が高い
いずれにせよ、このような流れがこれからも増えそうな予感がしている
第五は、新しいサイトを立ち上げることにしたことである
最近、フランス生活の中にいる時にはできなかった振り返りの作業ができそうな感じになっていた
おそらく、フランス生活が止まったままそこにあるので、見やすくなったことがあるのだろう
何かが終わるということには大きな意味があることを再認識する
新しいサイトは「Mind Files for Philosophical Musings」(哲学的省察のためのマインドファイル)と名付け、フランスで触れた「もの・こと」を拾い上げることにした
具体的には、2008年から書き始めたメモを読み返し、わたしの受容体を刺激した「もの・こと」を再確認・再発見することである
おそらく、その全体はその後に展開されるだろう新たな思索のベースとなるだろう
他のプロジェの合間を縫って、ゆっくりと進めていきたい
最後に、ほぼ2年振りに旧知の方々と対面で言葉を交わすことができたことが挙げられる
メールでは到底カバーできないものを得ることができたのは幸いであった
最近少し怪しげな気配を感じるが、COVID-19がこれ以上広がらないことを願うばかりである
今月もよく摘み取ったと言えるひと月になった
2021年10月31日日曜日
10月を振り返って
2021年9月30日木曜日
9月を振り返って
2021年8月31日火曜日
8月を振り返って
2021年7月31日土曜日
7月を振り返って
2021年6月30日水曜日
6月を振り返って
今日で今年の半分が終わることになる
今月はそれほど動きはなかった
長期プロジェに関しては、一塊を纏めることができたことが挙げられる
かなり時間は掛かったが、やっと最後の一塊に向き合うことができるようになった
それから、全くの偶然からエンツォ・パーチさんの著作を読むことになった
そのエッセイには、わたしの中で散らばってあるものを繋げてくれるところがある
これがどういうことになるのか今のところ分からないが、いつか何かに繋がるような予感がしている
現世的には、フランスからの荷物が来月着くことになっているので、そのためのセットアップをした
荷物の箱が140個を超えるとの連絡が入っているので致し方ない
フランス語で「引っ越しする」はdéménagerとなる
この言葉、18世紀には頭がおかしくなるとか気がふれるという意味があったようだ
記憶に残っている引っ越し回数を数えたところ、15回くらいになった
北斎さんには遠く及ばないが、その度に生まれ変わることができていたとすれば、悪くはないだろう
最後に一つ加えるとすれば、庭の緑が瑞々さを増し、花も咲き始めたことがある
そこに現れる微妙な変化を毎日楽しみに味わっている
今年の前半最後の日も充分に刈り取りたいものである













