2020年2月25日火曜日
オーギュスト・コントの部屋を見つけることできず
昨日は用事がありパリへ
その合間を縫って、前回訪問した時に思いついたが未解決のままになっていた問いを探ってみた
オーギュスト・コントは1831年から17年間、市民に向けて天文学の講義をしていたという
1798年1月19日生まれなので、33歳から50歳までに当たる
記録によれば、毎週日曜日、3区の区役所の一室を使ったことになっている
その部屋を見ることができないかということであった
前回、3区の区役所に行き尋ねたところ、3人目で答えに辿り着いた
コントの時代の3区区役所は現在の2区の区役所だというので、早速そこに行ってみた
そこには結婚式場に隣接して確かに会議室はあったが、出来たのがコントが講義をしていた後なのである
前回はそこまでで引き上げることになった
よくよく記録を読み直してみると、3区区役所と言われるところの住所が書いてあるではないか
昨日はそこを探すべく行ってみたが、現在の2区区役所とは目と鼻の先
しかし、それらしいところはない
近くにあった図書館に入って訊いてみたところ、フランス革命で(?)破壊されたかもしれないという
現在の2区区役所はノートルダム・デ・ヴィクトワール教会に隣接しているので、そこで訊いてみた
記録にある住所は教会前の短い通りで、もうないのではないかという
その答えに人間の営みあるいは歴史の流れに潜む無常さを感じながらもその場を後にした
振り返れば、日本では何の意味も持たなかったコントだが、その後不思議な縁が生まれた
フランスに渡る前、パリに来た時にコントのポスターをどこかで見て写真に収めたことはある
しかし、その程度であった
それが、パリに来て1年くらいで出会った彼の三段階の法則が「科学の形而上学化」に導いた
そして、3・11の後の止むに止まれぬ気持の発露が現在に繋がるISHEの原点となった
しかしコントは既に、今で言えば「サイエンスカフェ」のようなものをやっていたことになる
しかも膨大な時間を割いて
こちらは後から気付いたことだが、そこにも深い繋がりを感じるようになった
それが、今回オマージュを捧げる意味で探索してみようと思った理由のような気がしている
2019年12月29日日曜日
何とかトゥールに戻る
パリ最終日の昨日は日本からのお客さんをソルボンヌ近くのレストランでお迎えした
もう十数年振りではないかと思う
わたしがこちらに来た経緯やこれまでに考えてきたことなどを中心にお話することになった
又の機会を期待したい
そして昨夜、トゥールに戻った
今回はストのお陰で、久しぶりにパリの観光客としてゆっくり過ごすことができた
そのためか、日本から戻ったという感覚がない
それはよいのだが、天国の後には地獄が待っていた
まず、大きく重いスーツケースを持ってメトロの階段を上下するのを甘く見ていた
前回も気付いていたのだが、まだ大丈夫だろうと思って突進した
途中で数名の方から声がかかったが、断って一人歩いた
それはなかなか厳しく、殆ど失神寸前だった
歩いている時から、次回は必ずタクシーを、という声が聞こえた
艱難はトゥールに着いた後も待っていた
交通機関が真面目にストをやっているではないか
これは予想していなかった
タクシーもストをやっているかと思うくらい、いくら待っても来ない
仕方なく、歩いて帰ることにした
平地を歩く分には問題ないと思ったからである
予想通り、30分ほどの歩きで23時前にはアパルトマンに辿り着いた
何が起こるか分からない
しかし今回も、こころの揺れが全くないのだ
外から見るとストレスがかかっているような状況だが、それが見られないのである
この10数年の経験はどうも本物らしい
この間、スーツケースの扱いについて考えていた
何年か前までは、二回りくらい小型のものを使っていた
その時は、あんな大きなスーツケースでよく移動していたものだと思っていた
それが何かの切っ掛けで、紙の資料を多く持っていくことにして以来、大型のものに切り替えた
そして、よくあんな小さなものを使っていたなぁと思っていたのである
今回の経験から、再び小さなものにしてはどうかというアイディアが浮かんだ
大きなものと決めてしまっていたので、入れられるだけ入れるというだらしなさが生まれる
小さなものと決めれば、入れるものを選別することになるだろう
そうすれば、移動にもそれほどの負担が掛からなくなるのではないか
次回の参考として考えておきたい
2019年12月28日土曜日
映画 J'accuse を観て、最近の傾向を確認する
昨日も朝から外に出て、最近の頭の中を整理する
これから読むことにしているメチニコフの『感染症における免疫』の構成を眺める
それから、先日のシネマで見付けたロマン・ポランスキー監督の J'accuse を観ることにした
言うまでもなく、ドレフュス事件を題材にした映画である
タイトルは、エミール・ゾラが L'Aurore 紙に発表した『私は弾劾する』から採られている
主役は、ドレフュスがスパイではなくエステルアジであることを突き止めたジョルジュ・ピカール
ドレフュスもピカールも弾劾されるが、最終的に名誉が回復され、ピカールは戦争大臣にまでなる
映画にはゾラも顔を出していた
これは最近の傾向なのだが、昔は感動しただろうと思われるものにも余り感じなくなっている
テレビなどのドキュメンタリーを観ても同様で、心底感心するものが少なくなっている
おそらく、史実や現実の方がもっと重いはずだという感覚があるからだろう
そして、映像はその表層をなぞっているものにしか見えなくなっているからではないだろうか
自分の中にしっかり刻み込まれるためには、自分の頭と体を動かさなければならない
本を読み、資料に当たり、そこから広がる世界を自らが構築し直すことが欠かせない
その基本を理解するようになったため、作られた映像では物足りなくなっているのではないか
この映画もそんな思いと共に淡々と観ていた
2019年12月27日金曜日
映画 "Une vie cachée" を観る
昨日の朝は、パンテオンが見えるカフェから始まった
少しだけ肌寒く、小雨交じりになる
このような時期、プロジェから離れて思いのままに思考を羽ばたかせるのもよい
午後から、テレンス・マリック(1943- )監督の Une vie cachée(A Hidden Life)を観る
初めての監督だが、哲学に造詣が深いとのことで興味を惹かれる
2011年の The Tree of Life のトレーラーを観たが、もう少し調べてみたいと思わせてくれた
映画を観た感想を思いつくまま
まず、画面のすべてをしっかり捉えているという感覚があった
それはそのすべてを既に観ているという感覚から生まれているように感じていた
兎に角、山岳地帯の景色が雄大で美しく、生活も伸びやかなので気持ちが広がる
そして、カットとカットの間が厳密ではなく、景色が変わるところに自由を感じた
主人公のフランツは自分が悪だと思うことはできないという内なる声に従い、死の判決に従う
それにより親や妻や子供たちに辛い思いをさせることになることを知っていても
もう少し待てば普通の生活(simple life)が戻ってくるかもしれないというのに
simpleという言葉の意味を思い知らせてくれる
本人以外には理解するのが難しい判断である
妻はいつの日か、そのことの意味が分かる日が来るのかと問う
結局のところ、人はなぜ生きるのかという問いに行き着くのではないだろうか
タイトルの由来となったジョージ・エリオットの詩がエンディングに出てきた
“The growing good of the world is partly dependent on unhistoric acts; and that things are not so ill with you and me as they might have been, is half owing to the number who lived faithfully a hidden life, and rest in unvisited tombs.”
世界の善が増えているのは、一部ではあるが歴史に表れない行為に依っている。事が我々にとってそれほど酷いものにならない訳の半分は、目立たない人生を忠実に送り、誰も訪れない墓に眠る人たちのお陰なのである。そのことを折々に思い出し、確かめる必要があるのだろう
日本では来年2月から「名もなき生涯」というタイトルで公開されるという
2019年12月26日木曜日
相変わらずのカルチエ・ラタン散策
昨日も朝から近くのカフェで時を過ごす
手に入れたばかりの技術に関する本のあとがきに目を通す
執筆から30年以上を経ての回顧である
それによれば、執筆当時は大陸哲学の影響を受け、観念論的、文学的傾向があったという
それから、ジルベール・シモンドン(1924-1989)を読み、分析哲学をやるようになる
そして決定的だったのが、生命倫理の現場に関わるようになったことである
科学者や他の領域の研究者と交わることにより、科学技術や功利主義に対する見方が変化してきた
功利主義の中にある最大多数の最大幸福や個人の開花を重視する考え方などを評価できるようになった
カフェを出た後、セーヌ方面まで足を延ばす
ノートルダム大聖堂は上の写真のように、想像していたよりはましであった
リブレリーが閉まっている中、ブキニストはセットアップを始めていた
観光客気分でゆっくり歩き回る
12世紀のサン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会でコンサートがあるとのことで、中を見る
こじんまりした素朴な感じのするところであった
2019年12月25日水曜日
散策、ソルボンヌあたり
昨日の午後、ソルボンヌ界隈をゆっくりと散策
兎に角、学生時代を思い出させることが至るところに刻み込まれている
しかし、何の感傷もない
上の写真は「医学のあゆみ」エッセイシリーズを始めた時に使ったものとほぼ同じ場所からのもの
ただ、当時のものは緑と人が溢れ、夏の生気が漂っていた(こちらから)
もう8年前になる
そしてそこには、当時は何の意味もなかったオーギュスト・コント像がはっきりと写っている
そのエッセイシリーズもこれから9年目に入る
当時は1-2年の予定だったので、ただただ驚くばかりだ
ただ、自分の中では8年前はすぐ横にある
この感覚は、人類の歴史についても言えそうだ
初回のタイトルにある「人類の遺産に分け入る旅」がこれからの人生をどう見ていたのかを示している
ソルボンヌ広場に面した哲学専門書店Vrinで数冊
それからコンパニー書店でも暫しの間遊び、数冊
ただ、昔のような目に入るものに対する抑えることのできない熱は感じられない
静かだが、敢えて言えば成熟した興味のようなものが確実にそこにある
右のコラムを見ると、最近読まれた記事の中にロンサール(1524-1585)に関するものがある
そのロンサール像がコレージュ・ド・フランス前のオーギュスト・マリエット・パシャ広場にある
すっかり苔生していた
2019年12月24日火曜日
クリスマス・イヴのパリ
パリの朝は8時頃から明るくなり始める
道が雨のためか光っているが、いまは降ってはいない
早速、街に出ることにした
8時半には朝市が始まっている
クリスマスシーズンだからかもしれない
昨夜、クリュニーのあたりを通った時にもシーズン恒例の小さな小屋を沢山見かけた
初めての朝は、サンジェルマンのカフェに落ち着く
イヴの朝は静かで、読書をする中年女性とメモを書いているアメリカから来た女性だけだ
今回、期せずして至福の時間を味わうことになった
今日の予定をぼんやりと思い描く
これは一日を彫刻する作業と言えるだろう
アファナシエフから霊感を得た表現で言えば、こんな感じである
無限に広がる平野を前にして、こころの底から湧き出る欲求を拾い上げてその方向に進む
日本から来たばかりなので、少しだけパリを観光地として味わうことができているのだろうか
新鮮である
トゥールから来た時にはそうはならない
これからもフランスに入る時には、気分が向けば試してみたい
今朝はそのカフェからのアップとなった
無事にパリ到着
本日、東京を出て無事にパリに着いた
そう言えば、クリスマスシーズンであった
いろいろなところで飾り付けがされていた
それにしても、年の瀬を迎えているという感覚がないのはどうしたことだろうか
今回久しぶりにJALに乗ったが、食事にかなり力を入れているような印象を持った
それから、これまでであればシートベルト・サインが出るような揺れでも一切オンにしなかった
結構揺れることもあったが、結局一度もランプの点灯はなかったのではないだろうか
その方が落ち着いていられるようにも感じたが、どうだろうか
2019年2月15日金曜日
ENSでのセミナーを終える
サンジェルマン通りに面したホテルのバルコンから朝焼けの空を見る
すでに飛行機雲に乱された見慣れたパリの空だ
何度も通ったところだが、このホテルがあることには気付かなかった
自分には関係がないと思っていたのだろう
今日は午後からENSカヴァイエス・センターでのセミナーに招かれた
免疫と認識について最近考えていることについて話をした
1時間の発表に続き、1時間のディスカッションということで哲学では普通の流れであった
写真でも伺われるが、そこで感じるのは思考の自由だ
誰にも気にすることなく、わたしにとって参考になる多くの質問、助言が続いた
数学の領域の方からの質問に答えるのは大変であった
自分の知っていることは他の人も知っているという前提で話しているためだろう
いくつかの言葉を独自の意味で使っているのにその説明がないという状態であった
それについてはフォローしてくれる若手がいて、後で論文を送ってくれるとのこと
彼はスペイン出身で、現在はスイスをベースにし、パリにも顔を出している
今年の夏、日本で開かれる分析哲学の会で発表する予定で、今日本語を勉強中
セミナー後には、フランス語、英語、スペイン語、イタリア語が飛び交っていた
他にも日本語を披露してくれる若手がいた
これから考えなければならない宿題をふんだんにいただいた充実の2時間であった
これだけで今年はもつのではないかという感じさえする
このように精神が昂る経験は久しぶりである
今回もいつものように寸前まで準備に追われていた
最近では、最後の最後にならなければ事に当たることができないという習性が分かってきた
そのため、以前には感じていたフラストレーションがなくなった
どうしてもっと前から始めなかったのかという気持ちが消えたのである
こういうものだと思って当たるしかないと諦めたのだろう
最後にどんな状況が待っていようとも受け入れることができるようになったとも言える
今回も終わりよければ、ということで纏めることにしたい
ENSに向かう途中パンテオン周辺を歩いたが、マスター時代を思い出させる時間となった
ただそこに、ノスタルジックな気分はなかった
その昔よく入ったカフェで一休みしてから会場に向かった
2019年1月30日水曜日
ザッキン美術館、再訪
今日は用事ができ、パリへ行き、とんぼ帰りした
パリは雪が降ったようで、道にはまだ残っていた
やはりトゥールの北にあるようだ
用事を終え空いた時間ができたので、その昔訪れ気に入った美術館で時間を過ごすことにした
ザッキン美術館 MUSEE ZADKINE(2005.6.21)
もう14年も前になることに驚いている
小さな美術館なのだが、前回にも増して非常に落ち着いた気持ちのよい時間となった
何がそうさせているのか分からない
白で統一された室内とそこに差し込む光が関係しているのだろうか
それと、彼の像が発する生命の迸りのようなものがそこに加わっているのだろうか
いずれにせよ、振り返れば1時間ほどだったが、時間が消える滞在となった
2019年1月26日土曜日
移動しているが、移動していない
昨日、用事ができ、パリに行き、帰ってきた
動いている時、想像していなかったことが起こるが、臨機応変に対応
前回もそうだったが、全くストレスのない流れの中にあった
さらに言えば、移動しているという感覚さえなくなっている
したがって、疲れも感じていないようである
主観的には
何年か前からこの感覚はあったが、それがさらに確実なものになっている
驚くべき変化と言えそうだ
驚いたと言えば、ひょんなことから見ることになった前ブログが醸し出す雰囲気である
かなり詳しいものから目新しいものを紹介するものまで、どこか熱を感じる記事が多い
今では薄れている外に向けての熱である
そして動画までアップしていたとは
忘れていたがすぐに思い出す
2014年4月11日の記事にあったこの動画など、悪くない
2018年12月14日金曜日
全体をイメージした後の「いまここ」
先週バッグを忘れたのでカフェに寄って確かめる
ちゃんと取っておいてくれたのでホッとした
ところで、先週のパリでも感じた変化がある
これまでは特に計画せずに行き当たりばったりに街中を移動していた
予め決められたところを行くことに抵抗があったからかもしれない
それが今回は、その日の移動の全体を頭に入れて動いているようなのである
全体をがっちり掴んだ上での「いまここ」なので、精神的な安定感が全く違う感じがする
これは効率と関係あるのだろうか
おそらく、最初に効率化という考えがあってのことではないだろう
なぜなら、それは最も嫌うものだからだ
そうではなく、全体を掴むというところに意味を認めた結果ではないだろうか
これは街中の移動だけではなく、他のことにも当て嵌まりそうである
特にプロジェに当たる時などには、意識して当て嵌めた方がよいのではないか
そんな考えが浮かんだ非常に寒い早朝のパリのカフェである
上の写真は昨夜ENSで見つけたものだが、サイファイ研ISHEのロゴと繋がっている
今日の発見も知恵に繋がるものであることを願うばかりだ
パリで恩師の追悼の会を聴く
今日は午後からパリに出た
マスターの時の指導教官だったジョン・ガイヨン教授へのオマージュの会があったからだ
今回は、これまでに関係があった人を招いてのターブル・ロンド
それぞれの思い出やガイヨン教授の研究スタイルなどについて議論された
上の写真の左から2番目は、科学史家のミシェル・モランジュ教授(ENS)
モランジュ氏によるガイヨン評は以下のようなものだった
真面目で仕事に時間をかける人で、文章は学問的でやや単調なところがあった
科学者が語った後に最終的な一言を言う哲学者ではなく、対等な対話を大事にしたとのこと
それから世界的な共同研究のネットワークの中で若手を育てたことを評価する人もいた
大学人、教育者としてのガイヨン氏だが、この点は同感である
左から3番目は、ジャン・ピエール・シャンジュー教授(コレージュ・ド・フランス)
ガイヨン氏とはいろいろ議論したようである
しかし、聞き間違いでなければ、神経系の話には興味を示さなかったようである
シャンジュー氏が説得できなかったという言い方もしていた
他にも大きな問題を抱えていたので余裕がなかったのではないかと指摘する人もいた
アンナ・ソト教授とカルロス・ソネンシャイン教授(米国タフツ大学)
ところで、今回の会のことはソネンシャイン教授からのメールで知ることになった
実は以前にここで取り上げたことがある方である
思いがけないお誘い(2018年9月21日)そのお誘いが今日実現したことになる
お話を伺うと、アルゼンチン出身でお二人とも最初は医者をやっていたが研究者の道へ
がんがご専門のようだが、次第に哲学にも興味を持つようになったという
その道がわたしと重なるので、是非話をしたかったようである
そして、わたしにとっても実に興味深いお話を伺うことができた
こういう出会いが人生さ、と言うカルロスさん
久しぶりに痛快さを味わった
何もなければ、近い将来に再びパリでお会いすることになりそうである
2018年12月7日金曜日
トゥールに戻り、再び籠る
今日は二日間に亘るシンポジウムをゆっくり振り返りながらトゥールに戻ってきた
パリのメトロには、ロワール川沿いのお城でクリスマスを、という宣伝が並んでいた
トライしてみるのも面白いのではないだろうか
今回同様、予期せぬ発見が待ち受けているかもしれない
そんなことを考えていたせいか、荷物をカフェに忘れてきた
ところで、まだ今年は終わっていない
取り敢えず、当面のお仕事に向き合わなければならない
ここ数日が山というところだろうか
どのような展開になるのか目が離せない
再び籠ることになる
2018年12月6日木曜日
シンポジウム「医学における人間」終わる
今日はシンポジウム二日目で、朝から出かける
昨日もそうだったが、メトロの人の流れが速い
東京ほどではないが、それでも普段とは違う緊張感が溢れている
会は昨日参加できなかったディドロ大学学長のメッセージの代読で始まった
朝のセッションではやや哲学的な分析が発表されていた
ケアの新しい概念やEBMに代わる価値に基づく医療(VBM)についての考察である
そこで問題になるのは知識対価値の対立で、現代のあらゆる領域に表れている
突き詰めれば、それは人間の在り方に関わるものである
遺伝子解析の進歩に伴う問題を、あるシンポジウムのまとめという形で報告している人もいた
それから医学教育のパラダイムを変換する必要があるという発表もあった
知識や技術偏重から思考や倫理重視への変換である
そこで重要になるのが人文科学という訳だが、教育の中で具体化することは難しいようだ
この点は4年ほど前に同様の会に出た時にも問題になっていた
そんなに簡単なものではないのだろう
今回の発表は殆どが一つの研究を二人で交互に読み上げるという形を採っていた
このプロジェクトは「学際」をキーワードにしているので、自然の流れなのかもしれない
他にも興味深い発表があったが、今日は時間切れになった
会の様子は別の場所で纏めるのがよいのかもしれない
明日、トゥールに戻る
2018年12月5日水曜日
シンポジウム「医学における人間」を聴く
今日は朝からディドロ大学に出かけた
ビュフォン講堂で開かれた「医学における人間」と題されたシンポジウムを聴くために
医療現場ではどのようなことが問題になっているのか、何を問題にしているのか
そういう疑問があったからだろう
午前中の話から少しだけ
今回のタイトルは、現在進行中の共同プロジェクトの名前でもあるようだ
医療に関わる人たちの学際的で国際的な研究と実践がテーマのようである
18世紀辺りまでは患者が個人であることが隠されていた
今日では医療の個別化が進み、主体化も問題になり、新しいケアの概念が求められている
特に問題になっていたのは、病気の慢性化にどう向き合うのかである
例えば、小児白血病のような場合、子供から大人になるまでをカバーすることがある
その移行にどのように対処するのか
人生を病気と共に生きなければならない人がいる
病気と共にある人生のよい形とは何を言うのか
移植患者は、移植を外科的で形而上学的な冒険だと捉えているという
前と後があるのだ
それが人間の再生につながることもあるが、負い目の感情が生まれることもあるという
創造的であると同時にトラウマになることがあるということだろう
慢性疾患患者の場合には、明確な前と後がないようにも見える
このような問題を扱う医学人文科学のようなものの必要性も問題にしているようであった
議論になると、現場の経験から生まれた問題がテーマになるので細かい話になる
そのような場を具体的にイメージできないわたしのような者は付いていけない
もう少し哲学的な考察に重点を置いた発表があってもよかったように思う
ただ、プロジェクトのための予算獲得が背景にあるようなので難しいのだろうか
明日も参考のために出てみることにしたい
久し振りのメトロの駅も大学界隈も懐かしいものに感じられた
しかし暫くすると、以前からここにいるような気になってくる
この感覚は不思議だが、悪いものではない
2018年12月4日火曜日
パリで歓談、若き日を思い出す
今日は朝からパリに出ている
明るいうちは仕事をしたり、パリカフェの会場が新しいところなので確かめたりしていた
午後雨になり、その中を歩いていたのでびしょ濡れ
夕方、カフェで休んで体を乾かす
夜はパリでご活躍の若手研究者の方にお忙しいところ時間を割いていただいた
改めて感謝したい
今日はパリのことや研究のこと、それからこちらで活躍している若き日本人の話を伺った
いろいろな才能を持つ人がいるようである
それからアメリカとヨーロッパ文化の違いも話題になっていた
土地に根ざす人の感覚から見れば、その違いは想像以上のものがあるようだ
わたしなどは、目覚めつつある段階になるのだろうか
また、30代はこれからの道を模索する時期のようである
皆さんがそのような状況にあることを聞き、自らの若き日を思い出していた
普段は籠っているので、このような機会は外に開く貴重な時間になっている
2017年9月20日水曜日
クリルスキー教授とのランデブー
今日はパリに出た
元パスツール研究所所長でコレージュ・ド・フランス名誉教授のクリルスキーさんとお会いするためだ
今、翻訳している本の著者でもある
今朝はトゥールの街行く人の殆どがコートやダウンのようなものを羽織っていた
わたしは夏の間も背広で通しマイノリティであったが、今日も背広でマイノリティであった
トゥールの駅で時間があったので駅の中のカフェに入る
すぐ横の席には二人の老紳士がランデブーである
お二方とも歩行がままならなくなっている
人生を感じる景色であった
時間通り、モンパルナスに着いた
人ごみの中を歩いている時、左肘に硬いものが当たった
振り返ると、迷彩服の男が抱えている銃であった
サンジェルマン・デ・プレまで出て、馴染みのカフェに入る
すっかりおしゃれになっている
マネジメントが変わったのかと訊いてみると、マネジャーを指して、以前と何も変わらないという
内装をすべて変えたのですねと言うと、マネジャーがサムスンのようにねと返してきた
目に見える日本製品がどんどん減っているようである
クリルスキーさんとの待ち合わせはコレージュ・ド・フランスであった
まず最上階の素晴らしい見晴らしの部屋に案内される
パリの町を殆ど360度の視界で見ることができる
気分が高まったところでカルチエ・ラタンのカフェへ
ワインとビールで貴重な情報と興味深いお話を伺うことができた
最初に、翻訳の労をねぎらっていただいた
今回、翻訳というものがなかなか大変な作業であることが分かった
始めたのが2015年の初めからなのでもう2年が過ぎようとしているが、まだ校正中である
これだけの間一冊の本に付き合っていると、いろいろなことに気付いてくる
まず、ざっと読んだ時には理解していなかったことが如何に多いかが分かる
それから、著者の頭の使い方が手に取るように分かるようになる
特に、論理の流れをどのように作っているのかなどは実に興味深い
これは以前にも触れているが、翻訳はほぼ不可能であるということも見えてくる
結局のところ、翻訳は訳される側の言語の問題に帰着する ことも分かる
アイディアは著者のものだが、出来上がったものは訳者の作品とも言えるだろう
原著とは全く別物になるという印象があるからである
それほど訳者の役割は重いということになる
哲学的な要素が加味された場合は尚更である
クリルスキーさんは定年後の活動としてRESOLISというのをやっていると聞かされた
紹介されたHPを見ると、本格的である
ソルボンヌ大学向かいのアパルトマンの一室にオフィスを構えているようだ
社会とのコネクションを視野に入れているとのこと
ポイントを Philosophie de l'action という言葉で表現していた
それから日本との接点が意外に多いのに驚いた
日本パスツール財団の前身である日本パスツール協会の創設に関わったことは知っていた
その他、コレージュ・ド・フランスと日本の大学の連携や大学のアドバイザリーボードもやられていた
日本の首相や都知事などとも会ったことがあるようだ
話の中に、Jean-François Sabouret という日本に詳しい学者の名前も出ていた
また、わたしの仕事を説明すると、興味を示していただいた
有難いことに、これからも議論をしていくことになった
フランスの科学と哲学を結ぶような研究機関のことも紹介していただいた
医学と哲学、科学と哲学などはまさにフランスの伝統と言ってもよいだろう
それがないところでは何かが欠けているという認識が生まれることになる
哲学的視点は極めて重要であるという点で意見の一致を見た
その話の後で、わたしが提唱している「意識の三層構造」についても話してみた
この見方は非常に説得力があるようだ
それ以降の会話がわたしの用語を使って進んだのには驚いた
日本の政治家がどの層を使っていると見たのか、興味が尽きないところではある
今回の翻訳した本などは第三層の動員が必要になるので、どれだけの方に受け入れられるのか
こちらも興味深いものがある
面白かったのは、イタリアの友人から聞いた話として紹介されたものだ
Philosophe municipal がいる自治体があるという
市や町の役所で公務員として働く哲学者のことだろうか
この話が本当であれば、町のお抱え哲学者は一体何をしているのだろうか
予約制で住民と世界の捉え方や哲学的問題について議論したりするのだろうか
こういう仕事であれば、やってみたいものである
ただ、住民にそれだけの余裕があるのかどうかが問題になるだろう
日本であれば、すぐに予算の無駄使いと批判を浴びそうではある
このような話が出てくるのがヨーロッパなのだろうか
そして、それを面白がるという感覚が何とも言えず良い
今回は省察すべき問題をいろいろ提起していただいた
お陰様でこころが満ちた状態で帰路につくことができた
これはランデブー前と後で何かが大きく変わったということを意味している
実は、程度の差こそあれ、よく観察しているとどんな前後にも違いはある
一日の始まりと終わりも例外ではない
その違いを味わうことこそ生きていることを確認することになるだろう
まさに、J’observe donc je suis である
2017年3月24日金曜日
パリで想定外の対応
今日も曇りで気分が晴れない
今朝は用事を済ますためにパリに向かった
もうパリに来たからどうということはなくなっており、いつものように「こと」を済ますという感じである
用事も無事に終わる
想定外の対応をしていただき、感謝に堪えない
今は駅のカフェ
夕方のアンターシテでトゥールに戻る予定である
2017年3月1日水曜日
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