2018年6月21日木曜日

人間が生きている、かけがえのない時間



今日は曇天だったが、雨にはならなかった
午前中から外に出てこれからの準備をしようとするが、ままならないものである

お昼は銀座まで出て、古い友人とデジュネ
いつも気の利いたところを紹介していただく
それにしても、人生にはいろいろなことが起こるようである
お体には気を付けてお過ごし願いたい

午後は適当に時間をつぶす
近代的な街並みが空虚に感じられるようになって久しい
何か目新しい進んだ空間が生まれているように見えるが、中身が空っぽという感覚
これが人間の目指しているものなのかという感覚でもある
人間が生きているというよりは、その中で制御されながら生かされているという風景である

そして、夜は来日されたばかりのクリルスキーさんを囲んでインフォーマルな会があった
参加するように言われて顔を出す
いろいろ興味深いお話が出ていた
わたしは科学者ではなく、冗談だとは思うがフィロゾフ扱いになっていた
実際には、細かいことを指摘するので「プレシジョン・フィロゾフ」と綽名された

まず今回のことに絡めて、次は翻訳の哲学でもやってみてはどうかというような話が出ていた
それから、コレージュ・ド・フランスに関係する哲学者や法哲学者の話などが参考になった
いくつかの著作を含めた貴重な情報も紹介していただいた
博士にとってはお疲れだっただろうが、インフォーマル故のお話も多く聞くことができた

人間が生きている、かけがえのない時間となった





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