2017年3月11日土曜日

常連の証か?




今日の朝は気持ちのよい空になった
久し振りにゆっくりと空行く雲を眺める
そうしていると新しい領域の資料を集める気分になってきた
それを持って旧市街へ
人間は光の方に向かう動物なのだろうか
興味深い分布が見られた

もうすっかり馴染みになったカフェへ
今日はどうしたことか、マスターが「今日はいいですよ」と言ってお代を返してくれた
こんなこともあるのである
比較的集中した時間となった
これは良い週末に繋がる徴になるのだろうか







鼻音の世界





フランス語の鼻音を意識したのは、始めた当初だけ
それ以後、長い間ほとんど関係のない世界にいた
無視していたのである

今日改めてこの世界を覗き、道理で通じないはず、ということが分かった
これまで出したことのない音ばかりだったからである
いやはや、大変な世界である
今頃嘆息していることにも驚かざるを得ない

少しずつ努力だけはしたいものである











2017年3月10日金曜日

その音の世界に入る



本日も午前中は第三層で過ごす
こういう時間には普段浮かばない記憶や考えが出てくるので、欠かせない時間になっている

午後からは、いつものカフェへ向かう
旧市街の広場を通った時、外を眺めているレストランの店員と目が合った
ほんの少しおいて、ボンジュールと声を掛けてきた
すかさずボンジュールと返していた
やはり、気持ちが良いものである
時にはこちらから声を掛けることもある
このところ心掛けている外に対する反応の感度が上がってきていると感じた

カフェに入ると、先日の学生さんが、仕事の調子は?などと声を掛けてきた
どうもアメリカ人のようである
わたしもそう感じているが、外国にいるので外に開かれやすくなっているのかもしれない
こういう時にはプロジェを語ることになるが、こんなことは日本ではまずあり得ない
プロジェを口に出すのは、自分の中では良い影響を与えているようである
いつも心の奥の方にあるものが目の前に現れるからだろう

席に着くと、隣の学生さんのグループが賑やかだ
途中から全く脈略のない日本語を語り始めた
アクセントが全然ない
その意味を分かっているかどうかも分からない
おそらく、映画やアニメなどに出てきたセリフではないかと思う
音が若い彼らにとって新鮮で面白いのだろう
こうやって流暢な日本語を話す外国人が増えていくのだろう

わたしもフランス語を始めた当初、音の面白さによく笑っていたものである
単純なことに面白さを感じることができたことも長く付き合うことになった原因の一つと言えるだろう
わたしも彼らの「音の中に入る」という姿勢を見習いたいものである



大統領選関連

あるニュースによると、第1回投票の予想でマクロンが初めてル・ペンを抜いたという
マクロン26%、ル・ペン25%、フィヨン20%で、誤差は0.6%~1.6%
決選投票ではマクロン65%、ル・ペン35%で、こちらの情勢は変わっていない
投票する候補を選ぶ基準として、次のものが挙げられていた
候補の政策、新しい考えを出す能力、勝つ可能性、誠実さで、いずれも半数を超えている







2017年3月8日水曜日

ピエール・ブルトノー、あるいは身近に埋もれている過去

      Pierre Bretonneau (1778-1862)


トゥールの大学病院とそのバス停の名前は毎日のように目にしていた
ブルトノー(Bretonneau)という
しかし、今日までその意味するところを知らなかった
それは、ピエール・ブルトノー(1778-1862)という医者の名前であった
ウィキによる経歴の概略は、以下のようになる

トゥール郊外でシェール川沿いの町サン・ジョルジュ・シュル・シェールの生まれ
23歳の時、23歳年上の女性と最初の結婚をする
大統領候補のマクロンを思い出す
そして、25歳から29歳まで妻の土地であったシュノンソー(Chenonceaux)の市長を務めたという
37歳の時パリで医学博士を得て、トゥール病院の内科部長になる
48歳の時には、ジフテリアを初めて記載している
78歳で二度目の結婚をするが、妻が18歳であったため、最初の結婚と同様スキャンダルとなる
妻は彼の娘で、彼の財産すべてを譲渡するための結婚ではないかとの疑いが出された
実際には、彼の学生の姪だったが、過去にレカミエ夫人の例があったから出された話だろう
それから5年、83歳で亡くなっている

今日、ひょんなことからわたしの発見に辿り着いた
こういう歴史が山のように埋まっていることだろう





増殖するプロジェ



今日もどんより曇っていて、冴えない始まりであった
朝から何かをやろうとしても心と体が許さない
仕事をしている時にはよく毎朝出掛けていたものだと感心し、そして驚く
あれはこの精神を十全に働かせるために本当に良いことだったのだろうか
ますます疑念が膨らむ
仕事は人間を駄目にする、というわたしのテーズが再び顔を出す

ということで、朝の貴重な時間を何もせずに過ごす
より正確には、意識の第三層に遊んだということだろうか
午後からその気になってきたので、久し振りに旧市街へ
より正確には、意識の第二層に入ってもよい気分になってきた、ということだろう
少し体が重く感じられる
滞っていたプロジェの一つに当たる
久し振りなので、結構集中できただけでなく、そこから広がる新らたなプロジェが浮かんできた
こうしてプロジェが増えていく

帰り道、トゥールの桜並木が目に入ったが、すでにピンクになっていた
先週は気付かなかったような気がしたのだが、、、



大統領選関連

最新の結果では、ル・ペンが若干下がり、マクロンが伸び、フィヨンには変化がないようだ

ル・ペン 26%
マクロン 25.5%
フィヨン 19%







2017年3月6日月曜日

サイファイ研の催し物の予定は今月中に



今日は雨と風が強く、雲は東から西へ激しく流れている
籠ってプロジェに当たることにした
今日は一つだけにすると落ち着かなくなり、いくつかのものに目をやった
どうも明確な型を作ってやるのは向いていないようである
そうと分かっているはずなのだが、その日の気分で無理なことをやりたくなり、困ったものである

ところで、サイファイ研究所ISHEの今年前期の予定を6月~7月にした
まだ時期が早いので場所が押さえられていないものがある
また、テーマが固まっていないものもある
いずれも今月中にはっきりさせ、公表したいものである



大統領選関連

昨日のフィヨンの集会にはたくさんの人が集まったようだ
そこで改めて候補から降りることはないことを宣言
演説では、体制やメディアの批判を押さえ、最後まで行くと語ったという
夜の番組に出ていたフィヨンは、これまでになく落ち着いたというか、すっきりした表情であった
とくに、ル・ペンを敵として見ていた

今日になり、アラン・ジュペが記者会見を開き、自分が候補になることはないと宣言
フランスの状況も右派の状況も厳しいが、自分が出るのは遅すぎるということなのだろう
オランドの政治を見ていて、左派が支持を集めることはないだろう
ル・ペンの反ヨーロピアンの政策には賛成できない
マクロンも政策が弱いことと経験がなさ過ぎることが問題だ

では、これからどのように解決するのだろうか




翻訳プロジェ、まだ道半ば



今、翻訳をやっているが、4部ある本の2部を今日で終えることになる
まだ半分だが、半分を終えることができた
勤勉さが求められる仕事なので大変だが、後半はどんなことになるだろうか



大統領選関連

昨日のフィヨンの演説があった
リベルテ満載の理想を掲げる演説という印象だった
これはフィヨン個人が呼び掛けたというよりは、党が主催の会だったようである





わたしには新鮮だったが、フランス人にとってはそれほど感じないのかもしれない
その後の記者の評価は、型通りの演説で具体的なものが殆どなく悲しくなる、と極めて厳しい
光るものがないというか、霊感を与えるものがないということなのだろう
初めて聴き、まだ行けるのではないかと思った人間とは大きく異なる評価で驚いた

今日、トロカデロにフィヨンを支持する人が集まるという
その集まり具合と雰囲気がポイントになるのだろう
今の調査結果は、ル・ペン28%、マクロン24%、フィヨン19%とのこと
今日のマニフの結果が明日以降に大きな影響を及ぼすのではないだろうか





2017年3月5日日曜日

プロジェのやり方を変える?




本日は籠ってプロジェに当たる
向かいのグランウドの内と外は人で溢れている
まだ肌寒いが、春なのだろう

当初、3つくらいのプロジェを並行してやることにしたが、必ずしも順調には進まない
いろいろなことをやると、どれにも集中できなくなる傾向があるようだ
新たなやり方として、一日に一プロジェクト、それを日によって変えるというのはどうだろうか
こちらも試してみたい
まだまだ試行錯誤が続きそうだ

今日のプロジェがすっきりしたので、夕方街に出る
新しいカフェで少しだけ読んでから帰ってきた
次第に霊感を受けるものが少なくなるようだ
帰りに素晴らしい景色を拝むことができた



大統領選関連

現在の関心事は、フィヨンの問題である
元首相のドミニク・ド・ビルパンが意見を発表した
イラク戦争時には外務大臣を務め、国連での発言で世界的に有名になった方である
彼の意見は、フィヨンはもう限界だというもの
事件発生以来、フィヨンは一貫してフランスのシステムを批判している
そういう人がこの国のトップに座ってよいのかという含みもある
寧ろ、フランスがよって立つ開かれた社会とか自由ということを前面に出すべきではないのか
防御から来る攻撃で、ポジティブな印象を受けないということかもしれない

あるEU議会議員は次のようなことを言っていた
候補を変えることに危険性はあるが、フィヨンでは勝てないことがはっきりした
右派中道の立場に立つ人が勝ち目がないのは問題だと考えている
マクロンは経験がないし、ル・ペンには耐えられない
どうしても我々の候補が必要だ
フィヨンには降りるように伝えた
もし彼が同意した場合には、後継者をどう決めるのかの方法論が問題になる
フィヨンが後継を指名するというやり方では駄目だろう

もし、フィヨンが降りて、例えばジュペが新しい候補になるとする
現在の世論調査によれば、決選投票がジュペ対マクロンになる可能性も出てくる
今後も目が離せない





2017年3月4日土曜日

先が遠い日常のフランス語



本日は朝から少し仕事をする
慣れないことなので、午後からのクールは疲れが出ていた
おまけに、テーマが若者言葉と芸人の言葉だったので大変であった
これまでを考えると当然だろうが、それを求めていなかったので致し方ない
これがテレビを毎日のように観ていたアメリカ時代との大きな違いになっている
今日から、前半は一人がエクスポゼをやった後にディスカッションというスタイルになっていた


大統領選関連

マクロンが選挙戦の資金をサウジアラビアから貰ったというツイッターが流れたという
ル・ペンの姪がベルギーのニュースサイトに流れた情報を書いたもの
しかし、そのサイトはフェイクニュースだったようで問題になっている

アラン・ジュペの支持者がフィヨンに対して攻勢を強めているようだ
フィヨンのまま選挙戦を進めると傷口はどんどん広がり、右派の死を意味するというのが理由だ
フィヨンの態度は変わっていないが、この圧力はどんどん強くなるのではないだろうか

今日、ジュペが出た場合、ほんの僅かだがマクロンとル・ペンを上回っているという結果が出た
その差を"dans un mouchoir de poche" という言葉で表現してあったが、、
実際の数字はジュペ26.5%、マクロン25%、ル・ペン24%となっているが、誤差は3%だという 
今のままだとマクロン27%、ル・ペン25.5%、フィヨン19%で、フィヨンの脱落は見えている
すでに50人以上のスタッフがフィヨンの下を去っているという
フィヨンにとってますます厳しい状態になってきた


新たにフィヨンの選挙戦の責任者がフィヨンに辞意を表明したとのニュースを見た
事態は動き始めたようだ




2017年3月3日金曜日

場所を変える時、何かが起こる



今日は明るくなってくれた
春の兆しが至るところに見える
プロジェに実際に当たる予定だったが、プロジェについて考えるところで終わった
夜、少しだけ手を付けることができた

先日、モンパルナス駅のリブレリーで新刊書を手に入れ、帰りの車内で最初のところを読んできた
帰りはTGVではなく2時間かかる便だったので、丁度良かった
その本は、ドイツの若手哲学者マルクス・ガブリエルの「なぜわたしはわたしの脳ではないのか」
Pourquoi je ne suis pas mon cerveau  (JC Lattès, février 2017)
タイトルから予想される通り、心の哲学、心身問題について本である
日本語訳はまだ出ていないようである

まだ最初だけなので結論めいたことは控えたいが、基本的な考え方が似ていることが分かった
そこには、私がいまの分野に入る前から感じ続けていることが書かれてあった
それは一つの問題を科学だけで解決できるのか、この世界を理解できるのかという問いである
哲学や歴史、芸術や宗教などのすべての知が必要になるのではないのかということでもある
これはまさに私が唱えている"La théologico-métaphysicalisation de la science"そのものである
私の基本的なスタンスになった「科学の神学・形而上学化」である
何年か前からこのテオリーに基づいたプラクシスも始めている
そのため、共感するところ大であった

場所を変える時、何かが起こる
観察して、それに気付くことが大切になる


大統領選関連

フィヨンは新たに司法調査されることになっていたが、今朝自宅の家宅捜索もされた
スタッフも辞める人が出てきているようだ
しかし、彼は選挙戦を続ける意向だという
彼が選挙を続けるべきだと考えているフランス人は4人に一人しかいない
それは右派の自殺行為だと指摘するプレスもある
中道右派の候補争いをした元首相で現ボルドー市長のアラン・ジュペは準備万端らしい
彼を推薦する人も出始めている
しかし、まだ事態は動いていないようだ

ところで、今回の各候補のスローガンを調べてみると、次のようになっていた

ル・ペン Au nom du peuple (人民の名において)
マクロン En Marche ! (前進せよ: 彼の政党名)
フィヨン La France libre. La France debout. (自由なフランス。立ち上がるフランス)
アモン Faire battre le coeur de la France (フランスの心をわくわくさせる)
メランション La France insoumise(L'Avenir en commun)(不服従のフランス:共通の未来)


ル・ペンのスローガンは歴史に根差していて、古くは1793年の憲法から採ったようだ
下の文書は19世紀のナポレオン3世の時のもの



フィヨンのスローガンはHPからのものだが、以前に誰かが使っていたようだ
もしそうだとすれば、新鮮さに欠けると言われてもしょうがないだろう

メランションのマークがフィロソフィーとポパイを想起させ、どこか愛嬌があるので目を引いた






2017年3月2日木曜日

新しさのヒントは、古いものの中に

         Église Saint-Julien


今日は終日雨
朝、グラウンドの周りを高校生が雨をものともせず走っていた
歩いているような生徒もいたが、、

午後から街に出る
アナトール・フランス広場にはサン・ジュリアン教会があり、ほぼ毎日眺めることになっている
その壁は湿気が出ると黒みを増してくる
微生物やカビなどの類が増殖して来るからなのだろうか

いつものカフェで数時間過ごす
先日言葉を交わしたためか、皆さんにこやかに対応してくれた
昔書いたファイルをぼんやり眺める
何もやっていなかったように思っていたが、それなりに面白いことが書かれてある
新しいことへのヒントは、まさに過去に眠っている


大統領選関連

「フィヨンかマクロンか」という討論番組を観る
ル・ペンに対するのはどちらかを論じるもの
まず、今回の事件に対するフィヨン態度が傲慢であるという指摘があった
政治家は金を自由に使ってよいのだというところが見られるという
フィヨンの先行きは厳しいのではないかという人が多かった

それに対するマクロンだが、右に左に右顧左眄するような政策を出しているという批判があった
左に対しては、例えばアルジェリア人に対して「人道に対する罪」だったという発言がある
右に対しては、例えば治安の充実を挙げている
ジョージ・ブッシュがアル・ゴアに勝った時にはflip-flop候補と言われたらしいが、それだというのだ
これはマクロンのハード・コアの支持者を減らす弱点になっているのではないかという指摘である
マクロンの言葉遣いは他の人より優れているが、大統領としてはどうかという疑問を出す人もいた
また、マクロンは細かい点ではなく、より大きな問題を提起しているとの指摘もあった


マクロンのインタビューを初めて聴いてみた
かなり攻撃的に持論を展開していて驚いた
予想とは異なり、力強い印象がある
アルジェリアでの発言について、次のように語っていた

私の意識は未来にある
これまで、非を認めると国の威厳を貶めたとする人がいたが、それは政治屋の考えだ
目指しているのは和解の政治だ
フランスとは何か?
それは歴史であり、自由とか自立というような普遍的な価値への希求である
そのビジョンを掲げることが重要なのである

治安の充実も自由を守るための条件を維持するためであり、市民社会への介入のためではない
日常生活の安全が守られないことは許されない
現代の問題は複雑である
右か左か、では問題解決はできない
問題そのものに向き合うことが重要で、解決のためにはプラグマティズムが必要である


彼の「もの・こと」へのアプローチに違和感はなかった
寧ろ、ドグマに囚われていない印象があり、より広い層に訴えかける力もあるように見える
今のフランス人はアモンやメランションの政策を求めていないという声が聞えた
今日のところは、ル・ペン対マクロンになりそうな感触を持った





2017年3月1日水曜日

パリで用事を済ます



もう2月最後の日になった
早いものである

今日は用事があり、パリに出掛けた
雨が降ったり止んだりの一日
それなりの収穫があった

もうどこかに通勤の感覚が生まれている





2017年2月27日月曜日

欠けている外から見える像



週の初めは新鮮な気持ちになり、勤めを果たそうとする気持ちになるのは不思議だ
今日もいつもの旧市街のカフェへ
おそらくは学生アルバイトではないかと思われる店員が、注文の時に声を掛けてきた
これまでの様子を見て、一体何をやっているのか不思議に思っていたようである
何をやっている人なのか訊いてきた

これまでの経過と現在のプロジェを話すと納得していた
実は昨日、プロジェをオーガナイズし直したところだったので、いつもの不思議な繋がりであった

その学生は高校の時に日本語を1年やって挫折したとのこと
他にはイタリア語、それからなぜかアラビア語もやったという
こちらの学生は異言語に開かれているという印象が強い

こういう出来事があると感じるのは、こちらが見られているという意識が全くないということだ
外から見ると、変なおじさんがいつも決まった席で何かをやっている、という像が浮かび上がる
それはそれで興味深いものがある
しかし、そのような図を余り気にしていると何もできなくなるだろう
これまで通り、こちらから見ている図だけを受容して進むのがよいのではないか



大統領選関連

左派の共闘が問題になっていたが、結局アモンとメランションの共闘はならなかったようだ
間に入っていたエコロジストのジャドーはアモンを支持することに
左派への票が割れることになりそうである
一方、マクロンはバイルと共闘することになった

最新の第1回投票の予想の大枠は変わっていない
ル・ペン(27%)、マクロン(25%)、フィヨン(19%)、アモン(13%)、メランション(12%)の順
バイルとの共闘のせいか、マクロンの数字が上がっている
この数字はアモンとジャドーの共闘発表前なので、アモンへの影響は不明である
決選投票は、マクロンが出た場合は58%、フィヨンの場合は55%で前回と変わりはない

フィヨンは選挙戦のためか、内戦のようになっているのを放置していると政府を非難している
静かにそれぞれが選挙を戦えるようにすべきだとしている
彼は選挙戦が左派によって妨害されたと見ていて、折ある毎に批判を繰り返している
しかし、内務大臣はそれは根拠のない言いがかりで、その原因は彼自身にあると反論している





パスカルの幾何学的精神と繊細な精神



昨日はよい天気だったが、今日は終日の曇天
午後から街に出る
まずまずの時間となった

昨夜、パスカルを読む
何とよく入ってくることだろう
こちらに来た当初とは大きく違っている
意識の第三層が広がり、その空間にすんなり入って行けるからだろうか
極言すれば、その中に入ることができなければ哲学書は難しいものになるのではないだろうか
尤も、それでも付いて行けないものも少なくないのだが、、、

パスカルを読んでいる時、次のような考えが浮かぶ
哲学者の役割は読者をそれぞれの内なる世界に誘うことではないのか
それは意識の第三層への誘いでもある
その上で、最も深いところに目を向けさせることができる人が優れた哲学者になるのだろうか

パスカルの言う幾何学的精神(Esprit géométrique)と繊細な精神(Esprit de finesse)
この対比も意識の三層構造を頭に入れるとよく理解できる
すなわち、前者が意識の第二層に留まる科学的精神で、後者は第三層に及ぶ思考と対応している
パスカルが批判したデカルトは前者の精神が優っていたのだろう
それに対して、パスカルはそれを認めた上で、繊細な精神の重要性についても理解していた
私の立場をこの図式に当て嵌めれば、前者は重要ではあるが、それを超える後者が欠かせない
となるだろうか


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lundi 27 février 2017

最初のブログで、パスカルとデカルトの対比ついて触れていたことを思い出す
まだ日本にいる時のことである
改めて読み返すと、デカルトに関する次のような記述があった
デカルトはフランスに根を持たず、30年のうち5年しか故国で生活していない
自分の社会的な地位を確立することに努めなかった
自由な精神を維持するためには慣れ親しんだ関係を避けること
孤独、沈黙、人目を避けること (l'invisibilité) が重要になる
そして、有名な Larvatus prodeo (私は顔を隠して進む)をモットーに生きてきた
その意味では、わたしはカーテジアンに近いのかもしれないと分析
しかし、精神活動の内容については、理性、科学だけでは満たされない気持ちが現れている
その頃すでにパスカリアンの道を模索し始めていたように見える







2017年2月26日日曜日

「大」政治家、あるいは「精神の力を信じる」

        François I (1494-1547)
 

メディアの世界に触れること自体が10年振りで、今年の特徴になっている
手始めは大統領選に関連したもので、目に触れたものを簡単に纏めている
まだ始めたばっかりなので、全体像はなかなか見えない
今日途中から観たビデオでは、政治家の中でも「大」が付く存在が話題で、5-6人が論じていた

取り上げられていたのは、ジョルジュ・クレマンソー、シャルル・ド・ゴール、フランソワ・ミッテラン
いずれも立派な著作を残している
これらの政治家は演説の力強さと説得力が際立っていたという
その背後には彼らの思想があり、それは彼ら自身の言葉がしっかりしていたことの証左である

ミッテランの演説の中に、次の言葉があった

« Mes chers compatriotes, ... je crois aux forces de l'esprit ... »
 
先日のリブレリーで、Croire aux forces de l'esprit (Marie De Hennezel) という本を見つけたばかり
ミッテランと接触のあった心理学者が著者である
その時「精神の力を信じる」というミッテランの言葉を知ったが、それが今日再び現れたことになる
よくある流れだ

現在の政治はテレビ、ツイッター、FBなどの条件反射的な言葉が主体になっている
さらに、世論調査やメディアのプレッシャーがあり、時間もなく、非常忙しくなっている
現在の政治家は天職とか使命という側面が薄れ、単なるキャリアになっている
大統領の任期が5年ではまとまった仕事をするのが難しい
再選を禁止して7年にしてはどうかという人もいた

これから「大」政治家を輩出することはできるのか?
それは余程の「状況」が生まれないと難しいのではないか、というのが皆さんの結論だった









2017年2月25日土曜日

小さな発見、現代のディオゲネスか?



今日は久し振りに晴れてくれた
いつものバス停が学生で溢れていたので反対方向のバスに乗り、リベルテへ
昨日の続きになるのだろうか
そこからトラムで中心街に出た

いつものように街路に座り込んでいる男がいる
この景色はこの町に来てから何度も目にしていた
勿論女性もいる
そして、彼らの多くが犬を連れている
そのことは知っていたが、今日初めてその姿と犬儒派が繋がるのではないかと気付いた
彼らは現代のディオゲネスかも知れないと気付いたのである

今まで気付かなかった繋がりに気付くというのは、わたしの中では発見と位置付けられている
何かを発見した時には、なぜそれまでそのことに気付かなかったのかという思いが湧いてくる
今日はいつもと違う経路を取ったため、新しい視点で見ることができたのだろうか
いずれにせよ、嬉しい発見であった
そのためか、午後の時間も充実したものとなった
さらに、素晴らしい微妙な曲線が描かれた空も仰ぐことができた






2017年2月24日金曜日

地球外生命、あるいは興味尽きない宇宙




本日もどんより曇っていたので籠って翻訳をする
これは一気に出来上がるというものではない
地道に歩いてある日気が付くと終わっているという代物である
なので、期待しないで待つという気持ちが欠かせない
最も向いていない「仕事」になる

昨日、地球外生命の可能性がこれまででは一番高いニュースを目にした
太陽系から40光年ほど離れたところにあるTRAPPIST-1という星に7つの惑星が発見されたという
すべて地球サイズで、その名はTRAPPIST-1b, c, d, e, f, g, h
この中のe, f, g には生命に必須となる液体の水があり、気温も地球に近い
そこに存在する分子については、これから解析することになるようだ
もし実際に生命体が見つかるとすれば、いろいろな方面に大きな影響を与えることになるだろう
その昔は、地球外生命体の存在はほとんどあり得ないという話が優勢だったようにも思う
われわれは興味が尽きない宇宙に生きているようである



大統領選関連

マリーヌ・ル・ペンの外交政策についての記者会見(演説会)の中継を途中から見る
1時間近い演説だったようである
聞えてきたところを順不同で少しだけ


ヨーロッパのグローバリゼーションであるEUはヨーロッパではない
それぞれの国に制限を加え、破壊的な影響を与えている
フランスとフランス語圏も分断されている
フランスは米国、ロシア、中国と4大軍事大国だが、自由に動くことができない
自由な国民国家が集まったヨーロッパ
EUではないヨーロッパの再生を目指す

移民は経済的な負担になる
しかし、外国からの留学生、諸外国との交流(経済、工業技術など)は歓迎する
外国からフランスに来て住んでいる人には、フランス人と全く同じ権利を認める
彼らをフランス人として扱う

あらゆる時、場所、テーマについて何の制限もなく見て行動し、創造的で開かれた解を見出す
フランスの自由と安全を守るために
絶対的個人主義という言葉も聞こえた

フランスには世界に誇る文化がある
レヴィ・ストロース、オーギュスト・コント、国境なき医師団、パスツール・・・
フランス人は一人ひとりがフランスの外交官にならなければならない
そのために、語り、知り、働き掛け、創造しなければならない

これからは国益を守ることが重要だ
それは自由であり、それだけが唯一の勝利になるだろう
すべての国とともにその実現に向かっていきたい


リベルテが頻繁に出てくる演説だった
お話は現実にぴったりと寄り添ったもので、理想的なことを謳い上げるところは少ない
マクロン的なイメージ先行のものとは違い、地に足が付いたという印象であった
ル・ペンと聞いた時に浮かぶものとは違い、意外に違和感の少ないものであった

イメージとは恐ろしいものである
それはテレビをはじめとするマスコミと置き換えてもよいだろう
演説の中にもあったが、見ることは知ることではない
各人が自由の中で知る作業をやらなければならないのだろう
それほど自由が大切ということになる

フランス文化のところでコントさんが出てきたが、わたしにも関係するので喜ばしいことであった
ブラジルの国旗に彼の哲学が出てくるからだろうか

やはり、今フランスにいるようである




2017年2月23日木曜日

新しいリブレリー発見



今日は朝からどんよりした曇り
午後から旧市街へ
まずまずの時間となった

帰りにいつも通っているところを違う視点から眺める
すると、これまで気付かなかったリブレリーが目に入ってきた
中に入ると結構よい

この辺りにリブレリーはないと決めてかかっていたのかもしれない
あるいは、そこにあるのに目に入らないという最近の症状の一つに過ぎなかったのか
こんな小さな発見が大きな喜びを運んできてくれる
安上がりである



大統領選関連

左派を纏めようとしているエコロジストの候補ヤニック・ジャドーさんの話を聴く
本気のようだ
彼はエコロジスト、ソーシャリスト、ヨーロピアンの政策に関して各候補者が合意できると考えている
メランションはいずれについても強硬だ
アモンも基本的な重点は同じだが、EUへの金の出し方は考えなければならないとしている
理由はまだよくわからないのだが、彼の政策は実現不可能のユートピアだと批判する人がいる
しかし、彼はいずれも実現可能だと考えている
もし彼の政策がユートピアンだとすれば、メランションの方はどうなるのか
周りには共闘は不可能だという人もいるが、アモンはそうは考えていないようだ
いずれにせよ、時間的に見ると今週末が最後の機会のようである
もし共闘ができれば、ジャドーは候補から降りると言っている

現在の社会情勢はル・ペンが特に選挙運動をしなくてもよいようになっている
彼女の政策を受け入れざるを得ないと考える人が少なくないからだ
だが、それでよいのか、というのが左派の考えになるのだろう
ル・ペンが選ばれた時に権力の座に就く人たちがどんな人で、どんなやり方をするのか
そこに不安があるのではないだろうか





2017年2月21日火曜日

アフリカ大陸を眺め直す



本日、バス停で備え付けのベンチに足をぶつける
それを見た中年女性が微笑んだので、年のせいで運動能力が落ちて困りますと言う
するとその女性は、わたしなんか階段を降りる時におかしくなりますよ、と返してきた
さらに、いや上がる時もそうなりますね、などと付け足した
それからバスが来るまで話をする

訊いてみると、ナイジェリア人で英語の方が得意だという
ナイジェリアは英国の支配下にあったからで、地元の言葉と英語のビラングが普通とのこと
アフリカと言えばフランス語が多いという程度の思い込みしかなかったことに気付く
ウィキに当たってみると以下の図が出てきた
アフリカ大陸がどういう大陸なのか、その歴史を見る思いだ





大統領選関連

まず、左派の共闘話だが、ジャドーがアモンとメランションの間に入っている
しかし、今のところうまく進む気配はなさそうである
この歴史的なチャンスを捉えるべきだと考えているジャドーは、歴史的な無責任だと批判している

新しい世論調査によると、ル・ペンの健闘が目立っている
1回目の投票では、これまででは最高の27%の得票率になっている
これはヨーロッパ議会での架空労働の疑惑の中でのことである
フィヨンの場合とは大きな違いである
これは決選投票でも彼女が勝つという徴ではないかと言っている人さえいる

その決選投票の予想だが、これまでと変わらずフィヨンにもマクロンにも負けることになっている
ただ両候補との差は確実に狭まっており、いずれ交わるのではないかと思わせる曲線である 
現在のところ、フィヨンとは56%対44%
マクロンとは当初63%対37%だったが、58%対42%と大きく盛り返している

決選投票について、1回目の投票後に雰囲気がガラッと変わるので、予想できないとする人がいた
今回はル・ペンの父親の時のようなことが起こるとは考えられないだろう
どのようなことになるのか、興味深いものがある





"Age of Anger"、あるいはパンカジ・ミシュラさんから見た現代社会



昨日、用事があり駅へ
キオスクで久しぶりにル・ポワンを手に取る
その中に、アングロサクソンの世界で話題になっている本が紹介されていた
フランス語で L'ère de la colère (怒りの時代)

原題はAge of Anger: A History of the Present (Farrar, Straus and Giroux, 2017)
著者はインド出身のパンカジ・ミシュラ(Pankaj Mishra)さん
まだ、日本語訳は出ていないようである
その主張を簡単にまとめると以下のようになる

昨年特に顕著になったが、それ以前から進行している現象がある
例えば、トランプ現象、ブレクジット、ポピュリズム政治、プーチン、イスラム過激派、、、
これらは文明の衝突では説明ができない
むしろ、「市民レベルの世界的な戦争」と捉えるべきだろう
「リベラルでコスモポリタンなエリート」対「進歩の果実にありつけない不満を持つ大衆」の戦争だ
これは一時的なものとは程遠く、大衆の怒りは根が深く、ますます増大するだろう

ヨーロッパの啓蒙時代に始まった流れに問題を見ることができる
当時、自由な個人が理性を用いて進歩に向けて励んだが、それは今まで有効な考えであった
それが人々に幸福を齎したからだろう
しかし、このやり方は人々が同じことをやるため、世界が均質化して来る
必然的に競争が入り、その過程で「ルサンチマン」(恨み)の感情が生まれてくる

この根にヴォルテールとルソーの対立を見ることができるだろう
一方に、理性とアングロサクソンの自由主義を謳い上げ、大衆から隔絶された「エリート」がいる
他方に、パリの社交界を拒絶し、近代社会にネガティブな感情を抱いた人間がいる
ヴォルテールの謳った自由は彼のようなある枠の中にいるインテリのためのものであった
彼はユダヤ人や黒人などを軽蔑していた
これに対して、ルソーは近代人が模倣と競争に疲れることを見通していた
それからの解放を求めたが、富や社会的地位の追求はルサンチマンを生み出すことを見ていた
その結果、テロリズムやデマゴギーが現れるが、それは18世紀の終わりから始まっている
イスラム過激派は宗教の産物ではなく、近現代の産物なのである

啓蒙時代に始まる進歩には著しいものがあるが、そこには欺瞞が含まれている
確かに寿命は延び、死亡率は減っているという数字はある
しかし、すべての人がその恩恵に与かっているだろうか
それが幸福な生活に結びついているだろうか
失業や故郷喪失、そして環境破壊などから来る生活の質の低下はないだろうか
解決策はわれわれのような作家やインテリが新らたにこの問題を考え直すことだろう
いかなるイデオロギーからも自由になって


わたしの言葉で言えば、枠組みのない更地から考え直すことが重要だということになる
この姿勢は、どのような問題を考える時にもカギになるものだろう