2017年4月10日月曜日

アレが始まったのか?




素晴らしい快晴の春の日曜である
朝の散策はなぜか浮き浮きする
ただ、このところ鼻水とくしゃみが止まらない
風邪ではなさそうなので、ひょっとすると恐れていたアレが始まったのではないかと疑っている
フランス10年目にして・・なのか
もう少し様子を見ることにしたい

春眠の季節か
本日、鼻水をこらえながら、だらしなくプロジェに当たる



大統領選関連

前回の世論調査から予想されたことではあるが、新しい変化が現れたようだ
メランションが伸びてフィヨンと入れ替わった

マクロン 24%
ル・ペン 24%
メランション 18%
フィヨン 17%
アモン 9%



2017年4月8日土曜日

初めてのスタジアム



いつもはアパルトマンから縦長のグラウンドを縦軸から見ていた
実は、小さなところでサイズは半分くらいではないかと想像していた
しかし、今日初めてその中に入り、広々としたスペースが広がっているのに驚く
本物のスタジアムで、最初に入って感じたのは開放感であった
今度は観客席に座って試合を見るのも悪くないな、という気にもなった
さらに、踏みしめる砂利の音を聞いているうちに、ここを走っている生徒さんのことを思い出す
いずれ、この周りを走ってみたいという気持ちも湧いてきた
夕方になるといつも趣のある陰影を出してくれる二本の木もここにあったのかという感じである
まさに、見る地点によって「もの・こと」は全く違って見えるということを実感

今日の発見であった


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アパルトマンに戻り何度も見直すが、どうしてもあれだけの広さがあるようには見えない
そして、ニ本の木もあんなに遠くにあるとは信じられない
実際に見たにもかかわらずである
われわれの感覚のいい加減さ、危うさがよく分かる






2017年4月7日金曜日

自然の音楽を聴く



今日は素晴らしい快晴の朝で始まった
激しい言い争いの声がBGMではあったが、、
ただ、気力の充実が見られない
この自然の中に身を預けたままでいたいようである
こういう日は何もしないに限るということで、のんびり過ごす

何という名前かはわからないが、白い花びらが突風にあおられ、激しく舞い上がった
形容しがたいその踊りに目を奪われる
一つの音楽を聴くような感じで観ていたのではないだろうか

向かいのグラウンドの緑は周りの緑とは違い、密度が濃く、深い
太陽に輝いている
その上を一人黙々と走る黒いユニフォームの選手
空には微かに弧を描く飛行機雲が次々現れてくれる
これらすべてが音楽のように思えてきた



大統領選関連

候補者全員が揃った最近の討論会を以下に張り付けておいた









春の息吹を感じながら歩く



本日は現代と中世を往復
途中、春の息吹をたっぷり味わいながらかなり歩く
不思議と体を動かしたくなる春である
こんなことはこれまでなかったのではないだろうか
ただ、今日のプロジェの進み具合はいま一つ




大統領選関連

しばらくご無沙汰していた選挙情報に当たってみた
大勢に変化はなさそうだが、左翼のメランションが上昇してフィヨンに迫っている
最近の討論会でも一番印象がよかったようである
アモンは脱落している
ハリスの調査結果は以下のようになっている

マクロン 25%
ル・ペン 24%
フィヨン 18%
メランション 17%
アモン 9%






アパルトマンに戻ると、いつものネコさんが窓まで寄ってきて挨拶
毎日のお客さんになっている





2017年4月6日木曜日

クロード・アジェージュさん、宗教を語る




昨日取り上げたル・ポワンに、懐かしのクロード・アジェージュさんのインタビューが出ていた
1936年1月1日、チュニジアのお生まれなので、御年81
フランスに来る前にはこの数字はかなり大きなものに見えたが、最近ではごく身近に感じられる
コレージュ・ド・フランスの名誉教授で、ポリグロットの言語学者
5年ほど前に、ご専門である言語に関する本を取り上げたことがあった

モンディアリザシオンによる思考様式の単一化、あるいは第二外国語の重要性 (2012-2-2)

最近、専門外と見做される宗教に関する本を出したようである

Claude Hagège, Les Religions, la Parole et la Violence (Odile Jacob, 29 mars 2017)

人はなぜ宗教を必要とするのだろうか?

イジュティハード (ijitihad)という言葉がある
その意味は「知的努力」であり、「理性的な探究」でさえある
これはイスラム原理主義のスローガンになっているように見えるジハード(djihad)と同根である
どこでねじれが生じたのだろうか?

インタビューでアジェージュ氏が語っている要旨は、以下の通り

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宗教は元々話し言葉であった
わたしは言語学者として二つの問いに答えたかった
一つは、人はなぜ世界を説明する話を作り上げようとするのか?
自然現象を観察し、解析することで満足できるのに、である
二つ目は、超越的なものに対する抗しがたい欲求をどう説明するのか?

宗教と言葉と暴力の間には関係はない
暴力は言葉の近くにはあるが、本質的に同じものではない
そうではあるが、暴力は言葉によって伝えられる
宗教は存在論的に暴力的なものではない
ただ、宗教は戦争そのものの要因ではないが、戦争を拡大させることはある
また、伝道(勧誘)は宗教間の競争をもたらすので、問題になることがある

宗教は理性的になることができるか?
それは難しいだろう
なぜなら、老病死という不可避なものを避けようとするのは本能の産物だからである

オーギュスト・コントの実証主義を高く評価している
それは理性的な宗教と言えるだろう
ただ、そこに信仰はない
彼は実証主義に基づく宗教を確立して人間の状況を改善しようとした
それが理性的過ぎたために発展できなかった
想像性とか感受性について十分には語らなかった
それがないところでは、カトリックの力には太刀打ちできなかった

現代の科学は過剰を求めている
老化を避けて寿命を延ばそうとする
わたしは、仏教のように、人間の状況の不確実さ、人間の苦悩と闘うプロジェが気に入っている
紀元前4・5世紀に科学の知があれば、ブッダはそれを使っただろう
それは人々の生活を楽にすることもあるからである
しかし、その知がなかったので、特に瞑想を介した内的な努めに拘った

われわれの恐れを避ける唯一の解決法は、宇宙の法則の粘り強い探究である
それは理性と人間精神の尊重を介して行う
宗教を生み出した精神は、熟達した科学、創造性、発明の才のおかげでより良い人間を生み出す
精神の尊重こそ、この本で伝えたかったことである

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彼の主張にはわたしのものとも重なるところがあることが分かった
読んでみてもよいのではないか、という気持ちも出てきた

以下にモンディアリザシオンと言語に関するお話を貼り付けておいた









2017年4月5日水曜日

トゥールの町について



今週のル・ポワンの表紙には、この町の文字が見えた
中心街のナショナル通りを背景に、今回初めて知ったセルジュ・ババリー市長が写っている
トゥールの20ページの特集である
住んではいるけれども、どのようなことが進んでいるのかは分からなかった
この記事で「いま・ここ」だけではなく、未来に繋がる計画を知ることになった
以下に少しだけ紹介したい

冒頭に大学病院を巻き込んだ病院の再編成が行われようとしているとの記事がある
経費削減、人員削減があり、反対が起こっているようだ

トラムは現在のところ南北に走る路線一本だけだが、もう一本作る計画があるという
町を横断するように二つの病院を結ぶ路線で、完成は6-7年後の予定
これができると便利になるが、その時はどうなっているのか想像もできない

ユネスコの世界遺産に登録されているロワール川
過去に氾濫しているので、地元では危険な川という印象があるらしい
その辺りの対策と景観を新たに作り直す計画のコンクール(コンペ)を今月発表
年内にはその結果が明らかになる
ロワールに関連して、自転車に乗った観光(La Loire à Vélo)をさらに推進したいようである
また、新しい美術館(CCC OD)や研究者の歓迎会があったヴィラ・ラブレーも取り上げられていた

今回の発見はトゥールからポルトコルシカマラケシュ、ロンドンなどへの直行便があるということ
今年の10月からはポルトガル領のマディラ諸島便が始まる予定だ
飛行場はトゥール・ヴァル・ド・ロワール空港という
問題もあるようだが、面白い選択肢が見えてきた

市長のインタビューも出ていた
ご自身を中継ぎの市長と考えているようなので、2014年からの一期で辞めるということなのだろう
観光の振興を目的として、日本、中国、アメリカとの関係を再構築しているとの言葉もあった





2017年4月3日月曜日

新しいリブレリー、再び

     Librairie "Le Livre"


今日は素晴らしい夜明けであった
一点の曇りもない快晴
地平に近い方が微かに朝焼けに染まり、上には薄青の空が広がっていた

午前中に一仕事してから久し振りの旧市街へ
今日はマスターとアルバイトの学生さんが休憩を取っている
春で気分が浮き浮きしていたせいか、「軽い感じで」話しかける
日本でこの軽い感じになることはまずない

途中、「もう春ですね」などと言ったのだが、「プランタン」にある二つの鼻音のためか通じない
こちらに来てから恥ずかしくて鼻音というものを出したことがないので、当然と言えば当然だろう
四・五回繰り返すと、それだ!というのが一回あった
道はかなり遠そうである


カフェでの時間の後、先日発見したリブレリーに寄る

新しいリブレリー発見 (2017-2-22)

名前は何の衒いもない、そのものずばりの「本」
人も少なく、室内もフランス風で悪くない
会計の時、ご主人と思われる方と哲学についての話になった
テーマを振り返れば、真理は科学だけのものか?というようなところだろうか
こういう話がごく普通のセッティングでできるのは、日常からの離脱になる
生活のアクセントにもなるだろう
ひょっとすると、彼らにとっては日常の中にあることかもしれない
そういう空間がいろいろなところに散らばっていそうである









今年一番の賑わい



本日もこのところ日課になっているプロジェに静かに当たる
午後から向かいのグラウンドから今年一番の歓声が聞えた
小さなスタンドだが、ほぼ満席
動植物はすでに活動を開始している
人間も活動する季節に入ってきたようだ
こちらはその声が消えるまでゆっくりすることにした
いつも冬眠状態であることを願っているかのようだ






2017年4月1日土曜日

サイファイ研ISHEの活動と日本の趨勢



もう4月に入った
一日は長く、いろいろなものが詰まっているが、こうしてみると時の流れは速いようである

今日は朝の内は曇っていたが、午後になり、にょきひょきと天に登る夏雲が現れた
その下を西から東に向かってゆっくりと流れる雲が行く
殆ど天国という眺めであった
それを眺めているうち、ぼんやりと考えていたエッセイが次第に塊を作ってきた

サイファイ研ISHEの今年前期の活動予定をサイエンスポータルに掲載していただいた
また、新たに始めることにした二つの活動は哲学カフェ・哲学対話ガイドにも紹介していただいた

科学に関するイベントが花盛りの状態であることに驚く
ただ、それは科学の成果に関するものがほとんどで、「科学とは」という視点は少ない印象がある
一方の哲学カフェもフランスなどを上回るのではないかと思わせるくらい盛りだくさんである
ひょとすると世界で最も哲学カフェが盛んな国の一つに入るのではないか
そんな考えも浮かんでくる
我々の活動もいろいろな方の目に触れ、参加にまで至る方が増えることを願いたいものである


このところ雨がないためか、サン・ジュリアン教会が白く輝いているのに目を見張る
そう思っていたところ、突然の通り雨
天はこんなつぶやきも聞いているのだろうか





無理のない一日



今日は午前中曇りで午後から青空が見えた
向かいのグラウンドは確かに手入れがされているようだ
いつも青々とした芝には心を和ませる力がある

午前中はぼんやり空を眺めながらエッセイのことなどを考えたりしていた
午後さらにぼんやりしてから夜はプロジェに当たった
甚だ心許ないが、これくらいが無理のない日課になるのだろうか

バルザシアンを目指したこともあったが、できないことは止めておいた方が良さそうである
バルザックなどは相当の負荷が体にかかったのではないだろうか











2017年3月30日木曜日

中世と現代の往来



今朝も晴れてくれたので、空を眺める
昨日噂をしたせいか、結構なサービスをしてくれた
満喫する

午後から旧市街ではなく、南の方にある現代のモールに出掛ける
初めてのカフェの音楽はテクノだが、かえって集中できるようだ
つい最近まで冷たい風が入り込むような状態だったが、今や完全には開放されて気持ちがよい

中世と現代を行き来するのも悪くなさそうだ

今日はそのカフェからのアップとなった





静かな春の一日、そしていくつかの気付き



本日もほぼ快晴であった
時々空を眺めながら、静かにプロジェに向き合う
「静かに向き合う」などと感じることは、これまでなかったのではないだろうか

昨日からバルコンにこの猫が遊びに来るようになった
6階だったパリのアパルトマンではあり得なかったことである
春の訪れとともに、動物たちが動き始めているようだ
勿論、植物の活動も日々激しさを増している
気持ちよさそうに寝ているのに気付き、カメラを向ける
すると、気配に気付いたのか、起き上がってしっかりと挨拶してくれた


空を気持ち良さそうに一直線に切っていく雲を見ると快感を覚えることはこれまでにも触れている
時に曲線を描くのも素晴らしいのだが、、
パリに最初に来た時に、パリの空の特徴として記憶に留めたものである
それは日本の切り刻まれることがない無垢な空の下では感じることができないものだ
フランスに渡ってから毎日のように観てきたこの景色
今日、「それはわたしの精神に影響を与えていたのではないか」という形の思いが過った
初めてのことである
それが何なのか、今は分らないのだが、、


最近、待つことができるようになってきたことに気付いた
これまでは、すぐに仕上げたいが仕上げられないのでどれにも手が付けられなかった
なので、いつも何かを抱えているという感覚とともに在った
それがすぐにできないことを諦めることができるようになったのだろう
そのため、それが終わるまでの時を待つことができるようになってきた
その上、日々の僅かな蓄積を愛おしむような感覚さえ生まれている
一体どうしたことだろうか
ただ、いつも何かを抱えているという感覚は今もある
しかし、それは生きることと同義なのかも知れない


今日は久し振りに良い一日を摘み取ることができた
昼間から激しい言い争いの声は聞こえてきたのだが、、、






2017年3月29日水曜日

昔の謎が解ける瞬間




雲は出ているが、青空も見える一日
本日もプロジェと味気ない

そんな中、いろいろなものを読んでいる時に小さな悦びが訪れる
子供のころから今に至るまでに聞いてはいたがよくわからないまま放置されていたことがある
それはその瞬間まで沈んだままである

それが現在に刺激されて浮かび上がり、分かったと感じることがある
ほんの一瞬だが、すっきりする
奥の奥で感じる深い悦びと言いてもよいだろう
若い時には味わえないものなので、なかなか捨てがたい





2017年3月28日火曜日

哲学の原動力はエロス



快晴で暖かい一日
静かにプロジェに当たる
小休止できるものあり、新たに始めるものあり
少しずつ前に進んでいるような感触がある

この何かを求める感じ、求めようとする意志のようなものは哲学の根本と結び付いているのだろう
つまり、欠けていることを認識し、それを埋めようとする意志のようなもの
それをエロスという人もいる

なぜ哲学するのか、リオタールさんの場合(2013-1-13)

これはソクラテスの中にあった性質そのものでもあった
いや、彼が最初の体現者かも知れない
そう指摘する哲学者は少なくない
そして、この性質は哲学者を超えて多くの人にとって有益なものになるはずである





2017年3月27日月曜日

新たな悟りの境地?

   Jean-François Rauzier (1952- )



本日から夏時間
これから夜長が楽しくなる季節に入る

今朝はまたも曇り
しかし、午後から青空が広がってくれた

今日もプロジェに向き合う
一段落したものもあった

今年に入り、これまでには考えられない精神状態に入っている
何度も触れているとは思うが、こちらに来た当初はどうしても入ることができなかった状態である

どっしりと落ち着いて、「プロジェ」に当たるという状態に入っているように見えるのだ
今では、あのように宙に浮いて飛び回るという状態にいたことがどうしても信じられない

日本からフランス、科学から哲学という大きな転換期だったからこそ、初めて可能だったのだろう
その意味では貴重な時間であった

今、新しいステージに入ったように見える
そう諦めた、と言った方が正確だろうか




2017年3月25日土曜日

久々の快晴



昨夜はアパルトマンのどこからか激しく言い争う声が聞えた
今日は久し振りに気持ちよく晴れ上がってくれた
向かいのグラウンドには、春の華やぎと喜びが入り混じった声が溢れている
今日は外気を浴びながら、アパルトマンで気分の向くままプロジェに当たることにしたい



夜、アメリカの気分になり、アメリカの現世を味わう
ものをはっきり言う国である
言い切る国である
日本から見たら、完全な異空間になるだろう





リベラルの番組である
今の日本では不敬などと言われそうな内容が満載だ
後半に、専制政治についての本を出したイェール大学の先生が出てくる
日本でも議論されているナチスの例が取り上げられていた

正統な選挙で選ばれた後、独自の政策を進める
緊急事態ではその指示に従うのではなく、自分の権利を第一に考えること
そして、制度を捻じ曲げようとする流れに抗して制度を護るように努めること
制度がわれわれを護ってくれると考えないこと
真実を第一に考えること
それ以外が罷り通るようになると信頼は生まれず、危ない
論理的におかしなことが平気で罷り通る時も注意が必要だろう

これらは世界的に憂慮されている問題のようだ


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lundi 27 mars 2017

全編ビデオが削除されていたので、一部だけのものと差し替えた
上の記事にある部分は残念ながら観られない




わけのわからない世界にいる



いやはや本日も曇りで、やや寒い
朝から街に出る
二時間ほどプロジェをやってから、久し振りにフランス語のクールへ

今日のエクスポゼは、韓国からの人が安楽死を取り上げていた
議論を聴いていると、ヨーロッパの人の強い個のためか、はっきりとした主張が目立つ
若いということもあるのかもしれない
訥々と静かに話すモンテネグロの女性も静かだが主張を言い終えるまでしつこく話す
他の人がもういいのでは、、というような表情でいてもである

わたしなどは比較的あっさりしているが、日本人としては平均的ではないだろうか
韓国の人もそういう傾向があるが、中国の人ははっきり言うところがある
いずれにしてもいろいろな国の若者の話を聴くのは面白い
それと、当然のことながら彼らはほとんどが20代前半
箸が転がってもおかしい年頃というのは世界共通なのだろうか
とにかく賑やかだ

このクールがどれほど役立っているのか分からない
外界に対する感受性を上げているところはあるようだ
今日、クールで扱われるフランス語を聴くことにあまり熱意を感じていないことが見えてきた
こちらの9年に及ぶ習いが性になってしまったのだろうか
自分の領域についてのお話であれば、もう少し積極的になれるのだろうが、、
ただ、周りがぼんやりとした世界にいるというのも捨てがたいものはある






2017年3月24日金曜日

パリで想定外の対応



今日も曇りで気分が晴れない
今朝は用事を済ますためにパリに向かった
もうパリに来たからどうということはなくなっており、いつものように「こと」を済ますという感じである
用事も無事に終わる
想定外の対応をしていただき、感謝に堪えない
今は駅のカフェ
夕方のアンターシテでトゥールに戻る予定である





2017年3月22日水曜日

微かな接触




このところ相変わらずの曇りと雨の日が続いている
ただ、冬の間裸だった木々の枝には緑の葉が徐々に付き始めている
まさに生命の息吹である
昨日の夕方には雨上がりの青空が見えていたが、今日は再び雨


いつもの旧市街のカフェでのこと

フランス語のクールに出ている翻訳家志望のメキシコからの学生さんがいて、言葉を交わす
フランスでの生活は基本的に知っている人には会わないというものだが、ここでは違うのか
町が小さいことと僅かばかりの社会生活をしているからだろうか

暫くすると、「仕事」に打ち込んでいるわたしの方を見ている学生風の女性の視線を感じる
知っているとすれば、上のクールに出ている学生さんしかいないはずだと思い、顔をじっくり見る
しかし、見覚えはない
そうしていると、向こうから話しかけてきた
どうもアルバイトの募集に応じて来て、この店の責任者を探していたようである
この自分が外からどのように見えるのかは全く分からないということを改めて感じる
先日のバイトの学生さんは選択肢に大学の先生や作家を挙げていた
パリであれば、あなたと同じですよ、と答えたのだが、、

昨日今日と比較的良い時間を過ごすことができた
ただ、ここで欲を出して次を目指すと駄目であることが判明
帰りのバスを待っている時、丁度夕方のラッシュアワー
渋滞でやることがなかったのか、中年のドライバーがこちらに笑顔を振りまいて手を振っていた
こういう瞬間は日本ではなかなか味わえないような気がした

やはり、いま外国にいるようである






2017年3月21日火曜日

プロジェをどう考えるか




今日も終日曇っていた

今年はプロジェを進める年になると感じていた
しかし、プロジェに義務や期限を感じるようになると、気持ちよく進めることが難しくなる
自然に身を前に投げ出すという感覚から「仕事」に変化するからだ

この状態をどのように見ればよいのだろうか
一つの見方は、それを何と呼ぼうが、期限なきものと最初から考えてはどうか
そうすると、頭の中の空間が急に広がってくるような感覚が襲ってきた
それでよいのではないか

別の言い方をすれば、自分がやりたいと思っていることすべてがライフワークということになる
すべてのプロジェがライフワーク
いやはや大変なことになってきた
本当にこれが最良の解決策なのだろうか