2017年4月20日木曜日
スピードが落ちている?
朝から外に出て、甚だゆっくりとはしているが淡々と「こと」を済ます
どうも早い処理が苦手になっているようである
その分、深くできるようになっていればよいのだが、、
その間、新しいテーマが現れ、横道に逸れる
しかし、これはこれから考えるべき問題にしてもよいのではないかというところに落ち着く
考えてみれば、この段階で「横道」などあるのだろうか
今日は珍しく、夜もそれなりに進めることができた
大統領選関連
23日に迫った第1回目の投票
最新の調査では以下のようになっている
マクロン 24%
ル・ペン 23%
フィヨン 18.5%
メランション 18%
アモン 8%
決選投票では、6・4でマクロンという予想である
これでは余り変わり映えのしない結果のように見えるのだが、どうなのだろうか
ボルドー市長で自らも中道右派の候補であったアラン・ジュペのコメントをニュースを見る
それによると、改めてフィヨンへの支持を表明
マクロンはまだ大統領の準備ができていない
悪夢の決選投票はル・ペン対メランションで、これはペストとコレラの闘いになる
として両候補を侮辱したとある
2017年4月18日火曜日
アンナー・ビルスマのバッハを味わう
昨日のYoutubeに続いて現れたアンナー・ビルスマ(1934- )のバッハを味わう
外から見るとどうということもなさそうな教会での演奏だ
ドルンハイムの聖バルトロメオ教会(St. Bartholomäi Kirche)という
調べてみると、バッハが1707年に最初の妻マリア・バルバラと結婚した場所であることが分かる
別名、Traukirche Johann Sebastian Bach
奏者を見ていると、コマーシャリズムとは無縁で、浮ついたところは微塵も感じさせない
視線が外に向かうのではなく、内に向かう演奏である
修行僧、求道者の姿が浮かび上がる
昨日の青木十良さんを引き摺っているようだ
青木十良というチェリスト、やはり五十、六十は洟垂れ小僧か?
本日はLundi de Pâques(イースターマンデー)でお休み
空も曇りで、やや肌寒い
一日籠って新しいプロジェを始める
いくつかのプロジェを抱えている中で、中心的なものに当たろうというところか
この状態は仕事をしていた時と余り変わらないようにも見える
つまり、完全にフリーの中でやっているというよりは、意識の中ではこういうことである
他のプロジェが恰も仕事のようにそこにある中、大きなプロジェに当たるという感覚になる
そのためか、仕事をしている時よりは頭が稼働しているような印象がある
本日、青木十良(1915-2014)という3年前に99歳で亡くなったチェリストを知る
「音楽、すべての芸術は、エレガンス(自尊)である」という言葉を残している
これが、氏が一生をかけて辿り着いた哲学になるのだろう
それでも自分が考えている音楽のスペースの3%くらいしか実現できていないと言っている
バッハの1曲について、3年くらいかけてすべての音符の意味を考えるという
力を与えてくれる言葉である
若い頃、四十、五十は洟垂れ小僧ということを聞き、何を言っているのか、失礼なと思ったものだ
今であれば、五十、六十くらいにズレるのかもしれない
しかし、その域に入れば、この言葉は全くの実感である
四十、五十の政治家などを見ていてもいかにも頼りなく見える
わたしの理論に合わせれば、意識の第三層の広がりを感じることができないからだろう
それは政治家に限らず、芸術家についても当て嵌るようなお話も出てくる
2017年4月16日日曜日
国外にも開かれたサイファイ研
先日、エルサレムの大学の化学者から次のような問い合わせが届いた
あなたは研究所を始めたようですが、どんなことをしているのですか?
ミッションを伝えると、すぐに返信が来た
子供の頃フランスにいたというその女性研究者
彼女は科学と社会との間を取り持ちたいと考えて活動をしているとのこと
日本で会を開くことがあれば、まだ行ったことがないので知らせてほしいと添えられていた
これを読んだ時、一つの考えが巡っていた
サイファイ研の活動はあくまでも国内向け、オープンではあるがこじんまりした会を目指してきた
しかし、こういう声を聞くと、さらに開かれた視野を持っている必要があるのではないか
時に、国外にも開かれた会を開くというオプションもあるのではないか
そう考えるだけで、まさに世界が広がる感じがした
勿論、このような会の開催には財政的基盤が必要になるので実現は難しいだろう
しかし、実現性とは関係なく、そう考えることが大切になるような気がしてきた
このテーマに関連して思い出したことがある
それは逆方向に開かれたとでも言えばよいのだろうか
今年の初め、プロジェのディスカッションをしている時のこと
雑談でサイファイ研の活動を話題にした
今回始めることにしたフランス語を読み語り合うベルクソン・カフェのことを話した時、彼は反応した
ここでやるのですか?と訊いてきたのである
このような瞬間がこれまで何度かあり、それがその後を決めることになった
自分ではあり得ないと思っていることを何の不思議もなくあり得ることだと考えている人がいる
そう気付くことにより、自分の中に無意識のうちに作っていた壁が意識され、壊れるのである
不思議なことに、あるいは当然のことなのか、すべてが外国で起こっている
その一例が、フランスで学生になるということであった
それは、2006年に訪ねたパリでのある教授との会話の中で起こった
わたしの中には学生になるというオプションは全くなかった
あり得ないと思っていたからである
しかし、自分のやりたいことを話した時、その教授がこう訊いてきたのである
あなたは学生になりたいのですか?
何を言ったのか今は思い出せないのだが、その時の感覚が今回蘇ってきた
Tours est aussi une fête
今日はどんよりと曇った一日だった
午後旧市街に出掛け、数時間読んでから帰ってきた
このところ団体で歩いている人たちが目に付くようになってきた
賑わっていて、観光シーズンが始まっているということだろう
ヘミングウェイの小説に A Moveable Feast がある
邦訳は『移動祝祭日』だが、仏訳では Paris est une fête となる
好きな言葉である
それに肖れば、Tours est aussi une fête. となるだろう
そこに住んでいるのだが観光客のような気分
この感覚には捨て難いものがある
まさに人生は旅ということを感じさせる
それが何かを後押ししているとすれば素晴らしいのだが、、
帰りの軽く曲がった石畳の道
この環境もどこかに影響を与えているのではないか?
そんな思いが湧いていた
2017年4月14日金曜日
EUをどう捉えるのか?
昨年の今頃、様子を見にこの町を訪問している
期待感溢れる滞在であったことが分かる
目が行くところが限られているためか、同じような場所の写真を撮っている
当時も好印象を持ったが、さらに良くなっているようである
昨日のメランションだが、EUには敵対的で離脱を訴えていた
左右の両極端が同じ主張である
左はより外に開かれているような印象を持っていたが、必ずしもそうではなさそうだ
EUの重点が文化的な繋がりを重視するというよりは経済的な繋がりに置かれているからだろう
銀行や投資筋の考えが前面に出ているため、国内の政策に制限が加わることが多いという
それから、ドイツの力が強すぎることも問題と見ている
そのため、自分たちが推し進めたい政策ができないのがこの判断の理由のようである
道筋は以下の通りだ
まずPlan Aを試みる
これは、EU内で交渉して、自分たちの主張が通る新しい規則を導入すること
それがだめならPlan Bで、EU離脱である
つまり、EUを変容させるか、EUを去るかの選択になる
それを望まない陣営からは危険な道に見えるのだろう
2017年4月13日木曜日
ジャン・リュック・メランションの演説を聴く
昨日の夜、リールであったメランションのミーティングを観た
彼は二時間近くを話し続けていた
大部分は国内政治、生活に関するものだったが、国際政治についても触れていた
大変なエネルギーである
聞く方も大変である
最近の勢いに恐れを抱いている側からの批判や非難に反論し、対立候補の政策を批判している
エコロジーと社会的視点から政策を立てていきたいという
エネルギー、医療、教育、農業、、、
かけがえのない人間をそのように扱う社会を作るような政策
かなり具体的で生活で出会う細かい例を出している
ご自身が低いところからものを観ているところがある
これは絶対駄目だという判断をはっきり示し、その主張を説得しようという熱意がある
市民革命を目指しているとのこと
哲学的見方が必要というようなところで、具体的なものは抽象的である、というような言葉があった
具体的なものを理解するためには、一度抽象する必要があるということか
まさに哲学の必要性である
今回のφのマークは、智慧、哲学、平和(オリーブ)を意味しているようである
以前にも触れたが、わたしはそこにポパイのイメージも見た
最後にポール・エリュアールの詩"Le Château des pauvres"「貧者たちの城」を読み上げ終わった
La dose d'injustice et la dose de honte
Sont vraiment trop amères
Il ne faut pas de tout pour faire un monde il faut
Du bonheur et rien d'autre
Pour être heureux il faut simplement y voir clair
Et lutter sans défaut
Nos ennemis sont fous débiles maladroits
Il faut en profiter
N'attendons pas un seul instant levons la tête
Prenons d'assaut la terre
Nous le savons elle est à nous submergeons-la
Nous sommes invincibles
2017年4月12日水曜日
天の絵画を眺め、自らの絵を描く
朝はカフェで準備運動
お昼に帰ろうとしたが、余りの天気のよさで、もう少し雰囲気を味わうためレストランへ
外の席で上を見上げると、一つの画面が出来上がっている
そこに次から次に直線や曲線が描かれる
それを見ながらのデジュネで、それ以後の予定が完全に崩れる
そのまま日が暮れるまでそこに座ったままでもよいような気分になる
天に倣い、ぼんやりと頭の中で自らの絵を描いていた
昼間からゆったりと食事をしているように見えるこちらの人たち
そこに豊かさがあるように見えるのだが、錯覚だろうか
大統領選関連
昨日の番組に、あり得ないことが起こるかもしれない、という感じの番組があった
決選投票がル・ペンとメランションになるという可能性である
そして、番組での図では、メランションが6・4でル・ペンを破ることになっていた
それとは別に、メランションのインタビューがあった
マクロンが皮を被り、体を伴わない言葉だけに見えるのとは違う印象がある
人間、このくらいの年にならなければ熟してこないということなのか?
ただ、メランションの政策は危険だとする声も聞こえた
今のモメンタムをこれからも維持できるのか、見物である
2017年4月11日火曜日
ピエール・アドー、あるいは「哲学への改宗」
雑誌「医学のあゆみ」に連載中のエッセイを紹介いたします
第43回 ピエール・アドー、あるいは「哲学への改宗」
医学のあゆみ (2016.4.9) 257 (2): 193-197, 2016
お暇の折にでもお読みいただければ幸いです
よろしくお願いいたします
吹き出る緑
今朝、事務的な用事があり街に出る
緑が至るところに吹き出し、しかも瑞々しい色をしている
植物の持つ生命力に改めて目を見張る
写真の木などもこんな葉を出すことを初めて知った
歩いた道も初めてだったので、異空間での時間が非常に長く感じられた
この町に来てから事務手続きに手間取ったことがないが、今日も例外ではなかった
午後の用事も順調に進んだ
これも町の印象をよくしている原因である
昼間は論文を読みながら、新しい論点を探していた
夜はいつものプロジェに当たる
大統領選関連
第1回投票まで2週間を切った
今日は気分が良かったので町でル・モンドを買い、少し眺める
久し振りのことだ
そこからの抜粋を少しだけ
フィヨンは世論調査は認めた上で、それでも最後は自分が決選投票に行くと強気だ
金曜にサルコジとアラン・ジュペの支持を得た
中道、保守の票を固めることができるのではないかと期待している
また、テロやアメリカのシリヤ攻撃という状況の中、経験ある政治家が求められるとの見方もある
ただ、正直と誠実が大統領に最も重要な要素であるとされており、かなり厳しいとも言われている
メランションは昨日のマルセイユの大会にオリーブの枝を胸ポケットに入れて登場
平和の候補をイメージしたようだ
日々力強さを増している
アモンが決選投票に行けなければ、ル・ペンに対する候補として選ぶのはメランションだと公言
それが第1回投票に影響するのかどうか
予想が難しい選挙のようである
2017年4月10日月曜日
アレが始まったのか?
2017年4月8日土曜日
初めてのスタジアム
いつもはアパルトマンから縦長のグラウンドを縦軸から見ていた
実は、小さなところでサイズは半分くらいではないかと想像していた
しかし、今日初めてその中に入り、広々としたスペースが広がっているのに驚く
本物のスタジアムで、最初に入って感じたのは開放感であった
今度は観客席に座って試合を見るのも悪くないな、という気にもなった
さらに、踏みしめる砂利の音を聞いているうちに、ここを走っている生徒さんのことを思い出す
いずれ、この周りを走ってみたいという気持ちも湧いてきた
夕方になるといつも趣のある陰影を出してくれる二本の木もここにあったのかという感じである
まさに、見る地点によって「もの・こと」は全く違って見えるということを実感
今日の発見であった
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アパルトマンに戻り何度も見直すが、どうしてもあれだけの広さがあるようには見えない
そして、ニ本の木もあんなに遠くにあるとは信じられない
実際に見たにもかかわらずである
われわれの感覚のいい加減さ、危うさがよく分かる
2017年4月7日金曜日
自然の音楽を聴く
今日は素晴らしい快晴の朝で始まった
激しい言い争いの声がBGMではあったが、、
ただ、気力の充実が見られない
この自然の中に身を預けたままでいたいようである
こういう日は何もしないに限るということで、のんびり過ごす
何という名前かはわからないが、白い花びらが突風にあおられ、激しく舞い上がった
形容しがたいその踊りに目を奪われる
一つの音楽を聴くような感じで観ていたのではないだろうか
向かいのグラウンドの緑は周りの緑とは違い、密度が濃く、深い
太陽に輝いている
その上を一人黙々と走る黒いユニフォームの選手
空には微かに弧を描く飛行機雲が次々現れてくれる
これらすべてが音楽のように思えてきた
大統領選関連
候補者全員が揃った最近の討論会を以下に張り付けておいた
春の息吹を感じながら歩く
本日は現代と中世を往復
途中、春の息吹をたっぷり味わいながらかなり歩く
不思議と体を動かしたくなる春である
こんなことはこれまでなかったのではないだろうか
ただ、今日のプロジェの進み具合はいま一つ
大統領選関連
しばらくご無沙汰していた選挙情報に当たってみた
大勢に変化はなさそうだが、左翼のメランションが上昇してフィヨンに迫っている
最近の討論会でも一番印象がよかったようである
アモンは脱落している
ハリスの調査結果は以下のようになっている
マクロン 25%
ル・ペン 24%
フィヨン 18%
メランション 17%
アモン 9%
アパルトマンに戻ると、いつものネコさんが窓まで寄ってきて挨拶
毎日のお客さんになっている
2017年4月6日木曜日
クロード・アジェージュさん、宗教を語る
昨日取り上げたル・ポワンに、懐かしのクロード・アジェージュさんのインタビューが出ていた
1936年1月1日、チュニジアのお生まれなので、御年81
フランスに来る前にはこの数字はかなり大きなものに見えたが、最近ではごく身近に感じられる
コレージュ・ド・フランスの名誉教授で、ポリグロットの言語学者
5年ほど前に、ご専門である言語に関する本を取り上げたことがあった
モンディアリザシオンによる思考様式の単一化、あるいは第二外国語の重要性 (2012-2-2)
最近、専門外と見做される宗教に関する本を出したようである
Claude Hagège, Les Religions, la Parole et la Violence (Odile Jacob, 29 mars 2017)
人はなぜ宗教を必要とするのだろうか?
イジュティハード (ijitihad)という言葉がある
その意味は「知的努力」であり、「理性的な探究」でさえある
これはイスラム原理主義のスローガンになっているように見えるジハード(djihad)と同根である
どこでねじれが生じたのだろうか?
インタビューでアジェージュ氏が語っている要旨は、以下の通り
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宗教は元々話し言葉であった
わたしは言語学者として二つの問いに答えたかった
一つは、人はなぜ世界を説明する話を作り上げようとするのか?
自然現象を観察し、解析することで満足できるのに、である
二つ目は、超越的なものに対する抗しがたい欲求をどう説明するのか?
宗教と言葉と暴力の間には関係はない
暴力は言葉の近くにはあるが、本質的に同じものではない
そうではあるが、暴力は言葉によって伝えられる
宗教は存在論的に暴力的なものではない
ただ、宗教は戦争そのものの要因ではないが、戦争を拡大させることはある
また、伝道(勧誘)は宗教間の競争をもたらすので、問題になることがある
宗教は理性的になることができるか?
それは難しいだろう
なぜなら、老病死という不可避なものを避けようとするのは本能の産物だからである
オーギュスト・コントの実証主義を高く評価している
それは理性的な宗教と言えるだろう
ただ、そこに信仰はない
彼は実証主義に基づく宗教を確立して人間の状況を改善しようとした
それが理性的過ぎたために発展できなかった
想像性とか感受性について十分には語らなかった
それがないところでは、カトリックの力には太刀打ちできなかった
現代の科学は過剰を求めている
老化を避けて寿命を延ばそうとする
わたしは、仏教のように、人間の状況の不確実さ、人間の苦悩と闘うプロジェが気に入っている
紀元前4・5世紀に科学の知があれば、ブッダはそれを使っただろう
それは人々の生活を楽にすることもあるからである
しかし、その知がなかったので、特に瞑想を介した内的な努めに拘った
われわれの恐れを避ける唯一の解決法は、宇宙の法則の粘り強い探究である
それは理性と人間精神の尊重を介して行う
宗教を生み出した精神は、熟達した科学、創造性、発明の才のおかげでより良い人間を生み出す
精神の尊重こそ、この本で伝えたかったことである
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彼の主張にはわたしのものとも重なるところがあることが分かった
読んでみてもよいのではないか、という気持ちも出てきた
以下にモンディアリザシオンと言語に関するお話を貼り付けておいた
2017年4月5日水曜日
トゥールの町について
今週のル・ポワンの表紙には、この町の文字が見えた
中心街のナショナル通りを背景に、今回初めて知ったセルジュ・ババリー市長が写っている
トゥールの20ページの特集である
住んではいるけれども、どのようなことが進んでいるのかは分からなかった
この記事で「いま・ここ」だけではなく、未来に繋がる計画を知ることになった
以下に少しだけ紹介したい
冒頭に大学病院を巻き込んだ病院の再編成が行われようとしているとの記事がある
経費削減、人員削減があり、反対が起こっているようだ
トラムは現在のところ南北に走る路線一本だけだが、もう一本作る計画があるという
町を横断するように二つの病院を結ぶ路線で、完成は6-7年後の予定
これができると便利になるが、その時はどうなっているのか想像もできない
ユネスコの世界遺産に登録されているロワール川
過去に氾濫しているので、地元では危険な川という印象があるらしい
その辺りの対策と景観を新たに作り直す計画のコンクール(コンペ)を今月発表
年内にはその結果が明らかになる
ロワールに関連して、自転車に乗った観光(La Loire à Vélo)をさらに推進したいようである
また、新しい美術館(CCC OD)や研究者の歓迎会があったヴィラ・ラブレーも取り上げられていた
今回の発見はトゥールからポルト、コルシカ、マラケシュ、ロンドンなどへの直行便があるということ
今年の10月からはポルトガル領のマディラ諸島便が始まる予定だ
飛行場はトゥール・ヴァル・ド・ロワール空港という
問題もあるようだが、面白い選択肢が見えてきた
市長のインタビューも出ていた
ご自身を中継ぎの市長と考えているようなので、2014年からの一期で辞めるということなのだろう
観光の振興を目的として、日本、中国、アメリカとの関係を再構築しているとの言葉もあった
2017年4月3日月曜日
新しいリブレリー、再び
今日は素晴らしい夜明けであった
一点の曇りもない快晴
地平に近い方が微かに朝焼けに染まり、上には薄青の空が広がっていた
午前中に一仕事してから久し振りの旧市街へ
今日はマスターとアルバイトの学生さんが休憩を取っている
春で気分が浮き浮きしていたせいか、「軽い感じで」話しかける
日本でこの軽い感じになることはまずない
途中、「もう春ですね」などと言ったのだが、「プランタン」にある二つの鼻音のためか通じない
こちらに来てから恥ずかしくて鼻音というものを出したことがないので、当然と言えば当然だろう
四・五回繰り返すと、それだ!というのが一回あった
道はかなり遠そうである
カフェでの時間の後、先日発見したリブレリーに寄る
新しいリブレリー発見 (2017-2-22)
名前は何の衒いもない、そのものずばりの「本」
人も少なく、室内もフランス風で悪くない
会計の時、ご主人と思われる方と哲学についての話になった
テーマを振り返れば、真理は科学だけのものか?というようなところだろうか
こういう話がごく普通のセッティングでできるのは、日常からの離脱になる
生活のアクセントにもなるだろう
ひょっとすると、彼らにとっては日常の中にあることかもしれない
そういう空間がいろいろなところに散らばっていそうである

今年一番の賑わい
本日もこのところ日課になっているプロジェに静かに当たる
午後から向かいのグラウンドから今年一番の歓声が聞えた
小さなスタンドだが、ほぼ満席
動植物はすでに活動を開始している
人間も活動する季節に入ってきたようだ
こちらはその声が消えるまでゆっくりすることにした
いつも冬眠状態であることを願っているかのようだ
2017年4月1日土曜日
サイファイ研ISHEの活動と日本の趨勢
もう4月に入った
一日は長く、いろいろなものが詰まっているが、こうしてみると時の流れは速いようである
今日は朝の内は曇っていたが、午後になり、にょきひょきと天に登る夏雲が現れた
その下を西から東に向かってゆっくりと流れる雲が行く
殆ど天国という眺めであった
それを眺めているうち、ぼんやりと考えていたエッセイが次第に塊を作ってきた
サイファイ研ISHEの今年前期の活動予定をサイエンスポータルに掲載していただいた
また、新たに始めることにした二つの活動は哲学カフェ・哲学対話ガイドにも紹介していただいた
科学に関するイベントが花盛りの状態であることに驚く
ただ、それは科学の成果に関するものがほとんどで、「科学とは」という視点は少ない印象がある
一方の哲学カフェもフランスなどを上回るのではないかと思わせるくらい盛りだくさんである
ひょとすると世界で最も哲学カフェが盛んな国の一つに入るのではないか
そんな考えも浮かんでくる
我々の活動もいろいろな方の目に触れ、参加にまで至る方が増えることを願いたいものである
このところ雨がないためか、サン・ジュリアン教会が白く輝いているのに目を見張る
そう思っていたところ、突然の通り雨
天はこんなつぶやきも聞いているのだろうか
無理のない一日
今日は午前中曇りで午後から青空が見えた
向かいのグラウンドは確かに手入れがされているようだ
いつも青々とした芝には心を和ませる力がある
午前中はぼんやり空を眺めながらエッセイのことなどを考えたりしていた
午後さらにぼんやりしてから夜はプロジェに当たった
甚だ心許ないが、これくらいが無理のない日課になるのだろうか
バルザシアンを目指したこともあったが、できないことは止めておいた方が良さそうである
バルザックなどは相当の負荷が体にかかったのではないだろうか
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