2017年7月9日日曜日

暑さは何かを弾けさせる?




暑い日が続くと、人間も変わるのだろうか?
昨年を思い返せば、バスの中で男女の大喧嘩があり、女性が長い刃物を出すという一件があった
その場は、男の連れが間に入り、事なきを得た

今年は大きなことはないが、今日はバスの扉が開かないと言って大声を上げる人が何人もいた
普段では聞かないレベルの音量であった
そして、帰りのバス停では男が独りごとを言いながら寄ってきて、こちらに話しかけるような素振り
何を言っているのか分からないが、ラップのように次から次に言葉が出てくる
その中に、それぞれの神を持っても良いのだ、というのが聞えた
こちらの顔を見て、仏陀だって悪くないとか何とか言っている
赤信号で止まったバイクの二人組にも大声で何かを訴えていた

暑さには人間の奥に溜まっている何かを爆発させる力があるのかもしれない
そんなことを思った週末の夕下がりである






2017年7月7日金曜日

第2回ベルクソン・カフェのご案内



第2回ベルクソン・カフェ

<2回シリーズ>

① 2017年10月14日(土) 16:00~19:00
② 2017年10月21日(土) 16:00~19:00

1回だけの参加でも問題ありません

会場: 新装予定の恵比寿カルフールB会議室

テクスト: Pierre Hadot « Apprendre à vivre »  「生きることを学ぶ」 
Exercices spirituels et philosophie antique, pp. 19-38 (Albin Michel, 2002)

参加予定者には原文をあらかじめお送りします
議論は日本語で行いますので、フランス語の知識は参加の必須条件ではありません
このテーマに興味をお持ちの方の参加をお待ちしております

詳細はサイトをご参照いただければ幸いです

ご理解の程、よろしくお願いいたします







2017年7月6日木曜日

暑い日は籠るに如くはなし




昨日、アナトール・フランス広場の辺りを歩くと、再開発がさらに進んでいた
サン・ジュリアン教会が真っ白に輝いていたのが印象的だった

予報を見ると今日から毎日が30度の日が続きそうである
こちらは湿気はないが、外に出ると汗が噴き出すことに変わりはない
ただ、木陰や室内に入ると暑さを凌げるのは救いである
ということで、今日は静かに籠ることにした






2017年7月4日火曜日

午後から街へ、フランスに戻ってきた



この不在の間に溜まっていた事務処理をするために街に出た
のんびりした町だが、一段とのんびり度が増している
もう7月、バカンス気分が漂っている
背広を着て歩いているのは私くらいではないか 
同じこの地球に生きているのに、どうしてこうも人生の捉え方が違うのか
こちらの空気を味わえることは、精神衛生には良さそうだ

一段落して馴染みのカフェに落ち着いた
いつもは珈琲なのだが、この気分に押され、昼間から濁ったヘーフェ・ヴァイツェンを飲みたくなる
しかし、その言葉がすぐに出て来ない
色々説明したが話は通ぜず、兎に角注文
だが、違っていたので、持ってきた立派なカイザー髭の若い店員に、どうも違ったようだ、と言う
それからネットで調べて教えると、それならあるので飲んでくれと言って、持ってきてくれた
何のことはない、白ビール(bière blanche)でよかったのだ

こういう対応が昼間の素面の状態で起こるのは、やはり嬉しくなる
コミュニケーションが成立していると言うか、人間の周りにスペースがあるとでも言うべき状態だ
これを日本で経験することは極めて稀である
日本では自分がコントロールされているものに従うことが当たり前と考えているところがある
アプリオリにそう考えていて、それ自体を疑うことがないように見える
自分の欲求と葛藤することなく、行動しているように見えるのだ
他人の心の中は分からないが、その片鱗は外に現れる、という前提での観察になるのだが、、
それは哲学の欠如と言ってもよいものだろう

いずれにせよ、このような今日は時差ぼけ解消日となりそうである








トゥールに無事到着



昨夜10時、無事にアパルトマンに辿り着いた
今回は資料を持って行ったので大きめのスーツケースにした
最初にこちらに来る時に使ったもので、それ以来使っていなかった
しかし、10年のブランクを感じさせない柔軟な仕事をやってくれた
ただ、帰りは荷物が二つになり、移動、特にこちらの電車の乗り換えが大変であった
しかし、落ち着いて振り返ってみると何事もなく進んだように見える

実は、移動ことを思い浮かべると嫌になっていたのだが、それを止めるとすっきりした
これも「現在への集中」の効果だろう
いつもその時に打ち込めばよいのである
過去や未来を思い悩むのは一文の得にもならない
今回の日本でよく出てきた古代哲学の一派の考えで、現代でも有効である
それと夜10時が明るいことを忘れていたので、パリに着いた時、気分が晴れるのを感じていた

この町もこれまでと何も変わりない
幸いアパルトマンも何事もなかったようにそこにあった
こちらに着いてすぐに感じたのは、やはり時間の流れが澄んでいる、あるいは透明なことである
その流れの中にいる時、余分なものが削ぎ落され、エッセンスだけになるという感覚だろうか

一夜明け、晴れ上がった空をいつものように眺めている






2017年7月3日月曜日

奈良散策 (5) 新薬師寺




その日最後の訪問先は新薬師寺だった
入江泰吉記念美術館とは目と鼻の先である
陽の光が強くなり、湿気をさらに感じるようになる中での訪問となった

お寺のホームページがよくできていて、写真も美しい
創建は天平19年(747年)とのことだが、その後いろいろな災禍をくぐってきたようだ
このサイトにあるように、素晴らしい十二神将が本尊の薬師如来を護っている
暫しの間、対面してから外に出た

帰りがけ、十二神将の色の復元を試みたビデオを観る
当初の色が余りにも鮮やかで、どぎついと言ってもよいようなものになっていた
それは予想された驚きと言ってもよいものだろう
以前、ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』やミケランジェロの『アダムの創造』の修復を見ていたからだ
その時は元の色の鮮やかさに本当に驚いた
そして、くすんだ今の色の方がずっと良いのに、という感想が浮かんできたことを思い出す
それ以来、日本でも同様の修復を見ているが、本当には驚かなくなっている

今回は連想で古典というものについて、次のような疑問が巡っていた
歴史の波を掻い潜り、諸々の解釈が染みついたものとして古典を見てはいないか?
古典そのものに体当たりして、何かを感得するというやり方を採っていないのではないか?
もしそうだとすれば、自分の感性を働かせない安直なやり方になっていることを意味している
そうではなく、それが出た当時に立ち戻り、味わわなければならないのではないか?
よく言われる基本を改めて検討する時間となった
しかし、像の再現がそうであったように、それは並大抵のことではなし得ないこともよく見えてくる
その時代の社会的背景や感性について知らなければならないからだ




昨日は帰国前*の最後の一日
午後から緑滴るカフェに出て、今回の滞在を振り返ってみた
今回も来る前には想像もできなかったような色々なものを齎してくれた
それが分かるのは、このようなたっぷりとした瞑想の時間の中でのことである
瞑想の効果は絶大である

先日のベルクソン・カフェで編集者の岩永氏からmindfulnessという概念を教えていただいた
最近注目されているという
その言葉を聞き、古代から急に現代に引き戻されるような感覚に陥った
わたしが言っている瞑想とはどういうものなのかを知る上でも、比較検討の余地がありそうである


* mardi 4 juillet 2017

トゥールに戻り、何気なく読み直していると、「帰国前」となっていることに気付く
ひと月余りの疲れが出ていたのではないだろうか
今まで目には入ったいたのだが、全く気付かなかった
最近ではよくあることである
これでは次回から「来日」になりそうである
「帰国」を「フランスに戻る」と改めたい





2017年7月2日日曜日

奈良散策 (4) 入江泰吉記念 奈良市写真美術館



奈良散策の続きである
志賀直哉旧居からほんの少しだけ歩くと入江泰吉写真美術館があった
小雨の中を向かったが、出る時はこの通り太陽の光が出ていた
前日、奈良市内で本橋誠一氏の展覧会 「在り処(ありか)」 のポスターが目に入っていた 
同時に開催されている入江泰吉の「古色大和路」 も一緒に見ることにした




本橋氏はいろいろな人間を撮っていた
ベラルーシの人、日本の炭鉱の人、増毛の漁師、サーカスの人、女子プロレス、小人プロレス
さらに、昭和の上野駅、屠殺場の人などなど
人間は皆生まれ落ちると、兎に角生きなければならない
そこに如何なる苦しみがあろうとも、それを紛らわして生きなければならない
そんな姿が見えてくると、人間は何のために生まれてくるのか?という問いが湧いてくる
根源的な問いである
しかし、そんな問いに向き合う前にこの生が終わってしまわないとも限らない

大和路の方はほとんど人間が出てこない
悠久の自然を捉えている
ブティックには交流のあった文士の言葉が入江の写真に添えられているものがあった
その中に亀井勝一郎の名前を見つけ、何とも懐かしい気分になる
この時まで記憶の表面から消えていた名前であった
最初の学生時代に読んだことがある『大和古寺風物誌』から引用されている
彼は昭和3年に治安維持法違反容疑で逮捕され、昭和5年に転向して釈放されている
当時はそんなことも知らずに読んでいた





入江の写真を紹介したビデオ5編ほどを見てから館内のカフェ Fleur で疲れを癒す
ビデオを観ている時、それまでぼんやりしていた考えが一つの塊になったのを感じた
しばらく休んでから外に出ると、雨上がりのこんな名残が





そして、この日最後の目的地、新薬師寺に向かった






第1回ベルクソン・カフェの2日目、盛況のうちに終わる



今日の夕方、今回最後の活動となるベルクソン・カフェの2日目を開催した
以前にも触れているが、当初参加者を数名と予想していた
しかし、今日は欠席された方が2名おられたが、11名の方々にお集まりいただいた
未熟なマスターのお店にこれほどの方が来店されるとはまさに想定外で、大きな驚きであった
その中には、フランス人の歴史家フランク・ミシュランさんご夫妻もおられ、恐縮至極であった
また、「ベルクソン」の検索で辿り着かれた方、大阪や信州から参加された方もおられた
お休みの日の夕刻に参加された皆様に改めて感謝したい

終了後、どうしてフランス語のテクストを読むという会にこれだけの方が集まったのか、考えている
初めての試みなので物珍しさが手伝ったのだろうか
あるいは、潜在的にこのような試みに興味を持っている方がおられるということなのか
これから様子を見る必要はあるが、考え直す材料を与えられたように感じている


さて、今日も1週間前の1日目に続き、アドーの「生き方としての哲学」の後半を読んだ
最初に前半の簡単な纏めをやってから始めた

ここでは、中世から現代において哲学がどのように変容していったのかが分析されていた
古代の終わり頃から修道院運動の中で、生き方としての哲学の部分がキリスト教に組み込まれる
中世ではそれがさらに進行し、哲学は宗教の下僕になって行く
哲学は自律性や最高の科学としての立場を失い、宗教が求める概念を提供するようになる
教養学部は神学部の準備段階にしか過ぎなくなり、哲学も純理論的、抽象的になる
神学を科学に置き換えれば、この状況は現在と重なるのではないだろうか
あるいは、さらに酷い状況なのかもしれない
教養課程も必要ないという認識が、どこから出てくるのか、罷り通っているように見えるからである

教会が作った大学では、専門家を育てる専門家に向けた教育が18世紀まで行われる
教育が一般の人向けではなくなったのである
ただ、大学の外では、デカルト、スピノザ、マルブランシュ、ライプニッツなどの独創的な人が出た
18世紀終わりから、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルなど哲学と大学が強く結び付くようになる
ごく稀な例として、大学を出たショーペンハウアーやニーチェなどもいるにはいるが、、、
哲学と大学との関連は、ベルクソン、フッサール、ハイデッガーなどの現代でも変わりない

近代の大学の哲学は、最早生き方としての哲学ではなくなった
寧ろ、国家の教育機関で哲学が教えられるようになり、哲学の自律にも問題が出てくる
ショーペンハウアーは、その状態を次のように皮肉っている
「教育の目的はポジションを与えてくれた大臣の心情を学生に教えることである」
まさに、御用学者が生まれるのは当然の状況になったということだろうか

ただ、古代哲学の実存的な側面が完全に消えたわけではなかった
『省察』(Méditations métaphysiques)を書いたデカルトや『エチカ』(L'Éthique)のスピノザがいた
デカルトは瞑想(省察)を実行するように推奨している
わたし自身もこの助言には賛成である
瞑想にはすべてを変える力があると感じているからである

哲学の定義は自由であるが、こと古代に関する限り、哲学とは「智慧の鍛錬」であった
そこには、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、エピクロス、犬儒派、ストア派、懐疑派がいる
そのやり方には違いはあるが、その複数性こそ貴重なのである
ヤスパースが言っているように、一つを取って、他のものを捨てるというのではない
われわれの内的生活には、エピクロスもストア派も分かち難く存在しているのである

古代においては、一瞬一瞬に集中し、そこに無限の価値があることを自覚することが勧められた
「智慧の鍛錬」は宇宙的次元を含んでいるからである
ただ、古代の宇宙的意識は所謂科学知に基づくものではなく、生きた経験の中にあった

最後に、古代の哲学は逃避や自己に閉じ籠る行為であるとの誤解があると指摘している
実際には、常に集団、共同体を作って行われていた
そして、社会に影響を及ぼすことを放棄したわけではなかった
寧ろ、共同体に奉仕する義務を重要だと考えていた
つまり、哲学的生活とは共同体へのアンガジュマンを含むものなのである
そのためには情念ではなく理性のレベルに留まる必要があり、これが最も難しいことである
内的平静と激しい情念との均衡を如何に取るのかという問題である
それはスピノザが『エチカ』の最後で指摘したことでもある

****************

このような内容のエッセイだったが、初回よりは質問が出ていたように感じた
ミシュランさんの発言もあり、日本人だけとは違う世界になっていたのではないだろうか
今回はお一人だけが読みに参加されたが、次回はさらに多くの方が参加されることを願いたい
そして、今回のテクストの試訳を提供していただいた福井聡嗣様には改めて謝意を表したい

次回であるが、10月にやはり2回シリーズで開催したい
2時間と言えどもあっという間なので、次回は3時間を考えている
それから読むべき部分を選択してもよいかもしれない
いずれにせよ、次回の開催までにデカルトさんの助言に従い、じっくりと瞑想してみたい

興味をお持ちの方の参加をお待ちしております


会のまとめ








2017年6月30日金曜日

奈良散策 (3) 志賀直哉旧居




2日前の散策の続きである
入江泰吉旧居の後、志賀直哉の旧居を訪問した
もう志賀直哉という名前自体が記憶の彼方に行ってしまっている
それで、やはり懐かしさが手伝ったのだろう
見ておきたい気持ちにさせた

彼の作品を読んだというはっきりとした記憶はない
今でも読まれているのだろうか?
作家の運命など、本当に分からないものだから

門をくぐった時から、日常とは違う空間に入るように感じた
玄関で靴を脱いだ時、記憶の中にあるどこかの家に上がるという感じであった
家の中を歩いている間、時が消える
より正確には、時を超えたのかもしれない
入江泰吉旧居でもそうだったが、その雰囲気を独り占めにして味わう

こちらの方がずっと広いが、緑がすぐ近くにあるという点では共通しているのではないだろうか
フランスではもう少し距離があるように感じたのだが、どうだろうか?
世界が狭まり、窮屈な感じがした
あるいは、緑も含めて実は家の中なのかもしれない
それが日本の美意識なのか?

以下にいくつか紹介したい







これは書斎のようであった
両方の窓は植物が描く芸術作品といった風情だ
そこにいるだけでよく、何もしたくなくなりそうである




これは茶室だったとのこと
その経緯は以下の文章にある




 





 こういう空間にいると、確かにタイムスリップするようだ





上の二つは配膳、台所だが、当時は数名の女中さんが働いていたようだ





当時、サンルームを持つ家などどれくらいあったのだろうか?
兎に角、贅沢な作りという印象である
サンルームの向かいには、それなりの広さの裏庭があった




これはサンルーム横の食堂で、こちらも贅沢にスペースを取ってある




食堂奥には、これも立派なソファが備え付けてある
座り心地も悪くなかった




裏庭を望み、旧居を後にした







2017年6月29日木曜日

奈良散策 (2) 入江泰吉旧居



昨日の子規の庭の後、入江泰吉旧居に向かった
途中、時間が止まったような空間の中、古い様式の家があるのを興味深く見ながら楽しむ
それは懐かしさ、あるいは源に帰るという感覚なのだろうか
目的地の周辺は白壁が目立った




係りの方から丁寧な説明を受けてから、各部屋をゆっくり味わう
周りには緑が溢れ、それを感じながら生活していたことが見えてくる
夏には蛍も現れるという川が下を流れていた
日本の伝統的?な家屋から遠ざかって久しいので、やはり懐かしさのようなものを感じた
以下にいくつか紹介し、思い出してみたい



 


左側ソファの奥が入江氏の定位置だったようだ
その定位置に座り、机の上にあった書籍をいくつか覗く



         「山色清浄身」


この言葉の意味を中村元氏の解説によってみてみたい
これは蘇東坡の詩に出てくるものに基づいて言われている
蘇東坡は日本にも大きな影響を与えた中国宋時代の詩人である
この詩人は自然世界の宗教的、哲学的意義を讃えた
インドにも同様の詩はあるようだ
それは、煩わしい人間界から逃れて自然の中にあるのは清々しいという意味のものが多い
しかし、この詩では、自然の世界に仏さまの清らかな身体が現れていると謳っているという


 










2017年6月28日水曜日

奈良散策 (1) 子規の庭



本日は折角の奈良なので、雨を押して散策に出る
午前中は雨に濡れたが、それが何とも言えない雰囲気を醸し出してくれた

写真家入江泰吉の旧居に行こうと思い、地図を眺める
すると、今回東京で縁があった子規の庭があるではないか
まずこちらを先に見てから向かうことにした




県庁東からの道も雨のためだと思うが、しっとりしていて何とも言えず良い
途中、霧に霞む東大寺の大仏殿が見えたが、今回は遠慮することにした




さらに、10分ほど歩くと子規の庭の入り口が目に入った(冒頭の写真)
庭は小さなところだったが、階段になっているところが多く、雨なので注意して歩を進める
雨の音と鯉が突然跳ねる音が響く
いろいろな色と形のアジサイが目に付いた




庭の中には句碑があった
そう言えば、柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺 は子規の作だったことを思い出す
すっかり忘れていた
その他、奈良に関係したこんな句があるようだ
秋風や 皆千年の 物ばかり
千年の 露に消えけり 足の跡

今日は幸い午後は晴れてくれた
蒸し暑く、汗びっしょりになるほど歩いた
久し振りではないだろうか
なかなか良い散策となったので、残りは明日以降に紹介することにしたい







2017年6月27日火曜日

奈良で会話の文化を楽しむ



今日は午前中、仕事をやった後、奈良に向かった
奈良女子大学の渡邊先生と雲島先生とお会いしてお話をするためである
私にはじめじめとした一日であったが、少し前は酷かったらしい
古い街並みや田舎の景色を味わった後、指定の場所に伺った
古民家を改造したところで、畳の上で食事するのは久し振りであった
奈良のお酒とお料理も満喫した
しかも雰囲気のある庭を眺めながらで、あっという間に3時間以上が過ぎていた

渡邊先生は大学の仕事の他に学校の校長先生もやられているとのこと
大変ではないかと想像したが、柔軟にこなされているようで、適任ではないのではないだろうか
お話も科学の中だけに止まらず、幅広い経験と教養に裏打ちされているので、興味深かった
一方の雲島先生は英国の大学院で文学を修められたとのことで、日本語のように英語を操られる
しかも哲学にもその手を延ばされようとしているので、話に追いつくのが大変であった
ということで、話題は途切れることなく、多岐に亘っていたと言えるだろう

最近、古代の哲学の中に埋もれているので、現代の視点から突っ込まれると動きが取れなくなる
これから先に長い道のりが待っていることが見えてくる
しかし、このように異分野の人が言葉を交わすことは何かを生み出すことに繋がるような気がする
その元にあるのは、会話の文化を大切にしようとする精神のようなものではないだろうか
この問題は今日の話題にもなっていたが、お陰様でわたし自身は大いに刺激を受けた
日本を行脚?しているのもその自覚があるからではないかと想像している

いずれにせよ、豊かな時間を味わうことができた
お二方には改めて感謝したい
そして、又の機会が巡ってくることを願いたい