今朝、ティンパニーか和太鼓が連打するような激しい雷があった
一時期、雨が叩きつけるように降っていた
庭の植物は喜んでいたのではないだろうか
次第に緑の割合が優勢になってきた
さて今日もツルゲーネフの言葉を読んでみたい
ーーバザーロフが何者かというんですか?ーーとアルカーヂイはうす笑いしたーーじゃ、伯父さん、あの男が一体何者か、言いましょうか?
ーーああ、どうぞ。
ーーあの男はニヒリストです。
ーーえ?ーーとニコライ・ペトローヴィッチがききかえした。パーヴェル・ペトローヴィッチは、刃先きにバターのかたまりをつけたナイフをもちあげたまま、動かなくなった。
ーーあの男はニヒリストですーーとアルカーヂイはくりかえした。
ーーニヒリストーーとニコライ・ペトローヴィッチは言ったーーそれは、わしの判断するところでは、ラテン語のnihilつまり虚無から出ているようだな。するとそのことばは、つまり…その、なにものをもみとめない人間をさすんだな?
ーーなにものをも尊敬しない人間といった方がいいーーとパーヴェル・ペトローヴィッチは口をいれて、またバターの方にとりかかった。
ーーつまりすべてのものを批判的見地から見る人間ですーーとアルカーヂイが言った。
ーーそれはおなじことじゃないか?ーーとパーヴェル・ペトローヴィッチははずねた。
ーーいえ、おなじことじゃありません。ニヒリストというのは、いかなる権威のまえにも屈しない人間です。まわりからどんなに尊敬されている原理でも、それをそのまま信条としてうけいれることはしないんです。
ーーあなたはそんなにドイツ人を高く評価されるんですか?ーーとパーヴェル・ペトローヴィッチは優美に、ねんごろに言った。彼はひそかないらだちをおぼえた。すこしも遠慮しないバザーロフの態度が彼の貴族的な性格に怒りを呼びおこすのである。この軍医のむすこは臆する色がないばかりか、かえって切れ切れな調子で、気のすすまないような答え方をして、しかもその声には、なにか粗暴な、ほとんど不適ともいえる何ものかが感じられた。
ーーむこうの学者はしっかりしています。
ーーそう、そう。ところでロシヤの学者には、あなたはそれほど好意をもたないでしょうね?
ーーまあ、そうでしょうな。
ーーそれはまたすこぶる賞賛すべき自己犠牲の精神ですなーーバーヴェル・ペトローヴィッチは体をのばして、首をうしろの方にそらせながら言ったーーしかしいまアルカーヂイ・ニコラーイチが話してくれたところによると、あなたはいかなる権威も認めないそうですが、これはどうしたわけです?あなたは権威というものを信じないのですか?
ーーええ、そんなものを認めてどうします?それになにを信じたらいいんです?なんでも筋のとおったことを言われれば、それに同意します。それだけです。
ーーじゃ、ドイツ人はいつも筋のとおったことばかり言いますかね?ーーとパーヴェル・ペトローヴィッチはひくい声で言った。その顔はすっかり無関心な、つめたい表情をおびて、彼がまるでどこか雲のかなたの高みにでも昇ってしまったかのようであった。
ーーみんながみんなというわけではありませんーーとバザーロフはあくびをかみころしながら答えた。あきらかに論争をつづける気がなかったらしい。
…
ーーわたしとしてはーーと彼はいくらか努力しながら、再び話しはじめたーーわたしは、そう言っては悪いが、わたしとしては、ドイツ人というやつはあまり好きませんね。ロシヤにいるドイツ人のことはなにも言わないことにします。あれがどういう連中か、誰でも知っていますからね。しかしドイツにいるドイツ人も、わたしには気にいりませんな。むかしはそれでも、どうにかがまんできました。そのころはあそこにもーーシルレルとか、その、ゲーテとか…いった人間がいて、現にこの弟などは、かくべつ好意をもっていますがね…ところが、いまでは、なんだか知らんが、化学者とか唯物論者とかいう連中ばかりでてきて…
ーーしっかりした化学者はどんな詩人より二〇倍も有益ですよーーとバザーロフがさえぎった。
ーーおや、おやーーとパーヴェル・ペトローヴィッチは言って、まるで眠りかけてでもいるように、かすかにまゆをつりあげたーーでは、あなたは芸術を認めないんですね。
ーー芸術なんて金もうけのためか、痔病薬の広告ぐらいの役にしか立ちません!ーーさげすむような微笑をうかべながら、バザーロフは声をたかめて言った。
ーーなるほど、なかなかしゃれがお上手ですな。そうすると、つまり、すべてのものを否定するんですか?つまりその…あなたは科学だけを信ずるんですか?
ーーさっき申し上げたでしょう。ぼくはなにも信じません。それに科学とはなんですかーー科学一般というのは?いろいろな仕事や職業があるように、科学もやはりいろいろあります。しかし科学一般なんてものは全然ありません。
ーーなかなか結構です。ところで、人間社会に用いられているほかの、いろんな法則についても、あなたはやはりそういう否定的態度をとっているんですか?
ーーなんです、それは、訊問ですか?ーーとバザーロフはきいた。
(金子幸彦訳)
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