今日は少し肌寒い日であった
今日からイワン・ツルゲーネフ(1818-1883)の言葉を読んでいきたい
ーーシガーいるかい?ーーふたたびバザーロフの叫ぶ声がきこえた。
ーーよこしたまえーーとアルカーヂイは答えた。
ピョートルはほろ馬車にもどってきて、黒っぽい太巻きのシガーをマッチ入れと一しょにさし出した。アルカーヂイはさっそくそのシガーに火をつけた。古たばこのすっぱいような、つよいにおいが、あたりにひろがったので、生まれてから、たばこをすったことのないニコライ・ペトロ―ヴィッチは、思わず顔をそむけたが、それも、むすこの気を悪くさせないために、目立たないようにした。
しかしそのとき中背の人が客間にはいってきた。これはパーヴェル・ペトロ―ヴィッチ・キルサーノフで、黒っぽい、イギリス風のスーツを着て、流行の、小さなネクタイをつけ、つや出しの半長靴をはいている。年のころは四十五くらいに見えた。みじかくかりこんだ白髪はあたらしい銀のような、くすんだ光沢を放ち、癇性らしい、だが、しわのない顔はさながらするどいのみでたくみに彫りあげたように清らかで、なみなみならぬ端正な輪郭を示し、おどろくばかりの美貌のなごりをとどめていた。とりわけ見事なのは、切れのながい、黒味がかった、薄色の目であった。アルカーヂイの伯父の顔はすべてが優美で上品で、青年らしいみずみずしさと高いものへのあこがれを保っていた。こうしたあこがれは、多くの場合、二十台をすぎると、失われてしまうものである。
(金子幸彦訳)
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