2020年9月22日火曜日

もう一つの山になるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中は連休中だという

連休の喜びが理解できなくなって久しいが、世の中に合わせてのんびりすることにした

しかし、海の向こうは忙しく動いているようだ

2週間ほどの間に考えなければならないお誘いが届いた

どうしてそうなるのか分からないのだが、前向きに考えて判断してはどうかという側に傾いている

今月は月の初めから、地上の世界の真っ只中という感じである 


夜、激しい雨音が聞こえた

 




2020年9月20日日曜日

久し振りに長期プロジェと向き合う























今日も気持ちの良い朝を迎えている

薄紫の花だが、気のせいか昨日よりもさらに目立つようになっている

嬉しいことである


このところ短期のプロジェに追われていた

少し遅れたが、やっと長期プロジェに向き合う精神的余裕が生まれた

朝の庭を味わった後、終日お付き合いすることにしたい

免疫という大きなテーマなので、終わりがないというのが率直なところである

最後はどこで切り上げるのかという決断の問題になるのだろう

つまり、終わりとしたものは本人の都合によるものなので、その後も続くということになりそうである







2020年9月19日土曜日

外界の 関係見直す コロナ禍な


 




















今日は久しぶりに気持ちの良い快晴となった

先日気付いた薄紫の可憐な花はさらに広がっている

昨年は気付かなかったように思うが、そもそも注意がそちらに向かっていなかったのかもしれない

蝶々も何羽か遊びに来て、自由に飛び回っている


目を横に転じると、車庫のシャッターが錆びて穴が開きそうになっている

これも以前は目に入っていなかったものだ

錆の広がりを抑えるために、ペンキでも塗ることにしようか

こんな心境になるのは、長い滞在でなければあり得ないことだ

コロナ効果の一つだろう


フランスは天空(頭の中)の生活だが、日本では地上の具体的なことが否応なく目に入ってくる

今回の日本ではそれがさらに進み、本当に地(球)に足が付いたような感覚を覚えることが少なくなかった

これも長期滞在でなければ難しかったのではないだろうか

内面だけではなく、外界との関係についても見直すことになっているコロナ禍な






2020年9月18日金曜日

「植物免疫における認識と記憶機能」のご紹介


 













 

この夏、植物の熱を感じたからではないが、植物の免疫に関するエッセイを書いてみた

科学雑誌向けだったが、哲学的考察というセクションを設け、「形而上学化」を実践したものである

ささやかではあるが、論文形式のものとしては初めての試みになる

 

レビュワーの中には、こういうコメントをする方がいた

「科学者はこのような省察をもっとしなければならない。しかし、これは科学の雑誌で適切とは思えない」

しかし、やり取りをする中で、前段にもあるように思慮深い方であることが分かり、建設的な助言もいただいた

そして、最終的にはわたしのやり方を認めてくれたようである 

 

Yakura, H. Cognitive and memory functions in plant immunity. Vaccines 8:541, 2020

 

 興味をお持ちの方はお読みいただき、ご批判をいただければ幸いです






2020年9月17日木曜日

内的活動と社会活動とのバランス

 














サイファイ研ISHEの活動とわたしの関係について考えてみた

昨年の秋に個人的な理由でFPSS以外の会をお休みにした

そして今年に入り、春と秋の両方(秋のFPSSについてはまだ分からないが)が中止になった

こちらはCOVID-19の影響である


この状態は、個人的なプロジェをじっくり進めるためには良いのかもしれない

本当のところは分からないが、注意が分散しないという点では常識的には良さそうである

ただ、いろいろなテーマに向かう内的活動は活性化されない

それに、1年に亘って対面で議論できないという状態は、精神的にはあまりよろしくないのではないか

こちらの対応能力にもよるが、これらの活動は長期的に見ると内的状態に活力を与えているのではないか

最近、そんな感じがしてきた 





2020年9月16日水曜日

一つのプロジェが決着する

 















ここ1-2週間はいくつかのプロジェに追われて慌ただしい地上の生活を強いられていた

本当に大変であったが、そのうちの一つが最終的に一件落着となった

ということで、今日は少しリラックスして過ごした

明日あたりから長期プロジェに向き合うことができればよいのだが、、

 

 

 

 

 

2020年9月15日火曜日

「何とか」の繰り返しか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、もう一山も何とか越えることができた

なかなか大変であったが、、

「何とか」がこれからの口癖になりそうである

 

それはそうと、この山を越えた後に小山がもう一つ飛び込んできた

何ということかと驚いている

しかし、こちらも何とかケリをつけることができそうなのでホッとしている

 

明日からは長い間ご無沙汰していた長期プロジェに向き合うことができそうである 

まだ今月のまとめには早いが、前半の特徴が浮かび上がってくるようだ

 

 





2020年9月14日月曜日

一山越えるともう一山


 



















数日前から薄紫の花が目に付いたが、以前に白い花を咲かせていたものかと思っていた

今朝、改めて観ると結構いろいろなところに広がっている

この季節になると咲く花なのかもしれない

いずれにせよ、もう少し花を愛でることができるのは嬉しいことである

 

さて、先週一山越えたばかりだが、もう一つ山が見えてきた

何とか越えたいとは思っているのだが、どうなるだろうか

明日にはその結果が分かるだろう







2020年9月13日日曜日

汎心論、それは物理主義を乗り越えることができるのか


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「医学のあゆみ」誌に連載中のエッセイ『パリから見えるこの世界』第95回のご紹介です

 

汎心論、それは物理主義を乗り越えることができるのか

医学のあゆみ(2020.9.12)274(11): 1149-1152, 2020 

 

19世紀から20世紀前半までの経過を追い、類似の考え方と比較しながら汎心論を振り返っております

お読みいただき、ご批判いただければ幸いです

よろしくお願いいたします







2020年9月12日土曜日

静かな読みの時間

 




















今日の前半は昨日を引き摺り、ゆったりと過ごす

そのまま行こうとも思ったが、後半は静かに読む時間となった

やはりこのような時間を毎日とることが欠かせないようだ

そうすることにより、精神がしゃきっとするだけではなく、体にも張りを与えるように感じるからだ

あくまでも主観的な変化なのだが、それが重要である





2020年9月11日金曜日

集中の後の異常な充実感


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今週に入ってからの3日間は、これまでにないほど集中していた

重要な仕事だと思っていたのだろう

驚くほどしっかりやったので、昨日は何もやる気が起こらなかった

その中にまだ留まっていたいという気持ちと、出し切ったという充実感があったのだろう

ただ、体は嘘をつかない

鼻風邪の症状が出てきた

この2日で仕上げる予定だったものもあったが、少し延ばしていただけることとなった

天空からのお計らいという感じで、今日は予定を変更してゆったりすることにした





 

 

2020年9月10日木曜日

「ゆったりと大きく」哲学を


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝、出かけようとした時、ナベサダ70歳の時のドキュメンタリーが始まった

現在87歳とのことなので17年前になる

高校卒業したての18歳のドラマーを交えての全国ツアーを追ったものであった

それを観ながら感じていたのは、人間に成ろうという意志を持ち、前に進む姿の美しさではなかったか 

何か美しいものを観させてもらったというのが第一印象だった

 

「ジャズは人生のすべてを音にするもの」という彼のフォルミュールは、音楽一般にも哲学にも当て嵌まるだろう

自分を嵌め込んでいる型から抜け出して弾けることが重要だというようなことも言っていた

これはプラグマティズムの提唱者でもあるウィリアム・ジェームズが哲学に対して抱いていた違和感にも繋がるだろう 

型が先に来て、その人間が持っている内的な迸りのようなものを大切にすることが蔑ろにされているというのである

それが哲学が本来持っている活力を失わせているのではないか

わたしも同様の危惧を感じていたので、今日のナベサダの姿勢には共感を持った

それと、18歳のドラマーのメモによれば、演奏する時には「ゆったりと大きく」と教えていたようである

この言葉にも共感したのは言うまでもない


「ゆったりと大きく」哲学を

「ゆったりと大きく」生きたいものである

 

 

 

 

 

2020年9月9日水曜日

相変わらずの最後の一日


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今日は自分で決めた締め切りだった

朝からよく集中できたものである

普段からこれくらいできれば大したものだが、そうは問屋が卸さない

第一、目だけではなく体が腫れ上がったような感覚で大変である

いつからか決まりになった最後の1日で何とかするという方針を変えるのは難しそうである

これからもう一つの最後の二日が待っている

天空は遥か彼方である

 

ところで、写真は今朝の風景

緑の毬栗が一面に転がっているだけではなく、軽い音を立てて地上に落ちてくる

わたしのような状態の者にはかなり危険な現場ではあった

秋の匂いがそこかしこに感じられるようになっている

 

 

 

 

 

2020年9月8日火曜日

耐える日、続く

 















今日の午後、ガスがかかったような状態になった

海はどうかと思い、向かってみた


さて、今締め切りを前にして、なかなか前に進まない状態だ

少し甘く見ていて、準備を怠ったところがあった

ただ、このような状態にいても、以前のように浮足立つということはなくなった

どこまで踏ん張って絞り出すことができるのか

このような機会がなければ考えることはないと思われるので、もう少し耐えてみることにしたい






2020年9月7日月曜日

地上の生活、真っ只中


 













 

 

庭が長い間見てきた姿に近づきつつある

もう完全に秋である

 

今日、再び訃報が届いた

今度は教え子に当たり、1年ほど前に定年前に退職せざるを得なくなったとの連絡が入った

そして今回の連絡で、何とも残念である

 

それとは別に、急にやらなければならないことが出てきて、締め切りがあるものは少しだけ延ばしてもらった

こういうことは殆どなかったのだが、どうしたことだろうか

何とか間に合うように仕事をしたいものである

まさしく地上の生活である

天空の時間はいつになるのだろうか

 

 

 


2020年9月5日土曜日

底から見えるもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このところ3つくらいのプロジェを抱えて単調な日々を送っている 

その昔の意識のレベルがふわふわと浮いていたように見える

それくらいの沈潜振りが持続している

これが体に良いのかどうか、まだ分からない

一つの実験になるのだろうか

 

 

 

 

 

2020年9月4日金曜日

最初であると同時に、最後の機会として





























先程、研究生活において同じ領域でお世話になった先生がお亡くなりになったとの連絡が入った
 
退職後は、わたしが書いているエッセイに毎月のように最も長い感想を送っていただいた 

それは大きな励みになるものでもあった

1年ほど前に「老いは突然訪れます」という言葉と共に感想を送ることができなくなる旨のメールが届いた

それ以来、心配していたのだが、このような結果になり残念である

3年ほど前に数名の方とご一緒して一献傾けたことがあったが、お会いしたのはそれが最後になった
 
もう一度ざっくばらんに言葉を交わしたかったというのが、今の感想である
 
それが最初のものであると同時に最後のものとしての「一期一会」を肝に銘じたいものである
 
 
 
 
 



2020年9月3日木曜日

天空を羽ばたくのはいつの日か


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上に降りて具体的なことをやるといろいろなことが起こり、目が離せない

一昔前であればストレスになっただろうことだが、今は感情の揺れが全くない

これは相当に揺れただろうななどと想像しながら、流れを見守るという感じで落ち着いている

そういうことが昨日あり、かなり起伏の激しい一日だった

昔の目から見れば、ということなのだが、、

この分では天空を羽ばたくような自由の時間はなかなか戻って来そうにない







2020年9月2日水曜日

ZOOMを初めて経験する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ZOOMというものを初めて経験した

講義をするという必要に迫られて

仕事をしている人から見れば何を今更ということになるのかもしれないが、興味深いものであった

第一印象は、意外とあっさり繋がるものだということ

それと家で話をしているので、顔を見ながら電話をするような感覚であった

自宅からの講義はこれまでと違い、話しかけるようなリラックスしたものになりそうな予感がした

問題はインターネット環境を低く抑えているので、60人ほどを相手にスムーズに進むのかという点である

結局、ぶっつけ本番ということになった

 

 

 

 


2020年9月1日火曜日

サイファイ研究所ISHE、この秋の予定


 















今秋のサイファイ研の活動をどうすべきか、考えていた

最終的には、まだ時期尚早ではないかというところに落ち着いた

参加される方は勿論だが、開催する方も気持ちに余裕が持てるような状況でなければ難しいと考えたからだ

先に案内を出した会は、延期ではなく中止とした

年が改まり少し落ち着いてきた時に、新しいプログラムのもとに再開できればと考えている

サイファイ・フォーラムFPSSに関しては、厳格に対処している日仏会館が開館する時には開催することとした

予定が決まり次第、この場でもお知らせすることにしたい


来年は『「科学から人間を考える」試み』と銘打って2011年11月に活動を始めてから10年目に当たる

不安の中でスタートした会だったが、ここまで継続することになるとは想像もできなかった

これは一重に会を支えていただいた皆様方のお陰で、感謝の言葉しかない

今は、節目の年になる2021年に活動が再開できることを願うばかりである

これからもご理解とご協力をいただければ幸いである