本日も朝の日課となった散策へ
まだ体に馴染んでいないせいか、家を出るまでが大変である
一旦出てしまえば前に進むだけなので問題はないのだが、、
昨日・今日と海は風が強かった
午前中のセッションも昨日と同じ場所
そこに行くまでに2ヵ所に立ち寄り、小さな買い物
こんなインプロヴィゼーションは長らくご無沙汰だった
視界が開けたので、これからいろいろなところを探索してみたい
春を感じているようだ
本日も朝の日課となった散策へ
まだ体に馴染んでいないせいか、家を出るまでが大変である
一旦出てしまえば前に進むだけなので問題はないのだが、、
昨日・今日と海は風が強かった
午前中のセッションも昨日と同じ場所
そこに行くまでに2ヵ所に立ち寄り、小さな買い物
こんなインプロヴィゼーションは長らくご無沙汰だった
視界が開けたので、これからいろいろなところを探索してみたい
春を感じているようだ
今朝は散策の後、新しい場所を探して落ち着いた
そこで再び長期プロジェに戻ってきた
しかし辛抱が効かなくなっているようで、相変わらずの進捗状態である
ただ、このようなことを繰り返しているうちに、全体が少し見えてきたような感じがする
あるいは、ぼんやり見える全体を思い描いて、今のテーマについて書いているという感覚が生まれている
明日はもう少し辛抱したいものだ
昨日・今日と自らの過去を振り返り、その再構成をしていた
20年ほどの歴史には忠実に従うけれども、その組み合わせを工夫するというもの
それ以前とは違い、明確な意識の下に生活していたので、歴史を掘り起こすのはそれほど難しくない
ある意味では自分が目覚めた後のことで、2005年からのブログや10年前からのエッセイなどにもその記録が残っている
逆にこれほどの膨大な資料があるため、どれを選択するかによって見え方が変わってくる
そのことも含め、ゆっくり時間を取りながら、この20年における変容を辿ってみたい
まだ始めたばかりだが、朝の散策は心身に良い影響を与えているようだ
とてもそうは見えないところに美を発見する楽しみがある
どこか身のこなしも軽くなったような錯覚も生まれている
これは散策とは関係ないだろうが、町全体を使ってやろうという気持ちが芽生えてきた
日本に戻って1年になるが、特に昨年はテンポラリーの滞在という感覚が拭えなかった
実はフランス行きのチケットを2度ほどキャンセルせざるを得なかった
その間、いくつかの決まったところに顔を出してプロジェに当たりながら待っているという生活であった
それが少し変わってきたように感じている
ひと月ほど前から、ウィークデーは長期プロジェ、週末は場所を変えて新規プロジェに当たっている
これまでのところ問題なく動いている
その方が相互のプロジェ間に緊張感が生まれ、新鮮である
郊外などをドライブしていると、今どこにいるのか分からなくなる
その意味でも新鮮である
今朝は散策に出ることができた
海岸まで出て、波の音を聞きながら1時間ほどをゆっくり過ごした
波の音が結構大きいことに気付く
形と色の発見がいくつかあったが、上の写真もその一つ
これがわたしの哲学の道となるだろうか
殺風景ではあるが、目を凝らすと見えてくる「もの・こと」があるかもしれない
午後からは現実世界に戻り、それからプロジェに当たることになるだろう
良い一日の始まりとなった
昨日の経験から積極的に歩く時間を作ることにした
一番いいのは朝だろう
そう考えた初日だったが、残念ながら雨
ということで簡単に諦め、近くまで用事を足すために歩くに止まった
明日以降に期待したい
ところで、日本の科学技術は優れていると言われていたが、コロナのワクチンを作ることもできないという声を聞いた
他の分野同様、日本の技術力も低下しているのではないかという見方である
これは個人的な印象でしかないが、個別の技術は十分にあるように見える
ただ、ワクチン製造のような場合には、手を動かす前に構想を立て、領域間の調整をするなど多くのことが求められる
そのような大きな絵を描くことができなくなっているのではないか
簡単に言えば、思考する力、構想力が貧弱になっている疑いである
勿論、国家主義的な企てに抵抗を示す人がいるのも理解できる
そのことも含めて議論があってもよいのではないか
真剣な議論も起らなくなっている
「もの・こと」を深く考えなくなっているのである
その底には、人間が持つ活力の低下があるのかもしれない
ところで、日本でも有名なマルクス・ガブリエルはこんなことを言っているという
コロナの後は形而上学のパンデミックが広がることを望む
18世紀以来科学技術が発展するようになり、人間は考えなくなってきた
その状態を変えなければコロナより危険なことになるとでも言いたいのではないだろうか
一人ひとりが思考することにエネルギーを放出しなければならないのである
その心は「科学の形而上学化」が科学を超えて重要になるというわたしの主張とも重なるところがある
今日はいくつか用事があり、遠くに出かけた
言わば、現実世界における対応のためである
そのシークエンスを振り返ると、非常にスムーズに気持ちよく流れた
さらに言えば、その後の現実世界から精神の世界への移動もシームレスに進んだという印象である
問題は体の移動だっただろうか
もう少し体を使うようにしなければ、、
それがもう一つの感想になる
今日は新しい領域について調べていた
人類の蓄積を目にしていると、驚嘆の感情しか湧いてこない
この世界のことは隙がないほど調べられている
それでも最後にはまだ分からないことがあると言っている
本当にこの世界を理解し尽くすことなどできるのだろうか
それは到底無理だろうというのが率直な感想である
探れば探るほど、その先に暗い部分が見えてくる
それが世界というものの本体ではないのか
そう考えると、不思議な感覚の中に誘われるようだ
これは科学万能主義者に対する現在のわたしの回答でもある
今日読んだ中には事実の記載に止まらず、想像の羽を伸ばしているものもあった
何か新しい「もの・こと」を発見するのではなく、すでに発見されたことについて考えるやり方である
最近はそのような研究に惹かれるところ大である
科学の現場から離れて以来、わたし自身が同じようなことをやってきたからだろうか
今日は週末の旅から長期プロジェに戻り、その中に入る
どんな問題でも入ると深いので、全体の調子を見ながらどこのレベルで止めるのかを考えなければならない
それとは別に考えなければならない問題が出てきた
現実世界のことは外的状況によって最終的には落ち着くべきところに落ち着くというのがこれまでの教訓である
ある意味で、自分ではどうしようもないことが多い
時間経過の中で現れる可能性の中で一番しっくりくる道を選ぶしかないだろう
今はその道が全く見えていない
ハンス・ヨナスがダーウィン主義の哲学的側面について書いているエッセイがある
ダーウィンがどんな哲学を持っていたのかというよりは、進化論が齎した考え方の変化についてのものだ
まだ途中だが、その中に次のような言葉があった
進化論はプラトン主義に抗するものであり、唯名論の実在論に対する勝利であった
中世の普遍論争において、普遍的な概念、形相は実在するのか否かが争われた
その問いに対して、実在論者はイエスと答え、唯名論者は存在するのは具体的な個別のものであるとした
そして進化論もこの問いに大きな影響を与えたというのである
その結果、プラトンが唱えた形相・イデアという非物理的なものは存在せず、存在するのは物理的なものであるとされた
唯名論の勝利は、本質についての問いを外に置き、どのように「もの・こと」が動いているのかを問う方向に導いた
現代の科学が本質についての問いを出さず、メカニズムの分析に精を出すようになった理由がここにある
このような見方は今では一般的だと想像している
しかし、歴史的な背景を理解していなければ、何も考えずにそれが科学の進む道であると錯覚することになる
形而上学の領域に入るだろうが、科学が本質について問うことを止める必要はないという考えだって成り立つ
思想史の側面から科学を見直すと、こういう考え方だって生まれる余地がある
ずっと広い世界が先に見えてくるように感じる
普遍論争の言葉で表現すれば、わたしは唯名論だけではダメだと考えている普遍実在論者ということになりそうである
それは「科学の形而上学化」の精神の別の表現とも言えるものである
実在論と反実在論についてのかなり詳しい議論は、昨年プイヴェさんの『現代哲学』を読んだ時にも出てきていた
何のために読んでいるのか分からなかったのだが、こんな繋がりも生まれる可能性がある
何事も無駄ではないということか
暇になったら読んでみたい
実在論と反実在論(2020.1.30-2.6)
実在論の擁護(2020.2.7-17)
庭にゴミでも投げ込まれたかと思い近づいてみると、なんと植物であった
まだ殺風景な庭なので緑を見つけるのは嬉しいものである
早速写真に収めた
調べて見ると、これはフキの花
そういえば、去年同じ場所にコロポックルのフキが生えていたのを思い出した
ちょっと想像もできないような変容である
去年見つけた小さな松も元気である
庭を遠くから眺めているのと土の上にこの足を下ろすのとでは、この体すなわち精神に与える影響が全く違う
それは如何に殺風景な庭であっても変わらない
そして、今年はどんな花を咲かせるのかという去年発見した楽しみも生まれている
その楽しみがあるので殺風景な庭にも耐えられるようになっている
1年を通して一つの存在として庭を見ることができるようになったのだろう
ものの見方の驚異的な進歩だ
今日の午後、明るかった空が一瞬にして曇り、ぽってりとしたボタン雪が降り始めた
そして暫くすると再び明るい空に戻った
通り雪とか、にわか雪という表現があるようだ
4月の出来事であった
ところで今朝出掛ける時、加古隆という音楽家の番組が流れていた
名前は耳にしたことはあったが、どのような方なのかは知らなかった
観ていると、フランスとの縁が深く、若い時にオリヴィエ・メシアンに師事していたようだ
作曲のリストを見ていると、これまでいくつも耳にしていたことが分かった
若くしてフランスに行ったためか、しっかりフランス語を話していた
50代半ばで始めた者には望むべくもないのだが、、もう少し何とかならないものだろうか
最後まで見ようと思ったが、用事があり叶わなかった
コロナの感染拡大が止まるところを知らないようだ
日本の統計は当てにならないので実態が掴めない
数を恣意的に扱いたいという思惑があるため、我々は実態が掴めないようなやり方になっているように見える
(政治の方は実態を知っていると思われるのだが、、)
日々の感染者数は保健所経由で届けられたものだけで、検査数は日によってまちまち
1年経っても増える気配はない
それどころか、直近の東京の検査数は以前の十分の一くらいではないかというニュースを見た
単純計算すれば、500人の感染者は5,000人ということになる
正確な現状認識は行われているのだろうか
正しい情報を集め、その上で対策を講じるという当たり前のことが行われているのだろうか
心配になる
フランスは先週土曜から何度目かの封じ込めに入った
実際の感触を掴むために様子を聞いてみた
想像通り、外出もままならず生活自体が不便になっているという
フランス入国時の1週間の待機だが、どこも管理していないようだという
自分で規則通りやっていると言えばよいということなのだろうか
その方によれば、だから感染が広がっているのではないかとも
しかし、日本に戻る時には2週間の隔離がある
面倒なので特別のことがなければ避けたいものである
ということで、いつ向こうに行けるのか目途が立たない
今朝は、長期プロジェに大胆な変更を迫るアイディアと共に目覚めた
今当たっているところは、本当にダラダラと長引いている
その原因が全体の構想がしっかりしていないことにあると気付いたのだろう
新しい構成が浮かんできたようだ
朝のセッションはそれに則って進めたが、久し振りに引き締まった良い時間となった
今日はこの線で歩むことにしたい
今日は快晴の気持ちの良い日であった
内の状態はどうだっただろうか
プロジェが増えたため、気が散ってしようがない
その時の気分で少しずつ当たるというのが今日の状態であった
その少しずつが結構奥が深いので大変である
明日からはもう少しどっしり構えて当たりたいものである
目覚めて暫くすると、ある考えが巡っていた
まず浮かんだのは、おしゃべりすると思索が邪魔されるという日頃から感じていること
静かな日々を送っていると、そこにある時空間がすべて自分のものとしてあり、思考が繋がりをもって進む
深いところに居続けることができるのである
そこで声を出すということは、それが途切れるように感じられる
しかもそれを続けていると、思索の空間は確保できない
しかし、それが日常生活というものだろう
つまり、日常生活は思索とはかけ離れた世界なのである
こんな考えが浮かんだのは、昨夜寝る前に観たアーレントのインタビューが影響していると気付いた
これはネットで紹介されていたもので、流し始めて直ぐ、以前に観たことを思い出した
調べて見ると、もう8年近く前のことであった
ハンナ・アーレントさん、政治と哲学を語る(2013.8.22)
この記事では、アーレントの言葉を次のように纏めていた
「わたしは政治哲学者ではない、政治理論の専門家である。哲学と政治はそもそも緊張関係にある。それぞれ静的な思考の世界と行動の世界にあるからだ」
「わたしにとって最も重要なことは理解すること、その思考過程が最も重要である。何かを言うため、影響を与えるために書くのではない、理解するために書いている。読者がそのように理解してくれるとすれば、最高の満足である」
「第二次大戦中の経験から、インテリはあらゆることの解釈を捏造することを知った。そして、お互いを批判しない。インテリの中では協力するが、その外とは関係を持たない。それがインテリというものの本質であることがわかった。それ以来、インテリの世界には一切関与しないことにした」
「わたしは英語もフランス語もやるが、ドイツ語は何物にも代えがたい。豊かな仕事は母国語からしか出てこない」
「ヤスパースが話し始めるとすべてが明快になる。彼ほど話すことに無条件の信頼を置いている人間を見たことがない。彼は自由と繋がる理性という概念を持ち合わせていた。その理性が実践されている現場に居合わせることができたのである」
今朝浮かんだ考えに合致する言葉が、このインタビューにはあったのだ
それは、喋ることは行動である、という何気なく吐いた言葉であった
行動と思索は対立するのである
その前に「哲学と政治は対立する」というフォルミュールについて語っていた
その意味は、哲学が政治に対して批判的なことを言う可能性があるからではない
思索と行動はそもそも対立する世界にあるからという根源的な理由からであった
細かいことを言えば、人と話すことによって発見することも少なくない
その場合でも、日頃の思索の蓄積があると発見も倍増しそうである
ところで、ハイデッガーは思索も行動であると言ったが、これはどう解釈すればよいのだろうか
理論と実践を分けるべきではないという意味だろうとは思う
思索なしの行動は人間のものではないと言いたいのかもしれない
歴史を見ると、思いなしによって人間は行動するが、それが間違っていることが少なくなかった
そうすると、真なる思いなしと偽なる思いなしを見極める必要がある
真なるものを判定するのは並大抵のことではない
自分でそう思ったではダメなのである
ひょんなところから認識論の世界に迷い込んでしまった
今日は、このところの週末の日課に当たる
記憶を辿る作業が主体なので、それを引き出すために記録に触れることになる
その過程で7-8年前に描いた図を見直すことがあった
当時はそれがどういうことなのか明確な意識もないまま描いていたように記憶している
しかし、この間の歩みの中から顔を出したものが余りにもぴったり当て嵌まっているのに驚いたのである
このスキームは案外行けるかもしれないという感触が湧いてきた
その感触と共に長期プロジェに関連する新しいプロジェを二つほど思い付いた
まだ実を結ぶかどうかはわからないが、それを探る価値はあるのではないかという感じである
思いもかけぬ発見であった
昨日、今日と気持ちの良い朝となった
太陽を一杯に浴び、紫煙を燻らすのは至福の時間だ
紫煙があるのとないのでは思索の集中度が違うような印象がある
いずれにせよ、このところ目覚める前にいくつかのアイディアが浮かんでくる
起きてメモし、その後でその内容をエラボレイトするところから一日が始まる
今朝もよい時間となった
それが一段落したところでテレビをつけると、ピカソの青年時代のエピソードが流れていた
以前から感じているが、日本から見るヨーロッパは何より美しい
と同時に、知性の在り方ーーそれはこの世界の捉え方にも通じるのだがーーにも魅力を感じる
わたしがものを考えるようになったのはヨーロッパであり、それをさらに後押ししてくれたのもヨーロッパであった
ピカソが最後まで公表しなかったという絵3点も見ることができた1時間
その意味では、発見に満ちた時間となった
昨夜、マクロン大統領がテレビ演説を行い、新型コロナウイルス感染状況の現状及び新たな措置等について説明した
大きなポイントは、現在一部の県で実施されている規制措置が、この土曜からフランス本土の全県に拡大されること
これからのひと月がカギになると考えているようだ
以下、大使館からのまとめを張り付けておきたい
----------------------------------------------------------------
1 感染状況等
● 数週間前から、新たな感染状況に直面している。3月頭から、英国変異株の感染拡大が加速的に悪化し、仏全土に広がっている。いずれの地域圏も例外ではない。
● 英国変異株は感染力が高く、致死率も高い。健康状態に問題のない60歳、50歳、更に若い世代も重症化するリスクが高く、昨年春の感染状況よりも危険な状態。現在重篤者の44%が 65歳以下である。
● こうした状況を受け、フランス政府は3月18日、20近くの県に対して規制強化を発表した。2週間後の現在、最初の効果が見られるものの、加速的な感染拡大を前に、その効果は全く十分ではない。
● 医療機関が新型コロナウィルス以外の治療をできる限り中止することなく、より多くの重篤者を受け入れられるよう、今後数日間で更に重点的に対策を取る。
● 現在7千床以上ある重篤者向け病床を、医療分野の学生、定年退職者、ボランティア等の協力を得て1万床まで増やす。
2 新たな規制措置
● すでに19県で導入されている以下の強化規制措置を本土のすべての県において4週間導入する。海外領土・海外県はこの対象としない。
● 3日(土)夜から開始する。
・ 19時~6時までの夜間外出禁止
・ 6時~19時の日中は、10km圏内の移動であれば証明書なし(住所を証明する書類が必要)・時間無制限で可能。
・ 地域圏を超えた移動は、4月5日以降やむを得ない理由がない限り禁止。
・ 生活必需品を扱う商店は開店(既に19県において適応されているリストのとおり)
● テレワークは組織的に行われ、実施可能な場合は毎回実施されるよう呼びかける。
● 今週末、復活祭のために地域間を移動することは可能。
● フランス人が海外からフランス国内に入ることは常時認められる。
● 国境労働者の移動を可能な限り容易にすべく、すべてのことを行う。
● 公道・公共空間における集会およびアルコールの摂取に関する監視を強化する。
● 宗教関連行事においても、感染拡大を避けるべく、家族・友人との集会を控えること。
3 学校
● フランス全土において、保育園、幼稚園・小学校、中学校、高校を3週間休校にするが、子供達が孤立し学習できないことがないようにカレンダーを調整する。
● 医療従事者等の子弟や困難な状況に置かれている子供たち以外は、4月5日より1週間、自宅での遠隔授業とする。
● 4月12日からフランス全土で2週間の春休みとする。
● 4月26日からは、幼稚園と小学校の登校が再開され、中学校と高校は遠隔授業になる。
● 中学校と高校は、5月3日より必要に応じて上限を設けた上で登校が再開される。
● 高等教育機関に関しては、学生本人が希望する場合、引き続き週1日の授業出席が可能である。
● 子供の面倒を見るためにテレワークができない者については、部分的失業制度の利用が可能である。
4 ワクチン
● 本31日、1回目の接種を受けた人数は850万人、2回目の接種を受けた人数は300万人を超えた。
● ワクチンは2回目の接種後2週間で結果が出始める。事実、80歳以上の新型コロナウィルス感染による致死率が大きく下がっている。
● 90%が1回目のワクチン接種を行った要介護高齢者施設(EHPAD)では、段階的に元の生活を取り戻しつつある。
● 今後数週間で、ワクチンの取得を加速させ、フランスおよび欧州での生産を加速させていく。他国に依存せずに必要なワクチンを確保できるよう、大陸ヨーロッパは世界第一のワクチン生産を目指す。
● ファイザーおよびモデルナのワクチンについて、1,700のセンターが設置されている。
● アストラゼネカおよびジョンソンエンドジョンソンのワクチンは、すべての一般医、薬剤師、看護師により接種が可能。
● 25万人の医療関係者がワクチン接種に従事している。
● 55歳以上の肥満、高血圧、糖尿病患者はアストラゼネカのワクチン接種が可能。先週から開始し、今後加速させていく。
● ファイザーとモデルナのワクチンは、70歳以上が接種可能。
● 数日前から、ワクチン接種の予約が取れなかった75歳以上には、医療保険側から電話をし、彼らの予約を行う。並行して、予約のために特化した電話番号も設置する。
● 4月16日以降、60歳から70歳の人を対象とした1回目の予約受付を開始する。
● 5月15日以降、50歳から60歳の人を対象とした1回目の予約受付を開始する。
● 6月中旬以降、50歳未満のすべての人に対し予約受付を開始する。
● 今後夏の終わりまでに、18歳以上のすべてのフランス人がワクチン接種を受けられるようにする。
5 今後の見通し
● 5月半ば以降の段階的規制緩和のスケジュールについて、近く発表する。
● 5月半ば以降、文化施設を厳格なルールの下で再開し、条件付きでテラスでの営業を許可する。
● 5月半ばから夏にかけての、文化・スポーツ・レジャー関連施設、イベント会場、カフェ、レストランの段階的な再開に関するスケジュールを計画する。