2020年2月17日月曜日

実在論の擁護(3)



信頼性主義、外在主義、認識に関する目的論を含む認識論モデルを適用すれば、反実在論の排除が可能ではないのか
そうなれば、精神と現実が完全に分離しているとする考えは、あり得ないものになるだろう
近現代の哲学者が言うほど、「もの」そのものを表象しないことがあり得ないことにはならなくなる

検証されるべきは、おそらく表象という概念そのものである
知識とは、現実の忠実な表象ではなく、現実への帰属の仕方である
人間は取り囲んでいるものを知り、理解する能力を持っている
それは全体としてアリストテレスやトマス・アクィナスが考えたことである
同時にそれは、哲学が長い伝統と結び付いていることを示している

一方に、現実に向き合っていることを知っている主体の表象主義的モデルがある
その現実に主体は辿り着くことができない
なぜなら、主体は表象や主体的範疇や社会の中で歴史的に構成されたものの中に閉じ込められているから

他方、信頼性主義は全く異なるモデルを薦める
現実が我々に向き合うのではなく、我々が我々のやり方で現実に帰属するのである
我々の人間性を特徴付けているのは、現実を知る能力である

そのことは、我々の概念と現実とが逐一対応するという考えを意味しない
寧ろ全体的には、我々の概念は現実の中に我々が存在していることに誘発される
つまり、概念が現実から生まれるのである

概念的枠組みは間違いなく複数で、異なる言語での対応が不可能であることの中に、この複数性がある
一つの言語のある言葉が他の言語に直接的に対応するものがないという事実がある
このことは結局、異なる言語の話し手は、用いる言語で作られた別の宇宙に生きていることを示している


(つづく)







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