コンシュさんの「哲学的自然主義」も今日が最後になった
早速始めたい
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極小のレベルでは、物質の概念はもはや意味を持たない。
原子システムの大きさの次元における基本的な過程は、特定の条件が満たされれば、その活動が生命の活力に導くであろう主軸となる中心の形成を、あちこちに準備する。
我々が他の惑星――それが我々太陽系のものであれ、他のものであれ――に生命を見出すのを待ち望むのは尤もなことである。
また、我々に似た生物から発せられるメッセージが無限の深みからやって来ることもあり得ると考えるのも尤もである。
ビュルマンの問いかけに、デカルトは次のように答えている(ジャン・マリー・ベイサードの訳による)。
「我々は、神が地球の外から、あるいは星などで力を行使しなかったかどうかについて何を知っているだろうか。神が特徴的に異なる他の創造物、他の生命、言ってみれば人間、あるいは少なくとも人間に類似した存在を定着させなかったかどうか、我々は何を知っているだろうか。・・・そして、神が無数の生物種を生み出さなかったかどうか、我々は何を知っているだろうか」
わたしはデカルトが神について言っていることを自然について言うに止める。
しかし、「おそらく」と付け加えてデカルトに同意したいのである。
(了)
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長きに亘ってコンシュさんを読んできたが、ここで一段落としたい
これまでの読みで、彼の形而上学の考え方の骨格が見えてきたように思う
それはわたしのものとも重なるところがあるので、今後さらに検討していきたい
まずは、これまでに読んできたものを纏めながら捉え直す必要があるだろう
陰影が微妙なので、放っておくと闇の彼方に消え入りそうなので・・・
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