イオニアの自然学者は、「自然とは何か」という問いを「事物は何から構成されているか」という問いに置換した
現代のヨーロッパ人であれば、「どんなものが自然界に存在するか」という問いを立て、博物学的に記述するだろう
現代では、「自然」という言葉は一般的に自然的事物の総体を意味するからである
と同時に、この言葉には根源的原因という意味での「原理」「本性」という別の意味がある
それは、その主があるがままの行動様式を採らせる何らかの力を意味している
そしてそれは、その主に内在する何かで、外に在るとすれば「自然」ではなく「強制」になる
ギリシア語の「ピュシス」という言葉には、この2つの意味が含まれている
初期には、常に内にある何かで行動様式の根源的原因という意味であったが、後に「世界」を意味する「コスモス」と共通する自然的事物の全体という意味が出てきた
すでに見てきたように、イオニアの自然哲学者たちは、この言葉を常に第1の意味で使っている
ギリシア語で使われる様々な別の意味は、この2つの意味から派生したものとして説明できるだろう
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