2022年8月8日月曜日
ゲーテの言葉から(35)
2022年8月7日日曜日
ゲーテの言葉から(34)
2022年8月6日土曜日
究極のストレスレスな日常に向けて
今朝の瞑想
例えば今、論文を書いているとする
そのためには、関連する論文や資料などに目を通さなければならない
その時、関連するものは論文を書くための参考として存在している
それが普通の構図になるだろう
この場合、やっている人間を目的に向かわせ、気持ちを窮屈にさせるところがある
そうではなく、そこにアリストテレス(384 BC-322 BC)のエネルゲイア的な発想を入れてはどうなるだろうか
つまり、関連する資料もそのものだけのためにあると意識するのである
そうすると、そこに気持ちを集中して向かうことができるようになる
心が自由に開いた状態のままでいることができるのである
そこから、目的に縛られないものが現れる可能性が出てくる
目の前が無限に広がり、精神的なストレスも消えてなくなる
いつだったのかは思い出せないが、心に極力負荷がかからないようにしていると感じたことがある
何かをやろうとする時、少しでもネガティブな気持ちが見える場合、無理にやらないようにしていることに気付いたのである
それをやるのに抵抗を感じなくなる時が来るので、それまで待てばよいのである
そのためには、ほんの僅かの心の揺れを見逃さない状態にまでなっていなければならない
日頃から自らの内面を観察していなければならない
それができるようになると、ストレスレスの状態を究極の点まで持って行くことが可能になるのではないか
ポジティブな気持ちを増やすのではなく、ネガティブなものを少なくするというエピクロス(341 BC-270 BC)の教えが垣間見える
そんな思いが巡っていた週末の朝
うつくしや 雲一つなき 土用空
小林一茶
2022年8月5日金曜日
ゲーテの言葉から(33)
2022年8月4日木曜日
ゲーテの言葉から(32)
2022年8月3日水曜日
ゲーテの言葉から(31)
2022年8月2日火曜日
ゲーテの言葉から(30)
久し振りにゲーテ(1749-1832)に戻りたい
1831.2.23(水)
「私は、この最高の存在である神が悟性や理性をもっているかどうかは問題にしない。それよりも私は、神が悟性であり、また理性そのものなのだと感じる。すべての生物は神によってつらぬかれ、人間は最高者たる神の部分を感じるほど多分に神的なものをもっているのだ」
1831.2.24(木)
「自然にかんしてむずかしいのは、われわれにはかくされている法則を見つけ出すことであり、われわれの感覚に反する現象によって惑わされないということだ。なぜかといえば、自然のなかでは、多くのものが感覚には反するけれど真実だということがよくあるからね」
1831.3.2(水)
「デモーニッシュなものとは、悟性や理性では解き明かしえないもののことだ。生来私の性格にはそれはないのだが、私はそれに支配されている。
ナポレオン(1769-1821)は完全にそうだった。しかもこの上なくそうだったので、彼にくらべられるような人はほとんといないくらいだ。・・・この種のデモーニッシュな人をギリシャ人たちは半神にかぞえていたのだ。
(出来事にも)とくによく現れる。しかもわれわれの悟性や理性では解き明かすことができないすべてのものにあらわれるものだ。・・・生物の多くもまったくデモーニッシュな存在であり、部分的に影響されているものも少なからずある」
1831.3.3(木)
「天幕のなかで生活できる人が一番幸せだよ。あるいは一部のイギリス人のように、町から町へ、宿屋から宿屋へとわたり歩いて、いつもうまいものを食べている連中がいちばん幸せさ」
1831.3.9(水)
「人はあまりにもつまらぬものを読みすぎているよ。時間を浪費するだけで、何も得るところがない。そもそも人は、いつも感嘆するものだけを読むべきだ。私が青年時代にそうしたように、そしていまもウォルター・スコット(1771-1832)でそうしているように。私はいま、『ロブ・ロイ』を読みはじめたが、さらに彼の最良の小説を順々に読みとおしていくつもりだよ。むろん、素材も、内容も、人物も、取扱いも、さらに予備研究における無限の努力、それに負けない叙述におけるデータのすぐれた真実さも、みんなことごとく、立派なものだ!」
(山下肇訳)
2022年8月1日月曜日
7月を振り返って
1)7月は、6月同様、待ちの姿勢が強く、具体的なプロジェに当たろうとする積極性が感じられなかった
免疫に関する本の作業開始を待っているという気持ちがあるためだろうか
全く意識していなかったが、精神的にはヴァカンスに入っているのかもしれない
このところの暑さもそれを許しているところがあるようだ
2)そんな中、この秋のカフェ、フォーラムについて考えていた
暫くお休みしていたので心と体が重く、なかなか立ち上がれなかった
しかしまず、第7回サイファイ・フォーラムFPSSが10月1日(土)に決まった
そしてつい先日、暑さに当たったのか、他の会も一気に纏まりを見せてくれた
3年振りに埃塗れの各サイトを更新していると、それぞれの場が生き返ってくるように感じられた
改めて以下に紹介したい
9月28日(水)18h~20h30
アラン・バディウの幸福論を読む
恵比寿カルフール B会議室
10月5日(水)18h~20h
パスツールのやったことを振り返る
恵比寿カルフール B会議室
テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を語り合う
2022年10月29日(土)15h10~17h20
フルーツ会議室 / 札幌駅前
これらのテーマに興味をお持ちの方の参加をお待ちしております
3)最後に、7月もゲーテ(1749-1832)の声を聞いていた
文豪の息遣いを感じ、考え方に共通するところがあることも発見でき、興味が尽きない
このところ、メチニコフ(1845-1916)によるパスツール(1822-1895)の人生を眺めていた
この間、ゲーテが遠くに感じられたが、再びゲーテに戻ることになるのだろう
2022年7月31日日曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む(7)
2022年7月30日土曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む(6)
2022年7月29日金曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む(5)
Jean Baptiste Biot 1851
今日は、メチニコフ(1845-1916)の手になるパスツール(1822-1895)の人生を眺めてみたい
第7章「パスツールの伝記」である
パスツールの遠い祖先は農奴階級の百姓だったが、曾祖父の代になり96フランで自由の身となり、ジュラの山地に皮なめし工場を建てた
父はナポレオン軍に従軍、下士官で退役し、祖父も継いだ皮なめし業を継承した
ルイ・パスツールは1822年12月27日にドールという小さな町で生まれ、革と樫の樹皮の中で過ごした
ここで、天才についてのメチニコフの観察について紹介したい
彼が集めた資料によれば、天才は第一子には稀だという
例えば、モーツァルト(1756-1791)やワーグナー(1813-1883)は第七子、ショパン(1810-1849)は第四子、ボーマルシェ(1732-1799)は第七子、シェイクスピア(1564-1616)、ヴォルテール(1694-1778)、ヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)は第三子、トルストイ(1828-1910)は第四子、ピョートル1世(1672-1725)は第三子、ナポレオン1世(1769-1821)は第四子であった
資料中、唯一の例外はゲーテ(1749-1832)で、17歳の母親の第一子だったという
パスツールも例外ではなく第三子で、幼少時からその才能を発揮することはなく、ただ勉強していたという
パスツールが学んだアルボアの学校長は、彼の性格の特徴として、規則正しく、強い熱意をもって正確に仕事をすることを挙げている
両親は彼が16歳の時に高等師範の予備校に送ったが、ホームシックになり一時期故郷に戻る
しかし、それからブザンソンの中学校に入学、バカロレアを得て、高等師範に2番で合格
20歳でパリに来てからはホームシックにかかることもなく、そこに終生留まった
24歳で物理学のアグレガシオンを獲得したが、高校の教授になるのではなく、高等師範の化学の助手の道を選んだ
そこで化学と物理学に関する学位論文を作成、25歳で2つとも通過させた
1848年2月、国王ルイ・フィリップ(1773- 1850)に対する革命が勃発、共和制が敷かれた
1848年革命という歴史の渦に巻き込まれたパスツールは国民軍に参加、共和制を守るという意志を表明した
この後、化学構造は同じなのに結晶構造が異なる酒石酸塩の研究に戻っていく
普通の酒石酸塩は右旋性であるが、パラ酒石酸塩にはこの性質がない
パスツールは、酒石酸塩の結晶は非対称だが、パラ酒石酸塩は対称性がある筈だと推論
しかし実験結果は、パラ酒石酸塩の結晶も非対称というものであった
そこで彼は、沈殿したパラ酒石酸の結晶を拾い出し、右方に非対称の結晶と左方に非対称の結晶に分けて偏光計にかけた
その結果、右に非対称のものは偏光を右旋させ、左に非対称のものは左旋させること、さらに両者が等量混合したものはその作用がないことを明らかにした
パラ酒石酸塩は右旋性のものと左旋性のものの等量混合物だったのである
当時の権威もお手上げだったこの問題を解決した彼は、まさにアルキメデス(c. 287 BC-212 BC)の「ユレーカ(ヘウレーカ)」状態だったようである
パスツール26歳の時のことである
この結果を知った、偏光に関する発見もあるジャン・バティスト・ビオ(1774-1862)は、彼を招いて実験させ、その結果を確認して感激したという
(つづく)
2022年7月28日木曜日
秋のカフェのご案内
日時: 2022年9月28日(水)18:00~20:30
場所: 恵比寿カルフール B会議室
テーマ:現代フランスの哲学者アラン・バディウ(1937- )の『幸福論』を読む
テクスト: Alain Badiou, Métaphysique du bonheur réel (PUF, 2015)
日時: 2022年10月5日(水)18:00~20:00
場所: 恵比寿カルフール B会議室
テーマ: パスツールのやったことを振り返る
今年はパスツール(1822-1895)の生誕200年に当たる
この機会に、パスツールの足跡を振り返るのも悪くないだろう
わたし自身、フランスにいる時には、なぜかその中に入ることができなかった
余りにも良く知られた人物だったので躊躇したのかもしれない
今回、少し離れたところから彼のやったことを検討することにした
2022年7月27日水曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む(4)
「腐敗と醗酵は微細有機体すなわち現在の微生物の活動によるものであり、その起原は自然発生ではなく、同じ微生物である」
2022年7月26日火曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む(3)
「顕微鏡で見ると、その酵母は小球状あるいは非常に短い形のもので、ばらばらになったりかたまっていたりして、無定形の沈殿物に似た不規則な綿屑のようなものになっている」
「この論文を通じて私は新たに発見された酵母が有機体であり、一個の生物であって、糖におよぼす化学作用はその発育と有機的組織に相関しているという仮説を推定した。もしこの結論が事実を越えているとあえて言う人があるとすれば、私は、厳格に言えばまだ論議の余地のないほどには証明できていない、ある種の思想に、断固として身を投じたのであって、その考え方からするとこれが本当である、と答えるであろう」(以上の引用は宮村定男訳)
彼はさらに、無定形物質を除いた条件で実験 し、小球状のものが原因であることを示した
また、他の醗酵系(酒精、醋酸、酪酸)についても研究を広げ、「酵素の特異性」という概念を作った
2022年7月25日月曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む(2)
「どんなに細心に調べてみても、天然痘、ペスト、梅毒、猩紅熱、麻疹、腸チフス、黄熱、炭疽および狂犬病などの伝染性を説明し得るような微生物や他の生物は発見されることはない」(宮村定男訳)
2022年7月24日日曜日
メチニコフの『近代医学の建設者』を読む
今日は、最近の日課から離れてみようという気になった
シンコペーションのような感じだろうか
そこで目に入ったのが、メチニコフ(1845-1916)による『近代医学の建設者』(宮村定男訳、岩波書店、1968)
20歳の夏、この本が出た1週間後に手に入れたことになっている
当時の意識を少しだけ感じることができ驚いたが、読んだ形跡はない
時を経て、それを手にするのも悪くないだろう
メチニコフについては『パリ心景』でも取り上げているが、彼自身が「近代免疫学の建設者」のお一人になる
原典は、Trois fondateurs de la médecine moderne: Pasteur, Lister, Koch (Félix Alcan, 1933)
本書は元々、メチニコフの最晩年に当たる1915年にロシア語で発表されたものの仏訳になる
「無智と誠意の欠如」のために勃発した第1次世界大戦の影響下に書かれた様子が、緒言に出てくる
彼はこの中で、近代医学の建設者として、それぞれ面識のあったパスツール(1822-1895)、リスター(1827-1912)、コッホ(1843-1910)を挙げている
本書は、パスツール以前の医学の紹介から始まる
当時の医学は、病気の症状、診断の方法、臓器の変化を研究、そのために肉眼から顕微鏡の使用が始まった
治療法は専ら経験によるものだが、ジェンナー(1749-1823)による天然痘予防のための種痘法は生まれていた
当時の学界に大きな影響力を持っていたのは、ドイツの病理学者フィルヒョウ(1821-1902)の細胞病理学説であった
これは、病気の本体は、生体を構成する細胞の異常によるとするもので、次のように要約している
「あらゆる病気は結局、多数または少数の生命の要素たる細胞の受動的あるいは能動的の障害(すなわち、細胞内容の物理的化学的変化に従う分子構成によって、その活動能力が変わってきた細胞)というものに帰する」
これをメチニコフは、「ほとんど形而上学的ともいえる公式」と形容していて、少しだけニンマリする
この時期、無限に小さな生物が細胞の機能を侵すという仮説も出されていたが、フィルヒョウはそれを否定
それから、クリミア戦争における統計が出てくる
それによると、戦闘による死者に比して病気や戦傷による死者の方が圧倒的に多いこと、大腿骨骨折手術を受けた者は受けなかった者より死亡率が高いことなどが明らかにされる
微生物による感染が示唆されるが当時の医学は無力で、医学の土台から改造しなければならなかったのである





















