今月の初めに観たウクライナ情勢についてのテレビ番組のことが思い出された
これから民主主義国と独裁国家の対立が激化するのか(2022.4.2)
やはり基本は敬意を払った話し合いか(2022.4.3)
戦争はなくならない
国がある以上、場合によっては自らの立場を護る必要があるからだ
自己保存はオーガニズムの本能とも言えるものである
そして、戦争は富と結び付いている
富を求めるのも本能に近いのではないだろうか
人間には本能と感情があり、それがしばしば冷静な思考と判断を狂わせる
哲学が教える思惟は、本能や感情から離れたところに身を置いて観察し思考することである
本能や感情を制御することが必要条件になる
その思考が戦争に向かう道を避けることに繋がるかもしれない
哲学や学問が戦争を止めることができなかったというような話が聞こえてきた
それを直接的に哲学者や学者に求めるのは無理だろう
そんな力は持っていない
具体的に戦争を止めることができるのは、政治に関わっている人間であるはずだ
その意味では、この戦争がどのようにして始まったのかの検証が必要になるだろう
戦争を始めるのも止めるのも政治家であるとすれば、彼らが本能や感情から離れた思惟と判断をする手段としての哲学を身に付けることには大きな意味があるのではないだろうか
それ以前に、政治家を選ぶ我々がそのような思考をできるようになっていることが欠かせないのだが、、
このように考えると、上で特徴付けた哲学は政治においても基本的なところで極めて重要になることが見えてくる
勿論、即効性はないが、我々はこのように知性を鍛えていく必要があるのではないだろうか
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