2022年11月20日日曜日

西行展で、狩野尚信の『富士見西行』に出会う















昨日は五島美術館で開催中の西行展に出かけた

週末ということもあるのか、講演会があるからなのか、多くの人を見かけた

そして、職員の方が非常に丁寧に対応していることに気が付いた


西行(1118-1190)は12世紀、平安から鎌倉にかけての武士であったが、23歳で出家した

昨日はこの絵の前に来た時、気持ちが一気に開放されるのを感じた

それは、狩野尚信(1607-1650)による『富士見西行・大原御幸図屏風』(六曲一双)の右隻『富士見西行』である

この三曲の中央右手上から右にかけて富士が描かれ、中央左からたっぷりとした空白があり、左下方に富士を仰ぐ旅姿の西行が小さく描かれている

画集を見ても開放感は襲って来ないので、大きな絵の中にあるあの広い自然(空白)の中にいることを感じ取れる空間が必要だったのだろう

そして、そこにいる西行の姿が自分と重なったということなのだろうか

何とも幸福な気持ちになった

この絵は以下の歌に肖ったもののようである

  風になびく富士のけぶりの空に消て行方も知らぬ我思哉 

「今日はこの絵のためにだけにここに来たのか」といういつもの声も聞こえた

展示のおそらく半分以上を占める書に関しては、まだ興味が熟していないようであった

















もう5年前になるが、吉野山の西行庵を訪問したことを思い出した

  吉野山奥千本『西行庵』へ(2017年11月5日)








2022年11月19日土曜日

日比谷公園でのデジュネの後は、平櫛田中
























昨日は山登りとイタリア語がご趣味の古い友人の案内で、日比谷公園での午後の時間となった

なぜか人出が多く、当初予定したところでのデジュネとはならなかった

しかし、全国魚河岸祭りなる催し物が開かれていたので、そこに潜り込み仕入れた弁当でベンチに座ってのデジュネとなった

外で食事をするのは久しぶりだったが、空も晴れ気持の良いひと時となった


その後、先日の日美で紹介されていた平櫛田中(1872-1979)の彫刻を見るため、小平の美術館まで出かけた

出かけようと思ったのは、10年振りくらいに元の地元を見てみたいという気持ちが湧いてきたからである

駅ビルの中は確かに変わっていたが、住宅地はあまり変わっていないようであった

美術館は閑静な住宅地にあり、こじんまりした佇まいではあるが、手入れが行き届き、人もそれなりに惹き付けていた


























田中は107歳という当時の日本一の長寿を全うした

今年は生誕150年に当たる

残念ながら30分ほどしか時間がなかったので、その印象をまだ言葉にできていない

しかし、作品となっている人物はどれをとっても「くっきり」しており、明確に迫ってくる何かがあった

そして、その人柄がわたしには好ましいものに思える人物ばかりであった

どこかゆったりしたところがあったり、人生の深みに達していると思わせるようなところがあったりと、見ているこちらも同じような気持ちに導かれるように感じていた

作風や美術館の雰囲気は全く違うが、パリのザッキン美術館のようにこじんまりとはしているけれども何度も訪問したくなるような、そんな美術館になるような予感もしている













































2022年11月18日金曜日

パスツール生誕200年記念「クリルスキー先生を囲む会」で考える




























昨日はパスツール生誕200年記念の講演会が国立国際医療研究センター(NCGM)であり、参加した

会は「クリルスキー先生を囲む会」と銘打たれ、NCGM主催、日本パスツール財団共催となっていた

基本的にはZoom会議で、60名位が参加されたようである

まず、NCGM理事長の國土典宏博士による開会の辞があった

今年はパスツール生誕200年ではあるが、同時に森鴎外(1862-1922)の没後100年にもなっている

ということで、挨拶は型通りのものではなく、「森鷗外とルイ・パスツール」と題され、同時代人として生きた二人の科学者の歩みを振り返るものとなっていた

鷗外の日記にはパスツール研究所の建物ができる前に訪問したが、パスツールとの面会は叶わなかったとあるようだ

パスツール研究所で確かめたようだが、その記録は残っていないとのことで、鷗外の日記だけがそのことを語っている

鷗外の多才に関して敢えて付け加えることはないのだろうが、國土氏のまとめによると、軍医、細菌学者、公衆衛生の専門家、高級官僚、小説家、詩人、そして翻訳家の顔を持つ

やはり多才であった医学者木下杢太郎(1885-1945)は、鷗外を「テエベス百門の大都」と評したようだ(『芸林間歩』)

因みに、現在東京大学附属図書館で「テエベス百門の断面図」という鷗外展が開催されている



この会の基調講演をされたのは、昨日もお話された元パスツール研究所所長のフィリップ・クリルスキー博士である

わたしは博士の『免疫の科学論』(みすず書房、2018年)の訳者になっている関係で、講演前の紹介を依頼された

特に強調したのは、科学の中だけではなく、社会との関係で思索を深めていること、それから一般向けの書物を継続的に刊行されていることであった

クリルスキー博士は、自らの講演を今年2月に亡くなった彼の師に当たるフランソワ・グロ(1925-2022)博士に捧げた

グロ博士もパスツール研究所の所長やコレージュ・ド・フランスの教授を務められている

お話はいつものように含蓄に富むものであった

以下に、簡単に纏めておきたい


まず、研究というものが時間が掛かる営みであることを指摘された

例えば、メッセンジャーRNA(mRNA)が単離されたのは 1961年だが、 COVID-19 のための mRNA ワクチンが開発されたのは 2021年で、60年もの時間が経過している

そこに、基礎研究の継続的なサポートが重要で、科学を止めてはならないというメッセージがあった

パスツールは、微生物と微生物学の重要性、生物学における化学の重要性、実験モデルの重要性を説いた

パスツール自身の言葉を引用しながら、彼の思想を紹介していた


現代生物学の問題は「複雑性」が中心課題になっている

この問題を解決するためには、効果的であるが故に長い間優勢であった還元主義から離れ、全体論的(ホーリスティック)なアプローチを考える時期に来ているという主張である

免疫学についても同様で、免疫という概念をより広い「自然防御システム」という枠組みに入れ直す必要があるという

この点は「生体防御システム」として『免疫の科学論』でも詳しく論じられている

このシステムは、外的偶然性だけではなく内的偶然性に対処できるという特徴を持っており、工学の領域で用いられている「ロバストネス」という性質がシステムを支えていると見ている

生物学的システムは「超複雑な」システムである

それは、免疫システム、神経系、内分泌系、代謝系、生物時計、マイクロバイオームなどが絡み合っているからである

お話の最後は、人生の幸福についてのパスツールの言葉が引用されていた

クリルスキー博士のお気に入りは、「ワインは老人のミルクである」とのことであった




















基調講演の後は、パネルディスカッションとなった

日仏の共同プロジェクトに参加されている以下の方々がパネリストであった

アナワシ・サクンタパイ(パスツール研究所)
石井健(東京大学)
松田文彦(京都大学)
狩野繁之(NCGM)

パスツール研究所は世界中にネットワークを構築し、各地に研究所も建てているが、日本にはまだ存在しない

そこで、少なくとも機能的な連携を日仏間で強化して行こうという動きが進んでいたようである

このディスカッションでも、そのことを再確認してさらなる発展を目指すという意気込みを感じることができた

冒頭、サクンタパイ博士がこれからの計画の枠組みを説明された

松田博士はコホート研究のノウハウを蓄積されており、ワクチンに対する集団の反応を解析されてきた

印象に残ったのは、COVID-19 の感染についてもウイルスの構成要素が簡単に合成できるようになっているので、その抗体の有無を1,100人について解析した結果である

驚いたことに、ヌクレオカプシドに対する抗体が180人に見つかったのに対し、自覚症状があったのはその 1/3 にしか過ぎなかったという

意外に多くの人がこのウイルスに感染している可能性があることが想像される


石井博士は日本のアカデミアにおけるワクチン開発の現状について話された

ワクチンで予防可能な病気は30ほどあるようだが、アフリカなどの発展途上国ではワクチンが行き渡っていない

COVID-19に関しても、ウイルスの変異はアフリカから出ている

その意味でもワクチンを広げることが欠かせないのだが、WHOもこのことを念頭に活動しているようである

日本製のワクチンは現在進行中で、いくつかはフェーズ3の段階に入っているので、近い将来市場に出回るものと期待される


最後に狩野博士が指摘されていたのは、日本で COVID-19 のワクチン開発がうまく行かなかったのは、Made in Japan (すべてを日本人が)という意識が強すぎたせいではないかということ

そのような認識が、国際協力の輪を積極的に広めようとする動きに繋がっているのかもしれない

考えさせられることの多い貴重な会となった








2022年11月17日木曜日

パスツール生誕200周年記念セミナーとチャリティ・パーティ





昨日はパスツール漬けの一日となった

今年はパスツール生誕200年に当たる

1822年に生まれ、1895年に亡くなっているので、72年の人生であった

昨日の記念セミナーは「パスツールの食と健康への貢献」と題され、日本パスツール財団の主催でフランス大使館で開催された

大使館にはフランスに渡る前に何度か顔を出しているので、懐かしい思いであった

このセミナーでまず、パスツール研究所元所長のフィリップ・クリルスキー博士がパスツールの業績を振り返った

当初は東京を訪問されお話される予定だったが叶わなず、ビデオでの講演となった

その後、東北大学名誉教授の齋藤忠夫博士が「乳酸菌のはたらきとパスツール」について、また酒類総合研究所前理事長の後藤奈美博士が「パスツールのワインの研究と日本ワイン」について講演された

特に印象的だったのは、日本やアジアの乳酸菌研究が非常に活発で、種々の病的状態に効果を示す機能性ヨーグルトも開発されているようだ

例えば、ピロリ菌排除、睡眠の質向上、肥満防止、骨粗鬆症予防、アレルギー防止、免疫機能向上、認知機能維持などに効果があるヨーグルトがすでに開発されているとのこと

その市場も拡大しているようである















 齋藤忠夫博士


セミナーの後は、場所を大使公邸に移し、チャリティ・パーティが開かれた

参加者はセミナーより大幅に増えていた

このような会には何度か参加させていただいているが、知っている人がいないのが常

どのような人が参加されているのか想像もできないのである

この日、セミナーで講師を務められた齋藤忠夫氏と言葉を交わすことができたのは幸いであった





















2022年11月16日水曜日

コリングウッドによる自然(45): 18世紀(8)































カント(1724-1804)が物自体をどのように考えていたのかを知ろうとしても、明確な答えは得られない

その理由として2つのことが考えられる

1つはその問題について明確な定義が出来上がっていない可能性で、もう1つは明確過ぎて言う必要がないと考えている可能性である

カントの場合、ヴォルテール(1694-1778)やヒューム(1711-1776)の形而上学的懐疑主義の影響を受けていたので、物自体の哲学的理論は存在しないのではないかと考えていた可能性がある

ただ、カント自身の立場を論理的に見ると、そのような理論は存在することを含意していた

あるいはまた、初期にライプニッツ(1646-1716)学派でトレーニングを受けていたので、物自体とは精神であることを当然のこととしていた可能性もある

おそらく、両方が部分的に正しいのだろう

懐疑主義からの最初の目覚めは、独断主義自体からあまり離れていないところに連れて行く

カントは、物自体という考えが彼の哲学の本質的要素であると言い張るが、それを明らかにし、「物自体を考えることはできるので、それが何であり、どのように考えるのかを決断しなければならない」と自らに言うことには取り掛からなかったのである


これを無視することにより、カントは後継者にこの仕事を課したのである

フィヒテ(1762-1814)は、物自体を取り除き、精神を無から自然を構成するものとした

これにより、カント主義が初めて一貫性と論理性を持つ哲学になったが、それはカントの問題を解決したというよりは破壊したのである

なぜなら、問題が知識の全般的考察からではなく、精神に与えられた何か、すなわち精神が向き合っているものとしての自然という特殊性から生まれるからである

それは物自体が存在することを示唆している

カントを発展させる別の正しい方法がヘーゲル(1770-1831)によって導入されたのである











2022年11月15日火曜日

コリングウッドによる自然(44): 18世紀(7)



















科学知が特別な領域で、その外に他の思考法で探求すべき領域があるという指摘は新しいものではないと強調しておきたい

デカルト(1596-1650)が唱えた「普遍学」は、歴史、詩、神性という3つの領域の外に構想されたものである

これらの領域で有効だった思考形態をデカルトは価値がないとは見做さなかった

これらの思考を重視していたが、彼が提唱する学問は狭義の科学的方法だったので、そこから排除したのである

カント(1724-1804)はこの視点をデカルトから受け継いだが、一点だけ異なっていた

それは、デカルトが形而上学を科学的方法の中に入れたのに対し、カントはその外に置いたのである

つまり、科学知の対象は神でも精神でも物自体でもなく自然であり、その方法は知覚と悟性の組み合わせである

この方法で明らかにされるのが自然なので、それは繰り返され予測可能であるが故に科学的な方法で理解される単なる現象に過ぎなくなる

これらの真理は科学的ではない知によって齎される

それを哲学的な知と呼ぶことにしよう

そうすると、物自体があるという我々の知識は哲学的な知になり、物自体が何かを教えなければならないのは哲学的知になるのである


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今日のお話はわたしのこれまでの道行と深く関わるもので、実に興味深かった

わたしが感じてきた疑問や問題が、このような形で議論されていたことが分かったからである

これは、科学と哲学の中心的課題とわたしの思索が交わっていたことを意味している

満更的外れでなかったどころか、的を射ていたと言えるのではないか

デカルトの知は、形而上学を根にして幹が物理学、そして枝がそれぞれの科学と道徳から成り立っていた

「科学の形而上学化」は、カントが科学の外に置いた形而上学を科学をより深く理解するために再び活用しようとする試みとして捉え直すことができる

カントは科学者の必読書だと言われたことがあるが、その意味が分かったような気がする

実践する必要がありそうだ






2022年11月14日月曜日

コリングウッドによる自然(43): 18世紀(6)































カント(1724-1804)の批判哲学が発展するにしたがい、少なくとも2度自己矛盾を起こす

最初の批判『純粋理性批判』では、物理科学あるいは自然の知の形而上学的基盤を探究したのだが、彼の教義は我々が知るという行為によって作り出された現象的世界しか知り得ないというものであった

2番目の『実践理性批判』では、道徳的経験の形而上学的基盤を探究したのだが、彼の教義は道徳的経験において我々が知るのは物自体としての精神であるというものであった

そして3番目の『判断力批判』では、自然現象の根底にある物自体は精神の特徴を持っているというのが彼の教義であった

従って、我々の実践上の経験、あるいは道徳的経験において我々が知ることになるのは、我々が自然科学の徒として考えることと同質のものだが、知ることはできなものであるとなる


現代の普通の読者は、カント哲学のこの側面を無視する

なぜなら、物自体は知り得ないながらもそれが何であるのかを主張する教義を真面目に受け取ることは彼の知性に対する侮辱に見えるからである

しかしそれはカントを誤解することである

カントは一度たりとも、彼の批判者がその言葉を理解したのと同じ意味では物自体を知り得ないと考えたことがなかったのである

カントの wissen あるいは Wissenschaft という言葉は、現代英語の science が持つ限定的で特別な意味を持っている

科学は一般的な知と同じではないのである

科学の対象は自然であり、その方法は思惟を伴う感受と悟性を伴う知覚という特別なものである

それは彼が『純粋理性批判』の「感性論」と「分析論」で描こうとしたものである

カントは現代的な意味での知の理論(認識論)を提示しなかった

彼が提示したのは科学知の理論だったのである

彼が物自体を考えることはできるが知り得ないという時、彼が意味していたのは、我々はその知識を持っているが、それは科学知ではないということであった












2022年11月13日日曜日

コリングウッドによる自然(42): 18世紀(5)































この困難な状態でカントが言うことは、我々は物自体を知ることはできないが、それを考えることはできるということである

すなわち、センスデータを我々に与えるものとして、従って理性的で創造的なものとしてそれを考えるのである

彼の倫理的研究から、理性的な創造的活動は人間の意志の中にあると確信するようになったので、物自体は何よりも意志のようなものであると示唆するところまで行った

バークリー(1685-1753)やアリストテレス(384 BC-322 BC)の形而上学とあまり離れていないものに引き戻したのである

その形而上学は、現象の究極の基盤は物質よりは精神のようなものの中に求めるべきだというものである

物質世界は、その存在が我々の精神活動による現象の集合として我々には知らされるのに対して、能動的で道徳的な主体としての実際の経験は、精神的な現象の単なる集合としてではなく、在るがままの精神が現れるのである

例えば、心理学者が実験室の条件下で行ういかなる精神の「科学的」研究の試みも、自然現象と同様、我々の思考様式に対応する「精神現象」の構築に終わるだろう

精神がそれ自体どのようなものかを知りたければ、答えは「行動せよ、そして見つけ出すのだ」である

我々が行動している時、科学研究の中では決していないように、「現実に直面している」

行動の生とは、人間の精神が精神としての存在を実現していると同時に、精神としての自らの実在を意識している生である











2022年11月12日土曜日

ヴァレリー・アファナシエフの演奏論と「科学の形而上学化」

























今朝、この方の言葉に久し振りに出会った



そこにあった「創造された作品の再-創造」という見出しに何かを察したのである

早速読んでいた

彼の話には哲学者がよく顔を出す

ここでは、ガダマー(1900-2002)の『真理と方法』を引用している

「あるものが『正しい提示』なのかどうかを決定する規範は高度に柔軟なものであり、相対的なものである。しかし、表象が元の作品に拘束されるという事実の意義は、この拘束が確固たる規範を持たないという事実によって減じられるものではない」

 

オリジナルを恣意的な演奏のための犠牲にすることはできない

あくまでもオリジナルに何らかの拘束は受けるということである

アファナシエフはこうも言っている

「ある意味において、実演とはおそらく再-創造である。しかしながら、それは創造行為の再-創造ではなく、創造された作品の再-創造なのであり、実演者が作品の裡に見出した意味と一致するかたちでの提示に至らなければならない」


これを読んで浮かんできたのが、現在取り掛かっている免疫のエッセイのことであった

それは「科学の形而上学化」という方法を免疫に当て嵌めようとする試みになる

そこでの考え方も、アファナシエフの演奏論と繋がることがあるように感じた

つまり、この方法はあくまでも科学の成果に基づき、その事実から触発される見方や考えを展開するというものである

アファナシエフの言葉を借りれば、「科学によって明らかにされた自然を再創造する試み」と言えるかもしれない

創造する行為なのだと明確に意識できると、これから先の道行が違ったものになりそうである

そんな考えを弄んだ土曜の朝であった



因みに、このブログに2度ほどアファナシエフの名前が出てくる


そして、最初のブログと2番目のブログにもその名を発見



こうしてみると、長い間の顔見知りということになる








2022年11月11日金曜日

コリングウッドによる自然(41): 18世紀(4)































カント(1724-1804)はバークリー(1685-1753)より論理的で注意深く、自然を構成する精神は純粋に人間精神であることを主張した

それは個人の思想家の精神ではなく、超越的(先験的)な自我、あるいは純粋な悟性であり、自然を構成するものの創造はしない我々の思惟に内在するものである

したがって、カント流の観念論は、自然すなわち物理学者の自然を人間がものを見る時の産物、本質的に理性的で必然的な産物であると考えていた

それ自体が何かを問うと、我々はそれを知らないとカントは答えるだけである

物自体という問題は、カント哲学の最も謎多き問題の一つである

それは、自分自身と矛盾することなくこの問題を述べることが不可能に見えるからである

我々が知るものが何であれ、我々の感覚と悟性を併せて用いることにより知る

真の直観は感覚的なものでだけで、悟性の唯一の使い道はそれについて考えることである

それゆえ、真の知識は思慮深い受容である

我々が感受するものは、現代の言葉で言えばセンスデータから成っており、カントは2世紀の間受け入れられていた見方を受け入れたのである

それゆえ、我々が知るのは現象的なものだけである

ここで矛盾が現れる

これらのデータが与えられる精神はそれ自体データではなく、それを与える物自体もデータではない

この議論は、精神と物自体が存在しなければならないが、我々はそれを知らない

もしそうであれば、これらのものが存在するとどのように言うことができるのだろうか

知らないものがカントの哲学体系に入り込むのである


(この項つづく)











2022年11月10日木曜日

コリングウッドによる自然(40): 18世紀(3)






















 John Smibert (1688-1751), The Bermuda Group (Dean Berkeley and His Entourage)



バークリー(1685-1753)のつづきである

昨日のまとめたバークリーの議論の本質に間違いはない

彼はしばしば 性急に自分自身を表現するため、とても健全とは言えない議論で自己防衛しようとした

しかし、細部の批判は彼の主要な立場には触れなかった

彼が対峙した問題を理解するやいなや、唯一のやり方で解決したと人は気付くのである

精神と物質の概念を17世紀の宇宙論で定義されたように定義するのであれば、両者の関連を発見するという問題は、バークリーが解いたようにしかできないと認めざるを得ないのである

ただ、なぜ精神が二重の働きをしなければならず、それによって物質を創り出すのかという問題はそのまま残った

これは『純粋理性批判』の「先験的分析論」のところでカント(1724-1804)が問うた問題であった

そして彼の答えは、もし広まっている精神の理論が正しければ、物理学者が物質世界に存在することを見出す特徴は、まさに悟性によってそれ自身のために構成されたどんな対象にも存在するものであろう


しかし、バークリーもカントも十分に扱わなかったもう一つの問題があった

もし自然が精神活動の産物として精神によって創られるならば、その精神とは一体どのようなものなのか

それは人間個人の精神ではないだろう

バークリーもカントもその後継者たちも、コペルニクス(1473-1543)やケプラー(1571-1630)やニュートン(1642-1727)が創造したとは思っていなかった

バークリーは、物理世界の創造者は人間や有限の精神ではなく、無限で神的な精神、絶対的な思惟者としての神であると主張した

こうして彼は、ルネサンス期の汎神論、すなわち神の体としての物質世界という考えを一掃したのである

プラトン(427 BC-347 BC)やアリストテレス(384 BC-322 BC)、あるいはキリスト教神学にとってと同様、バークリーにとっても神は純粋な思惟であり身体は持っていないのであった

世界は神ではなく、神の思惟の活動による創造物だった

それでは、無限の精神と人間の有限の精神との関係はどういうものなのか

バークリーにとって、この2つは全くの別物であった

神の精神は、それが思惟するものを創るアリストテレスの能動的理性(intellectus agens)に似たものになり、人間の精神は神に与えられた秩序を理解する受動的理性のようなものになる

しかし、これはバークリーの出発点とは一致しないものであった

なぜなら、精神は少なくとも自然の一部、第二性質を創造するという考えを彼がロックから受け継いだ時、その精神は人間の精神を意味していたからである

それを否定すれば、彼の観念論の全構造は崩壊するのである








2022年11月9日水曜日

コリングウッドによる自然(39): 18世紀(2)































精神と物質の問題にバークリー(1685-1753)が一つの解決法を提示した

彼は、17世紀の自然観、すなわち物質――それはすべての運動が外力(vis impressa)によってもたらされる外的作用因によるものだが――の複合体であり、質的な要素を完全に欠いた純粋に量的な言葉ですべてが記載可能な複合体であることを受け入れたところで、この考えが抽象的である――部分的な説明にしかなっていないので不完全なものである――ことを指摘した

デカルト(1596-1650)、ガリレオ(1564-1642)、そしてロック(1632-1704)から受け継いだ言葉を用いれば、物理学者による物質世界は第一性質だけを持つが、我々が知っている自然は第二性質も持っている

より正確な言葉を使うとすれば、自然のどこにも質を欠いた純粋に量だけのものは存在しない

質のない量は抽象であり、その世界は思惟による観念的な存在(ens rationis)である

実在の一部の選ばれた側面についての図式的な見方なのである

これがバークリーの議論の第一歩である

第二のステップは、やはりデカルト、ガリレオ、ロックから受け継がれた教義が、自然の質的な相違をすべて心の営みの結果にしていることである

もしそうであるならば、実際に存在している自然における不可欠な要素は心の働きということになる

心がなければ自然が存在しないのだとすれば、自然の全体は心の作り出したものということになる


ここで我々は全く新しい形而上学的立場を手に入れる

伝統的な17世紀の宇宙論を取り入れ、それを並び替えることにより、バークリーは次のことを示した

もし実体がそれ自体で存在し、それ以外には依存しないものだとすれば、存在を主張できるのは心だけということになる

我々が日常的に感受している自然は心が創ったものであり、ガリレオの言う物理学者の量的自然はそこからの抽象ということになる

ここまでを纏めると

第一に、我々は心の力により、日常的に感受している生身の自然界を創り出している

第二に、抽象的思考により、生身の部分を除き骨格だけにするが、それが物理学者の言う「物質世界」である

(この項つづく)







2022年11月8日火曜日

免疫に関するエッセイの校正、真っ最中















このところ、免疫についてのエッセイ本の校正をやっている

まず注意するのは、事実誤認がないかどうかということ

これには神経を使うが、それでもどこかに誤りは忍び込むものだ

それをできるだけ少なくしようということだろう


それから、実際に書いている時には細部に入り込み、その中でいろいろ考え悩むこともあった

どこまで踏み込めばよいのか、どのように書けばよいのかなどなど

そこから抜け出て全体の中でその部分を読み直してみると、考えていた問題(どこまで、どのように)の扱い方が見えてくる

他の部分のレベルが見えるので、そのレベルに合わせて書けばよいのだと考えられるようになる

それは同時に、継ぎ接ぎのようになっていたところに流れが出るように書き変えることも要求する

まだもう少しかかりそうである







2022年11月7日月曜日

コリングウッドによる自然(38): 18世紀(1)

























これまで17世紀について見てきたが、これから18世紀を振り返ることになる

17世紀は精神と物質の間の関係について考え、そこに何らかの結びつきを見出そうとしたが、結局未解決のままであった

そこでは2つの誤りが避けられなければならなかった

第1は、精神と物質の本質的な相違、対立は、否定されてはならないということ

つまり、精神は特別な物質に還元されてはならないし、逆に物質は精神の特別な形にされてはならないのである

第2には、そうだからと言って、この2つを結びつける本質的な統一性を否定してはならないということ

本質的な統一性とは、それぞれにとって必然であるような統一性のことである

これから、ジョージ・バークリー(1685-1753)とイマヌエル・カント(1724-1804)について論じるようである









2022年11月6日日曜日

改めてカフェ/フォーラム・シリーズに向けて


























今回のカフェ/フォーラム・シリーズで、『パリ心景』やブログの写真がユニークであるとの指摘を受けた

対象の切り取り方が何かを訴えているように感じることもあるようだ

これは、文章同様、自分では分からないことである

同じようなことを、今回の本にあった科学者や哲学者の取り上げ方にも感じたという方がいた

もしそういうことがあるのだとすれば、カフェ/フォーラムについても明確に意識しておくことがありそうだ

それは、単に知識や事実を提供しているのではなく、それらを新しい枠組みに入れ直し、これまでとは違った姿を提示するということである

その中に「生きる」ことと直接・間接に繋がる何かが織り込まれることになれば、さらによいだろう

そんな考えに至った日曜の朝







2022年11月5日土曜日

コリングウッドによる自然(37): ギリシアとルネサンス宇宙論の対比

























これから前に進む前に、これまでのところを吟味しておきたい

古代ギリシア人にとって、自然は空間に広がった物質的な物体から成り、時間における運動に浸透される生きた有機体であった

全ては生きていたのである

従って、そこでの運動は生命の運動であり、それは叡智によって導かれる目的を持った運動であった

近代になって問題になる問題、例えば、死せる物質と生ける物質の関係、物質と精神の関係などは存在しなかった

精神なき物質世界は存在せず、物質なき精神世界も存在しなかったのである

物質はそこからすべてのものが作られるが、それ自身は無定形、無限定のものであり、精神はすべてのものが自らの変化の目的因を悟るところの活動であった


しかし、17世紀にすべての状況が一変する

科学が、全く特別な意味における物質的世界を発見したからである

それは、質的差異を持たず一様で純粋に量的な力によって動かされる死せる物質の世界である

物質という言葉は、形相から作られるような無定形の原材ではなく、運動する事物についての量的なものの総計であった

それは、ガリレオ(1564-1642)やニュートン(1642-1727)というような人たちによって作られた物理科学が産み出したものである

この物理科学は、ギリシア人が数学を創出して以来、人間の学識によって成された最大かつ最も信頼し得る進歩とされた

17世紀以来の近代哲学は物理学を重視し、そこで得られた知を真正の知と自認したのである

その上で、この量的物質的世界がなぜ知られ得るのかに答えなければならなかった

17世紀を振り返り、この問いに答えるのに失敗した2つ道を指摘した

一つは唯物論であった

あるいは、特殊な物質的なものとして精神の活動を説明しようとする試みと言うこともできるだろう

近代の物質概念は、すべての物質の活動は時空において数学的に決定される運動で、量で表現できるものであった

そのため、この試みは失敗に終わったのである

もう一つは、スピノザ(1632-1677)とライプニッツ(1646-1716)によって修正された二実体論である

しかし、この試みは精神と物質という2つの実体を連結することができず、崩壊した








2022年11月4日金曜日

コリングウッドによる自然(36): ルネサンス期の自然観(12)































ライプニッツ(1646-1716)の宇宙論は、スピノザ(1632-1677)のものに似ていないことはないので、結局同じ難問に上に崩壊する

ライプニッツにとっても、実在は延長と思惟を持つ物理的でもあり、精神的でもある

それはモナドから成り、それを取り巻く世界を理解する精神でもある

物質のあらゆる一片が精神を持つという逆説は、程度の低い精神を考えることで解消される

その精神は我々のものよりずっと原始的で未発達で、意識の閾値よりずっと下にある瞬間的な閃きによる知覚や意志なのである

スピノザとライプニッツの大きな違いは、ライプニッツが目的因を改めて肯定したことである

彼は、目的がなければ発展には意味がないと考えていたが、同時に原始的な精神の場合には目的に無意識であることもある

このように、ライプニッツの自然は巨大な有機体で、その部分は生命と成長と努力によって浸透されているさらに小さな有機体である

これは、一方の端の全くのメカニズムから精神生活の最高の発展へと連続的に繋がる階梯を構成し、そこを上昇しようとする止むことのないドライブを伴っているのである

ここにも彼の理論の利点があるのだが、実在の精神と物質の関係が理解できないのである

なぜなら、スピノザ同様、ライプニッツは有機体の物質としての生命、すなわち自然の物理的過程は、純粋に物理法則に従わなければならず、精神としての生命は精神の法則だけで説明されなければならないと考えていたからである

彼は、精神と物質の出来事には予定調和があり、それはモナドの中のモナドである神の命により予め決められているのだ、という以外の答えを持ち合わせていなかったのである










2022年11月3日木曜日

コリングウッドによる自然(35): ルネサンス期の自然観(11)
































今日もニュートン(1642-1727)である


ニュートンは、若干ではあるが新エピクロス派に負うところがあった

彼らに従い、全ての物体は空虚な空間に取り囲まれる微細な粒子からなっていると捉えていた

そして、微粒子の静止と運動は2つの力により決定されているとした

一つは固有力(vis insita)あるいはガリレオ(1564-1642)に由来する慣性(vis inertiæ)で、静止しているか直線状を一様に動く

もう一つは外力(vis impressa)で、加速度運動を引き起こす

この中に2種以上あることをニュートンは認めていた

一つは重力あるいは重さで、もう一つは電気であった


ニュートンは定義に付された注解(Scholium)において、「外界の何ものにも関係なくそれ自身で均一に流れる」絶対時間と、「運動によってはかられる」相対時間を区別している

また、「常に同じ形状を保ち不変不動である」絶対空間と、「我々の感覚によって物体に対する相対的な位置により決定される」相対空間を区別している

さらに彼は、絶対運動と相対運動を、上記2つの場合と同様に、無批判に区別している

これらの無批判な区別が彼の全研究の基礎を成しており、その区別が注視された途端に、その区別がなくなるのである

同様に、『自然哲学の数学的諸原理』に付せられた「一般的注解(Scholium Generale)」において、デカルト(1596-1650)の渦動理論を打破している

ニュートンは、なぜすべての遊星が太陽の周囲を同じ方向に回転するのか、なぜ遊星の軌道が相互に衝突しないようになっているのかを、彼自身の原理によっては説明できないので、「太陽系の壮麗極まりない構造は、知的存在によって以外には生じ得なかった」として、自らの方法の限界を神の存在証明へと高めている

そして、最後の一節で、デカルトの普遍数学のプログラムを実行してこなかったことを弁明するかのように、除外してきたいくつかの点に注意を喚起している

この中でニュートンは、記載した現象はまったく同一の最も微細な精気(spiritus subtilissimus)によるとしている

例えば、外部感覚器から頭脳へ、頭脳から筋肉へ神経線維に沿ってこの精気が振動することによって動物の体は動かされると言ったりしている

その根拠をニュートンは持っているのかとコリングウッド(1889-1943)は問う


ニュートンは27歳で教授となった

43歳で『自然哲学の数学的諸原理』を公刊

54歳から85歳までは造幣局長官と晩年には閑居した

62歳の時、彼が解こうとした光の問題を『光学』として発表したが、内容には不満であった

微細な精気(spiritus subtilissimus)との決戦に敗れたのである

コリングウッドの結論は、宇宙論の根本問題についての慎重さを欠いた受け売りの思惟が、ニュートンを破滅に導いたのだ、という手厳しいものであった












2022年11月2日水曜日

コリングウッドによる自然(34): ルネサンス期の自然観(10)































今日はニュートン(1642-1726/7)について

スピノザ(1632-1677)の心身問題についての理論には理解し難いところはあった

しかしそれは、デカルト(1596-1650)理論の欠陥を乗り越えようとした聡明な精神の英雄的努力によるものだった

これはニュートンについて言えることどころではない

確かに、ニュートンの仕事は彼を偉大な思想家に位置付けた

ニュートンは数学においては革新者であり、微分学の発見では著名である

しかし、微分学はライプニッツ(1646-1716)が同時に独立して発見し、その発見の種子はデカルトの解析幾何学にある

ニュートンの天才は、不滅の書『自然哲学の数学的諸原理』(1687)の目次にあるような、彼が要求した問題を努力して解決した忍耐強い徹底にある

ただ、この著作の主要な考えは、数学的形態をとったデカルトの「普遍学」と全く同じである

また、第3巻の初めに書かれた方法に関する規則は、ベーコン(1561-1626)から引かれている

さらに、ニュートンの宇宙論は、ガリレオ(1564-1642)の宇宙論そのものである

すなわち、自然界は、延長、形、数、運動、静止を持つ物体の世界で、ケプラー(1571-1630)の力の考えとウィリアム・ギルバート(1544-1603)の物体間の引力の仮説によって修正されたものである

(この項つづく)










2022年11月1日火曜日

コリングウッドによる自然(33): ルネサンス期の自然観(9)





昨日の朝はトンボがよく飛んでいた

何匹も家の中に迷い込んできて、気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた

どこか弱々しい感じは拭えなかったのだが、、

さて、久し振りのコリングウッド(1889-1943)である

今日はスピノザ(1632-1677)について語るようだ

早速始めたい


当時の主流は、デカルト(1596-1650)から、スピノザ、ニュートン(1642-1726/7)、ライプニッツ(1646-1716)、ロック(1632-1704)によって採られた方向に動いて行った

彼らに共通する考えは、物質と精神は全くの別物で、両者はその源泉としての「神」から何らかのやり方で生じたものであるということであった

源泉としての「神」は、一方向において自然あるいは物質を創造し、他方向においては人間精神を創造するとした

デカルトは、単純な二実体説を提起したのではなかった

彼の実体とは、それ自身によって存在するものなので、厳密に言えば「神」しか存在しないことになる

スピノザはこの制限を重く受け止め、唯一の実体が神で、それ以外の実体はないのだとすれば、精神も物質も神によって創造された実体ではないと主張

精神と物質は、1つの実体の2つの属性に過ぎないとし、彼はこの実体を「神」とも自然とも呼んだのである

それは、延長としては物質世界、思惟としては精神世界であるような無限で不変の全体である

両方の部分に、有限で変化し滅ぶべきところを含み、その変化は他の部分が働く作用因による

これにより、物活論の痕跡を消している

しかし、延長と思惟という2つの属性が強引に結合させられているため失敗した、とコリングウッドは見ている

それは、延長を持つものがなぜ思惟すべきなのか、同様にその逆についても理由が存在しないからである

そのため、スピノザ理論は理解し難いものを残し、単なる断言に留まっているという評価をしている