2021年12月9日木曜日

コンシュ「哲学的自然主義」(17)
































エピクロスとルクレティウスが言っていることは、わたしには正しく見える。

そしてデカルトはそれに反論しない。

感覚の意味は、世界への適応を可能にすることである。

もし感覚が我々を欺いているなら、適応はどうだろうか。

盲人の痛ましい状態を見なさい。

感覚は種によって異なる。

ミツバチは偏光を感知でき、それが自らの位置を決めることを可能にしている。

彼らにとっての光は、太陽との角度によって多少とも明るくなるのである。

犬は我々が感受できない非常に高い音を聞き取る。

蝶は遠くにいる雌の匂いを嗅ぐ。

常に良い姿勢で飛ぶ鳥は、我々が持っていない平衡感覚を持っている、など。

これはすべて我々がまず第一に生きているということであり、生のための意味における感覚を理解しなければならないということである。







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