この問いに我々が導かれるのは、どこから来るのか。
それはしばしば、我々が何かを見たり発見したりするのを期待することから来る。
しかし「何もない」。
その時我々は、(我々が期待した)何かの不在として何もないという経験をする。
そころが、我々は「何か」から「すべてのもの」へ安易に移行する。
それは、簡単に言えば、すべてのものが存在しなくなることである。
しかし、これとかあれの何もないから、絶対的に何もない「すべてが何もない」への移行は、思考の外に出ることである。
なぜなら、何かの何もない状態では考える何か(不在を確認するというような)は存在するが、絶対的に何もない状態では最早考えるものが何もないからである。
0 件のコメント:
コメントを投稿